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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
冬の夜、死と恋と
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春の予感

 体調を崩して一日休んでしまったが,次の日からは学院に出られるようになった。

 大きな仕事は片付けたが,まだ細かな調整が残っている。まずはこれらを片付けることが優先だ。黒フードの男のことは一旦保留することにした。あの男の言うことは具体性が無いし,夢にまで干渉できるのだから対策のしようがない。それに,あの男にかかわる問題は,短期間でどうにかなる問題ではなさそうな気がした。黒フードはレセプターの完成が目的だと言った。さらに,私の記憶の中にすべての答えがあるとも言った。男の言う記憶とは私の前世の記憶のことだろう。記憶が相手では急いでも仕方がない。じっくり取り組む必要があるだろう。

 ひとまずは目下の課題である。

 ラグダニエルとの交渉も進み,フルーレティを傘下に収めることを条件に,ユーフィアをオルガに移籍させることで合意した。フルーレティの方も返事が来ており,不安を覗かせながらも前向きな返答である。細かい調整は必要そうだがこちらは問題なさそうだ。何度かフルーレティの団長と会談する必要がありそうなので,ユーフィアにも出席してもらことにした。リネルには心配を掛けることになるが,どうせ王都の外れで行う密談である。彼らが顔を合わせる心配はないだろう。


 夢を見た。また白い部屋である。私はあの黒フードの男がまた出てくるのではないかと思って警戒したが,今回はちゃんといつもの夢の男がいた。ほっと胸をなでおろしたが,よくよく考えてみるとこの男に会ってほっとしたというのも癪である。私は出来ればこの男にも会いたくはないのだ。

「なに一人で百面相しているのさ」

 そうして一人葛藤としていると,男に笑われてしまった。

「やかましいです。私だって色々あるのです」

「まあ,君も最近色々あったからね。心情お察しするよ」

 そうからかう調子で言われると,腹の底からこみ上げてくるものがあるが,ここはぐっと堪える。こいつには聞かなければならないことがある。

「……あなたに聞きたいことがあります」

「そうだろうね」

 男はそれまでのフザけた調子を引っ込めて真面目な声で言った。

「あの男は何者ですか」

「それには答えられない」

 男はきっぱりと言った。

「それはつまりあの男のことを知っているということですね」

「そうだね。よく知っているよ」

 男はあっさりと白状した。だが,黒フードの正体は言うつもりがないらしい。

「何故答えられないのですか」

「まだその時ではないからだよ,ルシア君。あの男は君が思う以上に危険なのさ」

「その危険も,男の正体が分からなければ備えのしようもないと思うのですが」

「そうだね。だけど,これは複雑な問題なのさ。真実を知ることはきっと君にとって不幸なことだよ」

 男は悲しげに言った。

「どういうことです」

「そのままの意味さ」

 私にとって不幸? 男の正体を知ることが? 一体どういう意味だ。まるで訳が分からない。男の言うことは黒フードの男の話以上に抽象的である。

「意味が分かりませんが,あなたがしゃべる気がないということは分かりました」

「そうでもないさ。僕は君に色々なことを伝えたい。でも,それは無理なんだ。あの黒フードの男の思うつぼだからね」

 ますます意味が分からない。なぜ黒フードの正体を知ることが奴の利となるのか。単にこの男が言いたくないだけではないかと思えてくる。

「では”レセプター”とは何ですか」

 私は話題を変えた。男の正体はこれ以上問い詰めても彼は言いそうにない。

「……それにも答える事ができないんだ」

「あなた何も答えないじゃないですか」

 一体何を隠そうとしているのか。しかし,この様子だと,こいつは想像以上に黒フードの男のことを知っている。まさか,奴の仲間か?

「疑っているね,ルシア君。でも安心してくれ,君の不安は杞憂だよ。どちらかと言えば,僕はあの男にとって最大の障害だろうからね」

「それを信じろと?」

「信じるかどうかは君次第さ。覚えてるかい? 君には頼み事をしている」

「あなたの正体を突き止めろ,でしたか」

「そうだね」

 男はおかしそうに言った。男は言葉を続けた。

「色々な秘密の手がかりは君の胸のプレートに秘められている。プレートの謎を追うんだ,ルシア君。それが道標だよ」

「”ダ王の三月,白公,ナイダルに(こう)ず”」

「そうだ。君はもっとその言葉に注意を払うべきだ」

 確かリネルがプレートについて情報を持っていた。まだ彼から聞き出せていない。だが,男はプレートの言葉に注意しろと言った。実は以前,調べたことはある。召喚術研究会の例のたまり場は資料には事欠かない。しかし,ダ王や白公,ナイダルという固有名詞は見つからなかった。それで私は調査を諦めてしまい,それ切りプレートの言葉に気をかけて来なかった。

「あなた知っているのですか。知っているなら教えてくれれば良いでしょう」

「それでは意味がないんだよ。道標,と言ったよ。君自身が言葉を頼りに道を見つけなきゃ」

「一体何の意味が……。だいたい,その言葉については一応調べたことはありますが,どの文献にも見当たりませんでしたよ」

「それはそうさ。これは失われた歴史。学院の図書室をひっくり返したところで見つかるわけがない」

「だったら,どう探せば」

「そういったものを見つけ出してくる人間を君はよく知っているだろう」

 男は言った。彼は,どうして気が付かないのか,と言わんばかりに人を小馬鹿にしたような調子でいる。だが,そう言われて私も初めて思い当たった。なぜ今まで気が付かなかったのか自分でも不思議なくらいだ。

「ブラドスキー……」

「そうだ。灯台下暗しとはこのことだね。最初の手がかりは君の一族が持っている」

 ブラドスキーの獣憑きたち。彼らは何処からともなく歴史の闇に埋もれた遺物を探し当ててきた。

「黒フードの男と対決するためには,君はまだ準備が足りない。隠された歴史を知るんだ,ルシア君。それが君の武器となる」

 まるで全てを見通す預言者のように彼は断言した。その厳粛な響きには有無を言わさぬ説得力があった。

 この男が敵か味方か依然として分からない。だが,プレートの言葉を追うことは確かに私にとって必要に思えた。黒フードの男が何故私を”レセプター”と呼ぶのか,奴との夢の中で見たあの映像は何であったか,なぜ”私”は前世の記憶を持ったまま転生したのか,その答えがこのプレートには隠されている気がした。

 私は胸に手をやってその存在を確かめる。

「いいでしょう。あなたの思惑に乗るのは癪ですが,失われた歴史とやらを突き止めてみようじゃありませんか」

「頼んだよルシア君」

 男は笑うように言った。私はその声がやけに耳障りに聞こえてならなかった。


 寒い日々が続いたが,今日はやけに温かい日であった。

 恒例のユーフィアとのお茶会は,せっかくなので外でやることにした。季節が季節なら蝶でも幾ばくかひらひら漂っていそうな雰囲気である。それに今日は話をしなければならないこともあった。

 ユーフィアはフリードにオルガへの移籍の件を伝えた。

 フリードは私が無理やりそうさせたと疑って憤りを見せたが,ユーフィアが落ち着いて彼に滔々と説明を聞かせた。最初は動揺して反発していたフリードも,彼女の決意を聞いていくにつれて威勢を失っていった。彼とっては受け入れがたいことだろう。その心情は察して余りある。

 ユーフィアの決定はフリードを悲しませた。それはそうだろう。オルガに移籍するということは,彼女は学院を辞めねばならない。流石にブロンストも譲歩して,一学年の間は猶予してくれるそうだが,それでもフリードにとって一緒に居られる時間は一年にも満たない。

「ごめんね,フリード」

 ユーフィアは寂しそうにフリードに語りかけた。

 彼は複雑そうな顔をして答えた。

「俺,ユーフィアの傍に居られるようなるから。絶対に…ぜったいに」

 彼は泣きそうな顔をしてそう言った。そんな彼に,ユーフィアは慈しむように「待ってるよ」と答えた。

 二人の行く先は困難が多いことだろう。フリードの家のこともある。ユーフィアの身分のこともあろう。そもそもフリードは自分の想いをまだ彼女に伝えていない。ユーフィアなら何となく気づいていそうだが,まだ彼の想いを受け止める余裕はないだろう。彼らには時間が必要である。私は二人の仲が二人にとって良い形となるように祈った。


 雪解けにはまだ早い。だが,今日の陽気は春の訪れの前触れなのかもしれない。春は新しい生命が芽生える季節である。その季節はきっと,我々は各々が各々のやるべきことを全うするために,惜別(せきべつ)の季節となるだろう。ユーフィアにとっても,フリードにとっても,そして私にとっても。別れは悲しいことだが,新たな一歩の始まりでもある。友人の踏み出したその一歩を私は祝福したい。別れに涙するよりも。

 そして,また,私も未知への旅を始めなければならない。どれほどの道のりとなるのかも,その先に何が待ち受けているのかも分からない。しかし,それはおそらく多くの謎を抱えているらしい私自身を知る道のりとなるだろう。

 春を思わせる陽気の中,きらきらと輝く空気が天に高く。

 私はどうやら自分の運命と向き合わなければならない。そんな予感を冬の終わりの気配と共に感じずには居られなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いところ(小並感) [気になる点] 続き [一言] 壮大な背景が明らかになってきましたね。
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