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地獄への招待状 page.3

寺門コーポレーションの業績は、うなぎのぼりに上昇し、高村の計画も架橋に向かっていた。


そんなある日のこと・・・


社長室の前を通りかかった高村の姿を見つけ、咲子が部屋の中から声をかけた。


「高村さん! 私は5日ほど留守をしますから。」


「留守? はっ・・はい! どちらへお出かけで?」


高村は仕事と割り切り、相変わらず虫の好かない咲子に、精一杯の愛想笑いをして見せた。


「伊豆のホテルで会合があるの。 そのついでに、父の残してくれた別荘で、しばらくのんびりしてこようと思って!」


「そうですか・・・まあ、社長はお父上がお亡くなりになってから、事業の引継ぎや何やらで、お忙しかったでしょうからねぇ。 ここらでゆっくりされるのもよろしいかと・・・なんでしたら、私のほうで運転手を手配いたしましょうか?」


「いいの! 自分であれを運転して行くわ。」


そう言って咲子は、社長室から見えるガレージに止めてある数台の車の中から、お気に入りの赤いムスタングを指差した。


“フン、ムスタングか! 世間知らずの小娘の癖に、何台も車を持ちやがって、生意気な!”


高村が心の中でつぶやいたとき、咲子が持っていた車のキーを投げてよこした!


「出発は午後からよ。 今、家政婦の敦子さんが準備をしてくれているから、あなたはその荷物を車に積み込んでおいてね。」


「かしこまりました!」


そう言って高村が頭を下げると、部屋のドアは勢いよく閉められた。


“くそーっ・・俺はお前の召使じゃないぞ!”


渡された車のキーを憎憎しげに握り締め、思わずつぶやいた高村であった。



そして5日後・・・


会社から与えられたオフィス代わりの一室で、遅い昼食をとる高村のもとに、副社長の香藤武彦が血相を変え飛び込んで来た!


「高村さん! 大変です・・・お・・お嬢様が・・・」


香藤のあまりもの慌てぶりに、高村は頬張っていた里芋の煮付けをお茶で流し込むと、急いで椅子から立ち上がった。


「咲子社長が? 社長がいったいどうしたんですか?」


「そっ・・それが、たった今警察から知らせがありまして、お嬢様が・・お嬢様が伊豆の別荘からお帰りの際、運転を誤って車ごと谷底へ・・・」


「なっ・・なんだって? そっ・・それで咲子社長は?」


「それが全身を激しく強打して即死だそうです!!」


「そんな! 何かの間違いじゃ・・・・」


「とにかく、わたくしはこれから警察のほうに行って、詳しい話を聞いてきます!」


頭を抱え、ブツブツとつぶやきながら、部屋を出る香藤の背中を、高村はその眼に怪しい光を放ちながら、ただ黙って見つめていたのだった。



数時間後・・・・


蜂の巣をつついたような騒ぎの中、警察との話を終えた香藤が、高村の部屋のドアをたたいた。


待ちかねていたようにドアが開き、香藤は進められるままに腰をおろした。


「香藤さん! 詳しい事故原因はわかりましたか?」


「ええ・・・それがですなぁ・・・どうも警察は他殺ではないかと言うんです!」


そう言った香藤は、動揺のためかキヨロキョロと落ち着きが無く視線が定まらない。


高村は驚きの表情で眉をひそめた。


「えっ!・・他殺?  咲子社長が誰かに殺されたと言うんですか?」


「いえ・・そんな・・・まさか・・・・いやしかし・・・!!」


もごもごと口ごもる香藤に、苛立った高村は椅子から立ち上がった。


「香藤さん! しっかりしてください。 あなたは副社長なんですから。」


「ああ・・面目ない・・気が動転してしまって・・・・! 高村さん! 驚かないで聞いてください。 警察の調べで、咲子さんの車のハンドルに、細工がされていたことが判明したのです。」


「まさかそんな・・・それは、確かなんですか? 警察の思い過ごしという可能性も・・・?」


「いいえ、警察が言うのには、ハンドルシャフトという部分・・・つまり、ハンドルとタイヤとを連結する金属棒のことらしんですが、それを固定する部分のネジがはずされており、シャフト本体にも、金鋸のようなもので切れ込みが入れられていた痕跡が見られる、とのことでした。」


「そんな・・・いったい誰が・・・」


「さあ・・・警察でも聞かれましたが、私にも皆目見当がつきません! ですが警察の話では、車内に犯人とものと思われるなにかが残されていたらしく、すでに持ち主の割り出しにかかってるとのことでした。」


「なにか?」


「ええ、その何かについては証拠隠滅の恐れがあるとかで、具体的には言ってくれませんでしたが、犯人が残したものである確率はきわめて高いとか・・・」


“う〜む・・・”


テーブルを挟み向かい合った2人は、ただただうなり声を上げるばかりであった。



新社長誕生



咲子が何者かの手により殺害され10日が過ぎたころ・・・


寺門グループでは緊急会議が開かれ、咲子の妹咲夢を新社長にとの高村の意見を、副社長である香藤武彦はもとより、職を失いたくない経営陣のほとんどが賛同した!


高村は自身の野望のもとに、渋る咲夢を口説きつづけ、咲夢もまた、必要に食い下がる高村と香藤に根負けをした形で、いやいやながらも社長就任を引き受けることとなったのである。



その後、話はとんとん拍子に進み、咲夢の新社長としての挨拶が、社屋の大会議室で執り行われ、それに伴い、新人事も決まり、副社長ならびに、役職として迎え入れる者達の名が書かれた貼り紙が貼られ、選ばれた役員達は、互いを称えあい、喜びあっていた。



そんな様子を、壇上から満足げに見下ろしていた咲夢が、マイクに向かい言った。


「え〜・・・と言うことで、寺門コーポレーションは株式会社Jimon (ジモン)と名を変え、新たな出発をする事となりました。 これまでのスタッフに加え、新たなスタッフの皆さん! 力を合わせ共に頑張ってまいりましょう。」


会場に大きな拍手が沸き起こるなか、少し遅れて、白いスーツに身を包んだ高村がやって来た。


高村は壇上から降りてくる咲夢に近づき、握手を求めるように右手を差し出し、小声で言った。


「咲夢! よくやった。 なかなか様になってたぞ。 これで俺も一国の王だ!」


しかし、にやけた表情で興奮気味に言う高村に対し、咲夢は無表情のまま冷たい視線を投げ掛けると、差し出された右手を払いのけたのだった。


「あら! なんのことかしら? 」


咲夢の予期せぬ言葉に高村は凍りついたようにその動きを止め、思わず息を飲んだ。


「なっ・・・なんだと?」


大きくその目をひんむき驚く高村に、咲夢は口元をゆがめ “ フン!”と鼻で笑った。


「まっ・・まさか・・お前!」


高村はくるりと向きを変えると、貼り出された役員名簿の前に走り寄った。


「あっ! これは・・・」


高村は一瞬自分の目を疑った!


本来なら副社長の欄に書かれているはずの、高村の名がどこにも見当たらないのだ。


「ちっ・・ちくしょう!! あのアマ俺を裏切りやがったな!」


高村は、張り紙の張られた壁に、自らの拳をたたきつけると、ギリギリと歯軋りの音を響かせながら、社長室へと向う・・・廊下の床をドンドンと踏み鳴らし、高村が怒りの形相で社長室のドアを開くと、そこには咲夢の姿はどこにも見当たらず、代わりにまだ幼さの残る少女のような面持ちの女が、細身のタバコを燻らしながソファーに座っていたのであった。



「うっ・・君は・・君はだれなんだ? 咲夢はどこへ行った?」


高村が怒鳴るような口調で言ったときだった。 


“あっははははっ!!“


キョロキョロと部屋の中を見回す高村のうしろで、女が突然甲高い声で笑い出したのである。


驚いた高村が女を見ると、女はピタリと笑うのをやめ、鋭い目付きでソファーから立ち上がると、ゆっくりとした動きで高村のほうに近づいてくる。


高村は何故か女のその様子に、理由のわからない恐怖感をおぼえた。


女が言った。


「高村さん、この私がわからないの?」


女の声を聞いた高村は思わず驚きの声を上げた。


「ハッ! その声は・・・咲夢?」


トレードマークになっていた濃い化粧を落としているため、まるで別人のような印象を与えるが、女の正体は紛れも無く咲夢であった。



「あっははははっ!! あなたはこの顔に見覚えがあるはずよ高村さん・・・いいえ、詐欺集団のリーダー高杉 健 (たかすぎけん)さん。」


「なっ・・咲夢・・お前なぜそれを・・・!」


ジリジリと近づいてくる咲夢の顔を見つめていた高村の脳裏に、突然12年前の記憶が蘇った!


「あっ・・・おまえはもしや刈谷工業の・・・」


「ウフフッ! やっと思い出したようね。 そう。 私は12年前あなたに殺された刈谷伸介 (かりやしんすけ)の娘よ!」 


そう言って咲夢が鬼のような形相でにらみつけると、高杉は “チッ!” と舌打ちとともに、開き直ったように体制を立て直し、不敵な笑みを浮かべた!


「フン!!  殺されただと? 馬鹿を言うな! 奴が勝手に死を選んだんだ。」


「そうね・・・あなたが率いる詐欺集団に会社を倒産に追い込まれてね!   父さんはあなたに・・・あなたに殺されたのよ!!」


「ケッ! そんなこと知ったことか。 騙されるやつが間抜けなんだよ。」


吐き捨てるように言う高杉を、咲夢はさらににらみつけた。



そんな咲夢を負けじとにらみ返しながら、高杉がふてぶてしい態度で言った。


「それでお前は、俺に仕返しするために近づいたってわけか・・・」


「そうよ!! あんたのせいで、父娘2人暮らしだった私は一人ぼっちになってしまった・・・・子供ながらに後を追って死のうかとも考えた。  でも、出来なかった・・・・。 それを不憫に思ったのか、当時親会社だった寺門グループの創立者、寺門兼光が、まだ小学生だった私を引き取り幼女として育ててくれたのよ。 でも、寺門家は私にとって肩身の狭い場所でしかなかった・・・・毎日のように咲子にいびられ、足蹴にされた。 だけど、私には他に行くところなんかありゃしない! 寂しさと、悔しさと、痛みに耐えながら、日々を送っていたある日、あんたを寺門の家で見かけるようになったのよ! その瞬間私の心に復讐心が湧きあがってきた・・・その日から私は濃い化粧をし、言葉遣いも乱暴なものに変え、別人になることであんたに近づき、悪事を暴くためその動きを追ってたの!」


「そのために身体まで投げ出したってのか・・・チキショウ! 俺としたことが・・・なぜあの時お前の正体に気が付かなかったんだろうなぁ。 ケッ! 俺もヤキが回ったもんだぜ!」


高杉がそう嘯いたとき、奥の部屋のドアが開き二人の男が姿を現した。



その音に驚いて、振り返った高杉に、ドアから出てきた恰幅のいい初老の男が、ポケットから取り出した手帳を突き出しながら言った。


「湊川署の本多だ! 高杉健。 お前を詐欺の常習と、寺門兼光および寺門咲子殺害容疑で逮捕する!」


一瞬何が起きたのかわからないといった様子でたたずんでいた高杉が、突然大声を上げた。


「さっ・・殺害容疑だと・・・!! ふざけるな! 俺は誰も殺してなどいない。」


そばにいた若い刑事が、慌てる高杉の後ろに回りこみ、出口をふさぐと、高杉に向かって言った。


「我々警察は、そこにいる寺門咲夢さんから、一通の手紙を預かっている。 そこにはまぎれも無く、寺門兼光氏の文字でこう書かれていた。」


 【咲夢へ  私は今、高村建造と言う男にひつこく付きまとわれている。 奴は商談だと称し、我が寺門グループの懐に入り込み乗っ取りを計画しているのだ。 私にはわかる・・・なぜならば、私は奴の顔に見覚えがあるからだ。 私の記憶に間違いが無ければ、奴はおそらく、お前の親父を死に追いやった詐欺グループのボス “高杉健”だ! それだけではない、高杉は冷酷非道な男だ、金のためなら私の命をも狙う・・・・いや、もうすでに殺害計画を立てているはずだ!  咲夢! もしこの先、私に万が一のことがあったなら、この手紙を持ち、警察に高杉の正体を伝えてほしい!】


手紙にはそのほかにも、高杉の関わったと思われる数点の詐欺事件の名が書かれていた!


手紙の内容を聞かされた高杉が、大きく目をひん剥き、咲夢を指差すと大声で怒鳴った。


「うそだ〜っ!! その手紙はこの女が・・・この女が仕組んだでっちあげだ!!」


取り乱す高杉に、本多刑事が顔色一つ変えず近づくと


「残念だがね、手紙は筆跡鑑定の結果、兼光のものに間違いないとの報告が入っている。」


「うそだ〜・・うそだ〜・・・・俺は誰も殺していない。 信じてくれ刑事さん!」


じたばたとすがり付く高杉の、目の前にあったテーブルに、若い刑事が持っていたナイロン袋から数点の品物を取り出し並べると、中から茶色い小瓶をつまみ上げ言った。


「高杉! こいつに見覚えがあるだろう?」


「・・・・・」


「これは、兼光が常用していた心臓病の薬だ。 お前は兼光に近づき、隙を見て偽物とすり替えた・・・だが、兼光の心臓はお前が思っていたより弱っていたため、お前が寺門コーポレーションに潜り込む前に発作を起こした! あせったお前は計画を変更し、娘咲子に近づき、殺すチャンスをうかがっていたんだ!!」


「知らない・・俺はそんなもの見たことも無い。」


「ほーう・・!  ではなぜ兼光の部屋から発見されたのが偽物で、本物のこいつがお前の部屋にあったんだ?」


「俺の部屋に・・・?」


若い刑事が品物を持ち替えた。


「これだけじゃない! この鋸刃は事故をおこした咲夢の車のハンドルシャフトとの傷と一致したぞ。 こいつもまたお前の部屋で発見されたものだ。」


「そんな・・・そんな馬鹿な!  俺は、俺は本当に知らないんだ!」


「では、これはどうかな。」


そう言って、若い刑事が次に摘み上げたのは、高杉が以前なくしたカフスボタンであった。


「これはお前のものに間違いないな?」


「ああ、それは俺が咲夢にもらったものだが・・・気が付いたらなくなっていた!」


「なくなっていた?  ふん! お前が車のハンドルに細工をした際、車の中でなくしたんだろう!」


「車の中? そんなところになぜ?」


若い刑事はドンと大きな音を立てテーブルをたたくと、高杉の胸倉を掴み、怒鳴り声を上げた。


「とぼけるのもいいかげんにしろ!! 咲子が伊豆に出かける日の午前11時ごろ、お前がこそこそと車に近づく姿を、社長室の窓から秘書の香藤重幸氏が目撃しているんだぞ。」


「そっ・・それは社長に荷物を積み込むよう言われて・・・」


「う〜む! 確かにそれも事実だろう。  だがな高杉。 トランクに荷物を積むだけだったのなら、なぜ運転席にこいつが落ちてるんだ? それと、仮にお前以外のものが事前に細工をしようにも、咲子が当日数台ある車の中から、赤いムスタングを使うと誰にわかる? おまけに、咲子の車はすべてセキュリティー装置が取り付けてあり、鍵も特別にあつらえたものだそうだ! すなわち咲子からキーを預かったお前しか、赤いムスタングに細工を施すことは出来ないんだよ! しかも、目撃者の重幸氏の証言では、お前は周りから身を隠すように、こそこそと辺りをうかがっていたそうじゃないか。 荷物を乗せるだけなら、なにもこそこそすることは無いだろう?」


「ちがう・・こそこそなんてしちゃぁいねぇよ! 俺は本当に荷物を積み込んでただけなんだ!  信じてくれ・・これは・・・これは罠だ! 俺を陥れる罠なんだぁ〜!」


今にも泣き出しそうな表情で叫びながら、じりじりと後ずさりをする高杉の腕を、2人の刑事が両側からつかむと、初老の本多刑事が手錠をかけながら言った。


「高杉! 言い訳は署で聞かせてもらおう!」


ガックリと肩を落とす高杉の姿を、湧き上がってくる勝利の笑いをかみ殺しながら、黙って見守る咲夢の目には、まるで獲物を狙う蛇の目のような、冷たく冷酷な光が宿っていた。



                        ・・・・つづく・・・・


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