地獄への招待状 page1
(プロローグ)
「わたくし、こう言うものです!」
高村健造 34才は、資産家で名だたる寺門兼光の葬儀に列席し、兼光の長女である咲子 27才に名刺を差し出した。
「こんな席で失礼なのは重々承知いたしておりますが、なにぶんにもこれだけ大勢の列席者の方々がおられると、いつお話出来るかわからないと思いまして。」
受け取った名刺の名に心当たりのない咲子は、高村に軽く頭を下げると丁寧な口調で言った。
「メディア流通の高村さん?」
若かりしころの吉永小百合を思わせる清楚な顔立ちで、軽く首をかしげて見つめる咲子に、金持ちを鼻にかけ、意地の悪そうな女性を連想していた高村はホッと胸を撫で下ろした。
「はい! 実は私、あなたのお父様と約束事がございまして、聞くところによれば、お父様の亡きあと、お嬢様のあなたが事業の方をお引き継ぎになるとか・・・?」
「はい。 しかし引き継ぐとは言っても名ばかりで・・・私は事業の内容さえ把握出来ていないし、実質上は現在社長代理を勤めて下さっている香藤さんに頼りきりになると思います!」
「そんなご謙遜を・・・しかしお嬢様の大変なお気持ちも痛いほどわかります。 先日私が商談で伺った時には、お父様は年齢を感じさせないほどお元気でした。 それがあまりにも急な出来事で、私もどうしたものかと・・・」
そう言って高村は目を伏せた。
そんな高村を尻目に、咲子はひっきり無しにやって来る列席者達に頭を下げ続けていた。
百人を越える列席の客足が途切れたのを見計らい、咲子は高村に言った。
「すみません! お待たせしてしまって。 とりあえず仕事上のお話でしたら、この場ではなんですので、後日お話を伺うと言うことで!」
高村は咲子の言葉に、ニッコリと人なっこい笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。 なにぶんにもお父様とは、大きな商談の真っ最中だったもので・・・では後日と言うことで、ご連絡お待ちしております。」
咲子に約束を取り付けた高村は、焼香台の前に立ち、花束で囲まれた兼光の写真に手を合わせた。
そのときの高村の口元に浮かぶ、意味ありげな含み笑いに気付いた者は、誰1人としていなかったのである。
(商談)
後日咲子は自宅応接室で高村と会っていた。
咲子の隣には社長代理である香藤が座り、高村の話に熱心にうなずいている。
香藤武彦 50才は、咲子の父親である先代社長の寺門兼光より、その手腕を認められ、若くして兼光の片腕となった、いわば寺門グループの司令塔と呼ぶに相応しい人物であった。
香藤は高村から手渡されたパンフレットを目で追いながら、低音の響く声で言った。
「高村さん! 実はわたくし先代がお亡くなりになる前に、この件につきましてご相談を受けておりまして。」 と視線を上げる。
「それは話が早い! では手付金などのお話のほうも・・・?」
「いいえ! 社長のお考えは貴社メディア流通との専属契約を行い、あなたが当社の子会社と言う形で内部に事務所を構えると言う話でしたが、私は・・・いや、私を含む経営陣のほとんどが反対でして・・・・ と申しますのも、今現在寺門コーポレーションは経営不振に直面してまして、業績がイマイチ伸び悩んでおるしだいで・・・それに、“商い博士 (あきないはかせ)” でしたか? なにぶんにもこの手の経営管理のためのコンピーター用ソフトウエアーは、すでに様々なものが出回ってますからねぇ。」
そう言って、目の奥で冷たい光を放ちながら高村を見つめる香藤に、高村は詰め寄るように身を乗り出した。
「そんな・・・それでは話が違いますよ! 先ほどもお話したように、商い博士は今までのものとは比べ物にならないほど高機能でして、それに社長さんの方とわたくし共とはすでに契約が進んでおり、すでに商品も入庫済みなんですよ・・・!」
泣き出しそうな表情で、高村がそう言ったとき、黙って話を聞いていた咲子が口を開いた。
「高村さん、ちょっと待ってください! 今香藤さんが述べたとおり、わが社は少々伸び悩んでいます。 ですが、我が寺門コーポレーションが倒産なんて事はありえません! これはお約束します。 しかし現段階では、たとえ社長の考えとはいえ、いきなり専属契約というのは私も納得しかねます。 ですが、すでに父との話しが進んでいた以上は、あなたに全ての損失を負わせるというわけにはいきませんから、まず高村さんとの本契約の前に、サンプルとして現在仕入れている1万ケースを、寺門グループの電気部門で販売し、消費者の反応を見るというのはいかがでしょう!それまであなたは通いで、各スタッフの指導を受け持ち、本契約はその後商品の売れ行き次第ということで・・・。」
「いやしかし・・・それだと仕入れ先の業者がとても今現在の単価では納得してくれません。あくまでも専属契約という条件で破格値を打ち出してくれているのですから。」
咲子は食い下がってくる高村に、契約書を突き返し、隣の香藤に言った。
「香藤さん! 私の考えは今言った通りです。 この先はあなたの判断にお任せします。」
咲子は椅子から立ち上がり、初対面の時からは想像もつかない、まるで感情を覆い隠したかのような冷たい表情で高村を見下ろし言った。
「高村さん! 父兼光が亡くなったと言うことは、その時点で契約そのものも白紙に戻ったも同然ですのよ。莫大な損失を免れただけでも儲けものでしょ!」
それだけ言うと、咲子は香藤を残し部屋を出ていったのである。
「そう言う事ですので、高村さん! お嬢さんのお考えが変わらぬうちに、仮契約だけでも済ませておきませんか? お嬢さんはああ見えて、先代社長と同じく頑固者です。 あなたの立場もわかりますが、ここは折れたほうが得策かと思いますよ!」
「・・・・」
こうして高村は、思いもよらぬ咲子の態度に圧倒され、渋々ながらも承諾してしまったのだった。
(咲夢)
寺門家の玄関を出ると、広大な日本庭園を横切るように、これまた巨大な白壁造りの門に向かって敷石が伸びている。
重い足取りで歩んでいた高村は、庭の中央辺りに立ち止ると、寺門家を睨み付けるように振り返った!
“あの小娘め、俺をなめやがって! 今に見ていろ・・・こうなりゃ何としてでも寺門グループの懐に転がり込み、いつかかならずお前を後悔させてやる・・・”
高村は口元を歪め、憎々しげに呟いた。
” ペッ” と唾を吐き門をくぐると、門扉にもたれ掛かり携帯をいじくる、いかにも今時の娘といった風貌の、20代前半とみられる女が立っているのが目にとまった!
女は高村に気付き顔を上げると言った。
「あんたさぁ・・・姉貴との商談で来たんだろ?」
高村は驚いたように足を止め
「えっ! 姉貴? と言う事は、貴女は寺門家の?」
と、女のつま先から頭のてっぺんまで舐めるように見た。
「そうだよ! 咲子の妹の咲夢。 もっとも、あっちはあたいを妹とは思ってないかも知らないけどね!」
咲夢は胸元の大きく開いたブラウスに、デニムのミニスカートといった出で立ちで化粧も濃く、高村の目には決して良家のお嬢様という印象は得られなかった。
「これはこれは、咲子お嬢様に妹さんがいらしたんですか、それは存じませんでした。」
そう言って咲夢の顔をまじまじと見つめる高村の頭を、一瞬曖昧な記憶が通り過ぎていったのである。
”あれっ! 気のせいかな? この女、どこかで会った気がするが・・・”
と、高村が首をかしげたとき、咲夢がやや不満そうな表情に、うっすらと笑みを浮かべながら言った。
「だめねぇ、大企業寺門コーポレーションの懐にもぐりこもうって言うのに、あたいのことを知らないなんて。」
高村は咲夢のことを思い出そうと記憶をたどったが、まったく出てこない。
“まるで思い出せない! やはり気のせいだな。 まあ・・この手の女はどこにでもいるからな・・・どうせ何処かの飲み屋の女とイメージが重なってるんだろう!”
高村は一瞬の動揺を気付かれないように、ニッコリと微笑んだ。
「いえいえ、そんなもぐりこむだなんて滅相も無い。 お父様はお嬢様たちのことは何一つ話してくれませんでしたから・・・それよりも、妹さんがこんなところで何をされてたんです?もしかして、どなたかと待ち合わせですか?」
高村が冗談まじりに冷やかすかのように訪ねると、咲夢は携帯をパチンと閉じ
「うん。 まあそんなところかな。」
そう言ってスカートのポケットに携帯を無造作に突っ込んだ。
「でしたら邪魔者はさっさと消えなければ。」
言い残し、高村が持っていた鞄を抱え直し、車に向かって歩き始めた・・・そのときだった!!
予期していなかった言葉が、咲夢の口から発せられたのである。
「あたいが待ってたのはあんただよ、高村さん!!」
「えっ!」
高村は門の脇にある広い駐車場に止めてあった、白いカローラの車の前でピタリと立ち止まると、近づいてくる咲夢を振り返った。
咲夢は高村の車に寄りかかるように身体を預けると
「あんたさぁ、親父の所に何度も来てたよねぇ? あたいいつも見てたんだ。 そしたらさぁ、何でかわかんないんだけど、なんかだんだんあんたの事が気になり始めて・・・!」
そう言って柄にもなく顔を赤らめ視線をそらす咲夢に、これまで口先だけで世の中を渡ってきた高村は驚いた素振りさえ見せず、ニッコリと白い歯を見せて笑った。
「ほう! それは光栄ですな。 あなたのように美しく、しかも寺門財閥のお嬢様からそんな言葉が聞けるとは夢にも思いませんでした!」
もともとプレーボーイで、女から言い寄られることに慣れっこになっている高村は、車の後部座席に持っていた鞄を放り込むと、咲夢の前に歩み寄った。
咲夢が言った。
「あたいさぁ、こう見えても結構もてんのよね! だから自分からコクるなんて初めて・・・あんたなんて、特にいい男とは思わないのになんで興味が湧くんだろ?」
ぶっきらぼうな言い方ながらも、恥ずかしいそうにうつむく咲夢を見て、高村は心の中で呟いた。
“こりゃ運が向いてきたぜ! この女を利用して、あの咲子って小生意気な女に一泡ふかしてやる“
「とにかくここで立ち話というわけには行かないし、何処かその辺りでお茶でも?」
そう言って助手席のドアを開き、咲夢に優しく微笑みかける高村の脳裏には、野望という名のシナリオがはっきりと描かれていた!
・・・・つづく・・・・