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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
マガイモノの献身
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夢見心地

 ブラッドはこちらの質問にそれは素直に答えてくれた。

 ファレンが囚われているのは王都外れにある打ち捨てられた古城とのことである。実はヴェスターの持ち物であまり表に出せない品物が貯蔵されているらしい。ファレンは地下室に監禁され尋問を受けるだろうとブラッドは語った。

 誘拐を指示したのはバヌカス・ヴェスターその人であるようだ。しかし,何故たかが使用人一人を拐うのか理由をブラッドは知らされていないようだった。組織内でも困惑する向きがあったようだが,バヌカスがこの件にかなり執着している様子からよほど重要な理由があるらしいことは伺えた。鬼気迫る様子だったらしい。それゆえ,ファレンの誘拐は,失敗の許されない認識の下,腕利きの者たちによって実行された。

 ヴェスターがここまで焦る理由がファレンにはあるということだ。彼女に一体どんな秘密があるというのだろう。気になるところだが,今はファレンの奪還に集中しなければならない。

 ヴェスターが彼女をどう扱うのかわからない。誘拐したということは殺害が目的ではないようだが,実の息子すら殺そうとするあの冷酷な男のすることだ,ひどい扱いをしないとも限らない。

 ブラッドからは城の間取りなども聞き出した。おおむね情報は得たので,彼は床に転がしたまま私たちは空き家を後にした。

 私は学院の自室に急いで戻った。リネルとは貴族寮の前で別れた。

 とっくに深夜は過ぎているので寮は静まり返っている。部屋を外から見たときには,暖炉に火が入っているのか,窓から光が漏れているのが見えた。テトが寝ずの番をしてくれているのかもしれない。ただ,アニヤたちは寝ているだろう。私はなるべく音を立てずに部屋のドアを開けて入った。

「なんだルシアか」

 横合いから声を掛けられたので思わず声を上げそうになった。私の死角となる場所に潜んでいたマリアナであった。

「驚かせないでください。……もう体は良いのですか」

「だいぶ回復したんで,テトと交代して見張りをしてたところだ」

 そう言って,マリアナは部屋の奥のベッドを指さした。ベッドの上ではアニヤが寝息を立てている。その横で,テトは寝台に背を預けるようにして地面に座りながら寝ている様子だった。

 連日調査に付き合ってもらっていた。彼女も疲れていただろう。

「なあ,ルシア」

 テトの様子を伺っていると,マリアナが何やら言いづらそうに声を掛けてきた。

「どうしました?」

 私は振り返って彼女の顔を見た。真剣な二つの赤い瞳がこちらを見つめていた。

「あいつお前のこと随分心配してたんだ。お前たちがどんな関係にあるんだか知らねえし興味もねえが……あんな言い方ないと思うぜ」

 彼女の赤い瞳は暖炉の火に揺れていた。そこには明確に私への怒りがあった。

 ――テト,これは頼んでいるのではありません

 あの時,私の心には焦りがあった。だから,咄嗟に彼女が言い返せない言葉を発してしまった。

 私とテトとは初めは仕事上の付き合いで知り合った仲だが,今は私にとって彼女は大切な仲間だ。決して仕事関係で割り切れるような仲ではない,と私は思っていた。思っているはずだった。

 あんな言葉は言うべきではなかった。

 マリアナに指摘されるまで,そのことに気が付きもしなかったなんて。

「……あなたの言う通りです」

 私は自分が情けなくなった。

 ソファに向かって歩いた。足元がおぼつかない。柔らかいソファに沈むように座り込むと一気に疲れが出た。

「お前が周りが見えなくなってどうすんだ。……今日はもう休め。少しは時間あるんだろ」

 マリアナの声には私をいたわる色があった。彼女にまで心配を掛けてしまっている。

「そうすることにします。夜明け前には起こして下さい。作戦を伝えます」

「分かった。だが,その前にテトに謝っておけよ」

「ええ……分かっています」

 横になると眠気が一気に押し寄せてきた。それと共に後悔がずんと頭上に重くのしかかってきた。

 今は休息を取るべきだ。私はなるべく頭にのしかかる後悔を意識しないようにして目を閉じた。


 人の気配で目が覚めた。すっきりとした目覚めという訳にはいかない。眠気の消えない目を無理やり開けると,すでに起き上がっていた三人が何か話しているらしいのが暖炉の光でぼんやりと見えた。部屋がまだ暗いところを見ると夜明け前のようだ。

 私は体を起こした。体が鉛のように重たい。明らかに寝不足だった。

「あ,ルシア様が起きられました」

 アニヤが気づいて声をかけてくれた。

「おはようございます,アニヤくん」

 私はまだぼんやりとする頭で返事をした。

 すると,マリアナも声をかけてきた。

「よ,起きたか。今,朝飯をどうするか話してた所だ。オレとアニヤで厨房の人に分けて貰いに行くから,もう少し寝ててもいいぜ」

「ま,待ってよマリアナ。僕が行くって言ったじゃないか」

 慌てたようにマリアナに抗議するのはテトだった。

「そうだったか? まあ,テトとルシアは大人しく待っててくれよ。じゃあ行ってくるぜ」

 抗議の甲斐なくマリアナはアニヤを連れて部屋を出ていってしまった。残されたのは私とテトと,二人の間の気まずい空気だけになった。

 ……やってくれたな,あの白髪褐色。私は頭を抱えた。

 テトが所在なさげにしている。私はそれを見て思わず彼女に声をかけた。

「テト,こっちに来て,座って下さい」

 言ってしまってから,なぜわざわざ横に座らせる必要があるのかと思った。寝不足であまりよく頭が働かない。だが,なんとなくテトに隣に居てほしかった。たぶん,目を合わせるのが気まずかったからかもしれない。

 彼女は戸惑った表情をしながらソファまで来ると恐る恐る私の横に座った。

 ソファはそれほど大きくはない。私とテトはお互いの肩が触れ合う距離にあった。

 自分で座れと言っておいて何だか失敗した気がしてならなかった。

 私は働かない頭で彼女に掛けるべき言葉を考えていた。気まずい沈黙が二人の間に流れる。

「あの,ルシア様……」

 沈黙に耐えきれなくなったテトが声をかけてきた。駄目だ,気の利いた言葉が思いつかない。

「すみませんでした」

「え?」

 だから,出てきたのは何のひねりもない謝罪の言葉だった。

「昨日のこと……あんなこと,言うべきじゃなかった」

 隣に座るテトが息を飲む気配がした。そうして,しばらく何も言わなかった。彼女も言葉を探しているらしかった。

 彼女は考え込んだ末にこう言った。

「……僕は出過ぎた真似をしました。ご命令には従わなければならないのに……」

 彼女は沈んだ様子でそんなことを言う。私は考えるより先に口を開いていた。

「違う,違うんです,テト。私とあなたはそんな関係じゃない。私はあなたのことを……大切な友人だと,思っていますから……ですから……」

 考えの足りない頭では言葉が続かなかった。だが,テトは私の言葉を待たなかった。

「……ありがとうございます」

 嬉しそうにそう言った。

 そこで初めて,私は隣に座る彼女の顔をまともに見ることができた。そこにあったのは優しい笑みだった。

 私は肩の力が抜けてしまった。そして,再び強い睡魔が襲ってきた。

 意識が遠のいていく。抗い難い眠気に誘われ,私は夢の世界へ再び落ちていった。胸に安堵のぬくもりを感じながら。


 肩を叩かれて目が覚めた。

 私は自分の横顔に心地の良い暖かさを感じた。いつの間にかベッドに移ったのかと思ったが,それが人の体温だと気づくと慌てて体を起こした。隣に居たテトとばったりと目が合った。どうやら彼女の肩に頭を預けて眠ってしまっていたらしい。

 テトはやや顔を赤らめて気まずそうにはにかみながら言った。

「お,おはようございます……」

 私が再び謝罪を述べたのは言うまでもない。

 忍び笑いが聞こえたのでそちらを見ると,ニヤついた顔のマリアナが居た。私の肩を叩いたのはこいつらしい。

「仲直りできたみたいだな」

「……お陰様で」

 私は苦々しい思いでそう言い返すのがやっとであった。

「朝食の準備が整いましたよ」

 アニヤは食事を並べてくれていたらしい。彼女は私とテトに含みたっぷりの笑みを向けていた。

 どうやら二人に醜態を晒しながら眠りこけていたらしい。私は頭を抱えた。

 しばらくソファから立ち上がる事ができなかった。おかげで今度はしっかり目を覚ますことができたのだった。


「テトは我が家を裏から支えてくれる組織の一員なのです」

 朝食を食べた後,私はマリアナたちにテトの正体を明かした。どうもマリアナにはバレている気がするし,今更関係を隠し通したままにする意味もなかった。

 改めてテトを皆に紹介すると,彼女はどこか気恥ずかしそうにしていた。

「どうりで只者じゃねえと思ってたぜ。雰囲気が違え」

「そうかな? 私は全然気づきませんでした」

「そりゃあ,アニヤが鈍いだけだ」

 アニヤとマリアナはあっさりと受け入れた様子だった。さすがに心得のあるマリアナはテトの実力を見抜いていたようだ。

「どうやら,まだ雰囲気を隠しきれていないようですね,テト」

「……精進します」

 私がからかうように言うとテトは肩を落として呟いた。工作員としての雰囲気を消すようにとは洋湖亭から課された課題の一つだった。

「そして,もうひとり紹介しなければならない人がいます……リネル,居るのは分かっています,出てきて下さい」

 ドアの外に聞こえるように声を張る。だが,物音ひとつ返ってこない。しんと静まり返る静寂があるだけであった。

「リネル!」

 ダメ押しでもう一声張り上げると,ようやくドアが開いて彼の人が姿を現した。彼は厳しい表情で私を睨みつけてきた。彼の正体は秘密にするという約束である。リネルはそれを気にしているのだろう。だが,私は彼の正体を告げたくて呼んだ訳ではない。

「彼もまた我が家の協力者です。テトが所属する組織とはまた別ですがね」

 これにはアニヤのみならずテトやマリアナも驚いた様子だった。

「子爵」

 リネルは低い声で一言抗議してきた。

「普段のように話して結構ですよ。事前に相談しなかったのは悪かったですが,あなたを紹介しない訳にもいきませんから」

 彼はしばらく黙ってこちらを睨みつけてきたが,一つ大きなため息をつくと諦めた表情で部屋に入ってきた。

「勝手が過ぎる。私のことは秘匿しておけと言っただろう」

「そうは言いますが,今回の作戦はあなたにも参加してもらう必要があります。協力してくれると言いましたよね?」

 私が軽い調子でそう言うものだから,彼は舌打ちをした。

 アニヤたちは普段の人のいい男爵子息の姿しか見ていないからか,リネルの変わり様に言葉を失っているようだ。そうなのだ,別人としか思えないほど,彼の本性は無愛想なのだ。

「これは……まったく気が付かなかったぜ」

 マリアナは驚きを隠せない様子だった。そんなマリアナをリネルは一瞥するのみであった。

「なんか感じの悪いやつだな」

 マリアナがのんきな表情で素直な感想を述べた。

「馴れ合うつもりはない。私が協力するのはこいつに借りがあるからだ」

「まあ,こんな人ですが腕は確かです。今回のような時には頼りになる存在ですよ。さて,作戦についてお話します」

 棘のある態度を崩さないリネルにこれ以上喋らせると喧嘩になりそうなので,私はさっさと話を次に進めた。

「昨夜リネルの協力のおかげでファレンが拐われた場所を特定することができました。王都外れの古城に彼女は居ます。今の時間ですと,ここから馬車で一時間といったところでしょう。今から行けばちょうど夜明け頃に着く計算です。不意を突くには丁度よい頃合いでしょう。肝心の襲撃の人員ですが,今から人を集めている時間はありません。止むを得ないので,マリアナ,テト,リネル,そして私の四人で行くことにします。アニヤくんは安全のため私の屋敷に待機してもらいましょう。馬車の手配のついでに屋敷まで案内します」

「オレたちは良いが,ルシアまで来るのか? 大丈夫なのか」

 こう言われるとは思っていた。テトとアニヤも同様の懸念を抱いているらしい。

「実は姿を消す魔法が使えるのです。詳細は馬車の中で話しますが,私は姿を消してリネルと共にファレンを捜索します。マリアナとテトには陽動のために動いてもらいます」

「そんな魔法が……」

 テトが驚いたように言った。

「我が家秘伝の術です。秘密ですよ」

 もちろん嘘だ。単にそういう召喚術を知っているだけだが,ここには召喚術に詳しいアニヤが居るので迂闊なことは言えない。

「……みなさん,ファレンさんのことよろしくお願いします」

 アニヤが静かに言った。今回彼女が出来ることはない。待つことしか出来ないのは辛いだろう。だが,耐えてもらうほかない。

「任せとけ」

 マリアナが威勢のいいことを言う。何の保証もなく言っているのだろうが,ここはテトと私も同調しておく。待つ人の想いを請け負うのは待たせる方の責務というものだろう。

「リネルさんも,どうかお力添えをお願いします」

 アニヤはリネルにも頭を下げた。さすがにアニヤは人が出来ている。

「……ああ」

 これには,さしものリネルも請け負うしかなかったようだった。

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