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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
冬の夜、死と恋と
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岐路

 ヤヌーク傭兵団ベンノを拘束せよ。そう私がリネルに依頼したのはラグダニエルとの話し合いのすぐ後であった。

 ラグダニエルとの会合は期待していた結果を得られなかった。フルーレティをブロンスト家が雇用すること。これは今回の作戦で必須である。フルーレティの件が確約できないとなると,私は別の方法を取らざるを得なかった。

 一つ案があった。それをリネルに伝えたら「貴様も随分卑劣なことを考える」などとあざ笑われた。だが彼は「たしかに有効な手だ」とも言った。それゆえ,彼は私の依頼を快く引き受けてくれた。

 しかし,彼に嘲笑されたように,こんなことを平気な顔で実行していたらいつしか心の芯まで悪党になりそうである。

 それでも,躊躇してはいられない。油断なく実行に移さなければならない。その第一段階として,ベンノには姿を消してもらう必要があった。もっと言うと彼が死んだと思わせる必要がある。この策が成功すれば,ブロンストはフルーレティを雇うことに合意することに加えて,目下邪魔な勢力であるヤヌークを潰すことができる。

 リネルに頼み事をした後,私はテトにも洋湖亭への依頼を頼んだ。ヤヌーク幹部ブラッドを行動不能にするためである。私はこの前の会談でブラッドと話したことにより,彼がヤヌークの抑え役となっていると推測した。他は気の短そうな連中だ。特にもうひとりの幹部コニーはまかり間違っても戦略的な思考など持ち合わせていないだろう。ブラッドという抑えを失えばヤヌークは容易に暴走しうる。私はそう読んでいた。

 ブラッドを殺すには及ばない。彼が病気か怪我で,ヤヌークの運営から一時的に離れてくれるだけで十分だった。テトからは「そういったご依頼は僕たちの得意とする所です」という力強い言葉をもらった。流石は洋湖亭である。


 前準備は済んだ。色々駆けずり回っていたら夜になってしまった。流石に疲れたので自室に戻って寝る準備を整える。

 人事を尽くしたのなら,後は天命を待つだけだ。しかし,不安は隠せない。何が起こるか分からないのが未来というものだ。出来得る限りのことを今やってお膳立てをしてやっても,未来というやつは容易にこちらが整えた道筋を覆してくる。今考えられるリスクは排除した。だから私は天命を待つしかないのだが,こんな待つしか出来ないときには,私にも未来視とかいった特別な力があればと思ってしまう。無いもの強請りであるので考えても仕方がないが。

 果たしてこれで良かったのだろうか。私は自問自答せざるを得ない。ユーフィアにとっては結局傭兵を続ける選択をすることになる。彼女はどこかで普通の暮らしを望んでいる。そのことに気づかない私でもない。きっと,商家の娘や貴族の令嬢たちのように学院で普通の学生生活を彼女は送りたかっただろう。それはあり得たかもしれない選択の一つだ。しかし,彼女は「私の力で守れる命がある」と言った。その一言は,アニヤたちのような普通の少女のような生活を諦めることを意味している。最終的にどうするのかは彼女が決めることだが,彼女に選択肢を用意してやることがせめて私の出来ることだろう。

 それに,これはユーフィアのためだけではない。ヴェスターの依頼を反故にするためにも必要なことだ。だから,結局の所,私はこの道を進むしかない。不安に思う必要など何処にもないはずだ。

 私はため息を吐いた。今日のところは寝よう。どうにも思考が悪い方へ偏ってしまう。また,明日から忙しくせねばならない。フルーレティとの交渉もまだ残っているのだ。私は邪念を振り払うようにして床についた。


 なかなか寝付けなかったが,いつの間にか例の白い部屋に居る所を見ると,どうやら眠れはしたらしい。

「やあ,ルシア君,久しぶり」

 疲れているというのに,なぜこんな得体の知れない奴と話さねばならないのだ。私は憂鬱な気分になった。

「そんなにがっかりした顔をしないでくれるかい。今日は君に注意しておいて欲しいことがあるから来たんだ」

「なんですか,急に」

 気が向かないがそう言われると話を聞かざるを得ない。男は何やらふざけた調子を引っ込めて真面目そうな様子で言った。

「危険な男が君に近づいている。気をつけておくれ。彼は君に危害を加えないが,君の大切な人を傷つけることに何ら躊躇しない」

「待ってください,誰なんですかその男は。どうしてあなたが知っているんです」

「僕も色々個人的に知っていることくらいあるんだよ。ただ詳しいことは分からない。危険な人物が近づいている。今,分かるのはそれだけさ」

 男はそう言ったが,彼の物言いは何か引っかる。詳細は知らないと言いながら,彼はその男のことを知っているような口ぶりだ。

「どうして私を傷つけないと分かるのですか。あなた何か隠しているんじゃないですか」

「ははは。さすがはルシア君だ。だけど,ごめんね,今は言えないんだ。これを言ってしまったら君に危険が及ぶ。だから今は身の回りに注意してくれ,としか言えない」

 訳は明かすつもりはないようだ。しかし奇妙だ。彼は私の夢の中の住人で,私が知り得たこと以外は知り得ないはずなのだが……。いや,以前,カルダトスやクムテなどの名前を私に教えた。彼は何故か私の知り得ない知識を持っている。どこで仕入れたのか分からないが,今回の”危険な男”とやらも彼独自の情報のようだ。

「どうやって,その男を知ったのか気になる所ですが,貴方は話さないでしょう。とにかく注意はしてみます。ですが,どんな風貌なのかも分からなければ注意のしようも無いのですが」

「僕も今の姿は分からないけれど,おそらくフードを被って顔を隠していると思うよ」

「顔を隠す? 有名な人物なのですか」

 男は首を振った。そして,どこか沈んだような口調で言った。

「彼は顔がないんだよ」


 目覚めの気分は最悪だった。夢の男にまた会ったこともそうだが,加えて悪夢まで見た。夢の中まで何故私は苦労させられなければならないのだ。せめて夢の世界では安らぎを得たいものだ。

 悪夢は人死(ひとじに)の夢であった。壁に鉄製のパイプやらが張り巡らされた狭く窓のない無機質な部屋だった。そこに,何人もの人間が倒れて血溜まりを作っていた。赤い警告灯がクルクルと回りながら,どす黒い血溜まりと死人の土気色の顔を明滅させていた。私はその死体の山の中に立ちながら「すまない,すまない」とうわ言のように独り言を繰り返している。そんな夢だった。

 もちろん,このような経験は今生ではしていない。ならば前世の記憶かとも疑ったが,心当たりがない。あまり前世のことは覚えていないが,それでも実体験なら少なくとも実感のようなものが伴うはずだ。それが無いというなら,単なる夢なのだろう。しかし,あまりに気味の悪い夢だった。

 そうした今朝であるので,午前中はずっと気分が沈んでいた。そのような調子でいたために,アニヤやテト,マリアナたちに心配されてしまった。彼女たちには夢見が悪くて元気がないとだけ伝えておいたが,とくにアニヤはひどく心配して,気晴らしに茶など付き合ってくれた。前にもこうしたことがあった気がする。アニヤと話すと気分が和らいだ。

 それでどうにか午後には気持ちを持ち直した。なんとか授業も気分を入れ替えて受けた。ただやはり午前の気分を引きずるようで,目つきがよろしくなかったらしく,周りの生徒からはいつも以上に怖がられた。彼らには悪いことをしてしまった。

 午後の授業の合間に,リネルから報告を受けた。ベンノを捕らえたらしい。今は眠らせてひと目のつかない所に隠してあるという。さすがに仕事が早い。しかし,見張りなどは立てなくとも良いのだろうか。私がそう訊くと「結界を張ってあるので問題ない」ということだった。結界内のことは離れていても常に監視できるらしい。何かあれば遠隔で対処できるとのことである。改めて魔族というのは恐ろしいと思った。

 テトからも報告があった。ブラッドについては今日の夕方には原因不明の病に掛かってしばらく床に伏せるだろう,ということである。とくに命に別条あるものではないらしいが,こちらもこちらで恐ろしい仕事ぶりである。

 そして,報告を受けるばかりが私の仕事ではない。フルーレティの団長に書状を出した。ユーフィアの件に絡めてブロンストに仕える話を持ちかけた。もちろん,フルーレティが財政難であることにも言及し,ブロンストに仕えれば生活が安定することを説明した。団長としては家族同然の部下たちを飢えさせる訳にはいかないだろう。加えて,貴族に仕えることは,確かに戦場に出ることは少なるかも知れないが,その分戦死するリスクも少なくなるので,ユーフィアも安心すると書いた。資金面と人情の両面で口説く形である。南の地まで距離があるので返事はしばらく掛かるだろう。結果はすぐに知ることは出来ない。もし先方が難色を示すようなら,直接説得をしに私が南の地まで赴くつもりである。


 手紙を書き終わったら窓の外はすっかり暗くなっていた。もう夜更けである。どうやら雪が降っているらしい。私は冷たい空気に身震いした。

 さっさと床につくことにしよう。今夜は寒くなりそうだ。私は寝る支度をした。

 ベッドに入ろうとした時である。部屋の窓が急に開いた。冷気が勢いよく部屋に流れ込む。私は慌てて立ち上がると,暖炉の火かき棒を手にとって構えた。戦える自信は皆無だが,格好だけはつけておいた。

 侵入者は窓の縁からずるりと滑り落ちるように床から倒れた。様子がおかしい。私は燭台に明かりを灯して侵入者を確認した。いくらか白いものを被ったかの者の姿を見て私は驚いた。

 侵入者はボロボロの格好をしたリネルであった。

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