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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
学院、初年度の騒乱
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マリアナ−1

 モルトールたちが退院する前,私はユリア・フィッシャーと協力して,彼らを調査した。姉上の魔石を使って,何者かに魔法を掛けられた人間が居ないか調べたのだ。

 ユリアには調査対象の選別に協力してもらった。比較的魔力の少ない生徒を探した。対象となったのはモルトールとその手下の二名だった。とくに,モルトールは保有魔力が非常に微量であった。ロダン家は魔術師を輩出する家柄であるのに珍しい。そのことをユリアに話すと,そのために彼が幼少期から苦労しているらしいと聞いた。まあ,あまり同情の念は沸かなかったが。

 三名を調査してみると分かったことがある。モルトール以外は魔石の反応が複雑で分かりにくかったが,彼自身は明確な反応が出た。魔石は紫色の光の特徴的なパターンを示した。魔石の色は術師の魔力の色だという。これは明らかにモルトールの魔力ではなかった。加えてこの反応パターンは他二名に対しても検出された。どうやら,本格的にこの事件の背後を調べねばならなくなりそうだ。

 彼らに魔法を掛けた人間が居ることをユリアに伝えると,彼女は怒りを顕にした。ユリアには彼らが目覚めた後での事情聴取をお願いした。精神魔法は術者が相手と対面していなければ掛けられない性質のものだ。過去に普段会わない人物と接触していたら,その人物こそが黒幕である可能性が高い。彼らの記憶が今のところ唯一の手がかりとなる。だが,これは望み薄だろう。精神系の魔法を扱える人物が証拠隠滅のために記憶操作をしないはずがない。他の手立てを考えねばならないだろう。


 兄上と話した。ガルマトゥリエの様子を聞くためだ。

 どうやら私の退学は免れそうだ。アニヤの一件は目撃者も多かった。私への同情が集まったようで,これなら票の確保は難しくないだろう,と兄上は言った。一方でマリアナの状況は芳しくない。生徒たちの世論が形成されつつある。このままだと危うい,とは兄上の言だ。彼も例の一件は耳にしている。

 兄上は私にどうするか意見を訊ねた。迷わず,出来る限りの回避をお願いした。兄上はなにやら神妙な顔をして「それでよいのか」と再度確認してきた。やや心配げな顔だった。そんな兄上を見て少し頬が緩んだ。私は「よろしくお願いします」と改めて頭を下げるのだった。あの馬鹿娘をこのまま学院から去らせてはいけないと思った。

 当のマリアナはあれから姿を見せていない。人に尋ねても彼女の姿を見かけた者は皆無であった。だが,このまま行方をくらます気ではないだろう。彼女はきっと姿をあらわす。私には確信があった。

 それから数日経った,空模様の怪しいある日のことである。

「ルシア様!」

 授業終わりで片付けをしていた私の元にリネルが飛び込んで来た。周りの生徒たちの視線が自然と集まった。

「何事です」

「マリアナがモルトール様方に決闘を申し込みました」

 来たな。彼女ならそうするだろうと思った。

「状況は」

「数分前に中庭で。もうすでに始まっているかもしれません」

「血気盛んなことです。普通は日時と場所を決めるでしょうに」

 私は荷物をその場に放ってリネルとともに現場に急いだ。話を聞いていた他の生徒も後をつけてきた。

 中庭は回廊に囲まれた所である。それゆえ,廊下には野次馬の生徒たちが大勢居た。

 彼らの視線の中心は,十人の屈強な武門の生徒たちに囲まれても,悠然と立ち向かうマリアナであった。先日の事件でモルトールの傍に居た魔術師たちは不在である。彼らは学内での魔法使用で一ヶ月の謹慎処分となっていた。それゆえ,今回は純粋な肉弾戦である。

 四方を囲まれたマリアナであるが,流石は彼女である。十人の手勢を物ともせず,攻防を繰り広げていた。襲い来る相手を躱し,時には相手の勢いを利用して敵方に投げ飛ばし,時には脇の甘い相手に痛烈な一撃を加える。立ち回りも見事だ。まるで後頭部に目でもあるかのように,背後からの攻撃すらも捌いている。モルトールの手勢は,力量の劣る者から徐々に数を減らしていた。

 彼女の美しい褐色の顔面には焦りも喜びもない。その赤い瞳には何か決意を秘めたような強い意思が感じられた。

 私は何故だか彼女の想いが分かる気がした。彼女はこれを最後にするつもりだ。流石のマリアナでも,十人全員を倒しきれるか分からない。相手方に動きの良い者が何人か居る。彼らを倒せるかはギリギリの所だ。その上,指揮官であるモルトールまで倒すとなれば至難の技だろう。彼らのモルトールへの忠誠心は異様に高い。文字通り死ぬ気で止めにかかるだろう。

 だから,彼女は刺し違える気なのだ。自分の身を引き換えにモルトールに一撃を叩き込む。医務室で私に語ったとおり,彼女にはそれしか出来ないから。彼女にとってそうしなければならないから。

 本当に馬鹿な娘だ。

 強く吹き始めた風が湿り気を帯びている。雨が降りそうだ。

 白い髪をたなびかせて,マリアナはただひたすらに闘いに身を投じ続けた。


 モルトールの手勢は四人まで数を減らしていた。その頃には教師たちも駆けつけていたが,どうやらラグダニエルの子飼いたちが押し留めているらしい。貴族の正式な決闘ゆえ手出しすればタダでは置かないなどと言い合っている。教師陣の中にはミリエル嬢の姿も見える。彼女も来てくれたのか。あまり無理はしないで欲しいところだ。

 戦況が一旦膠着した。マリアナもモルトールたちも一度態勢を整えるつもりらしい。

 肩で息をする彼らに,冷たい雨が降り掛かった。それはすぐに激しいものとなり,中庭で渦を巻いて彼らに降り注いだ。

 雨に濡れるモルトールは六人を失っても戦意を喪失していない。彼は残った四人を二人一組にし,一組ずつ攻撃するように指示した。そうすることで,体力を温存させる気らしい。持久戦をしかける気だ。冷たい雨で体力も奪われる。マリアナにとっては厳しい闘いとなるだろう。

「どう見ますか,ルシア様」

 隣に居たリネルが訊ねてきた。だが,彼は質問の形式を取ってはいるが,マリアナの敗北を確信しているらしい。無理もないだろう。

「このままではマリアナの体力が尽きますね」

「では,その前に彼女を?」

「いいえ」

 助けに入るのかという彼の問いを私は否定した。

「手助けは無用です」

 リネルは私の顔をチラリと見ると,何かを察したようでそれ以上は何も言わなかった。

 ここまで来たら彼女の好きにやらせるべきだ。そうでもしなければ彼女の気がすまないだろうから。

 後始末は私がつける。だから,存分に戦え,バカ娘。


 マリアナが仕掛けた。相手も即応して二人が立ちはだかる。一人が投げ飛ばされると,もう一人が彼女にタックルを決めた。どちゃりと泥が跳ねる音がした。自身に覆いかぶさる男を蹴飛ばして,マリアナはすぐに立ち上がる。全身泥まみれだ。衣服も白い髪も褐色の顔も腕も足も泥にまみれている。口に入ったのだろう,彼女は口の中のものを吐き飛ばした。口元から少し赤いものが垂れている。倒れたときに唇を切ったようだ。だが,それもすぐに雨で流れた。

「気張るじゃないか蛮族の娘」

 モルトールが相変わらずの余裕そうな顔で言った。

「はん,てめえら,か弱い坊っちゃんは,はやく部屋へ戻れよ。風邪引くぜ」

 口は元気だが,見るからに疲弊している。動きもだんだん鈍くなっている。泥に足を取られる場面も多くなった。だが,マリアナは戦意を失っていない。

「よかろう。その虚勢がいつまで持つか見てやる。かかれ!」

 モルトールが号令を発すると二人一組が飛びかかる。彼らはマリアナほど体力を消耗していない。四人二組による攻撃と交代は上手く機能しているようだ。こういうところだけは指揮官としてのモルトールの能力を認めざるを得ない。

 攻防は数度続いた。マリアナとモルトールの手下たちは泥の地面に何度顔をつけたか知れない。それでもマリアナは立ち向かい続け,手下どもは立ち塞がり続けた。双方酷い姿だ。モルトールは泥に塗れることこそなかったが,味方のはねた泥が頬や服についていた。彼はそれを拭おうともしない。余裕そうな顔をしていても,油断出来ない状況なのだろう。

 彼の手下の一人がマリアナの痛打を食らって倒れた。顎を捉えた一撃はたちまち彼を昏倒させた。

「さがれ!」

 すぐさまモルトールが残ったもう一人を下がらせる。マリアナも追撃しない。彼女は息を整えていた。

 倒れた生徒は近くに居た生徒が引きずって屋根のあるところに連れて行った。あれだけ良いのを貰ったら,しばらく目を覚まさないだろう。

「やれやれ相変わらずしぶとい奴だ。私も体が冷えてきた。そろそろ決着をつけるとしよう」

「だから言っただろう,はやく部屋へ戻れってな」

「貴様こそ限界が近いようだが?」

「はん,てめえをぶん殴るまで倒れねえよ。……約束は本当なんだな?」

「全員倒せば今後手出ししない。ロダンの名に掛けて誓った。約束は守ってやる,本当に全員を倒せばな」

 マリアナがもはや限界に近いのは誰の目にも明らかだった。足元はふらついているし,しゃべる言葉は息を切らしながらである。長らく冷たい雨に晒された彼女の四肢は冷え切って,思うように動かせないだろう。彼女は気力で立っている。ただ,一撃をモルトールに加えるためだけに。その後のことは考えていないのだろう。戦いの後の結果など知ったことではないのだろう。ただ今この場で自身の闘志を貫くだけだ。そういう奴なのだ,この娘は。

「全員でかかれ!」

 三人が飛び出る。マリアナは気力を振り絞るようにして立ち向かった。

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