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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
学院、初年度の騒乱
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戦闘

 一際体格の大きい男が拳を振りかぶりながらマリアナに殴りかかった。マリアナはむしろ拳に向かって飛び込んだ。男の拳はマリアナの肩口をかすめるに留まったが,彼のみぞおちにはマリアナの拳が突き刺さっていた。男は肺の空気を押し出され,しかも激痛のため呼吸がままならない様子で地面に崩れ落ちた。

 今度は二人の男が同時に飛びかかった。彼女を地面に抑え込もうと構えている。マリアナは一人目が彼女に触れんとするところを咄嗟に体を開いて流した。たたらを踏んだ男は彼女を捕まえようと慌てて向き直るが,そこには上手く釣り込まれた二人目の男が突進してきていた。二人は強かに顔面を打ち付け合って倒れた。

 私はマリアナの鮮やかな戦闘を呆気にとられて眺めていたが,敵方もマリアナに完全に注意を惹かれていることに気づくと,背後の三人に向き直った。

「今すぐ先生を呼んで来てください。彼らがマリアナに注意を向けているうちに」

「は,はい。でも,アニヤは……」

 ルネとマリアは震えながらもしっかり頷いてくれた。案外肝が据わっているお嬢さん方だ,この子たちは大丈夫だろう。問題はアニヤである。彼女は蒼白な顔をして尋常でない様子で怯えていた。怖がりな彼女であるが,それにしても度が過ぎているように思える。

「彼女は私が見ています。行って下さい」

 ひとまず彼女たちをこの場から離れさせた。私は二人を見送る暇もなく,アニヤの肩に手を置いて彼女を揺さぶった。

「アニヤ! アニヤ! しっかりして下さい」

「ル,ルシアさま……」

 焦点の合わない目で私を見上げた彼女は,私の呼びかけでようやく正気を取り戻した。

「大丈夫ですか,アニヤ君。立てますか」

「ごめんなさい,ルシア様。足に力が入らなくて……」

「無理をしなくて良いですよ。そのまま動かないで」

 まだ震える彼女を庇いながら,私は再びマリアナたちに視線を戻した。

 戦況は乱戦状態であった。マリアナは四五人相手に大立回りを繰り広げている。流石にこの人数を相手取ると,マリアナも決定打を加えるのが難しいようである。男たちは投げ飛ばされたり転ばされたりしてもすぐに立ち上がってくる。腐っても武門の人間だ。頑丈な体をしている。

 とはいえ双方疲労の色が見え始めてきた。マリアナはまだ余裕そうな顔をしているが,モルトールの取り巻きたちは疲労の色が大分濃い。このまま彼らの攻撃を凌いでいるだけでも,マリアナの勝利は揺るがなそうに見える。

 だが,前衛の者たちの背後で機会を伺う魔術師たちがいる。マリアナを相手取る前衛の者たちは,彼女を釘付けにすることで後衛の魔術師たちに攻撃の準備をさせていたのだ。マリアナは体術に優れるが,それだけでは魔法への対処は難しいだろう。実際脅威なのだろう,マリアナは目の前の相手を捌きながら,魔術師たちへの警戒を怠らない。

「このやろう!」

 マリアナが飛びがかった相手を投げ飛ばし,前衛の連中にぶつける。彼らの足が止まり,マリアナとの間に間合いが生まれた。

「今だ! 放て!」

 その瞬間,モルトールの号令が飛んだ。

 マリアナが即座にその場を飛び退く。何かが弾けるような大きな音がした。それとともに,廊下の床と壁に引っ掻いたような鋭い傷が生じた。おそらく風の魔法。しかも殺傷性のあるものだ。当たれば大怪我は免れない。彼らはやる気だ。マリアナを本気で害そうとしている。

「てめえ,やりやがったな……」

 マリアナの袖口が切り裂かれ,そこから赤い血が滲んでいる。彼女でも避けきれなかったようだ。苦虫を噛み潰したような表情でモルトールを睨みつけた。

「は,どうせ避けるだろうと思ったさ。こんなもので貴様を仕留められれば苦労はしない。だが,いつまで持つかな?」

 モルトールが嘲るように言った。彼が片手をあげると,前衛の者たちが再び前へ出た。二撃目を狙うつもりのようだ。

 魔法を使う生徒は二人。だが,前衛の五人が壁になっているため,容易に手が出せない。マリアナの動きに合わせてモルトールが上手く前衛の壁を作るので,魔術師二人へ接近することが出来ないのだ。廊下という横への移動が制限される空間はモルトールたちに有利に働いている。これが広い中庭などであれば,マリアナの俊足で回り込むことも可能であっただろう。

「やれ!」

 マリアナは完全にモルトールの術中にハマってしまった。攻撃と離脱を繰り返す前衛と,前衛の間隙をつく魔術師たちの連携は手強かった。モルトールの指揮も堅実である。いけ好かない相手だが,その指揮能力は認めざるを得ない。

 マリアナは徐々に傷を増やしていった。

「はあ,はあ」

 彼女もそろそろ限界のようだ。傷だらけの体で息を荒げている。

 だが,モルトールたちも攻め切れないでいる。モルトールは余裕そうな表情を崩さないが,彼の配下たちも限界が近い。動きは精彩を欠いている。もう一二回の攻防で決着がついてしまいそうだった。

「蛮族はなかなかしぶとい。だがこれで最後だ」

 モルトールがニヤリと笑う。彼とて配下の状態は分かっているのだろう。表面上は容易いと言わんばかりの態度だが,内心は焦っているに違いない。次で仕留めきれなければ彼も撤退を余儀なくされる。

「へ,そっちこそ余裕ねえくせに,よく言う。次でてめえを仕留める」

 マリアナも憎まれ口を叩いて応戦する。流石に気力では負けていない。

「やれるものならな。ゆけ!」

 モルトールの号令が飛んだ。前衛たちが走る。だが,彼らの体力は彼らが思っている以上に底をつきかけていた。

 前衛の一人が足をもつれさせて倒れた。マリアナに飛びかかろうとしていた者たちは一瞬それに気を取られる。前衛の壁に穴ができた。そして,まさにその瞬間を狙っていたかのように,どこにその力が残っていたのか,マリアナは驚くべき速さでその隙間を駆けた。

 狙いはモルトール。近くに居た魔術師を邪魔だと言わんばかりに殴り飛ばし彼女は指揮官へと殺到した。突然のことに防御が遅れたモルトールはマリアナの奇襲を防ぐ手立てがない。

「モルトール様!」

 そのとき,もうひとりの魔術師が叫んだ。彼の構えた手からいくつもの氷弾が打ち出されようとしている。

「よせ!」

 モルトールが慌てたように叫んだ。止める暇もなく氷の弾丸はモルトールとマリアナの間に殺到する。

 マリアナは慌てて飛びのいた。危機を脱したはずのマリアナは,しかし,焦った顔で突然こちらを振り向いた。

「ルシア!」

 氷弾の射線は私に向いていた。高い殺傷力を持ったそれらは打ちどころが悪ければ最悪死ぬだろう。私は動くことも防御することも出来なかった。

「ルシア様!」

 私の前に飛び出したものがあった。視界が塞がれる。

 アニヤであった。


 後ろから氷塊の割れる音がいくつか聞こえた。魔術師の男から距離があったため,いくつかの氷弾は的を外したようだ。

 アニヤが私の方に倒れた。私は彼女を受け止めた。

「アニヤくん?」

 すべての弾丸が逸れた訳ではなかった。

 彼女を抱きとめた私の手が何か温かいもので濡れるのが分かった。私の両手は真っ赤に染まっていた。

 アニヤは額から血を流しながら,私の腕の中でぐったりと横たわっていた。

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