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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
冬の夜、死と恋と
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急変

 テトには私の決意を伝えた。しかし,もう一人このことを伝えなければならない人物がいる。リネルだ。

 しかしながら,彼を説得するのは難しい。彼の望みは因縁のあるフルーレティと強い関係を持つユーフィアの排除だ。フルーレティに彼の命を狙う者が居る以上,彼は自分の要望を覆さない。彼にとっても死活問題なのだ。

 そうなると,単に私が心変わりしたと伝えても意味はない。リネルにとっては私のユーフィアたちへの同情心などどうでも良いことだろう。彼女らの境遇を語って同情を誘っても「ふざけるな」と怒られるのが関の山だ。それゆえ,何かしら尤もらしい,リネルも方針転換を飲まざるを得ない理由をでっち上げなければならない。これは当然困難を伴った。

 だが,そんな都合の良い言い訳をすぐに思いつける訳もない。そこに見計らったようなリネルの呼び出しが掛かった。あまりにタイミングが良い。どうやら私の変心に感づいたようだ。どうやったのか知らないが,やはり魔族は侮れない。

 人気の無い空き教室に連行された。先ほどまでは他人の目があるので一応は丁寧な態度で接して来ていたが,部屋のドアを閉めるとすぐに凍てついた視線をよこした。他人の目が無くなった途端これである。

「一体貴様は何を考えている」

 開口一番端的に言われた。何らの感情も込めずに,だが,確実に怒りを潜ませた口調である。胃が痛くなる。

「あなたには信じられないことかもしれませんが……こう見えて結構色々考えているのですよ」

 とくに言い返す言葉も無かったのでいい加減に返事をしたら睨まれた。やや殺気が混ざった眼光である。私はおどけた表情をひっこめて真面目な顔をした。

「なかなか複雑な事情があるのですよ。ユーフィアと彼女の友人であるフリードとの関係は,いわば,姉弟のような,あるいは,それ以上であるかのような。二人の仲を切り裂くような真似は,私には出来ません」

「ずいぶんお優しいことだな」

「……ユーフィア自身のこともあります。なぜ彼女は傭兵団を抜けて学院に来たのかはっきりしません。彼女は仕事が一段落したからと言いますが,私には本心を語っているとは思えない。そうした様々な事情を無視して彼女に無理強いをさせたときに,ユーフィアとフリードがとんでもないことをしでかさないとは言い切れないでしょう」

 我ながら苦しい言い訳だと思ったが,意外にもリネルは難しい顔をした。

「二人はいくつだ」

「十五と十三です」

「たしかに,厄介な年頃だな」

「ええ,追い詰められた若者は何をするか分かりませんよ」

「分かっている。嫌というほどな」

 どうやら年齢不詳のこの魔族は,随分と世慣れているらしい。

 リネルは溜息をつきながら言った。

「……仕方がない。私とて若者の不幸を望みたい訳ではない。私は自分の身の安全を守りたいだけだ。目的を達成できるなら協力もやぶさかではない。ただし貴様に確かな計画があるなら,だが」

 痛い所を突いてくる。私とて明確な計画があるなら苦労はしない。だから私は苦し紛れに言うしかなかった。

「当面は守りに入らねばならないでしょう。ユーフィアを取り巻く様々な勢力を見極める必要があります」

「ふん,尤もらしいことを言う」

 何食わぬ顔をして言ってのけた私の本心を見抜いたようだ。リネルはあざ笑うように言った。

「まあ,よい。貴様の言い分もあながち間違ってはいない。だが出口の無い計画に意味はないぞ。情報を分析したらさっさと作戦をまとめろ」

「わかっています」

 私は苦虫を噛み潰したような気分になりながら,表情だけは何とか平然を貫いた。そんな私の返事に対してリネルは滑稽だと言わんばかりに鼻を鳴らして背を向けた。彼は話は終わりだとでも言うように,何の未練も残さず,部屋を出ていった。

 私は深々と溜息をついた。


 リネルと話した日の夜のことである。庶民寮を見張らせていたモルトールの手下たちから知らせがあった。どうやら寮の方で騒ぎがあったらしい。まずい状況になったというので,私は寝巻から着替える暇もなくコートを引っ掴んで外に飛び出した。

 寮の裏手に向かうと,闇夜に紛れるかのようにマリアナとテトの二人のシルエットが見えた。さすがにランプを使う訳にはいかない。他の生徒たちが住む寮の目の前である。

 二人は足元に(うずくま)る寝間着姿らしいユーフィアを介抱している。ユーフィアの傍には体格の良い男が横たわっていた。男は三十過ぎたくらいである。格好は暗くて良くは見えないが,それでも普通の町人の身なりではない。おそらく,傭兵だろう。

 男は死んではいない。しかし,浅い息をしている。どこか怪我をしたのかもしれない。よく気をつけてみれば血の匂いがした。

 どうやら,色々な意味で不味い状況のようである。

「テト,マリアナ,ユーフィアと男を私の部屋へ。君たち,人払いをお願いします」

 テトはユーフィアに肩を貸し,マリアナは男を担いだ。流石に余裕そうだ。それと,モルトールから借りた見張り役の人たちに,人払いをお願いした。こうなっては多少騒ぎになるのは仕方がない。この際,人の注意を惹くのはやむを得ない。要は内情が分からなければ良いのだ。私が関わっていると分かれば,わざわざ手を出そうなどという輩はいないだろう。我が学院の生徒たちは概ねは善良な子供たちである。


 手早くテトたちを私の部屋に引き込んだ。あまり大人数居ても仕方がないので,見張り役の者たちには解散してもらった。彼らには後で口止めをしておかないといけない。

 部屋に入ると,ひとまず尋常でない様子のユーフィアをソファに座らせた。寝間着姿のユーフィアは,寒そうにブルブルと震えていたので,私は彼女にブランケットを渡した。しかし,暖かい毛布に(くる)まっても彼女は震えたままであった。

「ユーフィア,何があったのですか」

 私は応急処置のためにテーブルの上に寝かせた傭兵姿の男を横目で見た。ユーフィアは男の方を見向きもしなかった。

 彼女は口を噤んでいる。しばらく時間が必要そうである。

 私は今は気を休めるようにと言うと,男の傷の処置をしているテトのもとに向かった。

「どうですか」

「止血は済ませました。思ったよりも深手です。油断はできません」

 流石は元冒険者である。応急処置はお手の物だ。

「わかりました。……ちょっと待っていてください」

 不思議そうな顔をするテトを置いて,私は戸棚からあるものを取り出した。透き通った水色の薬液が入ったガラスの小瓶である。

「ルシア様……それってまさか,ポーションですか」

 テトが目を丸くする。

 いわゆる魔法薬の中でも高級品に該当するポーション。もしもの時の備えにと実家から送られて来たのである。しかも侯爵家が送ってくるやつだ,ただのポーションではない。一級の魔法薬師が作った最高級品であり,どんな怪我も治すという謳い文句付きだ。さすがにそれは嘘だとしても,市販の薬とは比べ物にならない効能と即効性がある。

 私はそれを男に飲ませた。たちまち効果が現れた。

「すごい」

 傍で見ていたテトが小さな歓声を上げる。私も驚いた。こんなにすぐに効くとは。

 きつく包帯を巻いても完全に止めることの出来なかった流血が止まった。まさかと思って傷口を見てみると,すでに傷がふさがっていた。きれいに消えた訳ではないが,縫合した後かのようにピッタリとくっついてしまっている。なるほど,これは覿面の効果だ。

「しばらくすると目を覚ますでしょう。テト,動けないように縛っておいてください」

「はい」

 彼が起きたら素性を調べねばならない。しかし,今はユーフィアに話を聞くべきだろう。

 ユーフィアの様子はマリアナが見ていた。彼女も白湯を出すくらいの気遣いは出来るらしい。

「ユーフィア,落ち着きましたか」

 彼女は幾分か落ち着いた様子で,しかし,青い顔をしながら私を見た。

「何がありましたか」

 彼女はその灰色の瞳を私に向けてしばらく何も言わなかった。その瞳はまるで曇天の空のようで,重苦しい雰囲気を湛えていた。

「男が部屋に来ました」

 彼女は私をじっと見つめた後,口を開いた。

「私は気配を察知して,部屋の窓から裏庭に逃げました。ですが男は追ってきて私に言うのです。ヴェスターの使いだと。私は,なぜヴェスターが私を狙うのか,と言いました。すると男は不思議そうな顔をして,ルシア・ブラドスキーから何も聞いていないのか,と言いました。私が何のことだか分からないと言うと,男は急に怒り出して私を強引に連れ去ろうとしました。私は……混乱してしまって。ただ気絶させるつもりだったんです」

「男は無事です」

「そうですか。良かったです」

 彼女はちっとも嬉しくなさそうな顔で言った。そして,その表情に何の感情も浮かべず,まるで能面のような顔面を私に向けて言った。

「ルシア様,あなたですか」

 彼女はまっすぐと咎めるような瞳で私を見つめた。その瞳の奥には冷徹な怒りの炎があった。決して表にはおくびにも出さないが,凍りつくような視線の中に真っ赤な炎が宿っていた。

 私は慌てて彼女に声をかけた。

「ユーフィア,聞いてくださいーー」

 続く言い訳のための言葉たちは,彼女の静かな,しかし,はっきりとした口調によって遮られた。

「あなたもだったのですね,私を狙う貴族というのは。あなたは最初から私が目的だったのですね。塔の依頼だなどと言って何食わぬ顔をして近づいて,私だけでなくフリードまで騙して。あなた達貴族は本当に人を騙すのがお上手ですね。最初は私だって警戒をしていました。でも,あのお茶会で,何度も話しているうちに,自然に私達に接してくれるあなただったから,私も少しずつやすらぎを感じられるようになったんです。だから,信じても良いと思ったのに。本当に貴族というのは,恐ろしいものですね」

 彼女は言葉を詰まらせながら,やりきれない怒りを静かに言葉にした。震えるような怒りを抑えながら理性が最後の力を振り絞って吐き出したかのような言葉であった。

 耳が痛かった。こんな思いをさせたくなかった。しかし,そうさせたのは間違いなく私だ。

「あなたが怒るのも無理はありません。私はあなたに謝らなければならないでしょう。……どう,言えばよいのか。ヴェスターの依頼も,そのために,あなた達のことを騙していたことも,本当のことです。だから……あなたは,私を恨んで当然です。それでも,身勝手かもしれませんが,聞いてほしいのです。私はあなたたちの力になりたい。ヴェスターからの依頼を駄目にしてでも,力になりたいと,思ったのです」

「……」

 彼女は顔色一つ変えない。

 私は言葉を続けた。

「あの茶会に居心地の良さを覚えていたのはあなただけではないのですよ,ユーフィア。もちろん,私は君たちの友人には相応しくないでしょう。だから,こんなことを言う資格はないのですが……ですが,私はあなたと友人となる努力を止めたくはない。そう,思うのです」

 ユーフィアは悲しそうな顔をした。それまで表情を変えなかった彼女が初めて見せた感情だった。

「それでも……」

 彼女は泣きそうな声で言った。

「私は,もう,あなたを信じられない」

 それは彼女が初めて見せた,年相応の少女のような表情だった。まるで大切な髪飾りを無くしてしまった幼子(おさなご)のような表情だった。

 テトとマリアナが何か言いたげな表情で私を見つめている。

 私はどうすることも出来ず,うつむくユーフィアを見つめていた。

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