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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
冬の夜、死と恋と
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バヌカスの依頼

「その依頼は受けられませんね」

 ランプの光にちらつくバヌカスの瞳を見つめながら私は言った。彼は面白がるような挑発的な表情をした。

 地下は静かになった。兄弟が大人しくなったようだ。

「ほお。理由を訊いても?」

「私が彼らのうち一人を殺したとしたら,残った方は私を恨むでしょう。そしてやがてその者が貴家の当主となったあかつきには,我が家をも恨むでしょう。それはブラドスキーにとって好ましくはない。もちろん,貴家にとっても。このようなこと私一人では決められない話です。貴方も分かっておいででしょう」

「クク……。無論だとも。私はね,貴方がどうするのか知りたいのです」

 バヌカスは肩を揺らして笑った。嫌味な声が地下に響いた。沼底のような瞳に不気味な笑みを貼り付けている姿は,まるで悪魔にでも取り憑かれているのではないかと思えるほど,心底気味が悪かった。

「ブラドスキーと事を構える気ですか。無事では済みませんよ」

「それは私が当主を退いたあとの話。私には関係ない話です」

「関係があると言ったら?」

 私は少し強気の態度で反論した。彼は不気味な笑みを引っ込めって意外そうな顔をした。

「なにかね。私を害する手段があるとでも」

「ええ。お忘れですか? 我々はブラドスキーです。貴方とてこれ以上命を狙われたくはないでしょう」

 私は造作もないと言わんばかりに表情を取り繕って言った。半分ハッタリだ。さすがに洋湖亭といえども,このレブラントの帝王を排除するのは困難だろう。だが,切れる手札は洋湖亭だけではない。我が家が抱える精強な兵団もいる。さらに,父上ならば何か他に手段を持っているはずだ。王宮に蠢く魑魅魍魎どもを相手取る彼のことだ。手持ちのカードが洋湖亭だけなはずがない。

「ククク……。面白い。なるほど,興味深いお方だ,貴方は」

「どうしますか? 貴方次第ですよ」

 私は至って平静を装いながら言った。相手が挑発的な視線を寄越すのならこちらも強気な態度で挑むまでだ。弱みを見せてはならない。

「……よいでしょう。閣下の聡明さに免じて,ここは取引といきましょうか」

 なんだか乗せられた気がしないでもない。あっさり引いたところを見ると,彼が持ち出してきた取引とやらが本題なのかもしれない。だが,倅を一人選ばせて殺すというのも,あながち嘘だったとは思えない。こちらがスキを見せていたら私はあやうく人殺しになっていただろう。それを逆手に取ってバヌカスがどんな脅しを仕掛けて来たか知れない。喰えない男だ。

「聞きましょう」

 私はそう答える他なかった。バヌカスはそれはそれは凶悪な笑みを浮かべた。


「貴方の学院に編入制度があるのはご存知ですかな」

「いえ,存じ上げませんでした」

 私とバヌカスは再び階上の談話室に戻って話をすることとなった。流石にあの埃臭い暗い空間で大事な話などしていられない。ちなみに,兄弟は依然として座敷牢に横たわっている。しばらくは解放されないようだ。お気の毒に。

「資格のある者は年齢に関係なく学院への途中入学が認められておるのです。十日後にある少女が一年生として編入して来ます。歳は十五と若いですが,特殊な能力と経歴の持ち主でしてね。私はぜひ彼女を手元に置きたい」

「どのような人物なのですか」

 十五ということは私の二つ年上か。年上だが下級生となるので,ややこしい。それは良いとして,この男が欲しがるほどとは一体どんな素性の人物なのだろう。まさかこの男に限って特殊な趣味という訳でもあるまい。

「若干十五にして南の戦場で数多の血煙を生み出した天才魔術師。迫撃のユーフィアという娘をご存知かな?」

「その娘は知りませんが,迫撃魔法は知っています。使い手は希少だとか」

 迫撃魔法。一言で言ってしまえば魔法による迫撃砲だ。炎系の魔力を込めた魔法弾を遠方へ打ち出し標的を爆撃する魔法で,密集陣形が未だ活躍するこの時代では戦場において圧倒的なアドバンテージを持つ魔法だ。だが,使い手は限られると聞く。

 バヌカスは抑揚にうなずくと話を続けた。

「この娘が天才とまで称されるのは,同時に打ち出せる魔法弾の数です。いくつだと思いますかな?」

「一般的には五,六個でも優秀な使い手とされると聞きますが」

「その数,百。いやはやなんとも素晴らしい」

 正直これには驚いた。そんな人物が居るとは。迫撃魔法は魔力操作が非常に難しいと姉上に聞いたことがある。それを百個も同時展開できるとは並外れた技量と魔力の持ち主ということだ。ちなみに,我が愛すべき姉上ロゼッタは迫撃魔法はあまり好みではないらしい。曰く「ちまちま撃つより一発で全部吹き飛ばした方が効率がいいわ」とのことである。

「凄まじい使い手ですね。それで。私にその娘を貴方の陣営に引き込めと?」

「ええ。幸いなことにその娘は所属していた傭兵団を抜け出し王都まで逃げて来たようです。ぜひ我がヤヌーク傭兵団に欲しい」

 ある程度の財力のある貴族ならどこも自前の兵隊を持っているものだ。といってもどこかと戦争をするためではない。最近では大きな戦乱がある訳ではないし,貴族が独自の軍隊を持つことを嫌う王宮の監視も強くなってきている。貴族たちが兵団を持つのはもっぱら交渉の潤滑油とするためだ。優秀な兵士や特異な技能を持つ者を相手に贈り便宜を図ってもらう。いわばコレクションのようなものだ。そうした意味ではユーフィアは非常に価値があると言えよう。

「なるほど。この機を逃すわけには行かないと」

「然り。これほどの人材ですからな,当然他家も狙ってきましょう。私としては早急に手を打ちたい」

「……よいでしょう。協力するのはやぶさかではありません。しかし貴方は取引と仰った。して,私にどんな利があるので?」

 本当はあまり協力したくはない。いくら希少な能力を持っているとはいえ,十五の,まだ子供と言えるような娘を,蒐集物扱いすることなど論外だ。もし,大して利益のない話なら断ってしまいたい。だが,この恐るべきヴェスターの当主は笑みを崩さなかった。

「貴方は倅が殺されるのを避けたいのでしょう? 将来の禍根を残さぬために。いやはや,お若いのにご立派だ」

 バヌカスは私の心中を見透かすかのように言った。

 ……図星であった。事が露見したのは兄弟の自滅とはいえ,その原因を作ったのは私である。どちらか一方が欠けても,残った方から恨みを買うだろう。実の兄弟の仇だ。生き残りがヴェスターの当主となったら,何をするかなど火を見るより明らかだ。当然,私は兄弟が殺される事態は避けねばならない。

「お見通し,ということですか。よいでしょう。協力の対価として兄弟二人とも生かすこと。それでよいですね?」

「ククク……。取引成立ですな,閣下。吉報をお待ちしていますよ」

 ヴェスターは実に楽しそうに笑った。私は内心溢れる苦々しい気持ちを表に出さぬように必死で表情を取り繕った。


 ヴェスター家の従僕からコートと帽子を受け取り,私は玄関を後にした。玄関先には送迎の車が停めてあった。

「それでは閣下。お気をつけて。詳しい情報は後ほど手紙で送ります」

「ありがとうございます,伯爵。それでは」

 バヌカスが見送りの言葉を投げてきた。ユーフィアという少女に関する情報は後で送ってくれるらしい。私は愛想笑いを浮かべて返事した。

 馬車が出る。行き先は学院近くの大通りにしてもらった。静まり返った町並みを車は滑るように進んだ。私は車窓から外を眺めた。

 雪はもう止んでいた。月が出ている。町家の屋根に積もった白雪と月明かりのお陰で,夜だというのに驚くほど街は明るい。

 気乗りしないが悪い取引ではない。これで我が家とヴェスター家の間で事を構える最悪の事態は避けられた。

 悪い取引ではないのだ。悪い取引では……。

 私は過ぎゆく王都の景色を眺めながら内心の不快さを誤魔化していた。

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