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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
マガイモノの献身
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 演奏会が終わると,私と姉上は学院には戻らず私が相続したリンカー子爵邸に宿を取ることにした。こちらの方が近いからだ。私も三年生になったので外泊は許可されている。外出も自由になった。三年にもなれば,わざわざ寮に住まず勝手の利く下宿に宿を置くことも出来る。実際,そうする生徒も少なくはない。私も小ぢんまりとしたものではあるが一応は王都に屋敷を持つ身分になったので,そこを住居とするのも手ではある。だが,学院寮の部屋もそれはそれで使い道がある。そのため寮の方にも部屋は残してある。部屋不足で出ていけと言われない限りはそのままにしておく心づもりだ。

 姉上は屋敷に戻ると「疲れたから寝るわ」と言って早々に床に就いてしまった。私は今日のお礼を丁寧に述べて彼女を見送った。

 私も明日は早くに学院に向かわねばならない。だが,今夜はまだやることがある。ブラドスキーの親戚から小包が届いたと執事から伝えられた。私は書斎に向かい机の上に置かれた手紙を手にとった。

 夢の男からの助言に従い,私はブラドスキーの獣憑きたちの遺品を集めていた。彼らが各地で集めた文書や遺物である。ガラクタ同然の物ばかりが多いが,中には興味深いものもある。白公と呼ばれる人物が,今から約千年前,ルシーカ末期の頃に現れたことが分かった。そして,その白公という人物はどうやら”魔核”と呼ばれる物体を研究していたらしい。

 以前,姉上に魔核について尋ねたことがある。

「魔核というのは心の臓の近くにある小石ほどの大きさの球ね」

「私たちの体の中にあるのですか?」

「ええ。臓器の一種だと考えられているけれど石みたいに硬いから胆石のようなものだと言う人も居るわ。ただ古くから魔法を司る臓器と言われているの。真偽は分からないけどね」

 とのことである。

 ”魔核”というキーワードは以前見たあの人体実験の夢で出てきた。魔核とあの夢がどのように結びつくか分からないが,少なくとも目下調査中である白公にたどり着くための重要な手がかりの一つとなるだろう。

 親戚から届けられた小包には,その白公に関する手がかりがあった。とある旅商人の手記の断片であり,彼が訪れた村で幾人かの村人が白髪の男に人足として買われたが,その後連れ去られた者たちが戻ってくることはなかったとある。男は同伴の者たちから白公と呼ばれていたそうだ。その村は現在のフェシリカ近郊にあったとされる。今までの調べでは白公はフェシリカを中心に活動していたことが分かっているので,この白髪の男が白公である可能性は高い。

 もちろん個人の手記であるからそこに書かれた出来事は気をつけて見なければならない。単に嘘をついていたり,伝聞を直接見たかのように記したり,単なる勘違いや記憶違いであったりする可能性もある。だが,今回に関して言えば嘘を付く必要もない出来事の記述である。白髪の男が出した人足の対価も記載してあり,その量も妥当である。ひとまずは信用してもよいだろう。

 しかし,この出来事が本当だとすると,村人を連れ去って男は何をしようとしていたのだろうか? 私は思わず夢で見た診療台に寝かされて色々な計器に繋がれた男の姿を思い出してしまった。その光景を振り払うように頭を振る。こじつけはよくない。調査は慎重に行わなければ。

 もう夜更けである。そろそろ明日に備えて床につかなければいけない。

 私はノートに今回の手がかりをまとめると,鍵付きの棚に資料と一緒に仕舞った。調査を始めて半年あまり。依然としてプレートの謎は解明出来ていない。


 次の日の朝。私は屋敷を出て学院に向かった。学院で起きたという事件の情報収集のためである。わざわざ警察の真似事を私がする必要もないのだが,どうせガルマトゥリエから話が来るだろうので一応出向くのだ。

 学院は歩いて行ける距離なので徒歩である。

 季節の変わり目で町中も秋の色に染まり始めた。陽に当たるとまだ暖かいが油断していると冷たい秋風が襟元を脅かしに来る。街路樹の紅葉したのを横目に歩く人々も厚着をするようになった。私も上着を一枚羽織り,外出のときよく頭に乗せるようになった中折れ帽をかぶっている。私の顔をよく知らない人でも,これをかぶっていると認識してくれるようだ。

 学院に着いて何か事情を知っている人間が居ないか探していると,寮の近くに見慣れない格好の者たちが居た。紺色の制服を身にまとった彼らはコルマンドと呼ばれ,この国における警察の役割を担っている存在だ。

「おはようございます,事件の調査に来られた方ですか」

 私が挨拶すると,彼らのうち年長の者が進み出てきた。

「ええ,そうです。あなたは?」

 丁寧に対応してくれるところを見ると,私の身分について察してくれたようだ。

「ここの生徒でルシア・ブラドスキー・リンカーと申します。学院で何かあったと耳に挟みましたので」

「これは失礼を。私は巡視の者です。事件のことはお聞きになりましたか」

「いえ。これから調べるところです。あとで塔の者たちに報告せねばならないので。何があったかお聞きしても?」

「ええ構いません」

 そう言って彼は事件の詳細を教えてくれた。

 昨夜の遅くに寮の近くで人の腕らしきものが見つかったという通報があったという。それで今朝実際に調べてみると,男性のものらしき肘から先の腕が見つかった。ひどく手荒に引きちぎられたと見られボロボロの状態だったというが,傷自体はつい最近出来たものだろうということだ。巡視の人たちからは止められたが無理を言って実際に見させてもらった。

 貴族寮傍の林の中の道にぽつんと人の腕が置かれていた。この道は校舎からの帰り道としては回り道になるが,図書館から帰るには近道なので利用する者はそこそこ居る。

 腕は肘を無理やり曲げるようにして千切られたと見えて,折れた骨とちぎれた筋肉がむき出しとなっていた。皮膚はだいぶ土と血に汚れているが,比較的きれいな部分を見るに若い人のように思える。手の大きさと骨ばった感じから確かに男性だろう。腕は太く筋肉質であり古い打撲跡がある。また獣に噛まれた跡もあり,皮膚を破ってかなりの深さまで食い込んでいる。手のひらを見ると皮が厚く,指の節々にタコが出来ている。おそらく剣や棒術をやっていたのだろう。

 どうも獣に食いちぎられたように見える。巡視も同意見とのことだ。加えて,巡視は「確認中ではありますが」と前置きして,腕の持ち主は学院の生徒ではないだろうと言った。学院内で人を襲う獣の話は聞かないので,腕は学院外から持ち込まれたもので,おそらく行き倒れの男のモノを野犬か何かが運んできたのだろうと,彼は自身の推測を語ってくれた。この時代,生活保護などあるわけもないから行き倒れも多い。裏道に入ると死体が転がっていることは,よくある訳でもないが珍しくもない。王都は人が多いため余計に多いのだろう。加えて,学内で腕が引きちぎられるなどという物騒な事件は確かに起こりそうにない。少なくとも私はそんな事件は聞いたことがない。犬が持ち込んだという方が有りそうな話だ。しかし,ただの行き倒れでもなさそうだ。武術をやっていた形跡から兵士かどこかの傭兵か。事件性はあるかもしれないが,それは私が判断することではない。私が気にすべきはこの腕の哀れな持ち主が学院の生徒か否かである。仮に生徒であれば武門の者だろう。

 私は生徒の確認を彼らに頼むとひとまずその場を後にした。第一発見者については巡視から聞いた。彼に話を聞く必要があるだろう。

 発見者は貴族寮の者である。彼は文門の生徒で,昨夜,図書室からの帰り道に腕を見つけたという。

「道も暗かったので初めは太い木に躓いたのかと思いました」

「明かりは持っていたのですか」

「ええ。照らしてみると人の手のようでして……。恐ろしくて急いで寮に戻りました」

「そのとき周囲に誰か居たりはしませんでしたか」

「なにぶん暗くて。ですが人の気配は感じられませんでした」

 彼は昨夜のことを思い出して身震いするようである。真面目そうな典型的な文門の生徒だ。嘘をついているようには思えない。私は礼を言って彼と別れた。

 腕は昨夜あの道に置かれたことは間違いない。少なくとも夕方は道を通る者が居る。ということは皆寮に戻った頃にどこからか運ばれてきたと考えなければならない。となると,有力な情報を持っていそうなのは,たまたま腕を発見したあの文門の生徒以外居そうにない。彼があの道を使わなければ,腕が発見されたのは今日であったろう。

 後は生徒のうち特に武門の者で行方不明となった者が居ないかを調べるしかない。これは少々厄介だ。三年次からは外泊も許されるので,所在を今日中に掴むのは難しいだろう。人手も要る。ここは素直にコルマンドに任せるのが得策か。

 そろそろ授業の時間である。調査は専門家に任せて私は学生の本分を全うすることにしよう。そのうちガルマトゥリエからも声が掛かるだろう。事件の概要は掴めたし,必要なことは報告できると思う。一旦はこの件は保留である。


 兄上から呼び出しが掛かったのはちょうど昼休憩の時間であった。言伝を頼まれたらしい一年生の生徒が恐る恐る私の下へやってきた。私はやはり来たかとため息を吐いた。それで余計にその生徒を怖がらせてしまった。あわてて彼に謝り,私はその不幸にも小僧働きを任されてしまった生徒に礼を言った。

 どうやら昼食は食べ損ねないといけないようであった。

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