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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
マガイモノの献身
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尋ね人

 テトからパトリシアについての報告を聞いた後,私たちはすぐに寮の彼女の部屋に向かった。

 すでに時刻は夜である。夜分に女生徒の部屋を訪ねるのは良くないとは思ったが,背後でブロンストが動いているかも知れないことを考えると,手がかりを取られないようになるべく急いで行動した方が良い。

 貴族寮の彼女の部屋は二人部屋で,同室のエリーゼ・ハスケルが出迎えてくれた。パトリシアのことを聞きたいと言うと,エリーゼもパトリシアの姿が見えないことを心配していて,我々を部屋の中に招き入れてくれた。テトが女性であると分かったからもあろう。

 エリーゼの話では,確かにパトリシアは昨夜から姿が見えないという。だが,昨夜の帰ってこなかった時点ではそれほど心配はしていなかったという。なんでも,パトリシアには恋人が居り,その者と夜な夜な逢い引きしていることが多々あったそうだ。恋人の名前をエリーゼは知らないと言った。何度かパトリシアに尋ねたことがあったが,彼女は頑として教えてくれなかったという。「他のご友人にもお話しにならないようで……どうやら秘密になさっているようです」と彼女は語った。

 結局パトリシアは今朝になっても戻らなかったが,エリーゼは少し心配にはなりつつもそういう日もあろうと普段どおり講義に出た。同じ講義を取っていたこともあって,パトリシアとは遅れて会えるだろうとエリーゼは思った。しかし,何時まで経っても姿を見せない。それでいよいよ心配になったエリーゼは,共通の友人達にパトリシアを見てないかと聞きまわったが,今日は誰も姿を見ていないと言う。

 とはいえ,どうもパトリシアが秘密にしている恋人に関係することのようであるから大事には出来ない。悶々として一日を過ごしているうちに夜になってしまった。それで,いよいよ不安になっていた所に我々が現れたという訳である。エリーゼは助けを求めるように以上のことを話してくれた。

 私はエリーゼの許可を貰い簡単に室内を検めさせてもらった。典型的な貴族寮の部屋で,ワンルームではあるが二人分の共同寝室と居間とを区切ることが出来るくらいには広い。居間には,今まさに我々が座っている大きなテーブルが中心にあり,壁際に個人用の小さな机が二つ並べられている。不躾ではあったが寝室の方も一瞥して,二つのベットが比較的近づけて配置されていることも確認している。エリーゼの話しぶりと部屋の様子から,パトリシアとエリーゼの仲は良好のようだ。エリーゼが嘘をついている様子はなさそうである。現にエリーゼはパトリシアの身を案じて「みんな恐ろしい噂を仰っているし,もしかしたらと思うと……」と泣きそうな顔を先ほどから浮かべている。

 室内には目立った異常は見つからなかった。出来ればその恋人とやらの手がかりをパトリシアの持ち物から探したかったが,不安に押しつぶされそうな少女の前で男が家探しするのは流石に無理だろう。私はテトに目配せした。彼女はさっと室内を見回した後にこちらを見て頷いた。後日改めて部屋の中を捜索させてもらおう。

 エリーゼにはパトリシアのことは我々に任せて今日は休むように言った。よほど不安だったのだろう「ありがとうございます……」と涙をこぼしていた。戸締まりをしっかりするように伝えて私とテトは部屋を後にした。


 翌日,私は研究会のメンバーを地下室に集めた。彼らに危険を伝えるためだ。

 例の腕の事件を調査していた教師ドミニクが行方不明になった以上,事件に深く関わっている私とその身の回りにも矛先が向く可能性は十分あった。一番危険が及びそうなのは,やはり研究会のメンバーたちだ。今のメンバーはアニヤ,テト,マリアナ,リネル,それと私である。とくにアニヤと私は戦う力を持たない。アニヤにはマリアナに,私にはテトに付いてもらうことにした。リネルは一人でも大丈夫だろう。彼は「武門の友人と一緒にいることにします」と皆の前では言っていたが,おそらく単独行動するつもりだ。半魔族の彼であればうまいことやるだろう。

 そもそも私自身今回の事件に関係なく身の危険がある。色々な事件に首を突っ込んだ弊害だが,とくに昨年壊滅させたヤヌークの残党が問題だった。ヤヌークの生き残りたちが犯罪組織を立ち上げたという話を洋湖亭からの報告で聞いている。”黄金十字協会”とかいう名前の組織だそうだ。その十字協会とやらが学院の混乱に乗じて私への報復に出ないとも限らない。一層,身の回りには注意する必要があるだろう。

 危険が及ぶのは研究会のメンバーばかりではない。人を喰う化け物の存在が本当ならば,学院の生徒たちの身の安全も定かではない。私は兄上と相談することにした。しかし,ガルマトゥリエのサロンで直談判するも,返ってきたのは素っ気ない返事だった。

「その話が本当だとしても,確証のないことをガルマトゥリエとして発表することは出来ない」

 兄上にそう言われるのは目に見えていた。だが,報告しない訳にもいかなかった。

「ですが,何かしらの策を講じないと被害が出るかも知れません」

「それはそうだが……。どうにも公的に打つ手はないな」

 これは予想していた答えだった。だから私には考えがあった。

「……ひとつ手があります」

 それは相も変わらず小狡い手であった。

 ガルマトゥリエからパトリシアの失踪を公表してもらうことになった。表向きは生徒たちから彼女の行方について手がかりを募集するためである。実際,そうした面もある。だが,本当の目的は不安を煽るためだ。

 生徒たちの間で広がっている噂を利用する。もし,ここで一人の生徒が居なくなったと,皆の信頼を集めるガルマトゥリエが公表すればどうなるか。生徒たちは邪推するだろう。パトリシアという少女も喰われたのではないか,と。噂の信憑性は否が応にも高まる。そうなればどうなるか。恐怖は迂闊な行動を抑制してくれるだろう。

 兄上は私の策に苦笑を禁じ得なかったようだ。「よくそんなことを思いつく」などと言われた。だが結局は請け負ってくれた。ガルマトゥリエとしては生徒の失踪を公表する分には問題が無いという判断だった。

 兄上との相談の後はテトと共にミリエル嬢たちにも用心するよう伝えに行った。ミリエル嬢も姉上も私の関係者である。ミリエル嬢には姉上が付いているから,化け物の一匹二匹など物の数ではないだろうが,用心するに越したことはない。ちなみにテトは姉上たちとは数えるほどしか顔を合わせたことがないゆえか,私とともに研究室に向かう彼女はやや緊張している様子だった。「洋湖亭でもあの方ほどの魔術の使い手は居りませんから,どうも身構えてしまうのです」とは彼女の言だ。一流の工作員たちの集団である洋湖亭をしてそう言わしめるとは,我が姉上は一体どこまで登り詰めるのだろう。


 そうして,急ごしらえではあるが,とにかく事態への備えは整ったようである。後は調査を進めるだけだ。差し当たっては昨日やり残したパトリシアの部屋の捜索だろう。場所が場所だけに,出来れば女子の手がもう少し欲しい。私はマリアナとアニヤを探しに地下室へ戻った。

 地下室に降りてみると果たして彼女たちを見つけたが,そこにはもう二人,見知った顔と見知らぬ顔があった。

 階段を降りてきた私を見つけてアニヤが声を上げる。

「あ,戻ってこられました。ルシア様,お客様です」

 来客の二人は席に座ってアニヤたちとお茶をしていた。どうやら待たせてしまったらしい。

 二人の来客のうち見知った顔の一人,ユリア・フィッシャーが立ち上がって私に挨拶をしてきた。

「ごきげんよう,子爵。急な訪問をお許し下さい」

「いえ,こちらこそお待たせしてしまったようで。貴方なら何時でも歓迎ですよ」

 彼女,ユリア嬢とは,一年のマリアナの騒動のときに世話になって以来の付き合いだ。彼女は私よりも一つ年上であるので今年四年生となる。軍閥のリーダーとしてますます存在感を増しているようで,時々彼女からも仕事を頼まれる。初めて会った時の堂々とした振る舞いは変わらず,その鋭い碧眼も相変わらずである。

 もう一人の小柄な少女は見知らぬ顔である。身なりからどうやら貴族の子弟ではなさそうだが,どこか気品がある。いずれかの家の使用人だろうか。

 私の視線に気づいたユリア嬢が彼女を紹介してくれた。

「この子はパトリシア・ラングモア様のお付きだったファレン。ファレン,こちらがリンカー子爵ルシア・ブラドスキー様です」

 ファレンと呼ばれた少女が頭を下げる。線の細い儚げな雰囲気の少女だ。力仕事の必要な下女というよりは侍女としてパトリシアに仕えていたのだろう。とすれば,彼女のことを色々知っているかも知れない。

「子爵がパトリシア様の行方について調べておられることを聞いて参りました。私もこの子もパトリシア様のことを心配しておりましたから,何かお力になれることがあればと思いまして」

「ラングモア男爵家と貴家とは盟友の間柄でしたね。あなた方のご心配はもっともです。お話を聞かせてもらいましょうか」

 そう言って私は席についた。

 ファレンはまず自身がラングモア家に雇われた経緯を話してくれた。

「私がラングモア家にお仕えし始めたのは四年前でした。孤児で行き場のなかった私をご当主様が拾って下さり,それからパトリシア様の側仕えとして働かせて頂きました。ラングモアの方々には本当によくして頂きました」

 ファレンは不安そうに表情を歪めながら語った。大恩ある相手が行方不明となっているのだ,その心中は察して余りある。

 彼女は話を続けた。

「お嬢様が学院に入られる際も,慣れない学院生活で困らぬようにと私もご一緒させて頂けましたのも,ご当主様のお計らいでした。学院でも変わらずお嬢様にお仕えできるのは望外の喜びでした。ですが,お嬢様は学院に入られてからどこか憂鬱そうなご様子でした。想い合っている方がいらっしゃるとは聞いておりましたけれど,どうもその方とうまく行っていないのではと私は思っておりまして。この度の失踪もお嬢様の想い人が関係しているような気がしてならないのです」

 事前にエリーゼにも聞いたとおり,やはりパトリシアには恋人が居たらしい。学院で出会った彼との関係が上手くいかず,思い余って出奔したか。あるいは,その想い人とは平民で困難な恋に思いつめて駆け落ちしたか。多感な十代であるので何が出来(しゅったい)しても不思議ではないが,まだ十三そこらの娘がそこまで思い詰めるものだろうか。早熟な娘であればあり得るかもしれないが。

「パトリシア嬢はどういうお方でしたか」

 私はひとまず人物を尋ねることにした。

「お優しい方でした。人と話すことがお好きな方で,いつも笑顔を浮かべておられて,周りを明るくさせてくださる方でした。私のような者にも別け隔てなく接して下さいました。お屋敷の者は皆お嬢様の花の咲くような笑顔を愛しておりました」

 ファレンは寂しそうに微笑を浮かべた。

「パトリシア嬢の恋人について何かご存知ありませんか」

「それが,私にも秘密になさっていて……」

 お付きの者にすら話していないとなると,どうやら男爵家の令嬢として惚れてはならない相手に惚れた可能性が出てきた。相手は平民か敵対する家の子息か。

 念の為ユリア嬢にも尋ねてみるが彼女も知らないという。こうなってくると,パトリシア嬢の失踪はドミニクとは別件のように思えてくる。

 そんなことを考え込んでいると,私が手がかりの無いことに困っていると勘違いしたのか,ファレンは慌てたように付け加えた。

「あ,ですが,以前お嬢様は私に,”自分の愛する人はファレンもよく知る人だ”,と仰っていました。私の知人でお嬢様と親しい仲の方を存じ上げなかったので,不思議に思ったのですが……」

「なるほど」

 いちおうそう返事はしたが,やはりパトリシア嬢の件とドミニクの件との関連性は今の所薄いように思える。この件に深入りするよりは,ドミニクの線を追った方が収穫は多いかもしれない。だが,腕が発見された夜に行方を(くら)ませたというのが引っかかる。偶然で片付けてしまうのは早計かもしれない。

 私はユリア嬢の表情をチラリと伺う。いつもどおり気の強さが表に出ているが,しかし,いつもとは異なりそこには友人を心配する色がある。彼女とて自分の力だけではパトリシア嬢の行方が掴めないからこそ私を頼ってきたのだろう。

 それにパトリシアのルームメートであるエリーゼ嬢にも任せろと言ってしまった。ここで捜索を打ち切るのはあまりにも不義理だろう。

「分かりました。とにかく調べてみましょう。ファレンさんにも協力いただければと思います」

「ありがとうございます」

 二人は表情を明るくさせた。ユリア嬢はどこかホッとした表情をしていた。もしかしたら私が断ると思っていたのかもしれない。彼女なら当然,私が例の腕の件で動いていると分かるだろうし,パトリシアの件が腕の件とは関係が薄いと分かっていただろう。

 ファレンには残ってもらうことにして,一旦この場は解散となった。

 ユリア嬢は去り際に「このご恩はいつか」と私の耳に囁いて行った。私はそれに微笑して返事をした。

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