イカサマ師の最終問題(三十と一夜の短篇第43回)
お前にはおれの弟子として、いろんなイカサマのテクニック、そしてなにより嘘の見抜き方と見抜かれない嘘のつき方を教えてきた。そこでちょっとした話をする。たぶん、きいたことはないはずだ。まあ、座れ。ああ、その前に焼酎とライムを忘れるな。
いまから話すのはお前に会うよりもずっと前にあったことだ。あのとき、おれはサン・バティスタでやらかしたイカサマのせいで街を追われ、ナグーラやサン・ホルヘ・デ・カラといった逃げた先の街でも性懲りもなくイカサマをして、ついに国にいられなくなり、ガダマエラなんてジャングルの奥地の飛行場でコロンビア行きの飛行機を待つハメになった。
その飛行場ってのは奴隷たちがひいこら泣きながらジャングルを切り開いてつくったとこでな。おれのペニスよりも短い空き地を滑走路と呼び、トタン屋根の小屋を空港事務所といけしゃあしゃあ名乗るようなもんだったのだが、その空港事務所にポーカー向けの丸テーブルがあったのがよくなかった。また悪い癖が出て、気づけば、おれは三人の男とテーブルを囲んでポーカーをしていた。一人は腰からコルト拳銃を下げてるサンガアラって名前の黒人で、もう一人はワニ猟師(こいつがひでえ臭いのするワニの皮を丸めて壁に立てかけてやがった)、そして、最後の一人は、まあ、なんていうか場違いな男だった。まるで天使みたいに美しい男だったんだよ。肩まで伸ばした金色の髪だの、デンマークの陶器みたいに白い肌だの、深みのある青い眼だので、火のついた煙草を指に挟むその仕草一つとっても優雅なやつだった。その天使男はただミゲルと名乗った。おれはそいつが逃亡中の結婚詐欺師と睨んだ。
ポーカーのほうはどうだったかと言うと、イカサマするまでもなかった。三人のなかでそこそこ手強かったのはサンガアラだけで、ワニ猟師はいままでトランプに触ったこともねえんじゃねえかってくらい弱くて話にならなかったが、天使男のミゲルのほうはもっとひどかった。いい手が来るとその嬉しさが顔にすぐに出て、悪い手が来ると分かりやすく落ち込んだ。その様子を見てると、おれは妙にミゲルに親近感を覚えた。あちこちの賭場を荒らしたから、いろんなハンサム野郎を見てきたが、こんなに素直なやつは初めて見た。たいていのやつはおつに澄ましてて、自分でポーカーフェイスだと信じてる仏頂面をしている。が、ミゲルは悲しいくらい分かりやすいやつだった。
所持金が減ってくると、他の連中はだんだん賭け方が小さくなり始めた。そこでおれは何度かわざと負け、ポーカーが続くようにした。もともとヒマをつぶすために始めたポーカーだ。儲けるつもりはない。こんなところでボロ勝ちしてもたかがしれてるし、することがなくなるほうが厄介だ。もう真夜中で村には帰れないし、飛行機が来るまで、あと三時間もある。こうなるとポーカーの席に身の上話が混じるようになる。勝負を希釈して、ヒマつぶしを長持ちさせるわけだ。黒人のサンガアラは若いころに参加した戦争で将軍から重くて動けなくなるほど勲章をつけてもらった話をして、ワニ猟師は蒸気機関車みたいにタフなワニと一騎打ちした話をした。お前も知っての通り相手の嘘を見抜き自分の嘘を見抜かせないイカサマ師のおれは、二人の話が嘘だと分かっていた。ただ、まったくの事実無根というわけではなく、サンガアラは従軍しただろうし、ワニ猟師はワニを獲っただろうが、話をかなり盛っていた。そこでおれも話を盛った。おれは自分を自由党の領袖アゴスティーニョ議員の個人秘書官だと自己紹介し、ガダマエラに国営鉄道を敷く価値があるかどうかを確かめに来ているということにした。サンガアラはゲラゲラ笑い、ワニ猟師はこんなとこに鉄道を敷いたところでワニの投身自殺にしか役立たねえと言った。もちろん、おれは嘘を言ったが、全くの事実無根ではない。おれは実際、あのフリオ・〈しみったれのクソ野郎〉・アゴスティーニョの秘書をやってたことがあったのだ。誓って言うけど、あいつほどこすっからい悪党は見たことがないね。賄賂、密輸、秘密情報とカネになることならなんでも足を突っ込んで、あくどく儲けていた。おれなんか、さんざん賄賂の配達に使われたもんだ。おれは一度、やっこさんの賄賂入り封筒を運んでいてパクられた。やっこさんが自分の名前を警察に出して、担当した警官の胸ポケットにちょっと酒代を入れてやれば済んだ話なのに、やっこさんはそのカネを惜しんで、おれをムショにぶちこませた。そんなに長くは入ってなかったけど、出所したときにおれが運んでた賄賂を弁償しろと言われたときゃ、マジで頭に来てね。やつが使ってる賄賂の運び屋どもを言葉巧みにゲームに誘い、イカサマで負かして、封筒の中身を全部巻き上げてやった。おかげで届くべきところに賄賂が届かず、やっこさんの神通力はたちまち雲散霧消して、最後はムショにぶち込まれた。ざまあみろってもんだ。
さて、最後に天使男のミゲルの番になった。さぞ分かりやすいホラを吹いてくれるだろうと期待していたが、やつは掛け値なしに本当のことを言った。正直、その話は信じられなかったが、やつに嘘を言っている気配は全くなかった。やつはこう言った――、
わたしがこの終わることのない旅をせざるを得なくなったのは今から百年以上前、1811年の12月1日のことです。スペイン本国がナポレオンによって倒され、その兄弟が国王に即位すると、わたしのような植民地の貴族階級は本国による植民地支配の無効を訴えました。我々はボルボン家に仕えているのであって、ボナパルト家に仕えているのではないのです。我々は簒奪王政に反旗を翻し、ナポレオンに忠誠を誓う似非王党派を相手に独立戦争を始めました。わたしは第三独立槍騎兵隊を率いて、各地を転戦したのです。そのころの独立派は一つにまとまっていましたが、戦争が勝ちに転がり始めると、戦後の統治形態が問題になり、独立軍のなかに徐々に政治的な相違が現れ始めました。貴族による保守的な王国か革命家による自由主義共和国か。独立派は保守派と自由派の二つに分裂し、内戦を始めました。そのすさまじさときたら、ボナパルト派に対する戦争が子どもだましに思えるほどでした。酸鼻を極める出来事がいくつも起こりました。敵に与したとみなされた町や村が焼き討ちにあい、大勢の人間が木から吊るされ、都市部では卑劣な暗殺の応酬が止まりませんでした。恥ずべきことにわたしは保守派としてこの内戦の時代にある過ちを犯しました。
わたしの一族はサン・ビオンドと呼ばれる領地を持っていました。独立戦争と内戦のせいでしばらく留守にしていましたが、そこに自由派のゲリラが現れたということで、わたしの騎兵隊はサン・ビオンドに帰還することとなりました。わたしが指揮する騎兵隊の副官にはミラモン伯爵がいました。わたしの幼馴染で戦争中もずっとともに戦い抜いた唯一無二の親友でした。元々は明るくてダンスが好きな、気の良い男でしたが、戦争に関わるうちにだんだんと残酷なふるまいが目立つようになり、そして、彼の妹のアウレンティーナが戦争を避けて疎開中の旅で自由派に襲われ、惨たらしく殺されて以来、ミラモン伯爵の残酷さは歯止めが利かなくなりました。アウレンティーナはわたしの許嫁であり、まだ幼い子どものころ、よく遊んだものです。ああ、かわいそうなアウレンティーナ。彼女がどんな悪事をなしたのでしょう? 情け深く優しい少女だったアウレンティーナをあんな惨い目にあわせるようなやつらとはどんな連中なのでしょう?
我々がサン・ビオンドに到着したとき、村のインディオの婚礼の宴が行われていました。我々が国じゅうを転戦し、アウレンティーナの死という悲報に暮れているとき、にぎやかにしている彼らを見て、ああ、なんと恥ずべきことか、わたしは彼ら全員がゲリラの一味に違いないと思い込んでしまったのです。戦争で変わったのはミラモン伯爵だけではなかったということです。わたしたちは婚礼のダンスのなかに馬で乗りつけ、宴の席をめちゃくちゃにしました。村の長老が現れて、わたしに言いました。
「殿さま、なんで、こんなことをするんですか? わしらはいつだって、あんたがたの言う通りにしてきたじゃありませんか?」
わたしがこたえようとするのを遮って、ミラモン伯爵が言いました。
「だまれ、この謀反人が! お前たちがゲリラを支援してることは分かっている。かくまっているゲリラを差し出さねば、村を焼き払ってやる」
「ゲリラ? それがどこにいるかですって? なら、教えましょう。小さな戦争はあんたさまの心に巣食っておりますわい!」
ミラモン伯爵がピストルを鞍から抜き出して、長老の頭を撃ち抜いたのはあっという間の出来事でした。そして、それを合図に殺気にみなぎっていた騎兵隊の隊員たちが村人に襲いかかったのです。悪夢でした。ある軍曹は小さな子どもを槍で突き殺し、まだ少年と言ってもいい若い騎兵は老人の手首を縛ってトロットで馬を駆けさせて引きずりまわしました。
わたしはそのなかで呆然としていました。さっきまでの冷酷な心はあっという間に臆病者の怯みに変わりました。おめでたいわたしは自分の部下たちがこんなことができるケダモノだとは知りもしなかったのです。
そのうち、ミラモン伯爵が一人のインディオの少女を連れてきました。それはその夜の花嫁でした。
「ミゲル、この娘の初夜を奪うんだ。花婿の見ている前でな」
「正気か? この娘がなにをしたというんだ?」
「こいつらはゲリラだ。人間じゃない。こいつらみたいな表でへいこらして、裏で銃に弾を込める卑怯者どものせいでアウレンティーナは死んだんだ。やれ! アウレンティーナのために! アウレンティーナを愛しているなら、その死の復讐をするつもりがあるなら、この家畜を犯せ!」
わたしとミラモン伯爵は地面に組み敷かれた花婿の目の前で花嫁を犯しました。ああ、神よ、わたしはなんと愚かだったのでしょう。アウレンティーナの復讐だと自分の心を騙しましたが、本当はあの狂乱のなか、わたし一人が正気を保つことを恐れたのです。仲間外れにされることを恐れたのです。
全てが終わると、ミラモン伯爵はシャツのボタンを留めながら、花婿にナイフを一本投げました。そして、彼を組み敷いていた部下たちに花婿を自由にするように言うと、花婿はナイフに飛びつき、自分で自分の喉を切り裂きました。屈辱に耐えられなかったのです。花嫁のほうはといえば、死体だらけになったサン・ビオンドの村を眺めた後、花婿の死体のそばにひざまずき、その喉からほとばしる鮮血を顔に塗りたくりました。そして、こう言ったのです。
「わたしの命を捧げる。この呪わしい夜が明けるとともに、お前たちは灰になる」
そして、花嫁は舌を噛み切って死にました。
ミラモン伯爵は笑いました。部下もみな笑いました。
夜明けはすぐそこまで迫っていましたが、インディオの少女の呪いを真に受けるものはいませんでした。そして、ミラモン伯爵が自分の馬にまたがろうとした瞬間です。東の空が白み始め、一筋の曙光がミラモン伯爵を照らしました。すると、伯爵は鞍を飛び越して落ちてしまったのです。そして、見てみると、そこにはミラモン伯爵のかわりに彼の着ていた軍服とブーツ、そして大量の白い灰があるだけだったのです。それを見て、騎兵隊の部下たちは恐慌に襲われ、そして次々と灰となって崩れていきました。わたしだけが馬にまたがって、夜よりも暗いジャングルへと飛び込み、助かりました。しかし、夜が明ければ、わたしは灰になってしまいます。そして、それ以来、わたしは明けることのない夜のなかを無我夢中で西へ西へと逃げ続けているのです。インディオたちの幸福になるはずだった血塗られた初夜を逃げ続けているのです。あれ以来、一度の夜明けも経験したことのないわたしは一日とて歳を取ることもなく、ただ灰になる恐怖とインディオの花嫁への後悔を抱えながらジャングルを、平原を、大海原を、そして空を西へと逃げ続けているのです。
さっきも言ったが、この人のいいミゲルは嘘がへたくそだ。すぐに顔や態度に出る。そして、この話をしているあいだ、ミゲルは嘘を言っていなかった。全てを話し終えたそのときだった。ガラス窓に光が差し始めた。ミゲルは飛び上がって驚いた。あとで分かったのだが、飛行場の時計は二時間半遅れていた。まだ三時だと思っていたのが、もう五時半だったのだ。そのとき、飛行機のエンジンの音が外からきこえてきた。ミゲルはテーブルの上のカネもそのままに小屋を飛び出した。逃げないと、逃げないと! って叫びながらな。
ところがミゲルが外に飛び出した直後、これまた尋常じゃない叫び声がした。死ぬほどビビってる人間しか出せないような声だ。それでおれたちが外に飛び出した。だが、そこに天使男のミゲルはいなかった。そのかわりに東から差した太陽の光のなかにミゲルの着ていたスーツと靴が灰まみれで転がっていた……。
さて、これがおれの話だ。
そして、弟子であるお前に課す最後の試験だ。
いまの話、おれは嘘をついてると思うか? それとも本当の話だと思うか?