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噂話

 ――ざく、ざく


土を掘る。木が育つための栄養がより伝わるように。一か所では足りないから木の周りに何か所も掘る。小さな穴や大きな穴それ以外の大きさの穴。何か所も掘って栄養を入れて埋める。


今はまだ冬だから木は眠っている。春になって目を覚ます頃が楽しみで。


それが楽しみで雪が降る中作業することも苦ではなかった。


はぁ、息を吐いても何も出ない。喜んでくれるだろうか、喜んでくれるといいな。


ざくざく、雪を踏む。草履では雪から足を守れず大分前から足先の感覚はない。はやく家に帰って囲炉裏で温まろう。今日は起きているといいな、今日も寝ているかな。


家に帰って声をかけるが返事がない。どうやら眠っているようだ。


濡れてしまった足袋を脱ぎ、囲炉裏で火を起こし、温まるのを待っている間に帰ってきたことを伝えることにした。


奥の部屋を開けて帰りの言葉を伝えた。伝えても眠りから覚めることはなかったけれど、春になれば覚めるだろうと布団をかけ直して扉を閉めた。


部屋が温まってきて、足先がじんわり血液が通る感覚がする。足先をこすり合わせてちゃんとあることを確認する。早く春になればいいのに、と独り言をもらした。


翌日、町に出て足りないものを買い足す。


「綾紗ちゃん、久しぶりね」


食料を買い、日用品で足りないものを買い、あと何が足りなかっただろうかと考えていた時に声をかけられる。顔見知りのおばさんだけれどなんの人だっただろうか。


「お久しぶりです」


「最近道場に顔を出してないってお父さんが言ってたわよ」


思い出した、道場の師範の奥さんだ。


ここ数か月顔を出していないため忘れていた。師範だったならばすぐに思い出せたけれど、奥さんは数回見た程度のためすぐに思い出せなかった。


「すみません、顔を出せていなくて。春になれば顔を出せると思いますので」


どこかの流派に所属しているわけでもない。ただ、道場を眺めていたら声をかけられて何度か教えてもらったことがあるだけ。週に一度は顔を出していたのに、数か月前にピタリと顔を出すのやめたため気にされているのだろう。


いつでも来ていいと言われているため、いつ行くかは決められていない。


「わかったわ、お父さんに伝えておくわね」


「ありがとうございます」


準備に手一杯で道場のことを忘れていた。手が空いている時間なんてないわけではないのに、行かなくなったのは興味が消えたと言うのもあるか。


「綾音ちゃんて、蛙津嘉山アツカサンに住んでたわよね」


「ええ」


周りは木ばかりで人と会うことが極端に少ない。町に来ないと人に会うことはない。


「最近、蛙津嘉山を通る人たちが消えているらしいの」


「それは隣町に行く人たちが、ということですか?」


「そうなの。隣町に行ってくると言った人たちが何日経っても帰って来ないの。蛙津嘉山なんて半日あれば抜けられるし、隣町なんてここより小さいのに」


「それは変ですね」


「そうなの。だから、町では蛙に食べられたんじゃないかって」


蛙……


「あぁ、山の奥にある祠の石像ですか」


山の名前にも蛙が付いているからなのか、蛙の石像があるからその名前が付いたのか分からないが山の奥に祠がある。祠の隣に蛙の石像があるのは山に行ったことがある人ならば誰でも知っている。


なぜなら、隣町に行く際に必ず通るから。隣町に行く道は一つしかないためその道を通るならば祠の横も必ず通る。


「そう! あの蛙にみんな食べられたんじゃないかって噂なの!」


興奮気味に言われこの町が平和だからこそ生まれた噂だなと思った。


「噂はもう一つあってね」


「はぁ」


一つばかりか二つもあるなんてよほど話のタネになるようなことがこの町では起きないのだろう。初めてこの町に来た時も知らない人が来たと噂されていたなと思い出す。大きい町ではあるけれど外からくる人は決まっているため初めてということがあまりない。


「狐火に焼かれたんじゃないかって」


「狐火、ですか」


「夜に山のほうを見ると火がともっていることが多々あるらしいの。山には燃え移ってないようだけど、人がともす火の大きさなんて底が知れてるじゃない。なのに目で見えるぐらいだから、狐火に焼かれてるんじゃないかって。蛙よりこっちの噂のほうが広がってるわね」


そんなこと、あっただろうか。


山に暮らしているため分からないものだろうか。いや、町に見えるぐらいに大きな火がともっているんだから山で暮らしているならば見えるはず。なのにそれを見たことがない。


寝ている間に火がともされている? いや、山を通る人の多くは昼間に通る。夜に山を通る人なんてほとんどいない。山で暮らしているはずなのに起きていることを知らなかった。定期的に町に降りてきた方がいいと改めて思った。


「だから、夜は出歩かないようにね。でも綾音ちゃんなら大丈夫かしら。なんたってお父さんの一番弟子を倒してしまったぐらいなんだから」


「ご忠告ありがとうございます」


奥さんに別れを告げて、火がともされていると言う噂を聞いたときに何が足りなかったのかを思い出したためそれを買ってから家に戻ろうと油屋に足を向けた。


あぁ、寒い。


遅くならないうちに帰ろうと思っていたのに、油屋へ行ったあとまた足りないものを思い出して買っていたらまた思い出してと繰り返して、結局遅くなってしまった。


いつも夕方前には家にいたのに今日はまだ山を登っている。家に帰るためには隣町に行く道を使い途中でわき道に逸れることになる。そのため、今日話題に上がった祠の横を通る。


この蛙が人を…ねぇ…


どれだけ見ても石像で動き出しそうな気配もない。噂は噂かと通り過ぎて、脇道が見えたため逸れる。脇道と言っても、道ではない。人が通ったなとわかるようなもので舗装なんてされていない。


草履で山道を登り、夜になる前に家に着いた。


ほっとしつつ家の中に入る。今日は雪が降っていなかったとは言え、山道を通ったため足袋が汚れた。足袋を脱いで囲炉裏に火を起こそうかとしたところで、先に帰りの言葉を伝えようと奥の部屋に向かった。


扉を開けたところで、目を見開いた。

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