料理屋
私は街のとある料理店に来ていた。といっても普通の客が通る正面ではなく裏手のドアの前である。鉄製の造りで随分と厳重である。一応は従業員が出入りするところだと思うのだが,それにしてはなんともいかめしい。私はそのドアを言われた通りの手順でノックした。
鉄製の扉にはちょうど人の目線の位置に開閉出来る小窓が付いている。それが開いて中から男が覗いて来た。
「名前は」
「ルシア」
簡単なやり取りの後,重々しい音を立てて扉が開いた。
扉を開けた男が中へ入れと顎で指図してくる。私は素直に扉をくぐった。
中は厨房の裏であるらしい。ちょっとしたスペースがあり,そこに粗末な椅子と机がある。従業員の休憩用だろうか。だが,今はどう見ても堅気でない厳しい面の男が二人座っていた。
「初めまして,私がルシア・ブラドスキーです」
まずはこちらから挨拶してみた。返事はない。彼らは私のことをじっと見つめて観察している。威圧しているつもりなのだろう。ここは相手のペースに乗ってはいけない。これしきのことで怯んでいたら話し合いなど出来はしない。私は構わず空いている椅子に座った。
「料理屋の裏が秘密の会合場所とは! 私はこういう内緒話が大好きでしてね,何と言ったかな,国のお偉いさんが町人に扮して悪者を懲らしめる話があるのですよ。あれも情報屋とのやり取りの舞台が料理屋の裏でした。いやあ,一度はやってみたかったものですよ。ああ……しかし,小説の題名を忘れてしまった。ブラッド氏とコニー氏,あなた方はご存知ないですか? もう一度読みたくなってしまったのですが,どうにも思いだせなくて」
彼らの名前はブラッドとコニー。ヤヌークの幹部だ。事前に聞いていた特徴と合致するので間違いないだろう。
私が彼らの名前を口にすると二人は眉をピクリと動かした。
「なぜ俺たちの名前を知っている」
二人の男の片割れが私を睨む。ようやく口を開いてくれたか。
「ああ,どうしても思い出せない。気になって仕方がない。そこの君は知っていますか? ほら,最近舞台にもなった,あれですよ」
私はドアを開けてくれた男にも話題を振った。彼は椅子に座る男たちの背後の壁際に立って腕を組んでいる。そうすることで,対面する私に睨みを利かしているのだ。私もよくやる手だ。モルトールの部下のうちで体格の良いものを一人借りてきて,跳ねっ返り相手の交渉の時にずっと相手を睨ませておくのだ。根は小心者な相手はそれで簡単にこちらの話を大人しく聞いてくれるようになる。
「……」
壁際の男は何も答えてくれなかった。
「なんだ,誰も知らないのですか。いくら荒事を専業にしてても多少は大衆演芸に通じていないといけませんよ。でないと,心が荒んでしまう」
「余計なことをはいい。なぜ俺たちの名前を知っているか答えろ」
「やれやれ,世間話も出来ないのですか。まあ良いでしょう。答えは簡単です。私がブラドスキーだからですよ」
剣呑な光を宿す二人の眼光を私は平然と見返した。流石に普段相手にしている子供とは違って迫力がある。だが,ヴェスター当主や父上ほどではない。
「私が今日ここに来たのはあなた方の余計な手出しを止めさせるためです。ベンノを唆せたのは,コニー氏,あなただと聞いていますよ。あなたのせいで私はひどい損害を被っているのです。あの男のせいで私がヴェスター家と繋がっていることが娘にバレてしまいました。私の信用はガタ落ちですよ」
コニーは表情を歪ませた。私がベンノを差し向けた犯人を把握しているとは思わなかったのだろう。
ヤヌークの情報はリネルに探ってもらった。彼なら構成員を捕まえて洗いざらい情報を吐き出させるなど造作もない。しかも,捕らえられた男はその記憶も抹消されている。流石は魔族である。
「コニー,どういうことだ」
もう一人の幹部ブラッドが驚いた顔をする。彼はコニーの独断専行を知らなかったと見える。ヤヌークも一枚岩ではないな。
「……俺はそもそも娘を引き入れるのに,こんな子供の助けはいらねえと言っていたんだ。ご当主にもそう伝えたが聞く耳を持ってくださらねえ。だったら,俺たちで何とかしてやろうと,ベンノを差し向けた。だが,あの野郎,ガキ相手にしくじりやがって」
「馬鹿野郎! なに勝手なことをしやがる。ご当主の耳に入ったらどうなると思ってやがるんだ」
ブラッドは顔を赤くしてコニーを叱り飛ばした。それに対してコニーは怒気を孕んだ瞳で睨み返した。
「だったら傍観してろってのか! ブロンストが横槍入れてきてるってのに,こんな子供に任せて上手くいとでも思ってんのか!」
二人の間に険悪な雰囲気が漂い出す。どうも喧嘩早くていけない。
しかし,目の前で喧嘩をされても困る。私は口を挟んだ。
「まあまあ,お二方。ここで争っても仕方がありません。ここは冷静に行きましょう。幸い,ユーフィア嬢からの信頼はまだ完全には失っていません。多少時間は必要ですが挽回は可能です。それに下手に手を出すとブロンスト家お抱えのオルガの反発を喰らいますよ。あなた方だって,あの兵団と事を構えたくはないでしょう」
ブラッドは苦々しい顔をしながらも,どうやら落ち着きを取り戻したようだ。だが,コニーの方は収まりがつかないようだ。
「オルガがどうしたってんだ! あんな澄ました連中,返り討ちにしてやる」
「はは,威勢のいいことで。ですが,彼らの実力は王宮の騎士団並ですよ? 装備も人員もあなた方とは比べ物にならない。まともにぶつかり合えばただでは済みませんでしょうねえ」
「なんだと,うちの兵団が弱いって言いてえのか!」
さらにヒートアップするコニー。これはあれだ。脳みそが筋肉で出来ている手合だ。この手合は私は苦手だ。会話が成り立たないので疲れる。
「落ち着けコニー。この坊っちゃんの言うことも間違いじゃあねえ。オルガと正面からやり合って勝てる訳がねえだろ」
コニーに比べるとブラッドの方は多少は冷静だ。助かった。二人共脳筋だったらどうしようかと思っていたところだ。
「だがよお」
同僚に諭されて,ようやく大人しくなってくれたようだ。
「おめえの焦る気持ちも分かるが,今は抑えろ。それにこの坊っちゃんは,仮にもご当主の推薦だ。無碍にするわけにもいかねえ」
「……くそが! 俺は認めねえ」
彼は暴言を吐いて荒々しく立ち上がると,椅子をひっくり返して立ち去ってしまった。
どうもコニーは私のような子供を頼ることが気に食わないらしい。まあ,無理もないか。自分たちのことは自分たちで何とかしたいだろう。彼らも自らの力にはそれなりに自負があるのだろう。それなのに,全くの赤の他人である私にヴェスター当主が頼ったことに反発するのはわからなくもない。
「すまねえ。コニーが無礼を働いた。俺たちヤヌークとしてもご当主の意向に逆らうつもりはねえ。例の娘のことはアンタに任せる。コニーは俺の方で宥めておく」
残されたブラッドは殊勝な態度で謝罪を述べた。ようやく話が収束して私もホッとした気分である。
「構いませんとも。私は,まあ,部外者ですからね。気に食わぬ者も居るでしょう。……さて,話がまとまったようで何より。私は仕事に戻らせて頂きましょう」
「ああ,時間を取らせて悪かった」
私は立ち上がって,例の鉄の扉に向かった。壁際に居た男がいつの間にか扉の方に回っていた。彼は重たい扉を開けてくれた。
「ありがとう」
礼を言って扉から外に顔を出し時,私はふと思い出した。思わず振り返って,私はブラッドたちに言った。
「『ベルガンの手袋』だ! あの舞台になった小説! ははは,すごい,まるで天啓のようだ! あれは良いものですからぜひ読んでみてください」
ブラッドと扉を開けてくれた男は何とも言えない顔をした。
私は胸のつかえが取れて上機嫌で料理屋を後にした。
私は学院に戻ると,伝統ある抜け穴を使って寮に戻った。
先程会ったコニーとブラッド。ヤヌークの実質的リーダーだ。あの二人が中心となって団を運営している。荒れくれ者にしては冷静なブラッドと苛烈な性格で知られるコニー。二人が両者の短所を埋め合っているからこそ,あの傭兵団は成り立っているのだろう。
コニーは問題ない。ああいった短絡的な人物は扱いやすい。一方のブラッドは慎重な男ゆえに気をつけなければならないだろう。もし,私がヤヌークと対立せざるを得ない状況となったら彼は障害になりうる。
さて,後はオルガとフルーレティである。洋湖亭は早速頼んだ仕事をこなしてくれた。
まずはフルーレティに関してである。幸いなことに,王都周辺に関係者はいないようである。リネルの件はひとまず安心である。そしてもう一つ,興味深い情報がある。かの傭兵団は現在財政難であるらしい。南での仕事が減ってきていて団の維持が苦しいようだ。南方もある程度情勢が落ち着いてきて,小競り合いも少なくなったと聞く。収入が減るのは当然だ。ならば団員を減らすなどすればよいだろうが,昔から家族のような付き合いをしているため切るに切れないらしい。さしものの強者達と言えど経営の方は上手くないようだ。これはフルーレティの弱みとなるだろう。
一方のオルガは王宮騎士を何人も輩出しているだけあり資金も名声も十分なほどだ。しかも,後ろ盾はブロンスト家。統率も取れた連中で,さながら本当の騎士団のような有様だ。付け入る隙きはあまりない。団員の名簿と所在地は入手できたが,どの人物も身持ちは固そうである。何人か酒好きがおり,夜な夜な歓楽街に出向いているのが数人いるくらいだ。それくらいの遊びなら,傭兵としては教会のシスター並に慎み深い方である。前科持ちだったり,博打で借金を抱えていたり,女狂いが居るわけでもない。オルガをどうにかするのは無理だろう。
とはいえ,オルガのユーフィアへの接近は私も把握しておかねばならない。彼らとてフリードを脅かして彼女を説得しようとしているのだ。それはユーフィアたちにとって望ましい流れではないだろう。
私は次に接触すべき相手を頭の中に思い浮かべ,どのように立ち回るべきか考えるのだった。




