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花筐
「春にようこそ」
桜の幹に座る青年に話しかけられる。視界一面桜色の世界に私は立っていた。
どうやってここまで来たか覚えていない。ただ長い間歩いて、歩いて、歩いて。歩き続けてここに来た気がする。反対に、瞬きをしたらここにいたとさえ思える。自分の中の感覚が狂わされている気がした。
「ボクは春の花筐、長義。……キミが来てから桜が一層咲いた」
座っていることはわかるのに、花弁が邪魔してよく見えない。かなり距離があるわけでもなく、かと言ってよほど近い距離でもないのに長義の姿がよく分からない。男なのかも女かも分からない。
初めて会う人なのに、どうしてなんの感情も抱かないのだろう。
「キミに憑いている怪異もようこそ、この春に」
私に憑いている怪異……?
長義に促されて振り向けばそこには浮遊したものがあった。人の形はしているけれど人とは言いづらくなにより透けている。そこにいるかもしれないしいないかもしれない。怪異を見つめてもあの日現れた怪異に違いはない。
「キミがここに来る前の話を聞かせて?」
あの日、私は。
この怪異に、怪異に、全部、全部、全部。