救出
古城に日が昇る。野原から夜の闇が追い払われ,丘は黄金色に染め上げられていった。
夜明けである。
私とリネルは城の近くの林に馬車を隠して,城の西側の茂みで日が顔を出すのを待っていた。マリアナとテトは日の出前に城内に忍び込み,とある仕掛けを設置してもらった。仕掛けの発動は日の出を合図にした。
城の内部の情報もブラッドから聞き出している。城の東側には元は武器庫であった倉庫がある。そこは現在違法薬物の倉庫になっており,大量のレンブラントが積まれているという。私はテトとマリアナに姉上謹製暖房器具に使われている機構を持たせ,それをリミッターを解除させた上で設置させた。これに魔力を通せば発火するほど発熱する。乾燥した秋の空気なら倉庫のモノはよく燃えることだろう。
にわかに城の中が騒がしくなった。城の東から黒い煙があがっている。それがどんどんと大きくなっていた。かなり大きな火事になったようだ。大事なヴェスターの商品が燃えているのだ。城内はさぞ混乱していることだろう。
「行きましょう」
私はリネルと共に城内へ向かった。
城内は東倉庫の火事騒ぎに出払ったのか人気がなかった。陽動作戦は上手くいったようだ。
城の内部は古いだけあってあちこちがボロボロだった。壁は漆喰が剥がれて石積みがむき出しであるし,天井は煤だらけである。しかし,床は人の出入りがあるためか,ホコリがあまり溜まっていない。
「リネル,探知をお願いできますか」
「やっている。少し待て」
ファレンは地下室に囚われていることはブラッドから聞いた。だが,いくら陽動が上手く行ってもあまり時間を掛けては居られない。迅速に敵を索敵し可能な限り排除した上でファレンを救出する必要がある。このためにはリネルの力は必要不可欠だった。
すぐにリネルから反応があった。
「見つけたぞ。何人か居る」
廊下を中程まで進んだところで階段を見つけた。我々は慎重に降りていった。
地下は薄暗くじめじめとしている。日の光は地面すれすれに設置された小さな採光窓からしか取れないため薄暗くて視界が悪い。私たちは階段を降りた所にあった小部屋に入り込んでファレン奪還の準備をすることにした。
リネルの探知魔法は探し人の大まかな場所しかわからない。それゆえ,地下室のどこに敵やファレンが居るのかわからない。そこで,まずは私が姿を消し地下内を捜索する。道を確保したらリネルに合図を出して隠れながら進んでいく。合図は魔力を流すと発光する魔石を使う。
私は召喚陣を取り出した。クムテの召喚陣。今はハリーダンプキンの召喚陣として誤って伝えられているものだ。真の名前で喚び出せば彼の本当の力を引き出すことができる。
私は召喚陣の書かれた紙に魔力を通し,詠唱を始めた。物悲しい緑の光が私を包む。
蹄声隆隆として君見えず
啼声嘈嘈として君見えず
クムテよ 涕涙未だ尽くさざると雖も
誰か慰めんと欲して能く君に触れ得ん
「本当に見えなくなるのだな」
リネルが感心したように言う。
「それでは行きます」
私は慣れない忍び足で地下の廊下を進んでいった。
地上の騒ぎはまだ地下まで伝わっていないようだ。おそらくマリアナたちが食い止めてくれている。そのおかげか途中までは見張りもおらず順調に行程を進める事ができた。
地下は一本の長い廊下が屈折しながら続いており,その両側に時々小部屋がある作りであった。しかし,奥に進んだ所で通路を遮るように厳しい鉄格子の扉が嵌められた所に行き当たった。扉の前には見張りの男が一人立っていた。私はリネルの所に一旦戻り彼に囁いた。
「見張りが扉の前にいます。どうにか出来ますか」
「相手は一人か?」
「ええ。近くに人は居ません」
「相手に近づく必要がある。敵の気を引いてくれ」
「わかりました。やってみましょう」
私は足音を立てないように彼の近くの部屋に忍び込んだ。姿は見えていないとはいえ,屈強そうな傭兵風の男の前に姿を晒すのは心臓に悪い。
小部屋に忍び込んだ私はその壁をつま先で蹴った。甲高い音が地下に響いた。
「あん? 何の音だ」
男の呟きが聞こえた。再度壁を蹴る。
「……」
男が動いた。足音が徐々に近づいてくる。私は部屋の奥に身をひそめた。
部屋に男が入ってきた。
「……だれも居ねえじゃねえか」
男は当てが外れたという顔をした。そうして肩を落として戻ろとした所で背後から不意を突かれることになった。
「眠れ」
男が崩れ落ちる。念の為確認してみるとちゃんと眠っているようだ。死んではいない。安らかな顔で寝息を立てている。
「そこにいるのか」
「はい」
私は男の体を検めながら答えた。彼の懐から目当ての鍵を見つけ出したところだった。
「私からも姿が見えないのは不便だな」
「そんな都合のよい魔法なんてありません。行きますよ」
彼の不平に軽く返事をして鉄格子の扉の前に戻った。
鍵を開けて通路を進む。扉の先はやや道幅が広くなっており一本道となっていた。両側は鉄格子が嵌められた小部屋が続いていた。どうやら,ここはかつて捕虜などを捕らえておくための牢獄だったようだ。
リネルが隠れられる所が少ないが,幸い,通路には人はいなかった。奥の突き当りに随分分厚そうな木製の扉がある。おそらく,あそにファレンが囚われているのだろう。私達は慎重に扉に近づいた。
扉は少し開いていた。
「様子を見てきます」
小声でそう言うとリネルは頷いた。私は音を立てないように身一つ程度扉を開いて中に入った。
「そもそもなぜ娘を拐うなどという暴挙を! 我々はそんなことを指示しておりません!」
「これは意なことを仰る。あのブラドスキーの小僧が動いているのだ。今度も妙な横槍を入れられたら敵わないですからな」
「それが事態をややこしくさせると言っているのです。あの男がここを嗅ぎつけたらどうするおつもりか!」
私は目を丸くした。部屋の中は元々は拷問部屋だったらしく,色々な拷問器具がホコリを被っている。そこに四人の男と一人の少女が居た。少女は間違いなくファレンであった。椅子に縛り付けれており,意識を失っているのかぐったりとしている。一瞬不安になったが,胸が上下しているところを見ると息はあるようだ。
問題は男たちの方である。見知った顔が二人居た。バヌカス・ヴェスターとラグダニエル・ブロンスト。その二人が意識のない少女の前で口論していたのだ。
「だいたいこの娘がレイメルの生き残りであるという確証もない。いくらなんでも先走りすぎでしょう!」
先程から抗議しているのはラグダニエルであった。それに対してバヌカスは気にも止めない様子で答えていた。
「外れであればそれまでのこと。次の可能性を探せばよろしい。ラグダニエル殿,あまり慎重になりすぎるのはよろしくありませんな」
「この娘が生き残りではないとしたらどうなさるおつもりか」
それでもラグダニエルはくじけない。だがバヌカスは態度を崩さなかった。
「始末すればよいでしょう」
バヌカスは平然と言った。そう,彼にとっては人命など塵芥と同程度の価値なのだ。不要なものは捨てるだけである。
これにはラグダニエルもたじろいだ様子であった。
「……あなたという人は」
彼は憎々しげにバヌカスを睨んだ。
口論はまだ続きそうだ。私は一旦部屋を後にし,リネルの下へ戻った。
「リネル,戻りました」
私は声を抑えて彼に話しかけた。
「どうだった」
「男が四人。ファレンは椅子に縛られて意識を失っています。男四人のうち二人はバヌカス・ヴェスターとラグダニエル・ブロンストです」
「なに,ヴェスターに加えてブロンストだと?」
さすがにリネルも驚いた様子だった。
「ええ。彼らをしばらく無力化できますか。殺してはいけません」
彼は難しい顔をした。
「殺さないとなると難しい。一分程度なら抑えられる。その間にお前が娘の縄を切って連れ出せ」
「わかりました。隙を作ります。それを合図にやってください」
「何をするつもりだ」
リネルは怪訝そうな顔をした。私は姿消しの魔法を解いて,先程から合図に使っていた魔石を取り出した。
「この魔石は一気に魔力を込めると強烈な光を発するんです。目くらましに使えます」
以前姉上が教えてくれた。我が偉大なる姉上は「面白みがないわ」と言って自分で教えておきながら興味がない様子だったが,私は大分有用な使い道だと思った。光による非殺傷の敵を無力化できる武器,それはまさしく前世の世界にあったフラッシュバンである。
「いいだろう」
彼は頷いて,魔法の用意をするようだった。
そして号令を放った。
「やれ」
私は魔石に魔力を一気に込めた。すぐさま扉を開けて魔石を放り込むと勢いよく扉を閉めた。
「敵襲!」
中から怒号が聞こえたが後の祭りである。強烈な光が部屋から溢れた。
すぐに扉を開け放つ。四人の男が目を抑えて蹲っていた。
「拘束せよ」
リネルが魔法を放つ。男たちは不可視の力に地面に抑えつけられくぐもった悲鳴を上げた。
私はファレンのもとへ駆けつけて,腰につけていたナイフを取り出した。彼女の両腕はそれぞれ椅子の肘掛けに縛り付けられている。急いでファレンの縄を切る。だが,思いの外縄が太く切れない。ナイフをのこぎりのようにして縄に切れ目を入れていく。
「おい早くしろ!」
リネルが怒鳴る。あまり時間がない。
バヌカスが恐ろしい唸り声をあげた。まるで地獄の亡者のようだ。
そうこうしているうちに,左手の縄が切れた。残りはもう片方である。
「時間がないぞ!」
リネルがまた怒鳴ってくる。あまり急かさないでほしい,こういうのは慣れていない!
視力が回復したらしいブロンストが私に気づいて,苦悶の表情を浮かべながら怒鳴った。
「ブラドスキーか!」
「今はリンカーです!」
演奏会で挨拶したというのに。よし! 縄が切れた!
「またしても……またしても,貴様か! 解けえ,殺してくれる!」
バヌカスが地獄の底から響くような怒声を放った。呪われそうな声を浴びて総毛立つのを感じながら,気絶しているファレンを椅子から下ろして背負った。彼女の体重ならなんとか背負える。今は地獄の亡者とおしゃべりしている暇はない。
「先に出ます!」
「はやく行け!」
リネルはまだ彼らを抑えているようだ。彼の足ならなんとか逃げ切れるだろうが私の足では無理だ。今はファレンを背負っているから尚更無理だ。彼は時間を稼いでくれるつもりなのだ。
鉄格子の扉まで全力で走る。二人分の体重に私の足が悲鳴をあげた。こんなことなら少しは鍛えておけばよかった。
拘束が解けたらしい。リネルも後を追ってきた。その後ろからバヌカスが「捕まえて殺せえ!」などと矛盾したことを部下に叫んでいた。ラグダニエルも「逃がすな!」と自分の部下に命じていた。どうやら,残り二人の男はバヌカスとラグダニエルのそれぞれの手下だったようだ。
その頃になると私も鉄格子の扉をくぐり抜けていた。後はリネルだ。そして,タイミングが重要だ。私は召喚陣を懐から取り出した。
私は叫んだ。
「早く!」
「黙れ! 指図するな!」
自分だって言ったじゃないか。
バヌカスの部下である男がリネルに迫る。二人の距離は人一人分ほどしかない。
リネルは残りわずかの距離を逃げ切るために,見ていて分かるほどの全力で走った。
そして滑り込むようにして扉をくぐり抜ける。同時に私は叫ぶように詠唱した。
「閉ざせ アムクタリウス!」
リネルがこちらに転がり込んだ瞬間,扉が勢いよく音を立てて閉まった。手持ちの召喚陣が淡い橙色に輝く。施錠の召喚術アムクタリウス。それは現代に残る数少ない実用的な召喚術だった。
後少しでリネルに追いつきそうだったバヌカスの部下は思い切り扉に激突した。彼は哀れにも吹き飛ばされてそのまま伸びてしまった。ちなみに,この召喚術を使う上での注意点は扉が勢いよく閉まってしまうところだ。教科書にも書いてある。毎年怪我をする者が居るのだとか。確かにこれは危ない。
他の面々も遅れて鉄格子へたどり着いた。
「くそ,何故開かぬ!」
バヌカスが怒りの形相で鉄格子を掴みながら乱暴に揺らしていた。
「ルシア・ブラドスキー」
ラグダニエルが肩で息をしながら鉄格子ごしに私を睨みつけた。
「ラグダニエル殿,奇妙な所でお会いしますね。ですが残念ながらおしゃべりに興じてはいられないのです。また今度ゆっくりとお話しましょう。それと私の名前にはリンカーがつきます」
「待て!」
彼の制止も聞かず私たちはその場を後にした。
階段を登ると,マリアナとテトの二人の姿が見えた。煤だらけの格好だが,二人に怪我はないようだ。彼女たちの足元には数人の男たちが揃いも揃って伸びている。どうやら火事を伝えに着た者たちをここで防いでくれていたらしい。
「やっと来たか」
「ご無事ですか,ルシア様」
二人が我々に気づく。私は胸に安堵を覚えた。
「お二人共,ご無事で……」
その場にファレンを背から下ろし私は息を整えようとした。最後の階段が効いた。よくよく考えればリネルに彼女を背負わせれば良かった。
「不甲斐ない奴だ」
隣に居たリネルが何食わぬ顔でそう言った。私は言い返す力もなかった。
「ルシアはほとんど力つきそうな所みたいだが,ファレンは助け出せたみたいだな」
「抜かりはない。さっさと脱出するぞ」
何が抜かり無いだ。ギリギリだったくせに。だが,一刻も早く脱出すのは賛成である。敵も伝令の届かないことに不審を覚え始める頃だろう。
「ルシアがこんな調子じゃな。……よし,任せろ!」
そう言うとマリアナは私とファレンを軽々と小脇に抱えた。
「あの……マリアナ?」
「行くぞ」
マリアナは私の問いかけを無視して走り出した。テトとリネルも気にした様子もなく彼女に従う。
そうして,私は荷物のような扱いを受けながら,馬車まで運ばれていった。
馬車は襲撃を受けることもなく無事に出発した。その頃には,もう,秋らしい澄み渡った東天に日が登って輝いていた。




