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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
マガイモノの献身
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精霊使い

「どこにもいらっしゃいませんね」

 目星をつけた場所を一通り周って戻ってきたテトが困った顔をして言った。私も同様に一巡りして来たが目当ての人物は見当たらなかった。

 私はテトと一緒に教師ドミニクを探していた。二人で手分けして彼が居そうな場所を周っていた。だが,彼の姿がどこにも見当たらない。午前中には見たという者が何人か居たが,午後からの消息がぱったりと途絶えてしまっていた。

 こうなっては困ったもので,彼の人の手がかりとなるものが無ければ探しようがない。だから,二人して困った顔を突き合わせていた。

「他に目星はありますか,テト。これだけ探しても姿形の影もないとなると学内には居ないのかもしれません」

「僕ももう心当たりはすべて周ってしまいました。教師が無断で学外に出るとは考えにくいのですが……」

 テトに事情を話して一緒にドミニクを探してもらってからかれこれ二時間経っている。彼が学内に居ないとなるとそれはそれで問題だ。教師連に報告をしなければならなくなる。妙なことに巻き込まれた可能性もあるからだ。

 ドミニクは学生名簿を調べていたようだ。コルマンドの報告どおりに果たして本当に行方の知れなくなった学生が居ないかどうかを探っていたらしい。その過程で何かの事件に巻き込まれたか。

 少なくとも彼が学内に居ないという確証が欲しい。私はどうするかと少し思案して,我が妹アンの存在を思い出した。

 アンも十三になり今年の夏に我が弟ジーンと共にめでたく学院に入学した。入学するまでの間,彼女とは手紙のやり取りで近況を報告しあっていた。精霊が見えることをアンが打ち明けてくれたあの件以来,精霊の使役についてアンは私の監督の下訓練を重ねてきた。私が入学してしまってからは,一人で練習することになったがその頃にはすでに精霊を手懐けており,今ではもう自由に精霊との意思疎通ができるようである。もう,一端の精霊使いという訳だ。そんな彼女であれば,人探しなど容易であろう。最初から手伝ってもらえば良いのかも知れないが,我が妹の力を研究会のことに使わせるのは忍びない。精霊との間には独特なコミュニケーションが必要ということだから,頼りすぎてもよくないだろう。

 しかし,今回は仕方がない。

「テト,ちょっと付き合ってもらえますか。一年のサロンに向かいます」

「え,ええ」

 怪訝そうな顔をして彼女は頷いた。


 学院の学舎は大きな建物である。ブラドスキーやブロンストのような権力も資産もある貴族のカントリーハウスに比べても遥かに大きな規模だ。それゆえ,建物には多くの講堂のみならず,大小の図書室・資料室,会議室,中庭,サロンなど複数の施設がある。とくに中庭やサロンは学生たちの憩いの場であり,授業の合間の友人たちとの一時を過ごす場となっている。ただし,そうした中庭やサロンはそれぞれ格式の高低が決まっており,基本的には学年別での使い分けとなる。下級生なら下級生のサロンに集まり,上級生は上級生のサロンで思い思いの一時を過ごす。ただ,中には貴族専用となっている所もあったりするので注意が必要となる。私がよく研究会の仕事で使う部屋などはそういう(たぐ)いのものだ。人が寄り付かず静かに会話できるのでよく利用している。

 そういう訳でアンに会うためには一年が主に利用するサロンに向かう必要があった。

 私とテトの二人して静かに部屋の中を覗く。室内の生徒に気づかれないようにアンが居るかを確認するためだ。我々の顔は有名になり過ぎているので,用もないのに堂々と入ると哀れな一年生たちを怖がらせてしまう。幸い,ドア近くのソファで二人の女生徒に挟まれたアンの後ろ姿が見えた。かろうじて彼女の銀髪の頭が見える。どうやら友人も作れたようで,一緒のお茶に付き合ってもらっているらしい。兄としては喜ばしい限りだ。

 彼女たちに近づいて声をかけようとすると,何やら話が盛り上がっているようだった。

「そういえばアン様のお兄様をこの前お見かけしましたの」

 我が妹の左隣の女生徒が言った。

「どっちのにいさま?」

 アンはいつもの抑揚のない口調で問い返す。

「ルシア様の方です。お噂通りのご容姿で,本当に……。その時はご友人と楽しそうに談笑しておられましたの」

「まあ,運がよろしかったですね! いつもはお忙しそうで,その,近寄りがたいご様子でいらっしゃいますから」

 右隣の女生徒が楽しそうに声を上げるが,最後は言いにくそうに口ごもった。私は会話に割って入るのが難しくなった。隣のテトが同情の視線を寄越してくる。そんな目で見ないで頂きたい。

「ええ。皆さんがおっしゃるから,相当恐ろしい方なのかと思っておりましたの。意外な所がおありで驚いてしまいました」

「にいさま,いい人」

 我が妹は兄のあけすけな評判を聞いてもどこ吹く風という感じで菓子をもぐもぐしながらポツリと呟いた。

「ふふふ,そうですね。お似合いのご兄妹です」

 右隣の女生徒がそう言うと,アンは嬉しいのか何なのか,その女生徒の肩に頭を擦り寄せた。三人できゃいきゃいやっている所を見ると仲は良さそうである。……兄としては嬉しい限りだ,妹よ。

 その頃になると我々の存在に気づいた他の生徒数人がもの凄い顔をして固まっていた。当の三人はじゃれ付き合うのに夢中で横に居る私達に気がついていない様子だった。立ち位置がやや後ろ目だったのが良くなかったのだろう,彼女たちの視界に入らないようだ。

「あら,どうしましたの,皆様」

 アンの左隣の女生徒が近くに居た同級生たちの様子を訝しんで問いかけた。流石に不審に思ったらしい。哀れな同年たちは彼女たちに我々の方へ向けと必死に身振りで指示する。さすがの三人もようやくこちらを振り返った。

「あ,にいさま」

 呑気に声を掛けてくる真ん中以外は顔が凍りついたのは言うまでもない。


 二人の女生徒は我々の目の前に整列してひたすらに平謝りしてくるので大いに困った。床に手をつかんばかりの勢いなので,私とテトは必死に彼女たちを押し留めていた。

「子爵には敬意を欠いた言葉を愚かしくも申し上げてしまいましたのはひとえに考えのつたなきがゆえでございますれば,私はどのような咎めを受けようとも,どうかモニカさんのことはご容赦を」

 さきほどアンの右隣に居た女生徒が沈痛な顔をして謝罪を述べる。どこかおっとりとした丁寧な口調で,たおやかな言葉使いはいかにも深窓の令嬢といった感じだ。

「い,いえ。ですから私は気にしていないと」

 すると左隣に居たモニカと呼ばれた女生徒が言った。

「マキ! 子爵,元はと言えば私が貴方様のことを話題にのぼらせたました。高貴なる方のことを安易に口に上らすなど,今思えば慮外も甚だしいことです。マキさんをどうかお咎めなきよう。罰ならば私がいかようにも罰せられましょう」

 モニカ嬢はマキと呼ばれた女生徒をかばうように語気を強めて言った。こちらはマキ嬢とは打って変わってハキハキとしゃべる子だった。武人の家の令嬢だろうか。

 しかし,困った。目の前の状況もそうだが人目を大いに集めてしまった。ハラハラした顔の下級生たちの視線を一身に受けてしまっている。私に彼女たちのことを罰するつもりなど毛頭ないのに。

「ひとまずお二方,座りましょうか」

「ですが」

 二人はなお食い下がる。その時二人の袖を引く者が居た。我が妹アンである。

「マキ,モニカ。落ち着こう?」

 それでどうにか二人は落ち着きを取り戻してくれた。

 とにかく全員ソファに座ってもらった。私とテトに対面するようにアンたちを座らせる。その後,何とか二人を説得して気に障ったことはなにもないことを納得してもらった。

「ご令嬢方,結果的に盗み聞きをするようでいらぬご心配を掛けました。私は妹のアンに用事があっただけなのです」

「い,いえ。とんでもないことです。私達も思慮を欠いておりました」

 マキ嬢がそう反論する。マキ嬢とモニカ嬢は二人とも子爵家の令嬢であり同い年の幼馴染だという。やや勝ち気な少女であるマキ嬢とおっとりとしたモニカ嬢は傍目に見ても仲が良さそうだ。

「いい友人を持ちましたね,アン」

「うん。二人とも大切な人」

 我が妹はいつもの無表情でさらりと言う。

 二人の令嬢は「アン様……」などと頬を染めて嬉しそうにしていた。

「にいさま,その人は?」

「あ,そうでしたね」

 そういえばずっと傍に居たテトのことを紹介していなかった。どうりで居心地悪く私の横に座っているわけだ。

「こちらが私の友人のテト。研究会の仲間でもあります。テト,この子が妹のアンです」

「よ,よろしくお願いします,アン様」

 テトは初めて見る,まるで人形がそこに座っているかのようなアンに戸惑うようだ。我が愛すべき妹は相変わらず無表情だし,相変わらずの身の丈である。私もアンが入学してきた日に彼女と久しぶりに再開した訳だが,この子の見た目の変わらなさには驚いた。三年前の過去からそっくりそのまま連れて来られたのではないかと目を丸くしたものだ。ただ,雰囲気は随分大人びたようにも思える。それがまた見た目とのギャップでどこか妖しさを感じさせる。

 そんな我が妹はテトを見つめて首を傾げた。

「……テトさんは男の人?」

「あ,いえ。これでも,いちおう女です」

 テトが遠慮がちに答えると,アンの両隣に座っているマキ嬢とモニカ嬢が驚愕の表情で固まった。こうした反応も見慣れたものだ。テトの男装も年々磨きがかかっており,もはや見た目からは中性的としか言いようがない。

「そうなんだ。キレイな人でびっくりした」

「え,ええと。ありがとうございます?」

 表情一つ変えずに言うものだからテトは返事に困るようだ。ちなみに我が妹はこれでも本当に驚いている。無表情から感情を読み取るのは難しいが,慣れると案外何とかなるものだ。テトには慣れてもらうほかあるまい。

「今日はアンに手伝ってほしいことがあって来ました」

「お手伝い?」

「ええ,研究会の仕事です」

 こう言えば私が彼女の精霊使いの力に用のある事が伝わる。アンはすぐに頷いた。

 それでこの場はお開きとなった。詳細は道中で説明することにした。流石にアンの秘密を友人とはいえあの二人に漏らすわけにはいかない。

「それじゃあ二人とも行ってくる」

「せっかくの時間にお邪魔して申し訳ありません。妹とは今後とも仲良くしてください」

「にいさま,そういうのいらない」

 保護者面が気に入らなかったのか妹には怒られたが,二人にはしっかり挨拶をしておいた。アンにとって大切な友人なら尚更(なおさら)である。二人とは「今度ゆっくり話しましょう」と約束して別れた。まあ,お嬢さん方は笑顔を引きつらせて「お時間があるときぜひ」と言っていたが。テトから再び同情の視線を送られた。


「ルシア様。アン様にはどのように手伝っていただくのでしょうか」

 歩きながらアンに探し人の特徴を伝え終わったところでテトがそう尋ねてきた。私は「人の居ない所に行きましょう」と言って,校舎の裏手に向かった。テトは何も言わず素直についてきてくれた。

 裏手は林となっている。木々は紅葉し落ち葉が地面を埋め尽くしている。校舎の陰となっているためずっと居るには肌寒い。そのためか人気はない。だが念を入れて周囲に人の居ないことを確認した。人気のないことを確かめた後,私は私の袖をつかむ我が妹と目を合わせた。彼女はどこか躊躇するようだった。無理はない。彼女が自分の秘密を打ち明けるのは私以外ではこれが初めてのことだろうから。

 私は不安そうな雰囲気のアンの頭に手を置いて彼女と目線を合わせた。

「大丈夫ですよ。テトは信用できます。貴方のことをむやみに言う人ではありません」

「うん,わかってる。……いいよ,話しても」

「ありがとう,アン」

 アンは恐る恐る頷いた。私は口角の緩むのを自覚しながら,その柔らかい銀髪を撫でた。我が妹の決断が嬉しかった。彼女はくすぐったそうにしていた。

 私はアンの秘密をテトに打ち明けた。妹がおとぎ話の精霊が見えるばかりか,その力を制御して利用できることを教えた。テトは非常に驚いた様子だったが,すぐに真面目な顔をして「僕はルシア様がおっしゃることを信じます」と言ってくれた。そして「アン様のことも」と付け加えた。彼女がそう言ってくれると信じていたが,実際に受け入れてもらえるとほっとした。それは私ばかりではないようだ。袖をつかむ力が緩んだのを感じた。

「アン,お願いできますか」

「うん」

 いよいよアンに精霊の力を行使してもらう段となった。彼女は目をつむり集中する素振りを見せた。といっても,召喚術などの通常の魔法のように周囲に目に見えた変化が表れる訳ではない。彼女はただ精霊の声に耳を傾けるだけだ。

 しばらくするとアンは目を開いた。

「学院にはもう居ない」

 やはりか。

「最後に居た場所は分かりますか」

「貴族寮に向かってたみたい。あの林の小道」

 となると腕が見つかった現場か。なにか手がかりを探しに行ったのか,それとも別の目的があったのか。

「その後のことは分かりませんか」

「うん,誰も見てないみたい。みんな怖がって林の中に入らない」

「怖がる? 一体精霊たちは何を恐れているのですか」

「わからない……。みんな怯えてる。人を喰うおっきな化け物がいるって」

 私は思わず目を丸くしてテトと顔を見合わせてしまった。人を喰う恐ろしい化け物。それは学生たちの他愛のない噂の一つではなかった。

 冷たい木枯らしが枯れ葉を吹き上げてかさかさと音を立てた。

 どうやらこの事件,一筋縄では行かなそうだ。

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