第十八話
第五節は、三話構成の予定ですが、更新は間隔が空くと思います。
ここは、何処にでもあるごく普通の住宅街……
東を見ても、西を見ても、個性的な一軒家が立ち並ぶ……
その東西に立ち並ぶ一軒家の間を、細い一本の、一車線の道路がまるで地面を切り裂くかのように延びていく……
街の住民達は、乗用車という名の文明の利器を利用したり、足の無い者は、自分の脚を使って歩くなどし、この一車線の道路のお世話になる……
そして、今日もまた……この一車線の道路を一台の四トントラックがお世話になろうとする……
「あー、何処かに良いおなごでもいねえべかあ?」
彼の名は『運天擦造』。配送業を生業とする男性だ。彼はこの仕事をして30年間、一度も事故を起こした事がなく、それが彼にとって唯一の誇りであり……51年間、彼女募集中だ。
通い慣れた道を、長年の経験で安全運転する運天擦造。すると、お昼時もあってか、運転席の窓硝子からは、ランドセルを背負った下校途中の小学生達が、こちら側に駆けてくるのが見える……
縁石の歩道を、可愛らしい声で駆け抜けていく子供達……その姿に、運天擦造の顔から自然と笑みが溢れてしまう……
「……いかん、いかん。安全運転、安全運転!」
瞬時に前方を向き直す、運天擦造。背筋を伸ばすと、しっかりとハンドルを握り、気を引き締める。
長く、延びた一本道を危なげ無く走っていく四トントラックは、やがて、一組のカップルを目にする……
「ねー♪ さっきから何を考えてるのー? ふみちゃん♪」
「んー? 又男ちゃんの事ー♪」
背高の男性の腕に抱きつきながら、十字路を歩いてくる小柄な女性……ふたりは、交差点に差し掛かると素直に信号待ちをする……
「えー? 本当かなあ? 実は旦那さんの事を考えていたり……」
「そんな事無いよお♪ 私、又男ちゃん一筋だよぉ?」
信号待ちの間も、絶えず愛を確かめ合うカップル。そこに、下校中の小学生達が割って入って来る。
「ねーねー、お姉ちゃんたちは、つきあってるのー?」
「そーよー♪ とってもラブラブなのー♪」
「ちょっと、特殊な関係だけどねー♪」
「……どーゆーこと?」
無垢な心をからかうかの様な発言に、ただただ、首を捻る子供達……
そんな少し不思議な光景を、運天擦造は運転席の窓から見つめ、ぼそりと呟く……
「あー……良えのぉ……儂も、一度で良いから、あんなめんこい娘と手ぇ繋いで歩きてぇもんじゃのぉ……」
今も尚、安全運転を続ける運天擦造の運転する四トントラック。しっかりと青信号を両目に捉えると、法廷速度を守り、交差点に近づいていく。
その激変は……流水のように淀みなく自然に訪れた……
「うああぁぁ!? 何事だあ!?」
突如、操縦不能に陥った運天擦造の四トントラック。法廷速度を破ったかと思うと、そのまま交差点に向かって突っ込んでいく。
「だ……誰か、助けてくれええぇ!!」
アクセルを離してるにも関わらず、ぐんぐん速度上げ、走る凶器と化したそれは、信じられない速度で、何故か信号待ちをしているカップル達に向かって牙をむく。
「な、何でだあぁ!? 何でさっきからハンドル、言うこと聞いてくんねえぇんだぁあぁ!?」
何とか歩道に乗り上げるのだけは避けようと、運天擦造は死に物狂いで反対側にハンドルを切ろうとするが、ハンドルは、不動の山の様に頑として動かない。
「があああぁぁぁ!!! 動けええぇぇ!!! 動けええええぇぇぇぇぇ!!!!」
それでも彼は、最期まで諦めず、渾身の力を持ってハンドルに逆らい続ける。絶対に動かせると信じて。




