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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
冬の夜、死と恋と
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ベンノ

 ユーフィアは寮に帰した。

 それまで黙って会話を聞いていたマリアナに「騙してたってのはどういうことだ」と詰め寄られることとなった。私は事情を説明せざるを得なかった。マリアナには随分と叱られてしまった。我ながら情けない。私は黙って彼女の説教を受けた。言いたいことを言い尽くした彼女は最後に「一人で抱え込むんじゃねえよ」とも言った。ぶっきらぼうな言い方だったが彼女なりに心配してくれているのだろう。私が素直に感謝を述べると彼女は気恥ずかしそうにしていた。

 彼女はまた明日様子を見に来ると言って部屋を後にした。

 残ったのは私とテトと例の傭兵風の男である。男はまだ目を覚まさない。彼には事情を聞かねばならない。いつ目を覚ますのか分からないので,テトも寮に帰すことにした。彼女は一人帰ることを渋ったが,彼女も働き詰めであるだろうし,夜も遅い。彼女には無理を言って帰ってもらった。


「……なんだ,ここは」

 唸るような声を上げて男が目を覚ました。時刻は夜半過ぎ。いつもなら眠っている時間だが今日ばかりは呑気に眠っていられない。

「こんばんわ,兵隊さん」

 声を掛けるとすかさず身を起こそうとした。しかしそれは叶わない。

「なんだこれは! どうなってやがる!」

 男は暴れに暴れたが,テトのした仕事はそう安々と破れない。流石は彼女である。ちなみに部屋には例の音漏れ防止の結界を張っている。男がいくら暴れても他の生徒の安眠が妨げられる心配はない。

「ヤヌークの方とは初めてお会いしますが……いやはや中々無遠慮なことをしてくれるじゃありませんか」

 ”ヤヌーク”という言葉を聞くと男は暴れるのを止めた。彼は警戒心をその瞳に漲らせて私を睨んだ。

「誰だてめえ……うちの兵団の名前をなぜ知ってる。ただの貴族のガキじゃねえな」

「では,お先に名乗って差し上げましょう。私の名前はルシア・ブラドスキー。あなたの名前は?」

「……あんたがそうか。俺はヤヌークのベンノだ。なあ,縄を解いてくれよ。俺は味方だ」

 男はあからさまな警戒を引っ込めたが,こちらの様子を注意深く観察している。どうやら私という人間を値踏みしているようだ。”味方だ”などと口にしているが,そもそもこんな強硬手段に出てきた時点で私への不信があるのだろう。まずは,今夜の男の行動がヴェスター当主の意向なのか,それともベンノ一人の独断なのかを知らなければならない。

「ハハハ,味方,ですか。面白いことを言いますね。……私の計画を危険に晒しておいてよく言う」

 男が息を飲んだ。私はなるべく淡々と告げた。まるで怒りのあまり冷静になったかのように振る舞いながら。

 もちろんこの男に対してはユーフィアの件で怒りを覚えているのは確かだ。その怒りを演技に多分に含めたので我ながら迫真の出来だとは思う。しかし,彼に向けた怒りはそうした義憤のような性質のものではない。このベンノという男が眠りこけている間に考えた案がある。私は男に告げた。

 私は着々とユーフィアの説得を進めていた。ブロンスト家からの横槍が入って余計な時間が掛かったが,信頼も得ていたので後一息というところまで行っていた。そこにベンノという男が現れて私の名を口にしたので彼女の不信を買った。今日のところはなんとか誤魔化したが,彼女は今だに不信感を抱いている。これでは彼女をヤヌークに引き込む話も難しくなった。何のつもりでこんな真似をしたのか,当主に何と報告すれば良いのか,と。

 ベンノは机の上に横たわりながら表情を歪めた。さて,どう反応するか。

「まて,俺はただ様子を見に来ただけだ」

「それは当主の指示ですか」

「いや,ご当主から何も言われていないが……。だが,他の兵団もあの娘を狙っているというじゃないか。それで,俺は様子を確かめに来ただけだ」

「つまり,あなたの勝手な行動ということですね」

「待て,待て! そもそも俺は仲間に頼まれて来ただけだ! 仲間内でもこの件を心配している者は居る」

 私は冷ややかに男を見た。だが,内心はほっとしていた。どうやら,ヴェスター当主バヌカスの意向ではないようだ。しかし,ヤヌーク内部では焦りがあるようだ。これをそのままにしておくのはまずいだろう。そのうち,バヌカスの耳に入る可能性がある。

「最初から私を訪ねてくれば良かったのです。……まあ,過ぎてしまったことは仕方ありません。今後のことを考えましょう」

 私は男の縄を解いてやった。

 ベンノは幾分かほっとした様子で立ち上がった。身の丈は一般成人に比べても高く,体格はよく鍛えられてガッシリとしている。流石は傭兵なだけある。年は三十前半くらいだろうか。見るからに堅気の男ではない。

「……てっきりあの娘には話をしていると思ったんだよ。連絡しなかったのは悪かった」

 男は表面上謝って見せたが,どうも胡散臭い。やはり内心は私のことを疑っているのだろう。油断は出来ない。

「良いでしょう。とにかくユーフィアのことは私に任せてください。今後は定期的に連絡を取りましょう」

「わかった」

 話が終わったので男を帰した。意外にも身軽な男は窓から軽業で出ていった。私は男の姿が闇に消えていくのを見送った後,自室の机に座った。今後の作戦を考えねばならない。

 私が注意しなければならない勢力は三つである。

 ヴェスター家のヤヌーク傭兵団。私はバヌカスからの依頼を負っているがこれは反故にしなければならない。そしてブロンスト家。彼の家のお抱えの兵士たちは洋湖亭の調べによるとオルガ兵団というそうだ。精強な戦士たちであり,この大陸でも一二を争う強さだという。最後にフルーレティ傭兵団。ユーフィアの古巣であり,南の地を拠点にしている。彼らからの干渉は今はないが,事態が悪化すればその保証はない。リネルの安全のためにも,彼らの干渉は阻止せねばならないだろう。

 私はこの三勢力に対して上手く立ち回らなければならない。私が持つカードは何か。相手の望みは何か。付け入る隙きはあるか。私は夜通し考えるのだった。


 次の日から早速仕事に取り掛かることにした。まずはテトに洋湖亭への依頼を伝えた。今後の作戦を詰めるためにも,オルガとフルーレティの動向を探ってもらいたかった。ヤヌークは私の方で探るつもりである。どのみち一度は団の幹部と話をしなければならない。

 洋湖亭への依頼は各傭兵団の構成員の名簿と所在地の入手である。とくにフルーレティの人間は要注意である。リネルのこともある。彼らが王都近くに居るとまずい。彼らの介入は常に警戒して置かなければならないだろう。

 加えて,父上への協力も頼んだ。と言っても,現状報告と資金援助の願い出である。返事はすぐに来た。十分すぎるほどの金貨と,要約すると「自分でなんとしろ」という素っ気ない手紙が届いた。父上らしい対応である。とはいえ,金貨はありがたい。何をするにも先立つ物が必要である。少なくともこれで洋湖亭への支払いは心配しなくてよい。

 兄上姉上,そしてミリエル嬢にも少し事情を話した。流石にヴェスターのことを伝える訳には行かないが,ユーフィアとフリードという友人がトラブルを抱えていることを伝えた。その上で,彼女たちを気にかけてくれるよう頼んだ。もちろん彼らにはユーフィアたちとの接点はない。だが,どこで重要な情報が掛かるか分からない。とくに兄上は塔の生徒ゆえ顔が広いし,ミリエル嬢も講師であるから生徒たちの噂話を聞く機会もあろう。姉上は……まったく顔は広くない。実際,姉上に話をしたとき「私はあまり役に立てそうもないわね」と言われて苦笑する他なかったが,それでも彼女の魔法の知識に毎回助けられているのは事実である。どんな助力も今の私にはありがたい。

 マリアナには事情を知られてしまったので,彼女にも協力を仰ぐことにした。この際,隠し立てをしても仕方あるまい。彼女は快く引き受けてくれた。彼女としてもフリードの恋は応援したいそうだ。マリアナにはフリードの護衛を頼んだ。といっても表立ってのものではなく,ひっそりと見守る役である。忍びのような真似は彼女には似合わないが,意外にも得意とのことである。故郷の龍人族の里では戦士たちはスカウトのような訓練も受けるらしい。彼女は「隠れるのは上手いんだぞ」と自慢していた。

 今は情報収集の時である。だが,リネルに言われたとおり,情報を分析したらすぐに方針を決めねばならないだろう。実際に事を起こす前に終局図を頭の中に描けていなければならない。望ましい結末のためにも。

 私が望む結末とは,ユーフィアにとってもフリードにとっても最善のものである必要がある。これは彼女たちのためではない。私が我慢ならないからだ。これが彼女たちへの贖罪になるとは思っていない。だが,それでも,ユーフィアに「友人となる努力を止めたくはない」と言ったのは本心である。私が壊してしまった彼女との関係であるから,私は誠意を見せなければならない。受け入れてくれるかは彼女次第である。願わくば,今度こそ,ただのルシアとして,なんの(しがらみ)もなく,彼女たちとお茶会が出来れば。それに勝る喜びはないだろう。

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