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地獄への招待状 page2

高村が咲子との仮契約を取り付けてから、一ヶ月が過ぎようとしていた・・・。


咲子への見本商品の引き渡しは3日後となり、高村は古いアパートの自室のベッドで横になっていた。


タバコをくわえ、天井を見つめていた高村が、隣でバスローブ一枚という姿で横たわる、咲夢の顔を覗き込みながら言った。


「お前・・・ほんとにこれでよかったのか?」


なぜかベッドでも化粧をしたままの咲夢は、そっと目を開き、何事もなかったかのように高村のくわえていた煙草を奪い取ると、慣れた手つきで胸一杯に吸い込んだ。


「あなたこそよかったの? あんたはあたいと関係を持つことで、寺門グループの一員になろうって魂胆だったんじゃないかって、あたいは思ってるんだけどけど・・・でもさぁ、前に話した通り、寺門の全財産は親父の遺言で姉貴の咲子が握ってるのよ。 そもそもあたいは寺門家に興味はないし、おまけに姉貴とは馬が合わないから家を出てるのよ! だから、あたいの取り分は放棄したってわけ! あたいのやることにいちいち干渉しないって条件でね! だから仮にあんたとあたいが一緒になっても、あんたの所には何一つ入って来ないわよ。」


高村は口元にニヤリと不敵な笑みを浮かべると、さも関心無さそうに言った。


「なに言ってんだ! 馬鹿馬鹿しい・・・ 商売は商売、お前はお前だろう。 だいいち俺はそこまでワルじゅねぇし、それにもし寺門グループに取り入るつもりなら、寺門家でのけ者にされてるお前じゃぁ役不足ってもんだろう。 そんな考えを持ってるなら、俺はお前じゃなく、姉貴の咲子に近づいてるよ!」


「ふ〜ん、なるほどね・・・それも一理あるわ!! まあ、あんたが何を企んでるにしろ、あたいにゃ関係ないけどね。」


咲夢もまた、興味無さげに答えると、枕元の灰皿に煙草を押し付け、鏡の前に座りなおすと、独特ともいえる濃い化粧を直しはじめた。


そのしぐさをジッと眺めていた高村が、ベッドに身を起こし言った。


「どうでもいいけどお前・・・なんで寝るときまで化粧してるんだ? もしかして整形とかしてたりして・・・?」


高村の冗談とも本気ともつかぬ言葉に、鏡の中の咲夢が芝居じみた笑い声をあげた。


「はははっ! あたいが整形? さあ〜それはどうかしら。 とにかくあたいはねぇ、誰にも素顔は見せないって決めてるの! もちろんあんたも同じ。 もしあんたがあたいの旦那になったら、あんただけに見せてあげる。 あたいの全てをね!」


そう言って鏡を見つめる咲夢の目は、心なしか悲しげに見えた。



(本契約)


寺門コーポレーションの接客室で、高村は現社長である寺門咲子と会っていた。


咲子は、出庫伝票の束を指先で弾きながら、高村の前に腰をおろした。


「あなたの持ってきた “商い博士” 思てたよりも評判いいわよ!」


「ありがとうございます。 あのソフトの管理機能は、寺門コーポレーションのような大企業にはうってつけでして・・・・あらゆる商品の在庫管理や、入庫出庫から金銭の出入りまで、一目でわかり・・・」


”トントン“ 「失礼します。」


興奮気味に説明を続ける、高村の言葉を遮るようにドアがノックされ、秘書の香藤重幸かとうしげゆき29才が、ティーポットを片手に入って来た。


重幸は現副社長(前社長代理)である香藤武彦の1人息子であり、兼ねてから社長である咲子との恋仲が噂されている。


堀が深く、キリッと締まったその顔立ちは、女性スタッフからも人気で、時には咲子をやきもきさせることも有るとか無いとか・・・・


そんな噂を耳にするたび、父武彦は無関心を装ってはいるものの、内心は息子と咲子との結婚を望んでいた。


重幸は慣れた手つきでカップに紅茶を注ぐと、高村に差し出した。


「どうぞ!」


「これは申し訳ない・・・」


恐縮した様子で頭を下げる高村に、咲子が隣に腰を下ろした重幸に、チラリと目線を送りながら言った。


「でもね、高村さん! 商い博士の素晴らしさは、あなたではなく、こちらの彼が証明してくれましたのよ。」


「そうでしたか。 ありがとうございます。」


「重幸さんはねぇ、商品の説明販売を一手に引き受けてくれただけでなく、寺門グループのすべてのデーターを、商い博士を使って管理が出来るようにして、各スタッフに教え込んでくれましたのよ。 その結果作業時間が短縮できただけでなく、業績のほうも確実に上がってます! 今日来ていただいたのは、重幸さんが商い博士の太鼓判を押した上で、あなたとの本契約を勧めるもんだから、それで重幸さんの言葉を信じ、少しでも早く正式な手続きを済ませておこうと思ったからなんですのよ。」


咲子はそこで一度言葉を切り、重幸に抱きつくようなそぶりで身体を摺り寄せると、高村にさげすむような視線を送りながら続けて言った!


「これであなたのメディア流通も一流会社の仲間入りね!  おほほほほほっ!  高村さん! せいぜい重幸さんに感謝することね。」



重幸にべたべたと寄り添いながら、高飛車な態度で紅茶を啜る咲子に、高村は心の中で呟いた。


”くそ〜っ・・・さかりのついたメス豚め! なにが重幸だ! 会社が上向きになったのは俺のおかげだろうが・・・・  フン! まあいいさ。 契約書さえ取り交わせばお前なんかに用は無い、 そうやってふんぞりかえってられるのも今のうちだぜ!”


顔を引きつらせながらも作り笑いを浮かべ、深々と頭を下げる高村の目には、社長室の高級ソファーに寄りかかり、ワインを揺らす、未来の自分自身の姿が映し出されていたのであった。





こうして、商い博士は爆発的な人気を呼び、二百人を越える従業員を抱える寺門コーポレーションと、高村が一人で立ち上げたメディア流通との正式契約が交わされた。


高村は、故兼光との約束どおり、社内の一角にオフィスを構え、まるで寺門グループの一員であるかのように、頻繁に出入りを繰り返すようになり、寺門コーポレーションの従業員だけにとどまらず、上層部の面々とも杯を酌み交わすほど打ち解けあい、大きな信頼を得ることとなり、今や寺門コーポレーションにとって、なくてはならない存在となっていったのである!


高村は会社のために身を粉にして働いた。 ゆくゆくは自分のものになるのだからと自身に言い聞かせながら・・・・



(秘めた野心)


そして週末、高村がアパートに戻ったのは午後9時をまわっていた。


月極め駐車場に車を止め、アパートを見ると、自分の部屋の窓に灯りが見える。


高村が思い出したようにポツリと呟いた。


”そうか・・・今日は土曜日で朝から咲夢が来てたんだ・・・!”


毎週土曜日の朝には、咲夢がやって来ては掃除を済ませ、夕食を共にするのが、高村の生活の1つとなっていたのである。


部屋のドアを開けると、ベッドに横になり、週刊誌をめくる咲夢がいた。


「あっ! お帰り・・おそかったね。」


高村は咲夢の足元に鞄を放り出すと、右手でネクタイを緩めながら言った。


「ああ、今日はあの我がまま社長が朝から機嫌が悪くって、そのおかげで段取りが台無しになっちまってな。  君は?」


「あたい? あたいはあんたが出掛けたあと、ベッドに入ったらそのまんま眠っちゃった。」


「ケッ! 姉妹そろって気楽なもんだな! 」


そう言って、ワイシャツのまま咲夢の隣に身を投げ出した高村は、ハ〜ッと大きなため息をつき、仰向けのまま目を閉じた。


それを見た咲夢が、慌てて言った。


「こらこら・・ワイシャツがしわになるじゃん!」


ワイシャツを脱がそうと手を伸ばしたとき、投げ出された左腕を見た咲夢は、高村のいつも使っていたカフスボタンが無いのに気が付いた!


ワイシャツの袖口を掴み、咲夢が言った。


「あら! あんたあたいのあげたカフスボタンは?」


「えっ・・・」


高村が咲夢に言われワイシャツの袖口を確認すると、左のカフスボタンが無くなっている。


「あれっ・・おかしいな! いつのまに・・・」


「ちょっと〜、せっかくあたいがブレゼントしたのに!」


「すまない! 明日オフィスの周りを探してみるよ。 もしかしたら誰か拾ってくれてるかも知れないし。 それより飯にしよう。」


咲夢は思い出したようにポンと手をたたき


「そっか・・・待ちくたびれて腹が減ってるのさえ忘れてた! 今準備するよ。」


そう言って週刊誌を投げ出すと、台所へと向かったのであった。




高村と咲夢は、ちいさなテーブルを挟み、咲夢の手作りのシチューを口に運びながら、5本目のビールを空けた。 


お腹の落ち着いた高村が、咲夢の顔を見つめながら、呟くように言った。


「そうだ! 今日会社のほうに警察が来てたみたいだったよ。」


「警察が?  何しに・・?」


「いや・・・俺は直接話してないからよく知らないけど、香籐副社長の話では、君の親父さんの兼光の死に、不審な点があるんだとか!」


「不審な点て・・・父の主治医は間違いなく死因は心臓発作だって・・・!」


「ああ・・・俺が思うに、警察は咲子を疑ってるんじゃないかなぁ。 何しろ、数十億っていう遺産を独り占めしてるわけだし。」


「馬鹿馬鹿しい・・もういいわよそんな話、それよりビールもう一本開ける?」


「ああ、そうだな。」


ビールをほとんど口にしない咲夢とは正反対に、高村のグラスは見る見るうちに空になり、しばらくして酔いが回ると、ゆらゆらと身体を揺らしながら咲夢のほうへ身を乗り出した。


「咲夢! 俺のおかげで寺門の業績は一気に伸びた。 だけどな、この俺はただの会社幹部では満足しない。」


咲夢は新しいビールの栓を抜きながら、ニヤリと笑い、意味ありげに熱い視線を向けた。


「ふん! そんなことわかってるわ。 あんたは寺門のすべてを乗っ取ろうって思ってんでしょう? だとしたら、咲子が警察に目をつけられてたら、それこそ好都合じゃん!」


「ん・・・う〜む・・どうやらお前は、本当にあっち寄りの人間じゃなさそうだな。」


そう言って座った目で見つめる高村を、咲夢はビールを注ぎながらにらみつけた。


「だからあたいは最初から言ったじゃん・・・寺門の家には興味が無いって! もしかして、あんたあたいを疑ってたの?」


「いや・・そうじゃない! 用心してただけだ。 よし! それなら俺の計画を聞かせてやる。」


そう言って高村はノートパソコンの電源を入れた。


咲夢が興味しんしんといった様子で覗き込む中、高村が器用にマウスを操ると、モニター画面には“商い博士”のトップ画面が表示され、その後、わけのわからない数字の羅列が表れたのである。


「これこそが俺の持ち込んだ経営管理ソフトの隠し機能だ。 今はこいつなくして寺門グループのすべての関連会社が稼動しない! 咲夢! もしこいつに外部からアクセスできるとしたら、お前ならどうする?」


「外部からアクセスって・・・“商い博士”は完璧なセキュリティーも売りのひとつだったんじゃない?」


「そうだ。 どんなハッカーもこいつのセキュリティーは敗れない・・・だが俺は別だ! こいつには俺しか知らないアクセスコードが組み込まれているんだ!」


「あんた・・・もしかして、そこから進入してコンピューターウイルスでも植えつけようって言うの?」


咲夢の言葉に、高村はニヤリと笑い、残りのビールを飲み干した。


「だとしたら?」


咲夢が驚いたように、高村の顔を覗き込んだ。


「ちょっと待ってよぅ! それじゃ管理責任者同然の、あんたの首も危ないじゃん。」


「そのとおり。 そんなことになれば、俺は間違いなくお払い箱だ。 だが、それと同時に俺を引き込んだ社長・・・つまりお前の姉の咲子も失脚する。」


「うん、それはまあ当然よね。」


表情一つ変えることなく、さらりと言ってのける咲夢に、高村は続けて言った。


「そこでお前の出番だ!」


そう言って咲夢を見つめる高村の目は、あやしい輝きを放っていた。


「えっ!!  あたい! あたいに何をしろって言うの?」


咲夢が、驚いたように眉を寄せ高村を見つめた。


「咲夢! お前は兼光の遺言を覚えているか?」


「そりゃ覚えているさ・・・今も弁護士の手元に保管されてるよ。」


「うん。 兼光の遺言では自分の亡き後、寺門の全財産は、咲子とお前とで配分されていたはずだ。 だが寺門家のやり方に反発するお前は、財産分与を放棄し家を出た・・・!」


「そのとおりだよ。 あたいはがんじがらめの寺門家より自由を選んだのさ!」


「そうだったな。 だが、遺言状の文章をもう一度よく思い出してみろ。」


【我が亡き後の遺産相続権を、長女咲子と次女咲夢の2人に与える。 ただし2人の娘のうちどちらかが必ず、寺門グループの運営に携わることを条件とし、万が一2人とも拒絶、もしくは何らかの理由で運営が困難になった場合、寺門コーポレーションはただちに解散し、資産のすべては国の基金へ贈与することとする。】 


「大まかだが、大体こんな文面だったはずだ。」


「そうそう・・・実際はもっと長かったと思うけど・・・まあ大体そうだよ! だけど・・・遺言状がどうだろうと、あたいはあんな家も会社も継ぐ気なんかないからね!」


投げつけるような言葉とともに、咲夢は立ち上がり台所へと姿を隠した。


高村がふらつきながら後を追う。


「わかってる・・・お前はきっとそう言うと思っていた。 だけど考えてみろ、咲子が社長の座から転落したら、莫大な遺産のすべてが赤の他人の手に渡るんだぞ! それでもいいのか?それに、もしこのまま俺とお前が一緒になっても、俺は一生咲子にこき使われるんだぞ! お前は名前を貸してくれるだけでいいんだ。 お前が寺門を受け継ぎ、会社は副社長の名目で俺が取り仕切る! そうなれば、お前はさらに自由を手にすることが出来るんだ。 好きなときに好きなところへ行き、うまいものをたらふく食える・・・お前は一生遊んで暮らせるんだぞ!」


咲夢は唇をかみ締め、黙ってうつむいたままなにも答えようとはしない。


高村は続けた。


「咲夢! 俺はお前を愛してるんだ! たのむ。 俺を・・・俺を一国一城の王にしてくれ!」


そう言って高村は咲夢の肩を、後ろから優しく抱き寄せたのであった。


                      ・・・・つづく・・・・


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