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夜の船

「白灰? 灰さんが御遣いに出したんじゃないの?」


「確かに出したが、夕刻までには戻れるものだ」


は……?


「白灰は今日中に戻れるか分からないって」


「どこに行ったんだ……街に出たんだろ? 見なかったのか」


「見てないけど……」


まさか、白灰が嘘をつくとは思わなかった。


嘘をつくような男でもないし、生まれてから一度も嘘を言われたことがない。


それぐらい真っすぐなやつで人をだまそうと言う気持ちもない。


なのに嘘をついた? オレに? 


恩のある灰さんにも何も言わないで戻ってこない。


もしかして。


「白灰は聞いてたんじゃないか、オレたちの話を」


盗み聞きするようなやつでもない、仕事があると言われたらそこに真っすぐ行くようなやつだ。なのに何かがあって聞いてしまったんだ、足りないものがあって戻ってきたときなど。


「っ!」


灰さんは走り出してしまう。


オレもそのあとに続く。


なんでもないような顔をしてオレを欺いたのか、白灰。


何を考えているのか年々分からなくなっているとは思っていたが、まさかここまで分からないとは思わなかった。


街に出た時に、兎を抱っこしている少女が目に入った。


「その兎!」


「え? あぁ、墨白さん。こんばんは」


「こんばんは! その兎って」


「白灰さんに頂いたんです、もう世話できなくなるからって」


何も言わずに出ていくようなやつじゃないと思ってた。


それはオレで、お前はどこか行くときはオレには言ってくれる律儀な奴だと思ってた。


でも、大事なところでは何も言わず出ていこうとするのは同じで、オレが気づかないように春の世話をしてくれと言って時間を稼いだのか。


お礼を言って、港へ向かう。


白灰、オレが選ばれたんだ、オレが選ばれたんだ、なのにどうしてそれを奪うんだ!


足が燃えるように熱い。


肺がはち切れるように痛い。


港に着くと、灰さんがいた。


「一便、沖に行ったままの船があるらしい」


「それに?」


「そうだ、白灰が乗っているそうだ」


「でもどうして白灰は行ったんだ」


灰さんが船を用意してもらうのを交渉づけた。船が用意されるまでにオレは疑問に思っていたことを聞いた。


だってあいつは、生贄に対して疑問を抱いていた。そんなやつがオレの代わりに生贄になるわけがない、ならどうして。


「一度、オレがアイツに話したことを覚えていたんだろう」


「話したこと?」


「不知火は怪異だろうとオレは推測している。怪異は場所に基本憑りついているが人にも憑りつくことがある。それをアイツは実行しに行ったんだ」


ってことは、怪異に憑りつかれに行ってオレが死ななくてもいいようにってこと?


「それだったら、問題ないんじゃ」


「ある。怪異に憑りつかれた人間は、怪異になる」


「それって……」


「そうだ、アイツはここにはもういられなくなる。怪異になったら生贄がまた出されるだろう。それをアイツが許すはずもない、どこか遠くの誰もいないようなところに行って怪異になるだろう」


誰も死なないけれど、誰も生きることもない。


「怪異になったら、白灰は白灰じゃなくなるのか?」


「そうだ、不知火を起源とした怪異となり人間のころの記憶はなくなる。アイツの姿をしていたとしてもそれはアイツではない」


「それは白灰も知って……?」


「るだろうな、あくまでオレの推測だが話した」


船が用意できたようで、乗り込む。


アイツはそんなことを昨日のうちに決めて、今日行ったのか。


「でも、なんで……」


「そんなのオレよりもお前のほうが大事だったんだ、アイツは」


はっと自嘲をもらす灰さんの顔には、悔しさがにじんでいた。


「それは、違うと思うよ」


「どうしてそう言い切れる」


「アイツは今回の生贄が誰だったとしても、こうしていたと思う」


生贄を疑問視していて、その話を知っていたなら誰であってもそうしていただろう。


灰さんは何も言わない。


夜が後ろから追いかけてきている、このままだと追い抜かされて――


「――不知火だ」


夜がオレたちを追い抜いた。

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