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楓姫  作者: 恵梨奈孝彦
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屋島

平家が屋島に逃げたあとが大変だった。頼朝が政治的な理由で義経を更迭したため範頼が現地でただひとりの指揮官になったのだが、戦うどころではなかった。

食がないのである。

一の谷の凱旋の後、源氏勢は追い立てられるように都を出た。京で略奪を働き、悪評が天下に伝わることを頼朝が恐れたからだ。

しかし、京の外に食糧があるわけもなく、源氏勢は寒村の食糧を食い尽くした。現地の御家人の立場がない。範頼に猛抗議してくるものの、彼にもどうすることもできない。

軍議では、食糧をどう調達するかということだけが議題になった。しかし誰にもどうしたらいいかわからない。和田義盛など「帰るぞ! 領地に帰るぞ!」としか叫ばない。

たまらず現状を鎌倉に伝えた。驚いた頼朝は「食糧を送る」と伝えてくれたが、何万もの兵に食わせるだけの米噌を陸路で運べるわけもない。しかし海路食糧を送るといっても、鎌倉は京のような大都市ではない。そんな大船があるわけもなく、頼朝は船の調達から始めた。兵の口に飯が入るのはいつになるのか見当もつかない。

範頼への風当たりも厳しい。

「わしは鎌倉殿に仕えているのであって、わごれに指図される覚えはない」

と、聞こえよがしにつぶやくものもいる。

「一の谷では九郎殿のおかげで勝ちを拾うたくせに…」

などと、自分もそうであることを棚に上げたことを言う者もいる。

範頼の大将としての権威など、地に落ちている。

無理もないかもしれない、という気にもなる。

源氏勢の武者どもの忠誠の対象はそれぞれの直接の主人である。その主人どもが御家人となって頼朝に仕えているからここに来ているにすぎない。だから御家人どもも本音では鎌倉などより自らの家の子、郎党が大切なのだ。和田義盛にしても「帰る。帰る」とわめいているのは自儘のためばかりではない。御家人たちもそれぞれ家を背負っているのだ。頼朝は、そんな御家人たちの上にのっかっているだけであり、決して源氏勢ひとりひとりを直に支配しているのではない。

範頼は源氏勢の危うさを、それが食をあさる集団になってあらためて悟った。

そんな時、義経を復帰させたことを鎌倉から知らされた。

肩の荷は下りない。範頼は変わらずここにいる御家人たちの面倒を見なければならない。そんなある日、義経が屋島にある平家の本拠を突いたという知らせが入ってきた。

あわてて自らの郎党だけを連れて屋島に向かった。見れば、屋島に平家はいない。九郎たちの数十騎が屋島の御殿に背を向けて乗馬している。平家は、また船にいる。

何をやっているのか…。

義経は昨夜の大暴風雨を利用して一気に屋島まで渡り、朝駆けを行ったらしい。平家勢はまた船に逃げた。逃げたといっても大兵力である。

そこへ、平家側から、女房装束を着た女官と棒にくくりつけた日の丸の扇を乗せた小舟が近づいてきた。どうやらこの扇を射ってみよという挑発らしい。神意を伺うという意味もある。射落とされなければ平家に神がついていることになる。平家の士気は上がり、陸上に反攻することも可能である。しかし、もし射落とされたら平家は神に見捨てられたことになる。士気が一気に下がるだろう。それを考えてか、小舟はまず射落とすことができないような位置で止まった。

だいぶ経ってから、源氏勢から一人の騎馬武者が進み出た。海に入り、馬を泳がせている。無論近づくのには限界がある。ギリギリまで前に出たのだろう。馬が止まった。武者が弓を引き絞る。範頼は思わず祈った。ここで射落とせなければあの武者だけではない。源氏勢そのものが物笑いの種だ。

矢が放たれた。要のそばに当たった。扇は海風に煽られ、一度ひるがえり、舞うかのように水面に落ちていった。

平家の武者どもが船端を叩いてどよめいている。敵とはいえあっぱれということか? しかし平家勢の士気を落とすという目的が…。

浜から海に向かって矢が飛んでいく。小舟の女官が射られた。扇と違って的が大きい。船端を叩いて喜んでいた武者たちを次々に射っていく。

範頼は、もののふと夜盗の合戦を見ているような気がしてきた。とにかくかみ合わない。平家のお座船が西に向かって逃げていく。武者どもはともかく、大将の士気は落ちたようだ。勝敗が決した。


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