失せ物探し
風が吹くたびに少しずつ削れていく元城壁を手で掴み崩してみる。するとレンガだった物は簡単に砂になった。砂を足下に捨て、手を払うと男は白く変わってしまった城に踏み込んで行く。
声が聞こえた気がした。
「待って、待ってよお兄ちゃん」
声がした方に振り返ると、この城に来る前立ち寄った町で城について尋ねた男の子が走っていた。
「何しに来た、危ないって言っただろう」
息を切らしながら男の元にたどり着いた男の子は息を整える間もなく話し始めた。
「お兄ちゃんが、城に行くと思って、着いてきた、大人達は怖がって近づこうともしないけど、お兄ちゃんは行くと思って」
それで後をつけたのかと感心しながら、反省もする、ここまでついてきたなら後はもう自分1人でも入ってしまうだろう。気付かなかったのが悪い。
「しょうがない、離れるなよ」
「うん」
男は歩き始め、男の子はそれについて行く。
しばらく歩いていると、黙って着いてきていた男の子は不安を打ち消すように話し始めた。
「お兄ちゃんはなんでこんな事になったか分かるの?」
「あぁ、見当は付く」
その言葉に反応する様に男の子は男を追い越し、目を輝かせながら尋ねる。
「だったらこの城にいた人達はどこに行ったのかわかるんだね」
「あぁ、分かる」
「じゃあ、お父さんもそこにいるかな」
「城に居たのか」
「うん、兵士なんだよ」
「そうか、それは残念だったな。お父さんは砂になってその辺にいる」
えっ、と言う声とは裏腹に理解出来ていないように固まってしまった。男は男の子の頭に手を乗せ、諭すように続けた。
「ここのいた人達は、みんな砂になってしまった」
その言葉を聞いてもまだ固まったままの男の子だったが、少しずつ顔を上げ、男の目を見る。言葉にしなくても、嘘だと言って欲しいと目が言っている。
「これは、あらゆる物から塩を作り出せる魔導書が使われたから起きた現象だ」
「魔導書?なに、それ」
「魔導書は魔導師が術式を描き残し魔力を込めた本だ。誰でも魔法を使う事が出来るが、悪用されないように暗号になってる。実際使えるのは認められて暗号の解き方を教えられた者だけだ」
「でも、じゃあこれは城の人がやったってこと?」
「いや、これは間違った解き方をして使ったんだろう」
信じられないという顔をした男の子を見つめていた男は視界の端に目的の物を見つけた。
男の子は男が離れてもその場で立ったままだった。男が魔導書を拾い上げ、本を確かめると思った通りの塩の本だった。
「町まで送ろう」
返事はなく、促されるまま歩いていく。男はやはり話さない方が良かったかと思いながら城外まで男の子の手をひいて歩いて行く。
そのまま一言も話す事なく町にたどり着くと、1人のお婆さんが駆け寄ってきた。
「あんたどこへ行っていたんだい」
どうやら男の子の知り合いのようだ。
「おばあちゃん」
おばあちゃんがいるなら大丈夫だと思い、手を離す。男の子はお婆さんに抱きつき泣き始めた。居た堪れなくなり、町を出ようと踵を返す。
町を出た頃には日が傾き夕焼けが見えていたが構わず歩く、少しでも離れられるように、おそらくもうあの城には他国の兵が魔導書を探しにきているだろう。だが国に渡すわけにはいかない。これは危険で、そして何より師匠の失せ物だ。弟子が見つけ出さなくちゃいけない。