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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
冬の夜、死と恋と
62/85

夢の先

 ベンノの住んでいた所に馬車を走らせた。今日は私一人である。テトは連れてこれない。これは私の問題だからだ。

 アパートの大家に聞いた所,他に身寄りのないベンノは住人たちが葬儀を出してくれたとのことである。私も後からになってしまったがいくらか包んだ。大家は口角をゆるめた。

 大家に私がベンノの知り合いだと話しておいた。娘の処遇については住民たちも頭を悩ましていたから,私が引き取ると伝えると彼はほっとした表情をした。大家も「突然のことでミカちゃんが可哀想で」と心配していた。私もお悔やみの言葉を述べた。

 大家の案内を伴いミカのところに行く。狭く古い質素な部屋であった。

「ミカちゃん,お客さん」

 ミカは居間の小さなテーブルにぽつんと座っていた。彼女は魂の抜けたような目で,私たちのことを見た。

「はじめまして,私はルシアと言います」

「……だれ?」

「君のお父さんの知り合いですよ」

 彼女はよく事情が飲み込めない様子だった。

 大家は気を利かせて退出してくれた。これからのことをミカに話さねばならない。

「君のお父さんには,生前,とても……世話になったのです。だから,こうして私が来ました」

「……」

 少女は黙して何も言わなかった。私は構わず言葉を続けた。

「君は,これから新しい所で暮らすのです。温かい部屋と温かい食べ物があります。とても優しい人があなたの面倒を見てくれますよ」

「……行きたくない」

 少女はか細い声でそう訴えかけた。

「……君はここに何年住んでいるのですか」

「ずっと」

 彼女はぼそりと言った。ならばここが生家ということだろう。幼いミカにとっては世界の全て。それを私は彼女から奪わなければならない。私はこの子から奪ってばかりだ。

「君のお父さんは帰ってこない」

 私ははっきりと言った。すると,彼女は何か恐ろしいものを見るような目で私を見上げた。

 事実を突きつけることは辛い。だが,その事実を作ったのは他ならぬ私だ。彼女の父親を二度と帰らぬ人にしたのは私なのだ。

「お父さんは土に帰って,二度と目覚めることはないんです。あなたは一人ぼっちになってしまったのですよ」

 ミカはその幼い表情を歪め,瞳に大粒の涙を浮かべた。

「やだよ,やだよお」

 そう言って幼い少女は泣いた。

 私は彼女の小さな体を抱きしめた。彼女は泣いて良い。父親を喪った悲しみも,これから一人で生きていかねばならない苦しみも,彼女はその涙に込めて良い。それでも辛い人生は続いていく。彼女は悲しみと苦しみに耐えて生きる資格がある。

 きっと真実を知ったら彼女は私を恨むだろう。それでよい。彼女にはその権利がある。だが,そのためには生きねばならない。生きて,父親の死の真相を知らなければならない。彼女は私を心の底から憎んで良い。だが,それは今ではない。

「大丈夫,大丈夫ですから。あなたは生きなければならないのです。だから今は私の手を取って」

 泣き止まない少女をあやしながら,彼女を外に止めておいた馬車に連れて行った。

 ミカは馬車の中でもずっと泣き通しだった。だが,しばらくすると涙も枯れたのか,車窓から力なく外を眺めるだけになった。

 馬車は王都近郊のとある修道院についた。うっすらと雪化粧が施された美しい聖堂だ。ブラドスキーが懇意にしているところである。ここの院長は私も知っている。敬虔で賢い女性だ。捨てられたり身寄りのない子供を預かり,我が子のように慈しんでいる。彼女ならミカを任せて大丈夫だろう。

 私とミカが馬車から降りると,迎えのシスターと院長が建物から出てきた。

 私はしゃがんでミカと目線を合わせた。

「ここでお別れです,ミカ」

「……もう,お別れなの?」

「はい。ですが,いつかあなたが大人になった時,きっと再び会えるでしょう。院長に手紙を渡しておきます。時が来たらあなたに渡すように頼んでおきますよ」

 少女は何のことだが分からないといった表情をした。きっと分かる日が来る。私は彼女の頭に手を置いた。

「……忘れないでください。私の名前はルシア・ブラドスキー。それじゃあ,また会う日まで」

 シスターが来た。彼女は私に一礼すると,ミカの手を引いて建物に戻っていった。ミカは手を引かれながら,こちらを何度か振り返った。

「……ルシア様」

 院長が私のところに来る。

「これを」

 私は懐に忍ばせていた手紙を彼女に渡した。彼女には事情をあらかじめ話してある。

「確かに受け取りました。ただ,あの子は知らない方が幸せかもしれません」

「それを決めるのは彼女ですよ」

「おっしゃるとおり。……ルシア様,私はあなたのことも心配です。犯した罪はあなたを苦しめるでしょう」

「それでも構わないのですよ,院長。ミカをよろしくお願いします」

「……あなたに神のご加護を」

 私は礼を言って馬車に戻った。やるべきことはまだたくさんある。

 院長に見送られて建物を後にした。きっと神は私を祝福しないだろうと思いながら。


 フルーレティからの返事はまだ来ない。だが,それを待ってもいられない。おおよその障害が片付いた今,ユーフィアと話をしなければならないだろう。

 場所はいつもの地下室である。誰もいない地下は今日も寒いので,姉上謹製の暖房魔道具をつけて手足を暖める。

 姉上の魔道具の効果を目の当たりにして,ユーフィアは驚きの声をあげた。

「これすごいですね」

「そうでしょう。私の姉が開発したものです」

 なかなか有用なのだが,維持費が結構掛かるので普通のご家庭では持つことができない。今は姉上の趣味として作るのが精々だ。

 さて,本題に入らなければならない。私は早速口火を切った。

「オルガへの移籍の話,考えてみましたか?」

 彼女は表情を曇らせた。

「……そうですね。考えてはみたのですが,堂々巡りで」

 無理もない。これはどうしたって難しい問題だろう。

「やはり,なかなか決断できるものではありませんか」

「申し訳ありません」

 彼女は暗い顔をした。だが,そんな顔をする必要はない。ここは彼女の気持ちを整理する必要があるだろう。

「謝ることではありません。あなたは本当は傭兵を辞めて普通の暮らしを望んでいるのではないですか」

「……ルシア様には隠し事ができませんね」

 彼女はそう言って力なく笑った。

 彼女の語るところによれば,学院に来たのも迷いがあったからだという。家族同然の仲間を喪う悲しみに加え,血なまぐさい自分の人生を自覚してしまった。故郷を失ってから,振り返ればいくつもの屍の上に立つ自分。そのことに気づいてしまった彼女は,どうすることもできない衝動に駆られたという。

「このままではいけない,そう強く思ったのです。人を殺し殺されることが当たり前な生活に何の意味があるのだろう,と思ってしまったのです。……愚かですよね。団長は私が戦場に出ることを望んではいませんでした」

「あなたは仲間のために,自分も戦おうと思ったのじゃありませんか。愚かなことだとは私は思いません」

 ユーフィアは微笑した。

「ありがとうございます。でも,最近は自分の力は何のためにあるのだろう,と思うのです。私の魔法はあまりにも人を殺すことに向いている。この力を持つ限り,私はずっと戦場から離れられない。ですが,だからといって今更普通の人間にも戻れないと思うのです。自分のことなのに,自分がどうなりたいか分からないんです」

 私は返す言葉がなかった。彼女の”普通の暮らし”を望む思いは,あまりに純真で誰も否定できないことだ。それは憧れといってよいだろう。何かに憧れる心を誰が否定できようか。

「無理に結論を出さなくて良いのですよ,ユーフィア。あなたが自分で納得できなければ,何を選択しても意味はいないのです」

「そうおっしゃいますが,ルシア様にここまでして頂いているのに」

「気遣ってくれてありがとうございます。ですが,心配は無用です。私のために行ったことでもあるのですから」

「申し訳ありません……」

 いささか性急だったのかもしれない。彼女はまだ答えを見つけられないでいる。結論を下すには時期尚早なのかもしれない。

 答えを急かすことは出来ない。彼女は自分のことが分からないと言った。戦いの無い平和な暮らしを彼女は知らない。それゆえ,”普通の暮らし”を望んでも,その理想はあまりに漠然としてしまう。だからこそ迷う。それは,自身の望みが雲を掴むような話なのか,それとも勇気を出しさえすれば掴み取れるようなものなのか,判然としないからではないか。

 私はある考えに至ったが,それを口に出すべきか迷った。私は彼女の漠然とした理想に形を与え血を通わせてやれる術を知っている。しかし,それは,誰にも明かしていない私の秘密を彼女に打ち明けることを意味していた。

 だが,優先すべきは彼女の意思だ。彼女は望みを叶えるべきだ。もはや私の計画など関係ない。彼女の望みに比べれば,私の計画など塵芥のようなものだ。後で挽回などいくらでも出来る。ここまで関わったのだ。今更逃げることなど出来ない。

 逡巡は一瞬であった。

「ユーフィア。あなたの迷いを晴らす術を私は知っているかもしれません」

「え?」

 彼女は顔を上げて驚いたような表情をして私を見つめた。

「ちょっと待っていてください」

 私は立ち上がって,召喚術に関する書物を蔵する書架に向かった。一冊を手に取り戻ると一つのページを広げて彼女に見せた。

「これは”記憶の場の召喚術”と呼ばれるものです。心の通った者同士で記憶を共有することが出来ると言われています」

 ”言われている”と言ったのは,そう言い伝えられているだけで,喚び出す者の名が失われているため実際に召喚出来たものが居ないためだ。しかし私はかつて夢の中の男にその名を教えてもらったことがある。

「普通の人生というものを垣間見てみたくはありませんか」

 私がそう問いかけると,彼女は戸惑った表情を浮かべながらも頷いた。私はそれに抑揚に頷き返すと召喚陣に手を置き詠唱を始めた。

 新緑を思わせる緑の光が部屋に満ちる。


  湖上春風孤舟を滑らし


  麗らかなる陽に浴しうたた寝す


  夢中に来たり 長語のマイオカニス


  一話百万言 覚めれば泡沫(うたかた)の如し


 優しい緑の光が私達を包む。まるで詩中の船上の人のように,心地よい眠気が訪れる。

 その抗いがたい欲求に私は抵抗することもなく,まどろみに身を委ねるのだった。

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