誘拐
憔悴したアニヤを落ち着かせてから何が起きたのかを聞いた。
ファレンが拐われた。ファレン,マリアナたちと三人で歩いているところを何者かに襲撃されたらしい。襲撃者は手練の者たちだったようで,マリアナの必死の抵抗も甲斐なく不意をつかれてファレンを拐われてしまった。当のマリアナは大きな怪我こそしていないが,意識を奪われてしまったようだ。アニヤの力では倒れたマリアナを動かすことも出来ず,こうして我々を呼びに来たというわけである。
私たちはアニヤの案内で急いでマリアナの元へ向かった。
襲われた場所はちょうど人通りの少ない図書館室の裏手だった。そこにマリアナは倒れていた。幸い目立った怪我はしていない。どうやら当身をくらわされたようだ。意識を失っているマリアナを私の部屋に運び,しばらく介抱していると目を覚ました。彼女を運び出してからずっと心配していたアニヤはひどく安堵した様子だった。彼女はマリアナに寄り添って彼女が助かるか必死な表情で私達に何度も尋ねていた。
マリアナが目覚めたとき,気が抜けたのかアニヤはボロボロと涙を流した。
「よかった……マリアナさん……本当によかった」
「すまねえ,アニヤ。オレの力不足だった」
目覚めたばかりのマリアナは,自分の胸元に顔を埋めてしゃくり上げる少女に戸惑いながらも,不器用にその頭を撫でた。しばらくそうしているうちに,緊張が解けたはずみか,彼女はマリアナの胸で寝入ってしまった。
テトと一緒にアニヤを起こさないようにベットに運ぶ。涙の跡が残る彼女の横顔を見つめながら私は自身の不甲斐なさを感じた。ファレンを狙う勢力が居ることに気づかなかった。事態を防げなかったことが悔しかった。
私は悔恨を押し殺して,マリアナのもとへ戻った。彼女から話を聞く必要がある。
「マリアナ,目覚めたばかりで申し訳ないですが,ファレンを拐った者たちのことを教えてもらえますか」
「ああ。……襲ってきた奴らは三人組だった。覆面をしていて顔は分からねえが,どいつも恐ろしく腕が立っていやがった。オレは二人を相手にするのに手一杯でもう一人がファレンを捕まえるのを防げなかった。すまねえ,護衛を任されながら……不甲斐ねえ」
マリアナは沈痛な面持ちでそう言った。彼女のせいではない。龍人の娘であるマリアナに匹敵するほどの相手だったのだ。そんな手練を二人も相手に立ち回った彼女に不足などあるはずがない。
「あなたはよくやりました。自分を責めないで下さい。……とにかく彼らの身元を知る必要があります。何か手がかりになりそうなものはありますか」
「やつら一言も喋らずファレンを拐いやがったからな。だがオレもタダじゃやられねえ。結局防がれたが覆面を剥ぎ取ってやろうとしたときに,口の端に縦の切り傷が見えた。それと,これを見てくれ。口元に傷がある男から奪ったやつだ」
そう言ってマリアナが懐から取り出したのは手のひらに収まるサイズの金属製の十字である。
「取っ組み合いをしてるときに腰に付けていたやつをもぎ取ってやったのさ」
私は十字のアクセサリーを受け取り詳しく調べた。アクセサリーには彫刻がしてあり,”黄金十字協会”,と書かれていた。
「ありがとうございます。おかげで身元が調べられそうです」
そう言うとマリアナは少し安堵したような表情を見せた。
「そうか,良かった。気張った甲斐があったぜ。調べはすぐか? オレも手伝うぜ」
「あなたはまず体を休めて下さい。調査はこちらで進めます。あなたの努力は無駄にはしませんから」
「オレは大丈夫だ!」
マリアナは無理して起き上がろうとする。それをどうにか説得して体の回復を優先させた。それから,私はテトに彼女たちの面倒を見るように命じた。
「私はこれから少し出かけて来ます。テト,留守をお願いします」
彼女は目を見開くとすぐに私の頼みに反対した。
「お一人で出歩いては危険です! ルシア様の身になにかありましたら……」
「問題ありません。護衛のアテならあります。とにかくあなたは二人の身を守って下さい」
「ですが!」
なおも食い下がるテト。彼女にしては反発が強い。だが今は議論している場合ではない。
「テト,これは頼んでいるのではありません」
有無を言わさぬように言うと,テトはハッとした表情をして黙り込んだ。彼女の心配は有り難い。だが,今回は時間が惜しかった。
俯いて何も言わないテトを背に私は部屋を後にした。
すでに日が傾き始めている。私は寮を出ると人気の少ない道を選んで外門に向かうことにした。周りに人の居ないのを確認すると私は言った。
「リネル」
すると目の前の地面に黒い泥のようなものが広がり,その泥が私の身長を超えるほどまで盛り上がった。黒い泥の塊はやがて形を取り始めると,次第に人の形となった。そして本当に人になった。正確には人ではなく魔族だが。
「状況はだいたい把握している」
リネルは言った。
「それは話が早い。ファレンをさらった者に心当たりはありますか」
「いや,ない。だが,お前の方にはあるのだろう」
「ええ。……黄金十字協会。元ヤヌークの幹部であるブラッドが,ヴェスターの支援を受けて立ち上げた犯罪組織です。どうやらこの件,ヴェスターが絡んでいるようですね」
以前私が罠に嵌めて壊滅させたヴェスターお抱えの傭兵団ヤヌークは,団員のほとんどが負傷あるいは死亡したことで解散となったが,なんとか五体満足で生き残った者も数名いる。ヤヌークがオルガを襲撃した事件当日に毒を盛られ床に臥せっていた元幹部のブラッドもそのうちの一人だ。自分が破滅に追いやった組織の生き残りだけに,私もその後の動きを注視していた。事件を生き残ったブラッドは抜け目なく再度ヴェスターに取り入り,今度は犯罪組織を立ち上げていた。以前のヤヌークのように表立って動くことはできなくなったが,その分,札付きの悪党などを引き入れて以前より凶悪な組織となっていた。
「なるほど。拐われた哀れな娘の行き先は,その十字協会とやらが知っているわけか。それで,誰を問い詰めるつもりだ」
「それはもちろん,会長さんですよ」
私がそう言うとリネルは不敵な笑みを浮かべた。
「それで私に協力しろと言うのだな?」
「ええ」
「何故私が貴様に手を貸さねばならぬ……と言いたいところだが,私もファレンという娘には気になる所がある。今回は力を貸してやろう」
リネルが素直に力を貸すと言うので私は驚いた。彼には今の所関わりが少ないことなので,説得に時間がかかるだろうと思っていた。
「感謝します。……後でその気になる所とやらを教えて下さい」
「気が向いたらな」
相変わらず意地の悪いヤツだ。だが,彼の協力は素直に嬉しい。
十字協会の現在の拠点は元々はコニーの料理屋であった建物である。
秋は夜も長くなる。ブラッドから話を聞く時間はたっぷりあった。
「ちくしょう,なんだこの縄は!」
男の悲鳴が空き家に響く。もちろん遮音の結界をリネルに張ってもらっているので近所迷惑になることはない。
協会の拠点から自宅へ帰ろうとしていたブラッドを眠らせ,縛り上げた上で空き家に運んで転がしておいた。今ちょうど目を覚まして暴れている所だった。
「お久しぶりです,ブラッドさん。お元気でしたか」
私がそう言うと,それまで床でのたうち回っていた男の動きが止まった。
「その声……ルシア・ブラドスキー」
「一年ぶりですね。ヤヌークのこと聞きましたよ。大変残念な事件でしたね」
私がとぼけながら言うと,ブラッドは体を震わせた。
「お,お前……どの口が……。ぜんぶお前が仕組んだだろう! ベンノを殺したのも,コニーが死んだのも,ぜんぶお前がやったんだろうが!」
どうやら私の関与に気づいていたらしい。バヌカスにでも聞いたのだろうか。あるいは自分で調べて答えにたどり着いたか。だが,ここで答え合わせをしてやるほど私はお人好しではない。
「さて,何のことでしょう。それと今はリンカーが名前に付きます。以後よろしく。それよりも,今日はあなた方が拐ったファレンという少女のことをお聞きしなければなりません」
「誰がてめえなんぞに」
「話さないと思いますから,こちらも強硬手段といきましょう」
私はリネルに視線を向けた。彼は頷いて床に転がっているブラッドに近づいた。リネルの足元が黒く輝き魔力の圧が膨れ上がる。私も久しぶりに彼の魔法を見る。相変わらず一匹狼らしい人を寄せ付けない魔力だ。
「ブラッドとやら,貴様に恨みはないが」
リネルはブラッドの額に手を当てた。ブラッドは眼の前の少年の姿をした何かから目が離せない様子だった。
「な,なんだお前は。なんなんだお前は!」
その叫びは恐怖の色に染まっていた。
黒い靄がブラッドの体を包んだ。その靄が晴れると,それまで恐怖に歪んでいたブラッドの表情が夢心地のような顔に変わっていた。
「彼はどうなったのです」
リエルの使った魔法は見たことも聞いたこともない。私はおもわずリネルに問いかけた。
「催眠状態にした。今は何を聞かれても正直に答えるだろう。縄を解いても大丈夫だ。催眠が解けた後は今日あったことは覚えていない 」
「恐ろしい魔法ですね」
本当に恐ろしい。こんなものを掛けられた日には洗いざらい隠し事を話してしまうだろう。しかも,話したことを忘れてしまうなど。これほど尋問に重宝するものはない。私も秘密を暴く巨人の召喚術を知っているが,流石に尋問された記憶を消すことはできない。
私はブラッドの縄を解いた。本当に抵抗してこない。彼は焦点の合わない目で呆然と虚空を眺めているだけだった。
「さて,いろいろ聞いてみるとしましょう」
ファレンのことはもちろんだが,ヴェスターの関わりも聞かねばならない。今回の件に,かの家がどれほど関わっているかはわからないが,無関係ではあるまい。ただの使用人の少女に何故かの家が興味を持つのか。
そこに今回の事件の秘密がありそうだった。




