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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
マガイモノの献身
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パトリシアの手紙

 次の日の午前,私はテトを伴ってミリエル嬢の研究室へと向かった。パトリシアの手紙を姉上に調べてもらうためである。

 今日は生憎の天気だ。朝から秋らしい小雨がしめやかに降っている。気温もぐっと低くなって,私は上着を羽織らざるを得なかった。この頃気に入りの例の中折帽も頭に乗せている。貴族の礼装として悪くないと思うのだが,どうも周りには不評らしい。アニヤからは「悪そうに見えます」という率直な感想をもらった。なにやら悪い印象が定着してしまったようだ。悪くないと思うのだが,フェドラ帽……。

 テトにも意見を尋ねて曖昧な笑顔を返してもらっていると,あっという間に研究室の前まで来た。

 相変わらずテトは緊張を隠し得ないようである。私は構わず入室の許可を貰い中へ入った。

「あらまた来たの」

 室内には姉上とミリエル嬢が居た。姉上が珍しそうな顔をして声をかけてきた。先日,身の回りに注意するよう伝えに来たばかりであった。

「今日は姉上にちょっと用事です」

「そう。テトも来たの」

 姉上は私の後ろに控えているテトにも声を掛けた。

「こ,こんにちは」

 彼女はソワソワとした態度で挨拶を返す。姉上がじっと見つめるのでテトはますます身をすくめている。

 何故だか知らないが,どうやら姉上はテトを気に入っているようだ。姉上には彼女の正体も含めて特に何も言っていないのだが……。何か通じる所があったのだろうか。

「お嬢様,テトさんが怯えていますよ」

 すかさず,ミリエル嬢が助けに入る。姉上は心外だと言わんばかりの顔をした。

「む。脅かしている訳じゃないわ。……楽にして,テト」

「……お気遣いありがとうございます」

 私と共にソファに座るテト。彼女はどうも落ち着かない様子であった。

「それで,私に用って?」

 姉上は早速用向きを尋ねてきた。私は例の手紙を差し出した。

「さる令嬢の失踪を調べております。手がかりとなりそうなのはこの手紙でして,彼女の部屋から出たものです。エルフィという女性宛てに約束を取り付けるもののようですが,所々意味の取れない箇所がありまして。姉上でしたら何かお分かりになるかと」

「相変わらず忙しそうね」

 姉上はからかうようにそう言うと,私が手渡した手紙を受け取ってくれた。彼女は手紙を広げると,紙面の字に目線を落とした。

「きれいな字ね」

 そう言いながら姉上は文字を追っていく。しかし,しばらくすると文章を読む彼女の表情が変わった。最初は怪訝そうな顔をしていたが,何かに気がつくような素振りを見せた後,どうしたことか,普段は色の変わらない白い頬が見る見るうちに赤く染まっていった。

 私は思わず声をかけた。

「何かお分かりになりましたか」

 彼女は赤い顔のまま,やや潤んだ瞳で私をさも恨めしそうに睨んできた。

「……なんてもの読ませるの」

 どうやら非難されているらしいが,私には何のことだか分からない。

 私は困惑しながら問い返した。

「一体何が書かれていたのです」

 彼女は自分を落ち着かせるように大きくため息をつくと,今だ朱色の残る顔のまま言った。

「これは恋文よ……それも相当深い仲だったようね」

 私はハッとして愕然とした。思わず額に手を当てて頭を抱えた。……古典世界では花や山林は恋愛や情事の代名詞として使われることがある。前世でもそうだった。巫山(ふざん)の雲雨の故事から雲雨という言葉に男女の交わりの意味が付されたり,橘を題材にした和歌が由来となって花の香から懐かしい昔の恋人を思い出すことなどがある。……学院で詩学を学んでおいてなんてざまだ。間違っても姉上に読ませるものではなかった。

「……申し訳ありません姉上。そういった意味だとは思いもよらず……」

「……無理もないわ。さすがに男の子はこういうの疎いでしょう」

 姉上は気まずそうに目を逸してしまった。本当に悪いことをした。

 話がいまいち飲み込めないのか,目を瞬かせながらテトが言った。

「つまり,そのお二人は恋人同士だったということでしょうか,ルシア様」

「ええ。しかも……愛し合う仲だったようです」

 私は言葉を濁さざるを得なかった。テトは驚いたような顔をした。

「……二人は同性でいらっしゃるのですよね」

「そういう愛の形もあるということです」

 愛の追求に関しては他の追随を許さない貴族の世界では珍しいことではない。ただ,秘すれば花という世界なので,一般の人には理解の及ばないことかもしれない。もちろんテトは一般人ではないが,彼女の感覚は庶民に近いだろう。困惑するのは無理もない。

 ミリエル嬢はあまり驚かない様子だった。彼女はテトに向かって言った。

「学院でも稀にそういう仲の方がいらっしゃいますよ。私の先輩に当たる人が実際そうでした」

「そ,そうなのですね」

 そう言ってテトは再度目をパチパチとさせるのだった。


 私たちはミリエル嬢の研究室を辞して地下室に戻ることにした。道中,私はエルフィという少女のことを考えた。予想外にパトリシアとの関係が深い。ファレンやパトリシアと同室のエリーゼが言っていた恋人の存在というのはエルフィのことでまず間違いないだろう。しかも手紙の内容から考えるに肉体関係まであったような仲である。そこまで親密な仲であったはずのエルフィをパトリシアの側付きであるファレンが知らないというのは,どうにもおかしな話である。だが,彼女が嘘をついている様子はなかった。

 考え事をしているうちに地下室にたどり着いたようである。

 地下室にはアニヤとマリアナ,そしてファレンの三人が居た。彼女らは机の上に散らかっていた本を片付けているようだ。

 私は三人に挨拶をした。

「みなさんおそろいですね」

「あ,ルシア様」

 せっせと本の仕分けをしていたアニヤが,こちらを見てにっこりと返事してくれた。その手元には随分な量の本が積まれていた。

「たくさんありますね」

「ちょっと調べ事がありまして」

 散らかしたことを少し恥じ入るようにアニヤははにかみながら言った。彼女は時々際限なく資料を引っ張り出してくることがあるので,私たちはよく資料の片付けを手伝うのだった。熱中すると時間を忘れて没頭するのがアニヤの悪い癖だ。

 今回はマリアナとファレンが片付けを手伝っているようだ。かなりの量がある。我々もただ傍観しているだけという訳には行かなそうだ。

「手伝いますよ」

 私はそう言って本の一山を抱えた。貧弱な私には結構重たいが,何とか持ち運べる量だ。

「そ,そんなルシア様まで」

「いつものことじゃないですか」

 さすがにアニヤが慌てて止めようとしてくるが,私は構うことなく一抱えある本たちを書棚に持って行った。

 テトも何も言わずに資料を運んでいた。

 皆で資料を本棚に戻す。私とテトは慣れたもので,どこに何があるのか把握しているので作業はスムーズだ。一方のマリアナは覚えが悪いのでまごまごしている。ちなみに当のアニヤは,勝手の分からないファレンと一緒にせっせと資料を戻している。

 アニヤは人と打ち解けるのが早い。二人は和やかに会話しながら作業している。私に対しては硬い態度であったファレンもアニヤに対しては自然な笑みを向けている。こういう時,アニヤの存在は有り難い。私は言うに及ばず,テトやマリアナにしても人当たりの良い人間ではない。残念なことに私はどこへ行っても怖がられるし,テトはどうやら謎めいた近寄りがたい存在として認知されている。マリアナに至っては猛獣扱いだ。その点,アニヤは普通人として認識されているし,彼女の和やかな性格は人の緊張を解きほぐしてくれる。そのため,気弱な一般生徒の相談に乗るときは大抵アニヤに傍に居てもらうことが多い。

 私は作業を進めるふりをしながら,ファレンの様子を伺った。こんな表情もするのか,というのが正直な感想だった。私に対しては使用人らしい控えめな笑顔を浮かべるだけだったが,今はその色白の(かんばせ)には年相応の無邪気な笑みがある。ファレンの笑顔には華やかな色はないが,山道にひっそりと咲く一輪草のような品がある。

 やはりどこか目の離し難いところがある気がした。理由はよく分からない。彼女はファレンという確かな存在であるというのに,何かあやふやなような,大事な何かを見落としているような……そんな気がしてならなかった。その理由は,パトリシアという大事な主人の不在から来るものなのか,あるいは,そもそも記憶を失っているということに由来するのか,そのいずれでもないのか。

 ただ,一つ言えることは,私の勘はどうやら彼女を疑っているということだ。エルフィという謎の少女と当のパトリシア,そして彼女の側付きであったファレン。この三人なのだ。根拠のないまるで当てずっぽうのような推測に過ぎないが,この三人が鍵となるのだ。

 楽しそうに笑い合う,アニヤとファレンを書棚の本の間から覗きながらそんなことを考えた。我ながら飛躍した考えだが,どうにもその考えを振り払えない。

 私は苦笑して手持ちの本を棚に戻した。

 アニヤとファレンの二人の姿は一冊の背表紙に隠れてしまった。

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