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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
学院、初年度の騒乱
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リネル

「まずは何故あなたが王都まで来たのか。そこから始めましょうか」

 私は淡々と話を続けた。彼はあざ笑うような表情をした。

「……ふん,いいだろう。最期の戯れに付き合ってやる」

「今まで魔族が人間社会に姿を現したことはほとんどありませんでした。最期に姿を見せたのは記録上では五十年も前だそうです。なのにあなたは王都に現れた。しかも,大きな騒ぎを起こすわけでもなく,上手く人間に紛れ込んでいました。人間には友好的ではないという魔族のあなたが」

「単に私の戯れにすぎない」

 彼は嘲笑まじりに言った。私は話しを続けた。

「あなた,隣国のサルガーナから来たと言いましたね。男爵家の子息というのは嘘だとしても,サルガーナから来たというのは本当ですね?」

「ああ」

 何が言いたいと言わんばかりの表情である。そんな彼に構わず私は慎重に話しを進めた。

「私も独自に,王都周辺で何か変わった騒ぎが有ったか調べました。何が見つかったと思います? 何も無かったのです。あなたは王都まで一つの騒ぎも起こさずにやって来たということです。よほど慎重を期して王都までやって来たのでしょう。なぜ慎重になる必要があったのでしょうか。魔族であるあなたは人間を凌駕する力を持っている。遠慮をする必要など微塵もなかったはずです。それを,私に慇懃な態度を取ってまで人間に溶け込む努力を欠かさなかった。考えられることは二つです。あなたが魔族の密命を帯びた工作員であるか,それとも,追われる者であったか」

「……」

 彼は表情を消して黙って聞いていたが,最後の言葉にはわずかに顔をしかめた。やはり,そうだ。今まで彼から感じた違和感。人の輪に上手く溶け込みながらも,どこか他人の目を気にするかのように一線を置く態度。そして,人に対して親しげに振る舞いながらも,ときどき私に漏らした人間という存在への冷たい認識。それは彼が逃亡者であるからだ。

「追われているのですね。……魔族からか,人間からか。あるいはその両方からか」

 彼はあからさまに表情を歪めた。だが何も返事をすることはなかった。

「あなたは度々,普段とは異なる態度をすることがありましたね。それは決まってマリアナに関する話題のときです。あなたが何故そのような態度をするのかその時は分かりませんでしたが,今は事情がよく分かります。……羨ましかったのでしょう」

「なんだと」

 彼は怒気をあらわにした。私はそれに構わず話を続けた。

「逃亡の生活の中で,あなたが何を見,何を知ったのかは分かりません。しかし,その道中は過酷なものだったでしょう。誰に頼ることなく,ただ一人でさまよい続けた……」

「貴様に何が分かる!」

 彼は怒声をあげた。彼の感情に呼応するかのように,強烈な魔力の風が私を襲った。だが,そんなもので怯む私ではない。

「あなたは,寄る辺なく,長い時間,放浪の旅を続けた。見た目どおりの年齢ではないのでしょう? 魔族のことは分かりませんが,五年,十年か……それともそれ以上か」

 彼はそれ以上言葉を発することなく,ただ黙って私を睨みつけていた。その左手には力が徐々に集まっているのが感じられた。攻撃魔法を用意しているのだろう。

「どんな旅だったか,想像する他ありませんが,分かることが一つあります。あなたは,ただ,ただ,孤独だった」

「黙れ!」

 怒りで狙いを外したのか,私の頬を何かがかすめた。それは鋭く私の皮膚を裂いた。血が滲んだ。だが,私は頬に垂れる血にも構わず話し続けた。

「孤独は,冷たく,何よりも恐ろしい。骨の芯まで凍えるような,凍てついた世界の中にあなたはずっと居たのですね。それだけは分かります。どうして学院に流れ着いたのか,それは問題ではありません。きっと紆余曲折があったのでしょう。だが問題は,そんなあなたが,入学式のあの日,同じく孤独を背負いながら気高さを失っていなかったマリアナを見てしまったことです」

「だまれ」

 殺気を込めた視線が私を捉える。再び魔力がその左手に凝集されていた。

「壊したい,と思ったのでしょう。己の孤独がうずいたのでしょう。……今回の騒動を引き起こした理由は,あなたの孤独から来る嫉妬に過ぎないのです」

「だまれ!」

 彼がそう言うのは三度目だった。

 今まで以上の密度で魔力が凝集されていく。あれに当たれば塵も残さず死ぬだろう。私は魔力の風に吹かれながら思った。

「分かったように人のことをベラベラと。時間稼ぎのつもりか? 残念だが貴様はここで終わりだ」

 彼は左手を私に向けた。高密度に凝集された魔力は,血に飢えた獣の牙のごとく,獲物に喰らいつく時を今か今かと待ち望んでいる。彼のその暴力的な魔力を見て私はふと気づいた。魔力にはその人の心の内が現れるのかもしれない。かの獣は凶暴そうに見えるが,その実,ただ飢えと乾きに苦しんでいるだけなのだ。私はそう思った。

「死ね!」

 彼がまさに魔法を放とうとしたその瞬間,私は言った。

「私の仲間になりなさい」

 彼の表情が驚愕の色に染まる。魔法は的を外した。私の背後から爆発音が聞こえた。爆風が私の背を押す。なるほど,凄まじい威力だ。それでも,私が彼の方から目を離すことはなかった。

「貴様,何のつもりだ」

 彼は唸るように言った。

「そのままの意味ですよ。私の仲間になること。そうすれば,あなたのことは黙っておきます」

「それを信じると思うか?」

「あなた次第ですよ」

 彼は私の大切な人を傷つけた。それは変わりない。しかし,不思議と怒りは湧いてこなかった。名前も知らないこの人の,その孤独の色を知ってしまった今,私は彼を責めることが出来なかった。

 彼は興ざめだと言わんばかりの表情で敵意を引っ込めた。

「……好きにしろ。貴様がいつまでも耐えられるとは思わんからな」

 彼はそう投げやりに言った。ひとまず私への殺意は消えたらしい。彼は興味を失ったかのように私に背を向けた。

「待ってください,私に近づいた理由は何ですか」

 彼は立ち止まって,振り向きもせずに言った。

「……貴様がその胸につけているもの。魔族の伝承にあるもので,それは特別な魔術が掛かっている。人間の貴様が何故それを身に着けているのか興味が湧いただけだ」

「なんですって」

 大叔母様から受け継いだプレート。この世界では誰も読めるはずのない日本語が刻みつけられた金属。一体何の金属で出来ているのかすら分からないこのプレートについて,私は初めて手かがりを掴んだ。私は慌てて彼に追いすがった。

「詳しく教えてください!」

「なぜ貴様に教えなければならない」

「私にはそれが必要なのです!」

 私の必死さに彼はややたじろいだ様子だった。だが,次には表情を消して言った。

「まだ貴様を信用した訳ではない。約束を守ると分かった時,教えてやる」

 私は肩の力を落とした。これでは何を言っても今は情報を引き出せそうにない。

「……分かりました。最後に,あなたの名前だけでも教えて下さい」

「リネルでいい」

 無愛想にそう返事すると,リネルは中庭を去っていった。私はその背をやるせなく見送ることしか出来なかった。



 それから数日後。学院の雰囲気もだいぶ落ち着いてきた。貴族連中もラグダニエルが手を回したこともあって大人しくなった。リーダーであるモルトールがブロンスト派を追放されたことも大きい。彼はしばらく肩身の狭い思いをするだろう。いい気味である。

 マリアナとアニヤの二人も回復し,授業に復帰することができた。アニヤの方はようやく包帯を取ることも出来た。ただ,傷跡は残ってしまうらしい。

 ちなみに,このマリアナとアニヤの二人はあれから話すようになったらしく,時々,一緒に居るのを見かけるようになった。といっても,アニヤが一方的に話しかけているだけのようだが。マリアナの方は,怪我を負わせた負い目があるようで,随分とまどっているようだ。それをアニヤの友人たちがハラハラしながら見守っている。かく言う私も,たまたま教室の入り口で,彼女らを見かけたので面白がって見守っているのだ。

「……なにをなさっているんですか」

 若干,呆れた調子をまじえた声の持ち主はテトだった。入り口で突っ立っている私を見咎めたようだ。

「友情の芽生えを見守っているのですよ。仲良きことは美しきことかな」

「僕にはあまり仲良さそうには見えませんけど」

「細かいことを気にしては駄目ですよ,テト。それに,あなたもあの輪の中に加わるのですから」

「え,ちょっと,ルシア様!」

 私は彼女の腕を掴んでアニヤ達の方に引っ張っていった。私の手など簡単に振り払えるだろう彼女であるが,流石に乱暴に振りほどくことも出来ないのか,結局私の導きに逆らえない。

「あ,ルシア様」

 アニヤが気づいて声を掛けてきた。

「こんにちは,アニヤくん。マリアナと仲良くしてくれているみたいですね」

「いや,オレは……」

「はい! マリアナさんとは最近よくお話しします」

 アニヤの怪我が完治するまで,マリアナがずっと彼女に付き添っていたことを私は知っている。彼女なりの罪滅ぼしなのだろう。マリアナがアニヤを見る目はどこか気づかわしげだ。額の傷跡を気にしているらしい。

「それは良かった。そうだ,アニヤくん。これからルドゥロフ師のところに行くのですけど,あなたも一緒に来ますか。課題のこともありますし」

「はい,よろしければ。ちょうど報告もまとまりましたし」

「それじゃあご一緒しましょう」

 結局,召喚術の宿題は,彼女が一人でまとめてくれてしまった。病床にいながら「やることなくて暇ですから」なんて言って,一人で書き上げてくれてしまったのである。大変申し訳ない限りだ。

「じゃあ,オレはこの辺で……」

「僕もお邪魔でしょうから」

 マリアナとテトがすかさず逃げようとする。それをみすみす見逃す私ではない。

「あなた達も来るのですよ。研究会立ち上げの話なんですから」

「オレは聞いてないぞ!」

「僕も参加するとは……」

「今言いました。あと,マリアナの加入は強制です。あなたは一応私の保護下に置かれているのですから」

 マリアナが苦い顔をする。

 貴族たちのマリアナへの敵意が消えた訳ではない。結局遺恨を残している。だから,マリアナを私の監視下に置いて謹慎させるという名目で,彼女の身を保護することにした。一般の生徒たちにもそれで納得してもらった。いちおう”ルシア・ブラドスキー”という名前は学院では一定の信頼がある。研究会へのマリアナの参加も”謹慎”の一環なのだ。

「ちなみにテトの参加はついでです」

「そんな……」

 テトがしょげた顔をする。もちろん冗談だ。洋湖亭の連絡員である彼女は近くに居てもらった方がよい。これも仕事だ,諦めてほしい。それと,洋湖亭の兄貴分達から課されている課題も,しっかりこなして欲しい。

「さて,同意が取れたことで行きましょうか。ルネさん,マリアさん,失礼します」

 先程から我々のやり取りを見守っていたアニヤの友人,ルネとマリアは引きつった笑みを浮かべて見送ってくれた。このお嬢さん方には毎回心労を掛けてしまい気の毒だ。


「アニヤくん,報告書を読みましたけど,素晴らしい出来でしたよ」

「ありがとうございます! でも,色々助言頂いたおかげですよ」

「いやいや,アニヤくんの実力でしょう。とくに,あの考察部分は見事でしたよ。そう,あの,ルシーカ以前の,クムテの森の伝説について――」

 私とアニヤの二人は廊下を歩きながら課題の内容について和気あいあいと話をした。その後ろをマリアナとテトがトボトボと着いてきた。

 研究会にはここに居る四人がメンバーとなるだろう。だが,もうひとり,参加を説得してやらなければならない人物がいる。仲間にすると言った手前,あの魔族,リネルも,こちらに引き込まなければなるまい。

 夏も盛りである。日差しは強く,長い廊下を差し込む陽光は少し眩しかった。

ひとまず2章完です。3章はある程度書けたら順次投稿していきたいと思います。

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