彼岸花の刀
「長い間歩いたんだろう。草履も袴もボロボロだ」
長義に言われ、そうだったかもしれないしそうじゃないかもしれないと記憶が曖昧だった。三つの町に行ったのは覚えている。けれど、それ以上行ったかと聞かれたら分からないし、そこで終わりかと言われたらそれもわからなかった。
「ここは、怪異に憑かれた子たちが来る。それも春に焦がれた子が」
春に焦がれた子。確かに、焦がれていた。
「キミは狐火をどうしたい?」
「……わからないです。あの時は狐火を殺したいと思っていたのに、今ではもうその感覚はないに等しいです。狐火がくわえる彼岸花が家族の血の色をしていると思うと最初は気が狂いそうだったのに、色々な人を食べる狐火を見たらその人たちの血なんじゃないかと思えて」
食べられるのもいいと思っていた。けれど、もう家族は食べられた人と混じって家族ではなくなってしまったのではないかと思うと食べられることさえ嫌だと思う。
「考えてみるといい、時間はある。それに、ほかにも怪異に憑かれた子がここにはいる」
周りを見渡すと、桜の花びらで見えなかったけれど確かに人がいた。その周りには得体の知れないものも。
「話を聞くのもいい。何もしないのもいい。ここはそういう場所だから」
一体ここがどこなのか。
私が咲くのを心待ちにしていた桜がこんなにもあるのに、どうして私の気持ちは一切踊らないのか。私が心待ちにしていたのはなんだったのか。
全部わからないけれど、なんだか疲れた。
「…少し休みます」
「うん、地面で寝るといい。ここは暖かいから」
長義に促され、適当な桜の木の下で横になった。
狐火は眠っているように丸まっていて、そのまま眠ったまま一生目を覚まさなければいいのにと思うけれど、私の考えに気が付いたのか目を細めてこちらに向けてくる。
そして、微笑む。
ああ、憎たらしい。
そう思いながらも、暖かくて今はこの眠気に身を任せることにした。
どのぐらい眠ったのだろうか。
一瞬だったような気もすれば、長い間眠っていたような気もする。
目を覚ますと目の前に刀が置かれていた。寝る前は刀なんて目の前になかった。刀を掴んで観察する。鍔に彼岸花が描かれている。それだけで誰が置いたのか知るには十分だった。
「あなたがこれを生んだのですか」
今まで帯刀している姿なんて見たことがない。なのに刀を目の前に置いたということは生み出せるということだろう。食べるのだ、生むぐらい出来なくもないだろう。
狐火は微笑むばかりでやはり何も言わない。
そのくわえている彼岸花を取ったら話すのだろうかと興味本位で刀を抜いた。
これは打刀ではなく、太刀か。
素振りをしても軽かったため私に馴染むものを生んだのかそれともたまたまなのか。
どちらにせよ、切れ味を試したい。
呼吸を花に合わせる。とくとく、ゆったりとした呼吸で合わせやすい。花が息を吸ったところで、斬った。
「…あなたにとってそれは火と同じなのですね」
彼岸花が地面に落ちる。
茎を斬ったがそこから血などは出てこなかった。狐火も痛がる様子を見せない。つまり彼岸花は狐火が生み出してはいるが痛覚は共有しておらず、彼岸花は彼岸花で単体で存在していることになる。
狐火は口元を袖で隠して、また口元を見せるときには彼岸花をくわえていた。
と、いうことは。
呼吸も何も合わせず素振りをする要領で狐火を斬ったが、空気を斬るだけだった。
自分を斬れるものなんて自分で生み出すわけないか。
私が狐火を斬ることを試したのが気に食わなかったのか、火を生み出してこちらに向けられる。彼岸花はいいのに自分はだめ、初めて会った時斬ったのは気づいていなかっただけなのかどうなのか。
火と呼吸を合わせ火を斬り霧散させた。
微笑んだまま何も言わないが、何も考えていないわけではないらしい。
「これは貰っておきます」
鞘に刀を納める。
自分で作ったものは干渉できるのかどうかわからないが、くれるつもりで置いたのだろうからもらっておくことにした。現に狐火は何もしてこない。
辺りを見渡す。
長義が言っていたように確かに私以外の人がいる。
私以外の人たちは、私と同じような末路を辿ったのだろうか。怪異に全て奪われて絶望してここへ来たのだろうか。それとも違うのだろうか。
ここは、怪異に憑かれた人たちが集まる場所だろう。他の人たちにも怪異が憑いている。
次に気になるのは、長義が言った『春の花筐』。春と言った、となると夏もあるのだろう。すると、四季に分かれていることになる。四季に分かれているとするならば、私が春に来た理由は春に焦がれていたからだろう。
他の人たちもそうなんだろうか。ならば、夏に焦がれた人たちは『夏の花筐』がいる場所にいるのだろう。冬ならば、『冬の花筐』がいる場所に。
なぜ、集められたのだろうか。危ないから? 野放しにしていると人間が消えていくから? それとも…ほかになにか理由が? 使い道があるから集めた?
狐火はこの場所の存在理由を知っているのかと見たが、微笑むばかりだった。