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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
冬の夜、死と恋と
49/85

フリード・ヒュール

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします

「あなたがルシア・ブラドスキー閣下ですね」

 寒い廊下を一人歩いていると活発そうな男子生徒に声を掛けられた。何やら剣呑な様子である。この男子とは初対面のはずだ。はて,私は彼に何かしただろか。

「私がルシアです。何やらただならぬご様子ですが,私の方は覚えがございません。何用ですか」

 むしろ覚えがありすぎて,どの件に関することなのか記憶を辿っている最中だった。

「ユーフィアに関わらないでください」

 なるほど,その件か。私は目の前の少年を今一度よく観察してみた。私よりも背が高いが,平均から比べると小柄だろうか。顔つきはやや幼い。しかし,少年ながら鍛えられた体型をしており,短く揃えた赤髪と日焼けした肌から活発な子である事が伺い知れる。おそらく武門の生徒だろう。さらに彼はおそらくユーフィアと同じ一年生だ。胸の銀時計の模様から分かる。

「まずはあなたの名前を教えて頂いても?」

「フリード・ヒュール」

 彼,フリードは敵意を隠すこともせず素っ気なく名乗った。しかし,ヒュールという家名は聞いたことがない。身なりからするに,おそらく騎士の位の者だろうか。

「では,フリードくん。私は構いませんが,あまり往来の場で貴族相手に突っかかるのはお止しになった方がよいですよ。こうしたことにあまり寛容でない者もおりますし,貴家の評判にも関わりますから」

 実際,廊下に居た他の生徒達は何事かと我々を見ている。家名まで名乗ってしまったのだから,噂が広まるのは避けられないだろう。

「そんなことを話しに来たのじゃありません!」

 ……どうやらかなり頭に血が昇っているらしい。ひとまずは落ち着かせないといけない。

「とりあえず場所を移しましょう。落ち着いて話しをする必要があるようですから」

「いえ,この場で返事をいただきます」

「いやいや,そこを何とか」

 なかなか強情な子である。力づくで連れて行く訳にもいかないし,まさか人目があるところで公然と脅しに掛かるわけにも行かない。さて,どうしたものか。

「フリード,何をしているんだい!」

 人混みをかき分けて飛び出してきた者があった。ユーフィアであった。急いで来たのか,少し息があがっていた。

「ユーフィア」

 フリードが苦い顔をした。どうやら(まず)いことをしている自覚はあるようである。少し安心した。頭の中まで筋肉が詰まっている手合は苦手だ。丁重にお引取り願って,後でマリアナに相手させるくらいしか対処が思いつかない。

「君は何をしているのか分かっているのかい! ……申し訳ありませんルシア様,友人が大変な無礼を致しました」

 ユーフィアはひどく焦った表情で謝罪を口にした。一方のフリードは不貞腐れたような表情をしている。何となく幼い頃のジーンを思い出す。我が愛すべき弟もよくこうして不貞腐れていた。

「気にしませんよ。どうやら貴方に関係のある話をフリードくんはお持ちのようです。せっかくこうして当事者が揃いましたから,どこか静かな所に場所を移して話をしませんか」

 実際,私はこんなことでいちいち腹を立てない。彼はどうやらユーフィアのために私のところに来たようだから,むしろ,可愛いくらいのものである。随分友人想いな子のようだ。私が普段相手にしている私欲だらけの連中とは違う。

「ありがとうございます。……フリードもそれでいいね」

 ユーフィアがほっとしたよう表情を見せると,すぐに厳しい顔をフリードに向けた。彼はその視線にたじろいで,だが,すぐに不満そうな顔を作った。しかし,ユーフィアに更に睨まれるとたちまち怯んでしまって,結局しぶしぶと「わかった」と返事させられていた。



 何となく力関係が分かるユーフィアとフリードの二人だが,どうやら幼馴染らしい。フリードの父ラナンは辺境の警備隊の隊長だったらしく,ユーフィアの居た傭兵団とは親しくしていたという。団の中で唯一の子供であり遊び相手もいないユーフィアを不憫に思って,ラナンはフリードを紹介した。それが二人の馴れ初めらしい。私は場所を移す間,ユーフィアからそう聞いた。

 私は二人を地下室に案内した。例の談話室は予約制なので,急には使えない。致し方なく寒い地下の資料室で我慢するしかなかった。

「寒い所で申し訳ない」

「いえ,私は大丈夫です」

 そうユーフィアは言ってくれるものの,やはり少し寒そうである。フリードなんかはプルプルと寒さに震えている。彼らは南の人間だから,寒さには不慣れなのだろう。

「今,お茶を持ってきますよ」

「そんな,私がやります」

「給湯室の場所分からないでしょう。それにあなた方は我が召喚術研究会のお客様ですから。座っててください」

 そう言い含めると,ユーフィアは申し訳無さそうな顔をしたが,それ以上何も言わなかった。フリードは研究会という言葉を聞いて身を固くしている。まさか例の研究会の本拠地に連れて来られるとは思ってもみなかったのだろう。

 お茶を三人分用意した。ユーフィアは素直に礼を言い,フリードは不承不承といった感じで礼を言った。その対比が何だか可笑しくて私は笑ってしまった。

 温かいお茶で多少は体が暖まった所でフリードの話を聞くことにした。なぜ彼があんな大胆な行動に出たのか私も気になるところである。

「では,フリードくん。ユーフィア嬢に関わるなというのはどういう意味ですか」

 私は廊下でのやりとりの真意を改めて聞くことにした。所在無げにしていたフリードは,私の言葉を聞いて急にこちらを睨みつけてきた。

「……あんたもユーフィアを利用しようとしてるだろ」

「フリード! ルシア様に何て口を――」

「構いません。フリードくん,どうして私が彼女を利用しようとしていると思うのですか?」

「ユーフィアは特別な力を持ってる。だから貴族のやつらはユーフィアをつけ狙う。連中はユーフィアが手に入りさえすれば,どんな汚い真似さえする。何度こいつが貴族連中のせいで辛い目にあったと思いますか? あなたが何の目的でこいつに近づいたか知りません。でも,関わって欲しくないんです」

 フリードは淡々と怒りを込めてそう語った。彼の言葉からユーフィアの苦労が伺い知れる。フルーレティがある程度は彼女の身を守る壁になっただろうが,強欲な権力者たちにとっては薄い壁でしかない。彼女と彼女の周りの人たちにどんな災いを権力者たちがもたらしたか知れない。フリードはユーフィアの苦しみを身近に見てきたのだろう。

 だからこそ,私のような者を警戒している。そして,その警戒はあまりにも正しい。かつて彼女たちに災いをもたらした者たちと私は同じことをしようとしている。

「私を学院に紹介してくれたのはフリードなんです。貴族の方々の干渉がひどくなってきたのを見かねて,私を王都に呼んでくれました。学院なら干渉を受けないだろうと」

 ユーフィアが静かに付け加えた。学院でならある程度は貴族の干渉を防げる。学院は独立と自治を謳っているから二人はそう思ったのだろう。だが,実際は違う。学院はいわば貴族社会の外周ぎりぎりに存在する。その位置を指して独立性といっているのだ。学院は貴族たちが手を伸ばそうと思えば簡単に干渉できてしまう。彼女たちが思うような場所ではない。

「事情は分かりました。フリードくん,私はガルマトゥリエの依頼があって彼女に近づきました。塔の人たちの依頼とあっては断れません。ですから,君のお願いは残念ながら聞けません。私は彼女と話をしなければならない」

「話を聞くくらいなら他の人間に任せていいじゃないか。あなたはたくさん手下を持っている」

「手下,というのは語弊がありますね。ええ,知人は多いです。ただ,ご存知のとおり塔からの依頼です。下手に他人に任せられる仕事ではないのですよ。だから,これまでどおり私はユーフィア嬢と関わりを持たせてもらいます」

「そんなの,信用できるわけないじゃないですか!」

 フリードが怒りを顕にする。彼の言い分は最もだ。

「フリードくん,君の言い分は正しい。この学院でも貴族というのは力を持っています。君たちだけではユーフィア嬢の身は守れないでしょう。一つ約束してください。君が信用できると思える貴族を探して,その者の力を借りなさい。フリードくん一人でははっきり言って力不足でしょう」

 そう言うと,彼は悔しさをにじませたが反論はしてこなかった。案外,置かれた状況をよく分かっているようだ。

「それと,もう一つ。君が私を信用ならないと思うなら,君たちは私を信用してはならない。必ず守ってください」

 私がそう言うと二人は目を見開いた。

「それは,どういう……」

 ユーフィアが戸惑った表情を見せる。私が今言える最大限はここまでだろう。

「私も色々なしがらみがあるということです。今回の塔の依頼のように。あるいは他からの依頼とか我が家の事情とか。君たちの境遇には同情しますが,私にもうかつにあなた方の事情に首を突っ込めない事情がある,ということです」

 私は出鱈目を言うしかない。本当のことは,今明かす訳にはいかない。

「わかった。そもそも,あなたに頼る気はない。だから信用することもない。ユーフィアと話す時は俺も同席します」

「よいでしょう。三人で仲良くお茶といきましょうか。そうですね,茶会に参加するのだから,フリードくんにも面白い話をしてもらいますよ」

 私はこの件はこれで終わりだと言わんばかりに振る舞った。フリードは嫌そうな顔をした。その顔を見たユーフィアはおかしそうにクスクスと笑っていた。



「ルシア」

 ユーフィアたちを見送って寮に帰る途中声を掛けて来たのはリネルだった。珍しいこともある。彼は私が一人になる時を見計らっていたかのようである。実際,いつもの人の良さそうな調子は鳴りを潜め,人嫌いな魔族の顔をしていた。

「どうしたのですか,リネル」

「話がある」

 彼はそう言って,人気の少ない物陰に私を案内した。

 寮近くにある林の中にちょっとした広場がある。私も天気の良い日はよく散歩にくる。しかし,今日はあいにくの寒々しい曇り空である。散歩という気分にはなれない。

「それで話というのは」

「ユーフィアという娘についてだ。お前,その娘と会っただろう」

 今日はユーフィア関連の用事が多いようだ。

「ええ。それが何か問題でも」

「あの娘自身に問題があるわけではない。その娘はフルーレティという傭兵団に居たというが,確かか?」

 リネルにユーフィアのことは話していない。どうやら独自に調べたらしい。まあ,そう苦労せずとも得られる情報ではあるが。

「間違いないですよ。……まさか,あなた,フルーレティに関わりがあるのですか」

「そのまさかだ。因果なものだ。過去はどこまでも私を追ってくるらしい。……フルーレティにハインケルという男がいる。かつて南の地で私を追い詰めた男だ」

「待ってください,あなた何をしたのです」

「ハインケルの家族を結果的に死に追いやった」

 彼は淡々と語った。彼は無表情を崩さない。

「なんですって。どうして,またそんなことを」

「私が手を下した訳ではない。だが,ハインケルの奴はそうは思わないだろう。私を妻や娘の仇だと思っている。奴に私のことが知られるのは避けたい。ユーフィアという娘がここに居ると,フルーレティも学院のことに手を出してくる恐れがある。あの娘を学院から追い出せ。なるべく早急に」

 彼は脅すように言った。さもないとユーフィアを始末する,とでも言いたそうである。

「今すぐに,という訳には行きません。色々私も彼女に関して厄介な事情を抱えているのです」

 私はヴェスターからの依頼の件をリネルに話した。彼は私の話を聞いてうなずいた。

「ならばさっさと始末をつけろ。あの娘をどこへなりとも引き渡せば,フルーレティが学院に目をつけることもない」

「分かっていますよ。ただ慎重に事を運ばねばなりません。ちょうどガルマトゥリエの依頼もあります。今は少しずつ信頼関係を作っているところです」

「……ふん。あまり悠長にしていてはヴェスターもしびれを切らすぞ。それに,他の家も娘を狙っている。有力な貴族が動き出したという噂を聞いた。時間はそれほど残されていないぞ」

「分かっています」

 その噂は知っている。ユーフィアたちと悠長に茶などしている場合ではないということも。

「分かったな。さっさと話をつけろ。私とて事を荒立てたくない」

「……仕方ありませんね」

 彼はもう話は済んだと言わんばかりに林の中へ姿を消した。

 私はため息をつきながら道を引き返した。吐いた息は白色になって空中に消えていった。私はそれを眺めながら,今後の動きについて考えを巡らした。

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