第二十一話
目の前に差し出された紙をショタ神は、身体を震わせ……声を震わせながら読み上げてしまう。
「お前! それをどこで……」
その時だった。
「ぐあ!?」
突如、ショタ神の背中に富士山よりも重い……抗いがたい圧倒的な何かがのし掛かる。
「がああああぁぁぁぁ!!!!」
その力は、ショタ神の顔を地面がめり込む勢いで叩きつけると、うつ伏せのまま地面に圧しつけ、ショタ神の自由を奪う。
「ぐ……うぐ……」
「流石の先輩といえど、この深紅の紙の権力には逆らえなかったようですねぇ……」
赭神は、身動きの取れず、苦しんでいるショタ神を見下すように冷たい笑みを浮かべると、その視線を手に持っている深紅の紙に移す。
「先輩には説明する必要もないと思いますが、あえて語らせて頂きますね」
冷たい口調のまま、自分の力を示すかのように赭神は、自身の顔と深紅の紙をショタ神に近づけ、苦痛に歪んでいるその横顔を踏みつける。
「この『異世界転生特別措置法』の意味を……」
赭神とショタ神のその構図は、大の大人が幼女を虐待しているようにしか見えなかった。
「この世界には幾多もの世界が存在しますが、我々神々は、本来、いかなる事情があろうとも、その世界に干渉する事は許されていません」
「……だから……どうした!! それが……私達神々に定められた……『閻魔規定』で定められたルールだろう!?」
赭神に踏みつけられ、身動きが取れない状態でも、懸命に言葉を返すショタ神。赭神は、ショタ神の態度に……いや『閻魔規定』という言葉に過剰に反応し、舌打ちをしてしまう。
「ええ……そうです。ですが、ある特別な事情があれば、我々は、下界の生命に手出しする事が出来ます。それがこの『異世界転生特別措置法』です」
赭神は、その『異世界転生特別措置法』をショタ神の顔の真ん前でひらひらさせながら話を続ける。
「例えば、あまりにも混沌とした世界があり、現地の住人ではどうにもならない……とかね。そんな時、別の世界からこの『異世界転生特別措置法』に書かれた人物を呼んで対策を打つわけです」
「……くう……ぐ……」
いまだ動きを封じられ、歯痒い思いをするショタ神。だが、それでも彼は必死に大声を発する。
「だ……だが、それは滅多な事では発行されない、珍しい法だ! ましてや、閻魔大王の特別な押印が……許可が降りなければ、発行自体されないはずだ!」
正に、あらかじめ用意されていた台本のような答えに、赭神は思わず口角を上げると、赭神も、前もって用意していたかのように次の台詞を吐く。
「ええ……ですから、あの女を通さずに発行したんですよ。……この『異世界転生特別措置法』をね」
それはショタ神にとって寝耳に水だった。何故なら、閻魔大王に会う事なく、『異世界転生特別措置法』が降りるなど、今の今まで一度も聞いた事がなかったからだ。
「……ば……ばかな……! そんな事できるわけ……!!」
「実際出来てるじゃないですか。ほら」
赭神は、ショタ神を嘲笑うかのように『異世界転生特別措置法』を目の前でひらひらとかざし……重い腰を上げるかのように上体を持ち上げる。
「まあ……出来てると言っても、あの女の力が込められている訳じゃないですから。偽物なんですがね」
「……偽物だと……?」
その瞬間、地面に圧しつけられ、顔を踏みつけられていたはずのショタ神が、地べたから身体を引き剥がすと、赭神の足を押し返すように懸命に立ち上がろうとする。
「お前……そんな事が……まかり通ると思ってるのか……偽物の力で、魂を蔑ろにする事が……本当に許されると思っているのか!?」
必死に偽の力に抵抗し、なんとか四つん這いにまで身体を起こしたショタ神。その姿に、赭神は不快感を覚える。
「……なるほど……その姿になっても、力は衰えていない……というわけですか……しかし……」
赭神は、ショタ神の後頭部にのせていた足をすっ……と退けると、そのまま後方へ足を引き、自分のすねに顔面がめり込むようにショタ神を蹴り上げる。
「がっ……はあああぁぁぁ!!!」
鼻と口から血を出しながら、宙を舞うショタ神。その身体は、深紅の紙の力によって、仰向け状態のまま凄まじい勢いで地面に叩きつけられる。
「ああ……ズボンが汚れてしまいました……」
血のついたすねの部分をほろい、ゆっくりとショタ神に近づく赭神。右足を高く上げると、みぞおち目掛け、先ほどよりも力を込めて踏みつける。
「ぐっ……があああぁぁぁあああぁぁぁ!!!」
「この紙が偽物とか、この際どうでも良いんですよ。現に、あなたは逆らえない訳だし」
鈍い音を立て、少しずつみぞおちに沈み込んでいく赭神の右足。その度にショタ神は嗚咽のような悲鳴を上げる。
「ぐう……あ……ああ……」
「ああ……なにか昔を思い出しますねぇ……」
その苦しむ姿を見て、なにか言い知れない優越感に浸る赭神。ショタ神を踏みつけたまま、なにか考え込むように自分の額を人差し指でとんとん……と叩く。
「そう言えば、この逆転した力関係をなんて言うんだったかな……? どこか……異世界ものの書物が流行ってる世界で耳にしたんですけどねぇ……」
「……あ……が…………か…………」
この間にも、赭神の右足はみぞおちに痛々しく沈んでいき……ショタ神の口からは、なにか、泡のようなものが吐き出される。
だが、赭神はそんな事は気にも止めず、しっくりくる言葉が見つかったかのように、額の人差し指の動きを止める。
「……ああ、そうだ。『ざまぁ』だ。この状況……正に『ざまぁ』という言葉がぴったりだと思いませんか? せ・ん・ぱ・い」
……と、その時だった。赭神の右足になにか不快な感触が伝わってくる。赭神が苛立ちを覚えながら足元を見下ろすと、そこには、赭神の右足を両手で掴み、最後の力を振り絞るように引き剥がすショタ神の姿があった。
「……が……はあ……はあ……な……なにがざまぁ……だ……! お前が昔……犯した罪が……そこの世界に生きる生命に……どんな影響を与えたか……忘れた訳じゃあるまい……!」
必死に抵抗し……必死に諭してくるショタ神の姿に……赭神は嫌悪を……憎しみの感情を抱く……
「あなたは……本当に面倒臭い存在ですねぇ……」
赭神はそう呟くと、掴まれている右足を乱暴に振り、ショタ神の両手を振り払うと、右手でショタ神の首根っこを掴み、そのまま腕一本で自分の胸元まで持ち上げる。
「かはっ……!」
口元から涎をたらすショタ神。
「これ以上、あなたと話をしていても時間の無駄のようです。元々、価値観が違うのですから」
赭神はそういうと、ショタ神をごみを投げ捨てる様に地面に放り投げた。ショタ神の身体は地面を少し跳ね、ごろごろと転がると、見えない壁に激しくぶつかり、うつ伏せ状態のまま倒れる。
赭神は、それを見届けると、上着の両ポケットに手を入れ、ショタ神に背を向ける。
次回の更新は、11月7日(土)を予定しております。




