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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
マガイモノの献身
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歓迎会

 ファレンの憔悴した様子は見ていられなかった。彼女の訴えの悲痛さのためもある。だが,それ以上に,もしかしたら自分も彼女と同じ状態に陥る可能性があるのではないかと思うと,薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。自我の喪失感は,その気配を,私自身かつて触れたことがあるだけに他人事とは思えなかった。自分が自分でない感じというのは,突き詰めていってしまうと,世界に見放された穴底に落ちてしまう。ファレンの話で痛感した。彼女が暗い穴の底で震える姿は,私であったかも知れないのだ。そのことを一旦意識してしまうと,私はもう彼女の姿を直視することができなくなった。

 獣憑きたちの資料を調べるのは,そんな彼女から逃げるためでもあったかもしれない。私の臆病な心は資料調査という名目を与えられるとすぐに飛びついて,かえって私の意識を作業に集中させてくれた。そのおかげもあり,ここ数日はレイメル関連の資料の発掘がすこぶる順調に進んだ。

 レイメル家はルシーカ末期のある魔法研究家集団にルーツを持つらしい。非常に古い家系だ。ルシーカ末期のとある政治家が彼らの危険性を警告する手紙を宰相に送っている。いわく『ここ数年,レイメルなる狂信者の魔法使いどもが,主上のお膝元を騒がせている。あのような危険な集団を野放しにしてはならない』とのことだ。当時はどうやらテロリスト扱いだったようだ。だが,そのすぐ後にルシーカの政情が不安定となり反乱が勃発したことで,その手紙の内容はうやむやになってしまった。

 レイメルが研究していたのは,いわゆるおとぎ話の魔女が使う魔法,魔女に粗相を働いた相手をカエルに変えたり,憎い相手を豚に変えてしまったりする変身魔法であった。このような魔法は復讐魔法とよばれ,術者の復讐心に応じて発動すると言われる。というのも,あまりに古臭い魔法なので今の時代では失伝してしまったのだ。その復讐魔法を密かに継承し研究していたのがレイメル家というわけである。ルシーカの国政が混迷を極めていた当時には,彼らはかなり強引に研究を進めていたようだ。あるルシーカの商人の日記には『ここ最近,人がこつ然と消える事件が多発している。人々はレイメルという悪魔の手先共の仕業だと噂している。やつらは人々を生贄にして何か恐ろしいことをしようとしているに違いない』と書いている。どのような目的で復讐魔法を研究していたかは定かではない。ただ,レイメルからの離脱者の古い手記の断片には『彼らは器を作ろうとしていた』とある。これが何を意味するのか。

 しかし,手元にある資料は近くとも百年前までのレイメル家の内情を覗かせてくれるものでしかないため,取り潰しの原因となった“人でなしの魔法”がこの復讐魔法の研究と関連があるかは分からない。そこで,私は父上に手紙を送り,お家取り潰し事件の詳細を教えてくれるように頼んだ。王宮と太いパイプのある彼なら真相を知っていることだろう。


 ジーンとアンから知らせを受け取った。準備ができたので今日のうちに屋敷へ来るらしい。本来二人は外泊できないのだが,そこを何とか出来てしまうのが貴族の力である。こういう時に子爵位が役に立つ。

 二人の紹介も兼ねてささやかな歓迎会を開くことにした。アニヤたちも屋敷にずっと閉じ込められていて窮屈だろうから,少しでも気晴らしになればと思った。

 テトやリネルなどは平気そうな顔をしていが,アニヤはここ最近いつもの元気がないように見える。ファレンのこともあるだろうが,やはり屋敷から出られないというのが堪えるのだろう。大丈夫かと尋ねると彼女は気丈に「平気ですよ」と笑ってくれるが,その笑みには若干の疲れが見えた。あからさまなのがマリアナである。彼女は明らかに退屈そうにしていた。室内で出来る遊びに飽きたとみえて「まだ外に出られないのかよ」などと不貞腐れた様子で不満を口にした。私は「もう少しの辛抱です」と宥める他なかった。レイメル家のことがさらに分かれば道も見えてこよう。

 ヴェスターやブロンストに今のところ動きはない。相変わらずこの屋敷を監視しているらしいが,それ以上は手を出してこない。向こうも打ち手がないようだ。そろそろバヌカスあたりがしびれを切らして仕掛けてくるかとも思っていたが意外にも大人しくしている。ラグダニエルが抑えているのだろうか。そうならばご苦労なことである。

 我が弟妹が屋敷に到着したのは夕方のことだった。

「二人共,ようこそいらっしゃいました」

 玄関で出迎えると,アンはいつも通りの無表情だったが,ジーンはややソワソワとして落ち着かない様子だった。

「ジーン,どうしました。変な顔をして」

「いや,なんというか……」

 彼は口ごもってはっきりとしたことを言わない。私が不思議に思っていると,アンが訳を教えてくれた。

「ジーン,久しぶりににいさまと会って緊張してる」

「あ,こら,アン!」

 ジーンは慌ててアンの言葉を打ち消そうとした。

 そういえば,ジーンとまともに会話するのは久しぶりだったか。彼が入学した直後は何かと忙しく,ちゃんと話をする機会が持てなかった。当時は左の思想にはまり込んだ連中が騒ぎを起こしており,その対処で手が回らなかった。あらゆる富は皆で共有すべきだなどと共産主義みたいなことを言い立てており,まあそれも一つの国家の考え方だとしても,同じ理想を掲げていながら内部抗争などやり始めたから手が負えなかった。結局,その中で統率力のありそうな生徒を見つけて秘密裏に支援し,その他の指導的立場にあった者たちを,こちらも手を回しながら,一掃してもらった。もちろん物理的にではない。私は非暴力主義だ。脛に傷ある者共だったのでその傷を蒸し返して失脚してもらっただけである。今では理想を同じくする者たちで仲良くやってくれているようである。当時はそんな調子で忙しく働いていたので,時々,廊下でジーンとすれ違っても軽く挨拶するくらいだった。

 私は何となくジーンに対して済まない気持ちになった。ジーンのことについては風のうわさで当然耳に入ってくる。それだけで満足して直接彼に言葉をかけなかったのは私の手抜かりだ。

「あなたのことは聞いていますよ。一年にとても優秀な剣の腕を持つ生徒がいるとか。頑張ったのですね」

 そう言うと,彼は照れたように顔をそむけてしまった。私とアンはそんな弟を面白がりながら見つめるのだった。


 歓迎会はその日の夜に開いた。どうやらアニヤとテトも料理の準備をしてくれたらしい。特別な日だからと執事と料理長に頼み込んだようだ。さすがに断りきれなかったのだろう。

 こういう集まりにはあまり顔を出さないかと思っていたが,リネルもパーティに参加するようだ。屋敷内で皆で茶会やカードをしていても一人本を読んでいるような彼なので珍しい。

 そして,今日は体の調子もよいファレンも参加してくれた。ここ最近は症状も落ち着いているようだ。

 食堂に一同会した所で私は皆にアンとジーンとを紹介した。

「今日は二人のためにこのような会を開いて頂いてありがとうございます。こちらが私の弟と妹のジーンとアンです。ジーンは最近,剣に夢中なようで多少ぶっきらぼうな所がありますが,昔から人懐こい子ですので皆さんすぐに仲良くなれると思います」

「兄上!」

 冗談めかして弟を紹介すると彼から抗議の言葉が飛んできた。

「昔はもっと背が低くて私よりも小さかったものですが,いつの間にかこんなに大きくなってしまいました。ただ体格のおかげか剣の腕はそこそこ立つようですので,護衛の役にでも立たせてやってください」

 ジーンの抗議を無視して続けると彼は諦めた表情をして何も言わなかった。だがその耳にはやや朱色が差しているので単に照れているだけのようだった。アニヤたちはそんな彼を微笑ましそうに歓迎の笑みを向けてくれた。

 続いてアンの紹介だ。

「アンは昔から大人びた子でよく本を読んでいました。植物の本が好きなようで……たしか薬草にも詳しかったのですよね?」

 そう問いかけると彼女はこくりと頷いた。

「テトは一度会ったことがありますね。他の皆さんとは初対面だったと思います。仲良くしてあげてください」

 私がそう紹介するとアンはテトの方に視線を向けた。ちょうど目が合ったらしくアンは彼女に向かって手を振った。テトはやや動揺した様子を見せて結局同じように手を振り返した。無表情で手を振られると確かにびっくりするかもしれない。

 その後はアニヤたち研究会のメンバーとファレンを弟たちに紹介した。弟たちにはすでに事情は伝えてある。もちろんファレンのことも。

 食事会は和やかな雰囲気で皆が料理を楽しんだ。こうやって皆で盛り上がるのも久しぶりだ。最近は少し憂鬱そうな表情をしていたアニヤも今日は心の底から楽しそうにしている。それが私には何より嬉しかった。

 皆でアニヤとテトが作ってくれた料理に舌鼓をうった。アニヤは忙しい両親に代わって家事をしていたというから,料理も手慣れたもののようだった。意外にもテトも出来る方のようだった。片付けの苦手な彼女なので家事全般がダメなのかと思いきやそうでもないらしい。聞いてみると冒険者時代の野営食の延長らしい。どうりでテトのものはシンプルで味付けのはっきりした料理が多いと思った。最近はアニヤに教えてもらいながら手の込んだものにも挑戦しているらしい。

 マリアナはとくにテトの料理を気に入ったようで先程から大皿を空にしそうな勢いで食べている。そんなマリアナを(たしな)めると,彼女は悪びれもなく「故郷の味に似ている」とか言って手を止めなかった。ジーンもテトの料理を褒めていたので,さすが冒険者の食事なだけあって体を動かす者に好評なようである。一人合点がいったのでその分析をテトに伝えると「気に入っていただけたようで何よりです」と嬉しそうに笑った。しかし,すぐに何か言いたそう顔をした。不思議に思っていると,アニヤから「テトさんの料理はどうですか」と唐突に聞かれたので,素直に「美味しいですよ」と答えた。すると,アニヤはテトの方を見てニコリと笑った。テトはホッとしたような照れたような顔で笑みを返していた。

 その後はテトの冒険者時代の話で盛り上がった。マリアナが聞きたがったからだ。テトは西の辺境から王都までの旅の楽しい話をしてくれた。当然暗い出来事もあっただろうが,彼女はそのことには触れず明るい話を語った。これにはマリアナだけでなく私も含めて楽しく聞いた。こういう冒険話が好きそうな我が弟は案の定,マリアナと一緒に目を輝かせて聞き入っていた。意外にもリネルが話に入ってきて,テトが旅途中で寄った場所について,あそこは何々という食べ物や工芸品が有名だ,だとか,何々という人物の生地だとか,適宜補足してくれた。かつて行ったことがあるらしい。それがまた話に一興を加えた。ときどき植生についてもリネルが補足するのでアンが興味を示していた。リネルはその地の土や水や気候を説明し,だからこういう植物が育つなど,案外丁寧に教えた。アンは感心した様子で聞いていた。

 アニヤやテト,マリアナにしてもこうして寛いだ表情を見せるのは久しぶりなよう気がする。皆,少なからず不安を感じている。この不安は元を辿れば私とヴェスターおよびブロンストとの緊張関係に行き着く。それゆえ私に責任の一端がある。今日はこうして楽しい時間を皆で過ごせた。彼女たちの笑顔は私の心を勇気づけてくれる。必ずこの状況を打破することを心に誓った。

 決意を新たにしているところで,ファレンの様子が気になった。彼女は笑みを浮かべて,控えめな様子で,テトたちの会話を聞きながら楽しんでいるように見える。一見変哲もない。しかし,どこかその笑みは張り付けた作り物のような感じがした。

 歓迎会は大いに盛り上がってお開きとなった。夜も更けてきたので銘々自室に戻る中,私はファレンを話があると呼び止めて談話室に連れ出した。彼女の様子が気になったのである。

 談話室に向かう際に,ふと誰かの視線を感じて,私は周囲を見回した。しかし,誰も居なかった。他の者たちはすでに自室へ戻っている。私は首をかしげながら「気のせいか」と呟いて,怪訝そうな顔をするファレンを促した。

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