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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
学院、初年度の騒乱
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後始末

 私は一度医務室へ戻った。マリアナの様子を確かめたかったからだ。

 医務室は人でごった返していた。あれからモルトールたちなど中庭で倒れていた人間が運ばれてきたらしい。モルトールの取り巻きと思われる生徒たちに睨まれてしまった。色々と騒々しいので,また後にするかとも思ったが,ここまでせっかく来たので,やはりマリアナを見舞うことにした。私は周囲の生徒たちから,さらに刺々しい視線を送られた。モルトールも結構慕われている。

 マリアナの寝ているベッドに顔を出すと,彼女はちょうど起きていた。回復が早い。だが,まだ体を動かせるだけの体力はないようだ。周囲の喧騒にしかめ面をしている。周りの視線が鬱陶しいのか,早くカーテンを閉めろと言われた。私は彼女の言葉に素直に従ってやった。

「案外元気そうですね」

「おまえの目は節穴かよ」

 ぐったりしつつも憎まれ口を利いてくる。だんだん調子が戻ってきているようだ。よかった,よかった。

 看護の女性(ひと)たちが身なりを整えてくれたのだろう,髪も服もキレイになっている。白い髪も輝きを取り戻している。日差しを受ければキラキラと輝きそうだ。丁寧に看病してくれたらしい。有り難いことだ。

 ただ,本人は重たそうに頭を枕に沈み込ませている。せっかく整えて貰った白髪が,シーツの上にばらまかれていた。それではボサボサになってしまうだろうに。

「あまりぞんざいに頭を放り投げていては髪に癖がつきますよ。せっかく綺麗な白髪ですのに」

「うるせえよ」

 なぜか不貞腐れたような口調で彼女は答えた。いや,少し顔が赤い。どうやら褒められて照れているらしい。なるほど,褒められ慣れていないのか。私はマリアナの意外な弱点を知ってしまった。

「素直に嬉しがればよいでしょう」

「……」

 軽口を叩くと睨まれてしまった。あまり調子に乗ってからかい過ぎると後が怖い。この辺にしておこう。

「まあいいです。そのままの状態でよいので聞いてください」

 私はおふざけの雰囲気を引っ込めて,真面目な顔をして彼女に向き直った。

「なんだよ,今更改まって」

「事件の顛末についてです」

 彼女は赤い瞳をやや見開くと,すぐに真剣な顔をした。

「騒動を率いていたのはモルトールでしたが,裏で手を引いていたのはラグダニエル・ブロンストという人物です。彼のことはご存知ですか?」

「まあ,多少はな」

 彼女の耳にも噂が届いていたらしい。それなら話が早い。

「ラグダニエルと話をしました。彼はこの件から手を引くそうです。それとモルトールも彼の派閥から追放という形になりました。後ろ盾を無くした彼がこれ以上あなたにちょっかい掛けることはないでしょう」

「話をしたって,そんなあっさり……」

「私にも色々と交渉の道具があるのです。これで今まで通り,とは行かないでしょうが,少なくとあなたの身辺は落ち着くはずですよ」

 モルトールたちの脅威は去ったが,それで問題が完全に解決する訳ではない。彼女がアニヤを傷つけたことはこの学院の誰もが知る所だ。それゆえ,依然として彼女を見る目は恐れと怒りを含んだものだ。それでも,まだましな方だろう。被害者であるアニヤ自身が身を挺して彼女を庇ったことは,少なからず他の生徒たちの心情を揺さぶった。彼女のおかげで,マリアナへの怒りは大分軽減されたと言ってよいだろう。アニヤのあの驚くべき行動は良い結果をもたらしてくれた。

「どうして,そこまで……」

 彼女は最後まで言葉を続けずに,視線を私の足下に落とした。この前の喧嘩を気にしているのかもしれない。だから,私ははっきりと彼女に伝えなければならないだろう。

「あなたは私の友人だからです」

 マリアナは驚いたような表情をして顔を上げた。

「モルトールたちに掴みかかったのは私のためでしたね。それについて,感謝の言葉を伝えられていませんでした。私の名誉のために怒ってくれてありがとう」

「そんな。だが,オレは,彼女を」

 マリアナは戸惑った顔をしている。私を見上げたり私の足元に視線を落としたりしていた。

「そう。あなたはアニヤくんを傷つけた。直接的に彼女を害した訳ではありませんが,その原因を作ってしまった。そのことについては猛省して頂きたい。ただですね,当のアニヤくんがあなたを許してしまっているようなのです」

「……彼女はオレを庇ってくれた」

「止めないといけないと思ったそうです。まったく彼女には驚かされますよ」

「そうか……強い子だな」

「本当です。我々などよりも遥かに強い子ですよ」

 芯の通った心の強さこそ,彼女の力だ。暴力を振るうしか出来ないマリアナと権力を振りかざすしか出来ない私とに比べれば何と強い力だろう。

 マリアナは息を吐きながら,顔面を腕で覆った。

「オレは弱いな」

「ええ」

「思い知ったよ。オレは(あに)様や(とお)様たちに追いつきたくて,必死になって武術を磨いた。だが,大事なのはそこじゃなかった。オレは未熟だ」

 泣いているのだろうか。彼女は顔を隠しているので分からない。だが,震えるその言葉から彼女の悔しさが分かった。

 彼女にだって人知れない過去がある。胸の内に秘めた理想があるだろう。理想に向かって突き進んでいたはずの過去の自分が,間違っていたなど,簡単には認められるものではない。それは彼女の若さゆえでもある。だが,現実を突きつけられた彼女は自分の未熟を見つめ始めた。目をそらさずに。それゆえの悔しさも。

 だから,私は彼女に言わねばならないことがあった。

「マリアナ」

「なんだ」

 少し涙声を残して答えた彼女は,目を拭って顔面から腕をどけた。涙を見せまいとする彼女の姿はいじらしかった。

「我々の仲間になりなさい」

 彼女に必要なものは人の輪だろう。私も友人は少ないが,それでも,アニヤやテトが居る。姉上やミリエル嬢だって居る。それにまだ学院に居ないが,妹のアンや弟のジーンだって居る。心から大切に思う人たちが居る。彼らは私の心を豊かに強く育んでくれた。きっとマリアナだって。そう思うのだった。

 マリアナは一言「ああ」と答えると,横に寝転がって顔を隠してしまった。私が覗きこもうとすると「見んな!」と抵抗して,ついぞ,その時どんな顔をしているのか分からなかった。



 表向きは事件の片はついた。ラグダニエルがあっさり手を引いたので,これで事態も収束するだろう。後は,マリアナを私の監督下に置くとすれば周囲も納得するだろう。騒動も沈静化へ向かうはずだ。しかし,まだ事件は終わっていない。今回の本当の黒幕。どうやら私は彼と話をしなければならないようだ。

 麗らかな午後である。日当たりも良いし備え付けのベンチもある。そのため,今日のような天気の良い日には,親密な相手との憩いの場として,いつもはそこそこ人気(ひとけ)のある中庭である。それなのに,ここには私とリネルの他,誰の姿もない。

「なるほど,貴方にとっては造作もないということですか」

 私の呼び出しに彼はわざわざこの場を案内した。おそらく,前もって結界を仕掛けていたのだろう。私はノコノコと相手の陣地に足を踏み入れた,というわけである。

「御用は何でしょうか,ルシア様」

 リネルは私の質問には答えずに慇懃な態度を崩さず言った。彼の表情はどこか私への嘲りの色があった。呼び出しの理由が分からない振りをしているようだが,彼も私の意図に気づいているようである。だから,私は早速本題に入った。

「あなたがどうしてこんな事件を引き起こしたのか,その理由が知りたいのです」

「ほお,それはどういう意味でしょう」

「とぼけても無駄です。モルトールたちに魔法を掛けたのはあなたでしょう」

 魔石が示した反応のパターンは特徴的な紫色。そして,姉上の魔力に反応してリネルが示した魔力の色も同様な紫色。これだけでも十分証拠足り得た。

 リネルは答えなかった。彼は面白そうにこちらを眺めていた。その瞳は自身の優位をまるで疑わないものだった。追い詰められた獣を悠々と狙う捕獲者のような瞳である。私としては別に笑われても構わない。事実,何の備えもなくここへやって来たのだ。今の私は,彼にとっては指先一つで殺せるような相手だ。

「分かっていながら,ついて来たという訳か」

 しばらく沈黙を保っていたが,彼はついに口を開いた。その口調は普段とは異なる冷たいものだった。これが奴の本来なのだろう。

「初めまして,と言うべきでしょうか。リネルというのも偽名でしょう。せっかくですから本当の名前を教えてくださいよ。魔族の名前というのにも興味があります」

「は,教える訳がなかろう。それに教えたところで,貴様はここで死ぬのだ。教え損というものだろう」

 私はもちろん死ぬ気はない。この場には死にに来たわけではない。

「それはどうでしょう。貴方は私がここで死ぬということに大分自信を持っているらしいですが,いささかそれは博打がすぎるでしょう」

「博打? この状況で? ……ハハ,ハハハ,ハハハハハハ。私が,造作もなく,貴様を殺せるという,この場で。自分は死なないと言い張るのだな? ハハハ傑作だ!」

「いいえ。あなたは私を殺せません」

 私には確信があった。余裕そうな表情を浮かべながらも今まさに内心困惑していること。実際,彼は躊躇していることも。そして,彼が何故このような騒動を引き起こしたのかも。

「神が救ってくれるとでもいうのか? まあ,信じるのは自由だ。何度でも祈ればいい。白痴のようにな。だが残念ながら奇跡はない。ここは私の結界の中で,この場のあらゆるものは私の支配下にある。貴様は祈りを捧げる暇もなく,惨めに死ぬのだ」

 リネルの瞳が冷たく輝いた。私はその冷徹な光を見てもまだ,自分の死を直感し得なかった。

 確かに,危うい状況ではある。一歩間違えれば,本当に彼の機嫌を損ねて,私は造作もなく死ぬだろう。彼が激情にかられて躊躇するものがなくなれば,私は(またた)きの間に死ぬ。それは間違いない。しかし,そうはならない。なぜなら彼はためらっているからだ。

 彼が私を殺すのをためらう理由ははっきりしない。私に情が移ったというわけでもないだろう。そこまで心通わせた覚えはない。

 だというのに,彼のこの有様はどういう訳だろう。私に殺意を向ける風を装いながら,その実は,自身の内心をひた隠しにしている。大げさな口調で脅し文句を述べて,まるで自身を鼓舞するかのようだ。それは普段の彼から受ける理性的な印象からはあまりにも遠い。もちろん,我々に見せていたのは演技で本性ではなかったかもしれないが,それでも理性は偽れるものではない。彼は悪意を持った魔族かもしれないが馬鹿ではないはずだ。

「あなたは今何を考えていますか」

「は?」

 リネルは呆けた顔をした。それはそうだろう。殺すと脅した相手から,こんな言葉が返って来たのだから,理解に苦しむだろう。それでも,私は再度問いかけることを止めなかった。

「あなたは今,何を考えていらっしゃいますか」

「気でも狂ったか貴様。私の言葉を聞いていたか?」

「ええ,もちろん。あなたの言葉が本当であれば,確かに私はあっという間に死ぬでしょう」

「……何が言いたい」

 彼の視線が一層険しいものとなる。私の差し挟んだ疑いが彼の気に障ったようだ。

「ずっと気になっていました。何故貴方は王都に来て,学院に居着いたのか。そして,なぜマリアナを追い詰めるような真似をしたのか」

「は,単なる気まぐれにすぎん」

「いいえ,気まぐれなんかではありません。ようやく色々なことが繋がりましたよ」

「どういう意味だ」

 彼は表情を険しくした。

 これから私が喋ることは彼の内心に関わることだ。彼がどんな反応を示すか。そこにすべてが掛かっている。掛け金は私の命だ。だが,博打ではない。勝算は十分にあった。

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