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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
マガイモノの献身
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演奏会

あけましておめでとうございます。

「ようこそ,リンカー子爵」

 ブロンスト家の屋敷に招き入れられてげんなりしている私に,そうにこやかに挨拶して来たのはこの家の当主ゼルバーグであった。

「ロゼッタ嬢も我家にようこそ。お美しくなられましたな」

 となりに立って私と同様げんなりとしている我が姉上にもゼルバーグは声をかけた。豊かなロマンスグレーの髪を後ろになでつけた貴族然とした初老の男性。ひと目で若い頃は随分と女性に言い寄られただろうことが分かる。

 私たちは柔和な表情を浮かべる当主に無難に挨拶を返すのがやっとであった。


 今日はブロンスト家と付き合いのある者たちが集まった演奏会があるということで,王都の彼らの屋敷に招待された私であった。姉上はその付添として私が無理を言って付いてきてもらったのだ。

 パーティに出席するからには一人で出るわけにも行かない。この場合は身内から連れ添いを選ぶわけだが,父上兄上を持ち出しては角が立つし,母上殿は忙しい。我が愛すべき弟妹はこういう場に慣れていない。必然的に姉上に頼まざるを得ないというわけだ。この説得にはだいぶ苦労した。気持ちはよく分かる。私とて来たくはなかった。だが,仮にも侯爵家からの誘いである。断れるものでもなかった。必死の説得の末,姉上も事情は察してくれて渋々引き受けてくれた。

 ところで,なぜ敵対している家の者である私を彼らが招いたのかというと,去年のユーフィアの件についての礼であるという。倅のラグダニエルが世話になった,ということで当主自らのお誘いである。加えて私が子爵位を襲爵(しゅうしゃく)したので,その挨拶もしたいということだ。

 ヤヌークの私兵団を壊滅させた報酬として父上が用意したのは爵位であった。リンカー子爵位はもともと私の従叔父(いとこおじ),すなわち,祖父の弟の息子が継いでいた爵位であったが,その人には男子がなく直系に子爵位を継ぐ者が居なかった。普通の場合はこのような爵位は停止となる。我が国では爵位の保持者といえども,勝手に継承者を決めることは出来ず,爵位に定められている方法で継承させる必要がある。しかし,リンカー子爵位には特別継承の規定があった。保持者の直系に継承権を持つ者が居ない場合は,保持者の父の兄弟の直系に継承を認める特例規定である。保持者の父の兄は,すなわち,私から見て祖父。その直系とは父上であり,息子たち,兄上や私や弟も含まれる。父上はすでに他の爵位を持っているし,兄上は侯爵を継ぐ予定であるので,面倒を避けて,私に継がせてしまおうというわけだ。そのため,父上が一族に根回しを行い,先日の報酬として私に爵位をくれたという経緯である。

 根回しには父上も骨を折っただろうが,それは何も二番目の息子にプレゼントを贈りたいという殊勝な心がけからではない。

 ヤヌークの件でヴェスター家と敵対することになった私に家を立てさせることで,ヴェスター家からのブラドスキー家への敵意を(さえぎ)る心づもりからだろう。要は防波堤の役割である。爵位を継げることは名誉なことだが,得られる物に比べて負担が大きいような気がする。これを褒美だと言って何食わぬ顔をして渡してくる父上も心底人が悪い。こっちが何も理解していないならまだしも,理解していると分かった上で「喜べ」などと言うのだ。私の丹精込めた笑顔が引きつりそうだったのは言うまでもない。


 さて,過去を振り返って現実逃避するのは止めにしよう。今私達は演奏会が行われる大広間に来ている。

 扉を開けてもらって中に入った途端,部屋中の老若男女から視線が集まった。それも,場の雰囲気を壊さぬように談笑を続けながら視線だけこちらに寄越してじっくり観察するという離れ業である。社交の場に限っては,上流階級の人間の抜け目のなさは洋湖亭の工作員にも引けを取らないだろう。聞くところによると,パーティに出席した人間を一瞥するだけで,その人の社会的地位や現在の資産が分かる猛者も居るという。社交界というのはつくづく怖い所だ。

「帰りたい……」

 姉上が私にだけ聞こえる声量でぼそりとつぶやいた。気持ちは大変よく分かるが抑えて頂きたい。今日の任務は(つつが)無くこの場を無事にやり過ごすことである。一種の苦行と心得て観念する他あるまい。

 広間にはいくつもテーブルが用意されているが,まだ着席するものは居らず,銘々立ち話に興じている。億劫だが私もその輪の中に入って挨拶せねばなるまい。まずは当主ゼルバーグに改めて挨拶である。さっきは玄関付近でたまたますれ違ったに過ぎない。


「ブロンスト卿,改めて本日はご招待ありがとうございます。貴家の楽団の素晴らしい演奏を姉のロゼッタともども楽しみにしておりました」

 会場でゼルバーグを見つけた私は彼に声をかけた。もちろん我が姉ロゼッタも一緒である。彼女も社交界用の笑みを浮かべて挨拶をした。

「ははは,そう仰っていただけると何よりです。楽長も喜ぶことでしょう」

 ゼルバーグは朗らかにそう言った後,表情を真剣なものへと変えた。何やら真面目な話をするらしい。

「貴家と我家は長年の確執があります。気の遠くなるほどの過去から不幸にも我らの世代にまで引き継がれてしまった対立です。いつしか対立することが当たり前となってしまった。ですが,いつまでも過去に囚われては我々も前に進めますまい。時代は変わりうる。我々は一歩を踏み出さねばならんでしょう。今宵はまさしく我々にとって新たな時代を象徴する会。本日はお互いの立場を忘れて共に演奏を楽しみましょう」

 微笑しながら言うゼルバーグの顔は好々爺然としている。まるでブロンスト家とブラドスキー家との和解を望んでいるかのように見える。だが,そんなことはあり得ない。

「おっしゃるとおり。今宵は我々の関係を”前進”させることでしょう」

 私は言葉を強調してそう言い返した。ゼルバーグは笑みを深めた。そして周囲に知らせるためか,友好をアピールするかのような素振りを見せた。だが,そんなものは演技だ。その瞳の冷徹な色は隠し切れない。彼には両家で平和に仲良くしようなどというつもりは毛頭ないのだろう。それは初対面のときから分かっていた。ここはブロンストの本拠地であるから,ここに居る者は私たちを除いて全てブラドスキーと敵対する者たちだ。その中にあってゼルバーグの瞳にある光はこの場の誰よりも強い我が家への敵意である。それゆえに私の器量を測ろうとしてきたのだろう。彼が言う”一歩”とは,私が立てたリンカー子爵家との敵対の意味に他ならない。さきほどの会話でこちらもあちらも油断など微塵もないことがお互いに伝わった。だからゼルバーグは笑みを深めたのである。

 これも我々流の挨拶である。

「今宵はとても素晴らしい夜になりそうです。さて,倅のラグダニエルにも挨拶をさせましょう」

 小芝居は済んだのか,近くに控えて居たラグダニエルをゼルバーグは呼んだ。彼は「リンカー子爵は我々の友人とご面識がないでしょうからラグダニエルに紹介させましょう」と言って,私達姉弟を息子に押し付けた。ゼルバーグは品定めに満足したようである。私は内心ほっとせざるを得なかった。貴族の苦労というやつである。姉上から「さすがルシアね」などとお褒めの言葉をもらったのが,せめてもの慰めである。

 ラグダニエルからは襲爵のお祝いの言葉をもらった。彼は「まさか君に先を越されるとはね」と苦笑いしながら言った。そのあとは彼の紹介で会場内を挨拶回りした。流石に姉上の魔力の大きさに驚く者が多かった。封印を施しているとはいえ,彼女の中に内在している膨大な魔力は隠しきれない。とはいえ驚くのは最初くらいで,しばらくすると慣れるようで和やかに会話してくれる。姉上の方も普通に言葉を返している。流石に不慣れな様子だが,それでも初対面の人と普通に会話しているのは,数年前では考えられなかった光景だ。感慨深いものがある。


 適当に会場を回っていると演奏の時間になったようである。いろいろな楽器を持った楽団員たちが会場に入ってきた。出席者たちは各々決められた席につく。私は従僕の案内で楽団に近い前の方のテーブルに向かった。ゼルバーグとラグダニエルが居る席である。他には伯爵位の男とそこのご令嬢,あとは貴族ではないが,王国でも有数の富を誇る商家の主とそこの跡継ぎが居た。席につくと隣となった商人の男が「最初の曲目は何でしょうな」とにこやかに声をかけてきた。私は「楽しみですね」と笑顔を返した。

 曲が始まった。ブラドスキーの地にゆかりのある一曲であった。私達が出席するということでゼルバーグが手配したのだろう。たしかに演奏は見事だが,素直に楽しめない。個々の演奏家の技量は素晴らしく,それらを指揮する者の腕も良い。これが普通の演奏会なら時間を忘れて聞き入ったに違いないが,ここはブロンストの屋敷である。四面楚歌とはまさしくこのことで,いくら故郷にゆかりのある音楽でも敵地にあっては楽しめない。ゼルバーグの嫌がらせに思えてくる。隣の姉上も表面上は楽しんでいるように取り繕っているが,こちらに寄越した目が「はやく帰りたい」と物語っていた。同感である。

 そんな感じで気疲ればかりの演奏会であった。だがそれを顔に出すわけにも行かない。給仕されたワインなどを口に含みながら隣の商人と先程の演奏の感想で盛り上がるフリをした。姉上の方は伯爵家の令嬢と談笑している。ラグダニエルとゼルバーグはそれぞれの隣と和やかに話している。もうしばらくすると演奏会もお開きになりそうだ。

 すると,一人の従僕がラグダニエルに近づいて耳打ちした。ラグダニエルの表情が変わる。何かあったのだろうか? 彼は隣席のゼルバーグに耳打ちした。ゼルバーグが顔をしかめる。そんなやり取りを怪訝な顔をして見ていたからかラグダニエルと目が合った。彼は一瞬顔を歪めたように見えたが,すぐに表情を引き締めて,ゼルバーグに二言三言告げると私の所までやってきた。

「子爵,どうやら学院で事件があったようだ」

 物騒な言葉に私は驚きを隠せなかった。

「事件?」

「ええ。詳細は分からないが何か良くない物が見つかったらしい」

「そうですか。それは塔の方々から声が掛かってきそうな話ですね。お知らせ頂いてありがとうございます。私の方でも明日調べてみます」

「いや構わない。せっかくの会に水を差すようで失礼した」

 彼はそう詫びると自席に戻った。すぐに何やらゼルバーグと相談をするようである。彼は「詳細は分からない」と言っていたはずだが,それにしては深刻そうな様子である。私は彼らを興味深く観察していた。すると,ゼルバーグとラグダニエルがこちらに視線を寄越した。

 二人が不意にこちらに向けた無表情には何か意味ありげな色が含まれている気がした。

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