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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
マガイモノの献身
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レイメル

「アニヤくん,ファレンの様子はどうですか」

 ファレンの看病はアニヤに任せていた。彼女は心許なげに言った。

「昨日と同じです。もう二日も目を覚ましていらっしゃいません」

「そうですか……」

 ここはリンカーの屋敷の客間である。ファレンは小柄な彼女には大きすぎるベッドに寝かされていた。

 呼吸も安定しているし脈も正常である。だが,意識だけが戻らない。ずっと飲まず食わずである。このままでは脱水の危険もある。

「しばらく様子を見るしかないですね。容態が変化したら知らせてください」

 私は引き続きの看病をアニヤに頼んで部屋を後にした。

 古城からファレンを救出した後,私は皆を自分の屋敷に泊まらせていた。彼らの身を守るためだ。ファレンはその間ずっと眠り続けていた。医者が言うには身体は健康だから精神的な問題だろうと言っていた。そして,今は眠らせて置くことしか出来ないと我々に告げるのみだった。私達は眠り続けるファレンの姿を見守り続ける他どうすることも出来なかった。


 屋敷には使用人の他,父上から借りたブラドスキーの兵士数名を屋敷に配置して昼夜交代で警備してもらっている。兵士たちは我が一族が秘密裏に持っている兵団の一員だ。彼らはいずれも精強な兵士で,実力はブロンストのオルガ兵団にも匹敵する。強固に守りを固めた我が屋敷はこの王都でも有数の安全性を誇るだろう。

 ここまで警備にこだわるのは,もちろんヴェスターを警戒してであるが,それに加えてブロンストの脅威もあるためだ。なにゆえブロンストが介入してくるのか詳細は分からない。ただファレンを奪還したとき,ラグダニエルが漏らした言葉が気になっていた。

 レイメル。

 レイメル家は魔核研究の大家であり歴史の深さでいえばブラドスキーにも匹敵するほどの古い家だ。白公の活躍したであろう時代,ルシーカ末期の頃にも名前が見える。獣憑きたちの遺品を調べていると,時々,レイメルに関する記述も出てくるくらいだ。だが,その栄光も三年前のある事件がきっかけとなりお家断絶という憂き目にあう。事件の詳細は公にはされていないが,一族は最も罪の重い禁忌を犯したとされた。どのような禁を破ったか知る由もないことだが,王宮が下した処罰は老若男女かかわらず一族郎党は極刑に処すというものだった。その苛烈な処分からレイメルの家はよほどの悪事に手を染めたのだろうと世間は噂した。

 そのレイメルの生き残りをヴェスターとブロンストが探している。どうもレイメルの”大罪”に関わりがあるような気がした。だが,なぜ彼らはファレンに目をつけたのか。パトリシアと腕の持ち主の関係。そして,演奏会で見た事件の知らせを聞いたときのブロンスト親子の様子。どうにも,腕の事件と無関係ではないように思えた。

 さしあたってはレイメルが行っていた研究について知る必要があるだろう。そこで,私は姉上のもとを訪れることにした。姉上ならレイメルの研究についても詳しいだろう。

 姉上とミリエル嬢は学院の寮で生活している。姉上たちにも危険は伝え屋敷に滞在するよう勧めたが,設備のない屋敷では研究が滞ることを嫌った姉上は学院に残ることを選択した。二人だけで大丈夫かという心配はあるものの,まあ姉上がついているなら問題はないだろう。自在に魔法を操れる我が姉上に脅威を加えることほど困難なことはない。ちなみに,アンやジーンたちも屋敷に来るよう伝えてある。準備が出来たら世話になるとのことだった。兄上はガルマトゥリエの仕事があるので学院から抜け出せないようだ。だが,彼も色々敵は多いらしく身の回りの護衛は日頃からしっかりしているとのことだ。こちらは心配ないだろう。

 さて私も今は命を狙われる身である。身一つで外に出るのは自殺行為だ。そこで,屋敷を守る兵士の一人に護衛を頼んだ。それと例のごとくテトにも同行を頼んだ。移動は馬車であるから兵士に御者をしてもらうことにした。

「屋敷には慣れましたか」

 馬に揺られながら車の中で対座するテトに尋ねた。彼女は屋敷に来たとき少し居心地の悪そうな様子だったので気になっていたのだ。

「え,ええ,だいぶ。お気遣い頂きありがとうございます」

 彼女は目を泳がせながら言った。どうやらまだ慣れていない様子だった。

「まあ,貴族の屋敷というのは息が詰まるものかもしれませんね。身の回りのことを何でもやってくれる者が居る生活は中々慣れないでしょう」

 彼女は苦笑いを浮かべていた。屋敷にアニヤたちが来た当初は,彼女らが使用人の仕事を手伝おうとするので,我が屋敷のものたちがひどく困惑するという小事件があった。私も家の執事から直接懇願されてしまったので,客人たちに客人としての振る舞いを説明せねばならなかった。使用人たちとしても雇用主の客に手伝いをさせたとあっては彼らの沽券にかかわる。そういう訳でアニヤたちには少々窮屈な生活を強いてしまっている。ただ,これも安全のためだ。耐えてもらいたい。

「ははは……」

 テトははにかむように笑うだけだった。

 すると,突然,テトの表情が険しくなった。私の背後にある窓から何かを見つけたらしい。

()けられています」

「まあ,そうでしょうね」

 当然予想したことだ。ヴェスターが監視をつけない訳がない。こんな町中で仕掛けては来ないだろうから尾行されたとて実害はない。スキあらば危害を加えてくるだろうが,こちらが気をつけていれば良いことだ。ほとんど無駄な尾行と言わざるを得ない。私の行動圏も学院に行くか屋敷に戻るかくらいしかなく,真新しい情報など調べても出てこないだろう。まったく,お仕事ご苦労と言ってやりたい。

 テトは自分の背後を叩いて御者をしている兵士に合図を送った。どうやら事前に合図を決めていたらしい。秘密の組織の者同士仲良くやれているようだ。

 馬車はそれまでとは打って変わって速度をあげ,町中を縫うように複雑に走った。これには追手も困ったらしい。途中で尾行するのを諦めたようだ。だが,行き先はどうせ知れている。学院に着くと見覚えのある馬車が校門近くに停車しているのを発見した。 私は中折れ帽をちょっと持ち上げて彼らに挨拶しておいた。


 私とテトは姉上たちの研究室に向かった。護衛の兵士の人にはドアの外で待ってもらった。

 部屋には姉上とミリエル嬢がいた。挨拶もそこそこ,私は姉上の無事を確認するのだった。

「お変わりありませんか,姉上」

「今の所無事に暮らしているわ。まあ結界を張っているから,よほどの腕が無いと私たちを害するのは無理だろうけどね」

 姉上謹製の結界を破れる者などこの世に何人居るのだろうか。私は苦笑交じりに本題を切り出した。

「今日はレイメル家についてご教示願いたく参上しました」

「レイメル? またどうして」

「ファレンを拐った連中が口にしていました。魔核の研究をしていた家だと聞きましたが,具体的に何をしていたのか知らないもので」

 姉上はゆっくりと息を吐いた。あまり気乗りしない話のようだ。

「あんまり気分の良い話ではないわ。レイメルが取り潰されたことは知っているわね? 理由は公にはされていないけど,漏れ聞く話からだいたい推測できるわ」

「本当ですか?」

 たしか取り潰しの理由はレイメル家がタブーを犯したとだけしか公表されていなかったはずだ。私は思わず聞き返してしまった。同席していたミリエル嬢も驚いた顔をしている。

「ええ。古来より禁忌とされる魔法がある。何か分かる?」

 私たちは顔を見合わせる他なかった。

「今は知る人も少ないでしょうね,私もたまたま古い文献で知っただけだから。……倫理的に許されるべくもない行為,主の言葉も愛も踏みにじる冒涜的な魔法……それは”人でなしの魔法”と呼ばれている。自然が与えた神秘,人を人たらしめるモノを,その魔法は奪ってしまうと言われている。どうやら彼らはその禁忌に手を出してしまったようね」

「そんな魔法が存在するのですか」

「詳しいことは分からない。ただ,古文書によると,この魔法には魔核が大きく関係していると書かれていた。レイメルは魔核の研究を何百年もやっている家だから”人でなしの魔法”を見つけてしまったのかもしれないわね」

「ヴェスターたちはその魔法を何かに利用しようとしていた……」

 姉上は首を振った。

「彼らの狙いは分からない。魔法の詳細は伝えられていないの。具体的な効果は知りようがない。ただ,よほど道徳に反する内容だったようね,誰も触れたがらない」

 どうやらヴェスターたちの企みをこれ以上推測するのは無理なようだ。とにかくレイメルについて知れた。これを手がかりに調べを進めてみよう。私にはブラドスキーの獣憑きたちが集めた資料がある。

 姉上に礼を言い,身辺にはくれぐれも気をつけるよう念を押して部屋を後にした。姉上はややうんざりした表情をしていたが,心配なものは心配なのだ。


 屋敷に戻って資料を整理した。レイメルに関する資料はとくにまとめていなかった。未整理の資料の山を前に,私はどんよりした気持ちになった。せめてインデックスを付けないといけないな。こういうときに苦労する。

 書斎で資料を無心に整理し続けた。この頃は考えるべきことが多すぎる。ファレンの容態や皆の心配で頭がいっぱいであるというのに,ヴェスターとブロンストの企みとレイメルのこと,腕の件とシザース家の嫡男の存在,パトリシアの行方,人を喰う魔族……。私が対処すべき事は目の前の資料たちのように山積みだ。それでも,資料の方は時間を掛ければ着実に片付いていく。だが,目下の懸案事項はそういう訳にはいかないようだった。

 これらの問題も厄介だが,それにも増してヴェスターとの関係がまずい。当主バヌカスとは今や明確に敵同士となってしまった。去年の傭兵団の件のようには誤魔化せないだろう。彼との関係はどうにかしなければならない。私の命が危ないだけでは済まない。アニヤたちのような周りの人間が狙われる危険がある。何とかして和解に持っていくか,それとも……。

 そのとき慌ただしく書斎のドアがノックされた。どうやらメイドの一人が呼びに来たらしい。返事をして招き入れると彼女はやや慌てた様子でファレンが目を覚ましたことを告げた。

 一階の客室に急いだのは言うまでもない。とにかく目を覚ましてくれて良かった。このまま眠り続けていては本当に危なかったのだ。安堵から来る嬉しさがこみ上げた。しかし,それは束の間のことだった。

 部屋に到着して目に飛び込んだのは,マリアナとテトに抑えつけられながら,まるで何か恐ろしいものでも見たかのような表情を浮かべて暴れるファレンと,それを地面に座り込みながら呆然と眺めるアニヤの横顔であった。

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