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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
冬の夜、死と恋と
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雪景色

 街を覆った雪が全ての音を吸収してしまっているかのように,辺りはしんと静まり返っている。聞こえるのは私たちが雪を踏む音と二人の呼吸だけである。私とテトはしばらく無言で歩いていたが,私が思い出しかのように口を開いたので,その沈黙は破られることになった。

「ベンノのこと,すぐに動いてくれて助かりました」

「それが仕事ですから」

 彼女はやや素っ気なく言った。しかし,私は彼女が普段どおりに何の躊躇もなく剣を抜いた,などと信じ込むほど愚かではない。

「彼の娘ミカのこと。あなたは気にしていたでしょう」

「それは……」

 彼女は言い淀んだ。ベンノの家を出た後,彼女は珍しく動揺していた。彼女はあの時から気づいていた。私がベンノを殺すつもりであったことを。それで,一人残されることになるだろう彼の娘を気にかけていた。

「あなたは不思議な人だ。冷静に仕事をこなせる一方で,他人を気にかける優しさを持ち合わせている」

「……申し訳ありません,仕事に私情を挟むなど,あってはならないことでした」

「責めている訳ではありません。それはあなたの美点の一つですよ,テト。だからこそ気になるのです」

 私がそう言って彼女の顔を見やると,彼女は不思議そうな顔をして見返してきた。

「なぜアニヤを避けるのですか」

 テトは目を見開くと,複雑そうな顔をした。

「そう,見えてしまいますか」

「ええ」

 彼女が親しい友人を作らない理由。ベンノの事の後で話すべき内容ではないように聞こえるかも知れないが,これは今回のようなことに密接に関係しているように,私は実は以前から思っていた。

「テト,少し高台へ行きましょうか。せっかくの雪景色です。見晴らしの良い場所に行きましょう」

 近くに教会があったので彼女を誘った。教会の門は夜間でも鍵が開いている。とはいえ,夜中に忍び込むのはあまり褒められた行為ではない。私達は出来るだけ物音を立てずに中に入った。

 教会の中はひっそりとしている。私達は階段を使って二階に登りバルコニーに出た。教会自体が高い建物であるので,二階からでも結構見晴らしが良い。

「真っ白ですね」

 私は雪に覆われた夜の町並みを見てつぶやいた。しかし,実際は白というより灰色と言った方がよいかもしれない。町並みもぼんやりとしか見えない。私は建物に入ってから一言も発しないテトに問いかけた。

「テト,あなたは人を殺すことについてどう思いますか」

「どう……とは」

「罪悪感を抱くかどうか」

 彼女は少し困惑したような表情をした。

「罪悪感……考えた,ことがなかったです」

「では,人を(あや)めてしまえる自分のことをどう思いますか」

「あ……」

「今日私は一人の男を殺しました。直接手を掛けた訳ではありませんが,あの男を死に追いやったのは間違いなく私の意思です。だから,少しだけあなたの気持ちが分かる気がしますよ,テト。私はベンノという男の人生を,ミカという少女の父親をその生涯から奪ってしまっても,それを仕方がなかった,と片付けてしまえる。酷い奴だと思いますか」

 それがベンノの死に様を見守ったときの感情だった。私はきっと必要とあれば他人の命を奪うことに抵抗がない人間なのだ。今夜はそのことを痛感した。

「そんなことはありません!」

 テトは珍しく声を荒げた。感情を露わにした彼女に対して私は抑揚に頷き返した。テトは戸惑うような表情を返してきた。

「私もあなたに対して同じように思いますよ。あなたは素敵な人です。そう思うのは私だけじゃありません。アニヤもマリアナも,他の生徒だって。自分の業に囚われて,自分のことを卑下するのは,もうお止めなさい」

「ですが,僕なんかが……」

 彼女はか細い声でそう呟いた。きっと彼女にとっては自分を卑下する態度を保つことで,他人と関わらないための逃げ道にしてきたのだろう。彼女の頼りない,しかし,確かに本心を垣間見せる小さな呟きには,そうした悲しい決意が感じられた。

「ねえ,テト」

 だから私は彼女の手を取った。そのかじかんだ手に自身の両の手のひらを重ねた。私という他人の存在を彼女が確かに感じられるように。

「あなたはずっと自分の”本当の姿”を知られることを恐れてきたのでしょう。あなたは人とは違う過酷な人生を生きてきたから,普通の考え方では生き延びてはこれなかった。理解されないと思ったのでしょう。だから,アニヤやマリアナたちと一線を引くように接する」

 仕事のときに見せる冷徹な彼女と普段の生活での少し抜けたところのある彼女。そしてきっと,私にも知り得ない彼女の秘められた側面があるだろう。それらの多面的なものの全体としてテトという存在はある。性質の異なる色々な側面を持つ彼女だからこそ,自分を異質な存在だと認識してしまうのだろう。その冷静な自己認識はあまりに客観的である。だから,自分を他人とは相容れない存在なのだとすぐに理解してしまう。賢い彼女らしい客観的な考え方だ。

 だが,その理解は一方では正しいが,他方では誤っている。私には前世分の経験がある。そんな私の目からは,若く賢い彼女は自分のあり方を深刻に捉えすぎている。もっと気楽にしていいはずなのだ。人間社会は客観が幅を利かせられるほど単純な世界ではないのだ。

 私は言葉を続けた。

「あなたは一つ勘違いをしている。人と接するとき,さらには友人となるとき,自分の全てを相手に(さら)け出す必要など何処にもないのです。人というのは結局,自分の見える範囲でしか他人のことを見ることが出来ません。見えないものがあっても構わないのです。その範囲で,その人を受け入れるか拒絶するか,判断するだけなのですから。……少なくとも私は目の前に居るあなたを好ましく思いますよ,テト。それはアニヤやマリアナだって同じでしょう」

 彼女は私に手を取られ身じろぎもしない。

「ですから,私はあなたのことを友人だと思っています。それぐらいは受け入れて欲しいですね」

「……はい」

 ようやく彼女が発した言葉は小さな呟きのようであった。彼女の頬に朱が差したのは寒さのせいばかりではないだろう。

「アニヤたちと仲良くしてやってください。彼女,テトに嫌われているのじゃないかと嘆いていましたから」

「……僕のせいですね」

「そういうことです」

 そう言って私は笑った。テトもはにかむように笑った。

 余計なお世話なのかもしれない。だが,なんとなく見過ごしておけなかった。今夜のことがどれだけ彼女の心に影響するのか分からない。それでも,少しぐらいは。この人見知りの友人の世界が広がる手助けになればと願う。

「……そろそろ戻りましょうか」

 あまり長時間外に居ては風邪を引く。私は彼女の手を離してそう声を掛けた。彼女は「はい」と小さく返事した。

 教会の門を後にして街路に戻ろうとしたとき,テトが急に足を止めた。

「どうしたのですか」

 私は振り返って彼女を見た。彼女は遠慮がちに声をかけてきた。

「その……手を……繋いでいても,よろしいでしょうか」

「構いませんよ」

 テトらしくない願い事だったが,私が手を取ると固い表情が和らいだので,まあ良しとしよう。彼女にも誰かに甘えたい時があろう。

 私たちは,片手にお互いの体温を感じながら,雪の帰り道を黙々と歩いていくのだった。


 それから数日も経たずに,ヤヌークがオルガを襲撃したというニュースが私の耳に入った。死傷者が多数出たとのことだが,その大部分がヤヌークの損害だった。無理もない。練度も装備の質もオルガとは段違いに低いのだ。オルガの方にも負傷者が出たが数は知れている。

 ヤヌークはほぼ壊滅状態といってよいだろう。もはや組織を維持できる体ではない。片手で数えるほどしか残されていない構成員たちでは,ブラッドも再建など無理であろう。

 傭兵団は解体される見通しとなった。王宮は嬉々として手続きを進めていると父上に聞いた。

 今回の件は父上の耳にも入れておいた。ヴェスターについては以前から力を削ぎたいと思っていたから好都合だ,とは父上の言である。後で褒美をやる,と言われた。父上のことだ,実用的なものだろう。彼が花やら絵やらといった気の利いたものをくれるとは思えない。

 ヤヌーク解体の知らせを受け取った後,私はヴェスター家を訪れた。依頼が達成不可能になったことを伝えるためだ。例の談話室で「今回は誠に残念な出来事で」などとヴェスター当主バヌカスと表面上は穏やかに話したが,彼の私を見る目を考えるに黒幕が誰か分かっている様子だった。

 談話室を後にするとき,

「貴様だな」

 と不躾に言われた。私は,

「何のことだか。失礼」

 と言ってとぼけておいた。ドアを閉めた後の談話室から物が壊れる凄まじい音がした。私は執事から帽子を受け取り,それを目深に被って屋敷を後にした。

 ラグダニエルからも連絡が来た。フルーレティの件を前向きに考えたいということだった。オルガに負傷者が出たので,その補完のためだろう。私はフルーレティとの交渉を進めると答えた。

 ユーフィアと話さねばならない。だが,その前にやらないといけないことがある。

 ベンノの娘ミカのことである。

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