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地獄への招待状 page5

ちらつく粉雪の中を、咲夢の乗る車が山を下っていく・・・・


やがて車が、道路わきに設けられた、谷間の広いスペースにたどり着くと、咲夢はサイドブレーキをかけ、ルームミラーを覗き込んだ。


そこには、上空高く舞い上がる火の粉とともに、炎に包まれる別荘の姿が映し出されている!!


ミラーの中で、音も無く燃え盛る炎を、唇をかみ締めながら食い入るように見つめていた咲夢だったが、やがて思い出したように、コートのポケットから白い封筒を取り出した。


ルームランプの薄明かりの中、封を切ると、中からは数枚の便箋が現れた・・・それは、咲子が亡くなる数時間前に、咲夢に宛てて書いたものであった!


“フン、咲子の奴いつの間にこんなもの・・・”


心でつぶやき、手紙へと視線を移した咲夢は、そこで驚愕の事実を知ることになる!





【咲夢へ・・・まず最初に、これまで私があなたに対して、辛く当たって来たことついて、謝らせて下さい。 本当にごめんなさい! 私はあなたが嫌いだったわけではなく、ただ、あなたがうらやましかったのです。  

父と2人で暮らしていた私には、母の記憶がほとんどありません! そんな私を父はとても可愛がり、時間が許す限り、いつも一緒にいてくれたのです。 でも、あなたが幼女として寺門家に入ってきてからは違いました! 実の娘がそばにいながら、父の愛情が他人のあなたに向けられはじめたのです。私の心に、嫉妬心がむくむくと沸き上がってくるのがわかりました。そして、それまで私1人が独占していた父の愛情が、赤の他人のはずの、あなたに向けられた事に、私の “なぜ? どうして?” という思いが、しだいに、あなたに対する憎しみへと形を変えていったのです。  しかし、父が亡くなったあとの会社運営について、弁護士に相談に行ったときでした。  私は弁護士から驚くべき事実を聞かされました!!  その事実とは、私とあなたが実の“姉妹”であると言うことです・・・・ あなたは、刈谷伸介の娘ではなく、正真正銘の、寺門兼光の娘だったのです! その事実をあなたに知らせたく、私はこうしてペンをとりました。】


“そんな・・・まさか・・・“


一枚目の手紙を読み終えた咲夢は、信じられないといった表情で呟き、高鳴り始めた鼓動を抑えながら、二枚目を読み進めた。



【当時父兼光には、籍の入っていない妻がいました。 それが私たちの母であり、あなたが父親だと信じていた、刈谷伸介の妹でもあったのです! 母は体が弱く、あなたを生むとすぐにこの世を去った・・・当然父兼光に子育てなど出来るはずも無く、私は当時住み込みだった、家政婦の敦子さんが面倒を見ることとなったのです。 しかし、生まれたばかりのあなたは、敦子さんではどうにもならず、母の兄であり、子供のいなかった、刈谷伸介夫婦に実子として引き取られて行ったのだそうです。 その後、刈谷氏は裸一貫で刈谷工業を設立し、その脅威ともいえる業績で瞬く間に一流企業にのし上がり、寺門グループのライバル会社として、業界にその名をとどろかせました。  しかし、時を同じくして、不幸にも妻をなくすことに・・・・ それからと言うもの、刈谷氏には転落の人生が待ち構えていたのです!  働く意欲をなくし、ギャンブルと酒におぼれる日々・・・・多額の負債を抱え、会社は倒産寸前にまで追いやられたのです! そのあまりにもひどい有様に、見かねた父が手を差し伸べました。 父は、刈谷工業を寺門グループの一社とし、刈谷氏の負債を肩代わりしたのです。 やがて、父の心が通じたのか、刈谷氏もなんとか目を覚まし、立ち直りかけた矢先のことでした。 刈谷工業に目をつけた詐欺グループのリーダー高杉健が、刈谷氏を陥れたのです! 刈谷氏個人の資産は無くても、バックに寺門グループのいる刈谷工業という看板は、チンピラたちにとっては、まだまだ価値のあるものだったのです。  高杉は刈谷氏に、ありもしない株の話を持ちかけました・・・・ 父への恩を一刻でも早く返したいと思っていた焦りからか、慎重さを失った刈谷氏は、高杉の巧みな言葉に、簡単に騙されてしまったのです。 そして、あなたも知ってるとおり、無念のあまり刈谷氏は、自らその命を絶ちました。 世間では、成功者である父へのねたみ半分から、刈谷氏の自殺の原因を、刈谷工業を我が物にしようとした、父のせいだと噂するものも現れました! きっとその噂は、あなたの耳にも届いていることでしょう。 でも決してそうではありません。 父は間違いなく刈谷氏を助けようとしていたんです!  そして父は、一人ぼっちとなったあなたを引き取り、幼女として籍をいれました。 こうして、あなたは本来自分が住むべき場所である寺門家へと戻ってきた。というわけなのです!!】


手紙を持つ咲夢の手がワナワナと震えていた。

咲夢は震える手で三枚目の手紙を開いた。


【驚くべき事実はそれだけではありません! 父がこの世を去り、あなたが寺門家を出て行ったあと、私を訪ね高村と言う男が現れました。 その高村の正体こそが、刈谷氏を死に追いやった詐欺グループのリーダー、高杉健なのです! 高杉は現在、寺門コーポレーションの臨時スタッフとして、私のもとにいます。 私は弁護士からあなたの出生の秘密を聞かされた後、あいつの正体に気付き、騙されたフリをして、あえて引き入れたのです!  このことは、他のスタッフたちはもちろん、香藤さん親子にも内緒にしています。 私はその事実を、一刻も早くあなたに伝えようとしたのですが、あなたは私を避け、会ってはくれませんでした。 そのとき私の脳裏に、あなたが月に一度はこの別荘を訪れ、一人の時間を過ごすのが好きだった、という事が思い出されました!

そこで私は、伊豆での会合のあと、ここに来て、この手紙を残しました。 ここに置いておけば、きっとあなたが見つけてくれる・・・そう考えたのです。 咲夢! 私を許してください! そしてあなたがこの手紙を読み、もし私を許してくれるなら、すぐに連絡して下さい! そのときは二人で、悪の限りを尽くしてきた高杉を、地獄のそこに突き落としてやりましょう!  2人で父の意思を受け継ぎ、ともに歩んでいきましょう!!  もしあなたが私をゆるしてくれるなら・・・・     あなたの実の姉、寺門咲子より】


手紙を読み終えた咲夢は、まるで魂が抜き取られかのように、フラフラと車から降りると、溢れ出る涙を拭おうともせず、ゆっくりと空を見上げた。



チラホラと舞い落ちる粉雪が、咲夢の火照った頬に当たり、瞬く間に溶けて行く・・・・


“なんで・・・なんでこんなことに・・・”


心の中でつぶやいた咲夢は、持っていたワインボトルを谷底に向かってほうり投げると、そのまま崩れるように座り込み、真っ暗な谷底を見つめ大声で泣いた。


その手に、涙で濡れた手紙を、きつく握り締めたまま・・・・




涙でぐっしょりと濡れた死者からの手紙・・・それは、実の父と姉を自らの手にかけた咲夢にとって、まさに、地獄への招待状に他ならなかったのである!



         



 ・・・・終・・・・


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