表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
冬の夜、死と恋と
64/85

奇妙な夢

 ユーフィアに私の記憶を見せた夜。私は奇妙な夢を見た。

 それは例の夢の男と会うものに似ていたが,待てども暮せども一向に男は現れなかった。暇を持て余した私はこの世界の散策をすることにした。

 どこまで行っても白一色である。歩けども歩けども景色が変わらないので,私はついに歩くのに飽きてその場に座り込んだ。

 ――気をつけて! 危険が迫っている

 すると突然声がした。例の男の声だ。

「あなたですか? どこに居るのです」

 私は声を上げたが返事はなかった。彼は何か忠告するようだったが,周囲を見渡しても何の変化もない。そもそもここは私の夢の中だ。何の危険があるというのだろう。

 私はやはりすることが無くなったので,再び立ち上がり歩き出した。ただ座っているだけというのも疲れるものである。もちろん夢の中なので肉体的に疲れることはないのだが。

 しばらくぶらぶらと彷徨(うろつ)いていると,小さな黒い点が見えた。一面が白なのでよく目立つ。近づいて見てみると扉であった。まるで黒色の扉だけ用意してその場に立てておいたかのようである。扉が備え付けられてるべき壁などというものはない。何だこれはと思って,何の警戒もなく扉を開いた。扉はその場に立っているだけなので,ただその向こうの空間が見えるだけかと思いきや,開けた先にあったのは薄暗い空間だった。どこかの機械室のようである。壁と天井には鉄パイプが走り,地面には金網,鉄製のいわゆるグレーチングが敷いてあった。

 私は驚いて,扉の裏側に回り込んで見てみた。やはり扉の先には先ほど見た機械室であった。

 どういうことかと首を傾げざるを得ないが,しかし,その機械室には見覚えがあった。以前,死体の夢を見たときに,まさに私が立っていた部屋だった。扉の先に行くべきかどうか迷った。だが,どういうことか私はこの扉の先に行かねばならない気がした。

 機械室に足を踏み入れる。すると,白色蛍光が照らしていた部屋が黄色の照明に切り替わった。何が起こったのかと私は身構えたが,人の気配は依然として無い。

 黄色に染め上げられた機械室に気が変になりそうだ。

 そもそもこの部屋には妙な既視感がある。どう見たって,ルシア・ブラドスキーとして生きた世界にはあり得ない部屋だ。ならば前世と考えられるが,この,こみ上げる嫌悪感はなんだ。この機械室の床に足を付けていられない,まるで無数の虫を踏み潰しているかのような生理的な嫌悪。これは一体なんだというのだ。

 ――床を見ろ。辺り一面血の海だ

 男の声が聞こえた。例の男の声とは違う。私は慌てて床を見るとどす黒い液体が吹き出して一面に広がっていった。液体はきつい鉄の臭いを撒き散らしながら,私の(くるぶし)ほどまであっという間に満たした。どす黒いものがぬめりと私の足をなめるたびに(おぞ)ましさにぞっとした。

 黒い水たまりは,まるでタールのような粘性を持っており,床中に溢れ出る液体の流動によって奇妙な波形を形成する。それが段々はっきりとした形を取り始めた。まるで人の顔のような……。

 泥人形のような者たちが底から這い出してきたとき,私は声にならない悲鳴をあげた。

 ――その者たちはお前の罪だ。思い出したか?

 また声が聞こえた。私はそれどころではない。黒いどろどろした人形たちは口々に何かを叫ぶかのように,その暗い眼窩と口腔を開き,這いずりながら私の足を掴もうとする。まるで,お前も底に引きずり込んでやろうと言わんばかりに。

 私は逃れることに必死になって人形たちの手を何度も何度も足蹴にした。それでも彼らは止めない。

「私に何の恨みがあるのですか!」

 大声で叫ばずにいられなかった。すると,恐ろしいことに,人形たちのうち一体が声を発した。

「苦しい……少将……少将……助けてください……」

 地響きのような唸り声であった。地獄の底からの呼び声のような身の毛もよだつ声であった。

 人形たちの数は増える一方であった。ついに私は彼らに組み倒され,タール状の液体の中へ引きずり込まれていった。


 目を覚ますと,先ほどの機械室の床に倒れていた。今まで私を苦しめていた泥人形たちもどす黒いタール状の沼も無いようである。

 私はまだ混乱する頭で起き上がると周囲を見回した。沼も人形も綺麗サッパリに何事もなかったように消えている。私は幾分か冷静になった。しかし,先ほどの出来事を思い出すと身震いした。ひどく恐ろしい経験だったのは確かだが,それ以上に忌避感が強かった。人形は私を「少将」と呼んだ。あの瞬間,背筋を悍ましい感覚が走った。何か思い出してはならないことを思い出しそうで恐ろしかった。あれは何だったのか。

「お前が殺したのだ」

 背後から急に声がした。私は慌てて後ろを振り向いた。

 男が立っていた。黒いフードをかぶり,幽鬼のように存在感の無い男が不気味に立っていた。フードに隠れたその顔は見ることは出来ない。

「何者ですか」

「私は何者でもない。強いて言えば過去の残滓(ざんし)のようなものだ」

 男は訳の分からないことを言う。男の正体は分からない。だが,その姿には覚えがあった。

「リネルを襲ったのは貴方ですか」

「リネル……あの半魔族の男のことか」

 男は今まで気にも止めていなかったことを,今思い出したかのように言った。

「なぜ彼を襲ったのです」

「あれはテストのためだ」

「何ですって」

「お前に人を殺させるためのな。結果はそれなりに上手く行った。こうしてお前は夢を見ている」

 テストだと。私にベンノを殺させるために彼を監禁していたリネルを襲ったというのか。であれば私の動きは完全に見破られているということだ。一体何のつもりだ。

「あなたの目的は何ですか」

「レセプターの完成」

 男は言った。彼は一体何を言っているのだ。すると男が笑い出した。

「訳が分からない,といった顔をしているな。だがお前は知っているはず」

 私は蛇に睨まれた蛙の如く身動きができなかった。フードに覆われた男の表情は分からない。しかし,その暗闇の奥にあるはずの両目は私のことをじっと見つめているような気がした。

「”受け継ぐもの”よ。レセプターとはお前のことだ」

 フードの男は言った。男の言うことは理解不能だ。受け継ぐもの? レセプター? 一体彼は何を言っているのか。

「訳の分からないことを……」

「今は分からなくて構わない。時が来ればいずれお前は自身の定めを知る」

「仮に,私がそのレセプターなるものだとして,あなたは私を使って何をするつもりです」

 男は笑った。いや,正確には表情が見えないので,笑ったかどうか分からないが,男は確かに笑ったように思えた。

「人類の救済。我々の目的は初めからそうだった。だろう?」

 人類の救済? そんな大それたこと私が知るわけが……。


『M1シグナル,70パーセント・オーバーシュート! 減衰振動! 検体が持ちません!』

『M2シグナル,Fラインを突破。アウトオブコントロール』

『……被検体の生命反応なし。死亡を確認』

『魔核がなければこの者たちは生きていけません。少将,これでは……』


 突然,ある映像が脳裏に浮かび上がった。青い制服を着た数人の人影。医療室のような所だ。色々な計器が備え付けられており,人間たちがその数値を凝視しながら口々に叫んでいる。計器は部屋の中心にある診療台を囲んで,台の上に横たわる男に繋がれている。男は腹を開かれて台の上に横たわっていた。

 今のは何だ?

 人の体を解剖している映像だった。魔核,とやらを調べるために。これでは,まるで,人体実験のようだ。こんなことは許されることではない。人の体を弄ぶなど……。これが私の前世の記憶だとでもいうのか。では,私は,一体何をしたというのだ……。

「それがお前だ,ルシア・ブラドスキー。思い出せ。すべての答えはお前の記憶の中にある」

 男はそう言うと,何かを振り払うような仕草をした。すると,今まで立っていた機械室が崩れ始めた。

「また会おう。次は期待している」

「待ちなさい!」

 私は崩れる地面を何とか這い回りながら男に追いすがろうとする。しかし,男はもはや興味も無いと言わんばかりに私に背を向けて闇に消えていった。私は崩れ落ちる瓦礫たちとともに底の見えない暗闇に落ちていった。


 ベッドから飛び起きた。いつもの寮の自室である。私は荒い呼吸を繰り返していた。呼吸を落ち着かせようと深呼吸すると,ひどく寝汗をかいていることに気がついた。

 これは着替えないといけないな。

 ベッドから起き上がってカーテンを開けると,ちょうど夜明けであった。窓を開けると冷たい冬の空気が肌を突き刺した。だが,火照った体にはその冷気が今は心地よい。冷え切った朝の空気を吸い込むと,多少は混乱した頭が落ち着いた。

 酷い悪夢だった。

 これがいつもの夢の男が言っていた危険だというのか。黒いフードを被った男。やつは私の夢の中にまで現れてきた。しかも,リネルを襲ったところを見ると,現実にまで干渉できるようだ。一体何者なのだ。男の目的も結局分からない。ただ分かることは,私が奴の言うレセプターという存在だということだけだ。奴にとっては鍵となるものなのだろう。だから,夢の男が言ったとおり,奴は私を害さない。私がレセプターだということを彼も知っていたのだろうか。その可能性は高い。今度,問い詰める必要がある。

 寒さで体が震えてきた。私は窓を閉めた。風邪を引きそうだ。寝汗の体で冷気に当たるなど,正直馬鹿なことをした。

 私は急いで新しい服に着替えると,体を暖めるために白湯を沸かした。どうももう一眠り出来る気分ではない。

 その日は結局風邪を引いて学院を休んでしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ