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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
冬の夜、死と恋と
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意外な交渉相手

 フルーレティは財政難にある。それを利用して彼の傭兵団の置かれている状況を変えること。すなわち,人の生き死にが残酷なまでに平等な戦場から比較的安全な場所に働く場を移してやること。これこそが,私がユーフィアに提案した策であった。これにはユーフィアの協力が不可欠であった。

 なにもいきなり傭兵を止めてパン屋になれなど言っても彼らは納得しないだろう。彼らは戦士だ。戦士として生きる道を断つことなど私ごときが出来るものではない。ならば,戦士として生きる別の道を提示するのだ。戦場で生きるだけが彼らの生き方ではないだろう。たとえば,貴人の警護だって立派な戦士の務めだ。誰かを打ち倒すために武力を振るう集団から誰かを守るために力を持つ集団へ転換させる。ユーフィアは不安そうな顔をして,そんなことが可能なのかと言った。しかし,平和になりつつある今の世の中,戦で食っていくことはもはや難しいだろう。だからこそ,フルーレティも実入りが少なくなっている。あとはフルーレティを警備として雇ってくれる所を探せばよい。ここでユーフィアの出番である。

 フルーレティの雇用先として,まずは我がブラドスキーを検討したが,これは少々困難が伴う。近年,王宮は貴族たちが独自の武力を持つことを嫌うようになったからだ。戦時には貴族が兵力を拠出するという前時代的な形式を改めて国家として軍を持とうという流れである。各貴族の持つ兵団を混成して運用する軍隊は指揮系統が分立してしまい命令伝達の面で難点があった。この点を論じる者は以前より多かったが,諸外国の動きもあり,王宮がようやく重い腰を上げた。国防に適ったこの方針には一応我が家も含めて賛成する家も多い。もちろん,内心では武力を取り上げられることに不満を抱いてはいる。我が家のように密かに兵団やら諜報部隊を持っていることもある。とはいえ,保守派の筆頭格である我が家は,王宮の方針には表面上従順でなくてはならない。それなりの規模であるフルーレティを抱えるとなると王宮に筋を通さないといけない。そのために痛くもない腹を探られるのは避けたい。これは我が家の派閥に属する他家も同様であった。

 であれば,フルーレティをどこに預けるか。この答えは単純であった。

 ブロンストである。

 ブロンスト家は王宮の方針に逆らってオルガ兵団なるものを抱えている。なぜそれが許されているのかは今は横に置く。おそらく王宮との密約があるのだろう。かの家はユーフィアを欲している。そして自前の兵団がある。であれば,ユーフィアを引き渡す条件にフルーレティも引き取ってもらうよう交渉することは可能であろう。領内の有力者の警護など,オルガだけでは手が回らない業務もあるだろう。

 しかし,単に金に困った傭兵を雇ってくれと言っても,交渉は難航するだろう。ブロンストの背を後押しする材料が必要である。その材料を探しているときに,私は一つの策を思いついた。しかし,その内容は我ながら非道な方法だ。次善の策として,私はしばらくそれを横に置くことにした。

 差し当たっては正攻法を取って様子を見るのがよい。ブロンストが素直に条件を飲んでくれるならそれに越したことはない。私はラグダニエルと会談の場を設けることにした。ユーフィアがブロンストに下る気があることを伝えるためだ。加えて,フルーレティのことも交渉する。……いや,よくよく考えてみると正攻法とはとても言えないか。ヤヌークに対しても良い顔をしているのだから,さしずめ私は二重三重のスパイというところだ。リネルあたりに馬鹿にされそうだ。彼なら「貴様も随分染まってきたな」などと言いそうだ。


「君からの頼みとは随分珍しいこともある」

「私もまさかあなたを頼るとは思ってもいませんでした,ラグダニエル殿」

 ラグダニエルは開口一番そう言った。普段の澄ました顔でなく,本当に意外そうな顔をしている。珍しく本心からの感想のようだ。

 ここは学院の談話室である。こじんまりとした部屋なので,二人の人間が話すにはちょうど良い広さだ。

「早速本題に入らせて頂きましょう。ユーフィア嬢のことです。貴方の家も彼女を勧誘するために色々と動いているそうですね」

「ええ,ルシア殿のおっしゃる通りだが,何かそちらにとって不都合でも?」

 ラグダニエルがニヤリと笑う。不都合が是非生じていて欲しいと言わんばかりの口調だ。彼の言う「そちら」とはブラドスキーのことである。

「いいえ。今回我が家はユーフィア嬢のことに関わりません。それゆえ,貴家がどのように彼女に干渉しようが,我が家にとっては関わり合いの無いことです」

「ならば,何用なので」

 彼は若干残念そうに言った。

「これは個人的なお願いですよ,ラグダニエル殿。貴家にとっても悪くない話です。……実は彼女とは友人でしてね,以前から相談を受けています。彼女も自分の身の振り方に悩んでいるようなのです。今回はその彼女から相談を受けたので,こうして貴方に話を持ってきたのです。話の内容はこうです。……新しい働き口を探していた所,ちょうど貴方の家から声が掛かった。貴族お抱えの兵団に所属できるなら,これほど名誉なことはない。彼女としても悪くない話だと思ったそうです。しかし,南に残してきた仲間たちのことが心に引っかかって決断出来ずにいる。そこで,私にどうすれば良いか相談してきた,ということです。こう言うと私があなた方の邪魔をするのではないかと不安に思われるかもしれません。ですが,今回は私の友人のことについてですから,家の確執は忘れましょう。私としても,ユーフィアが貴家に仕えるのは彼女にとって悪くないことだと思っています。ですから,条件次第では,決断に迷う彼女の背を後押しすることも,やぶさではありません」

 長々と話したが,ラグダニエルが反応を示したのは最後の部分であった。

「なるほど。して,その条件というのは」

「なに,そう怖い顔をしないでください。先程申し上げたでしょう,個人的な頼みだと。フルーレティを貴家で雇えないか,と思いましてね。彼女が迷うのは古巣のフルーレティのことが心配だからです。胸のつかえを取ってやれば,彼女も心置きなく決断できるでしょう」

 私が答えると彼は表情を和らげたが,すぐに難しそうな顔をした。

「なるほど,そういう話なら承りましょう。だが,新しく人員を増やすというのは難しいかもしれない。王宮のご意向については存じておられるだろう。我が家もそう安々とは兵力を増強できない」

「そこをどうにか交渉出来ないものかと」

 ラグダニエルは少し考える素振りを見せた。だが,彼もすぐには返事は出来まい。王宮との関係性を考えると難しいところだ。

「……とにかく一度検討してみよう。ユーフィア嬢については我が家としても是非引き入れたい。そのために君に協力を仰ぐという所はいささか不安なところではあるがな。優秀な兵士とはいえ,一庶民に対してなぜそこまでされるのか」

 彼はじっと私の顔を見た。長年敵対関係にある家の者同士だ。いきなり信用しろというのも無理があるだろう。

 普段は何かといがみ合っている私達であるが,今回の件に限っては,私に下心がないことをラグダニエルに信用してもらわなければならない。私はユーフィアと私との複雑な関係を彼に打ち明けることにした。

「……私は彼女に酷いことをしてしまったのです。彼女の信用を裏切るような真似をしてしまった。それゆえ,罪滅ぼしという訳ではありませんが,彼女のために何かしないと私の気が済まないのですよ。ですから,今回のことは,本当に貴方を害する意図はありません。なにぶん,ブラドスキーとブロンストとの間柄ですから,私を信用しろというのは難しいかもしれませんが,どうかこの通りです」

 私は恥を忍んで頭を下げた。これにはさすがのラグダニエルも驚いた様子だった。よほど私の行動が意外だったのだろう,彼は立ち上がって私を制した。

「そのような事をなさる必要はない。……分かった,此度のことは君を信用しよう。提案は我がブロンスト家でしっかり検討させる」

「ありがとうございます」

 私はそっと胸をなでおろした。彼は幾分か雰囲気を和らげた。

「ルシア殿とこうした形で話が終わるのは,なんと言うか奇妙な感じであるな」

「ええ,私も同じことを思っていました。人生何が起こるか分からないものです」

「まったくだ」

 そう言って,彼はおかしそうに笑った。

 宿敵同士の間柄である私たちだ。いつも腹に一物抱えて対峙するのが常である。腹を割って話したのはこれが初めてかもしれない。一時休戦というわけである。だが,協力関係も今回限りのこと。私にはブラドスキーの血が流れており,彼にはブロンストの血が流れている。血の宿命は個人の力でどうこう出来るものではない。

 話し合いを終えた私達は談話室の前で分かれた。私はいつもの地下室へ向かうことにした。私はラグダニエルとのやり取りを思い出して,不思議な感慨に耽りながら,冷え冷えとした廊下を一人歩くのだった。

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