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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
学院、初年度の騒乱
36/85

暗闘

 午後の貴族寮は大抵が授業に出払っているので閑散としている。建物に居る人物は少数だろう。寮の廊下を堂々と歩いても,人とすれ違うこともなかった。結局,誰とも顔を合わせることもなく自室へたどり着けた。こそこそする必要はないのだろうが,授業を抜け出して来ている以上,誰かに見られると気まずい。

 私は自室で来客を待った。しばらくすると,兄弟が来た。

「お待ちしていました」

「……ご招待頂きありがとうございます」

 兄弟の片割れが訝しげに答えた。今話したのがフルールだかフリールだか分からない。正直どちらでも構わない。

 どうやら兄弟はこちらを警戒しているようだ。少なくとも何の躊躇いもなくこの部屋に足を踏み入れられるほど能天気ではないらしい。私は笑みを浮かべて彼らに着席を促した。

「紅茶でも如何ですか」

「いえ,結構です」

「そうですか。では,私の分だけ淹れるとしましょう」

 部屋の暖炉脇に七輪のような容器がある。その上に鉄瓶を置いて湯を沸かしておいた。棚にしまっておいた茶葉入れを手に取り,中身を陶器製の紅茶ポットに適量入れる。実家から送ってもらった高級品だ。私は茶入の口に鼻を近づけてその香ばしい匂いを楽しんだ。

 鉄瓶の湯はちょうどもう沸騰している。私は適当な布で手を保護しながら鉄瓶の熱湯をポットに勢いよく注いだ。茶葉の香りが一気に部屋中に広がった。

 呑気に茶の支度をしている私に兄弟はじれったそう顔をした。

「閣下,我々もそれほど時間がある訳では……」

「分かっていますとも。しかし,良い茶を淹れるのに焦りは禁物です」

 私は入学時にもらった銀の懐中時計を取り出して時間を測った。三分三十秒待たねばならないのだ。

「ご実家の農園は順調ですか。最近は天候不順で作物が育たないと聞きますが」

 そう唐突に切り出すと兄弟は困惑した表情を浮かべた。

「……西の農園は季節外れの氷雨の被害を受けましてな。ただ,他の所は何とか持ち堪えたようで」

「それは良かった。ご実家は何を作られておられるのでしたか」

「薬草と花をとりどりに」

「それでは余計にご心配だったでしょう。草花には詳しくありませんが,気温に非常に敏感だと聞きますから」

「ええ,お陰様で……」

「おや,そろそろ良いようです」

 私は時計をしまって,茶をカップに注いだ。ちょうど一杯分だけ作った。最後の一滴までしっかり注ぐと,ようやく一息つける仕儀となった。

 カップに口をつける。私は首をひねった。美味いが屋敷で飲むものほどではない。やはり熟練の侍従が淹れてくれたものの方が格別だ。

「閣下,そろそろ本題に……」

「私も少し心配だったのですよ,ご実家のこと。季節外れの寒波でしょう?」

 兄弟のイラつきを隠せない言葉を無視しして私は話を続けた。

 再び一口。そして,カップをテーブルに置いた。私は二人の視線を真っ向から見つめ返した。

「レブラントの栽培も被害を被るのではないかとね」

 私はお望みの本題を彼らに与えた。兄弟の目が険しくなった。


「随分と大規模にやっておられるようですね。西の農園がダメになったのでは,結構な損害が出たのじゃないですか」

「閣下,何を言っておられるのかご自分で分かっておいでか」

 兄弟が唸るように言った。ヴェスター家のレブラント栽培は裏事情に詳しい人間なら誰でも知っている。これを糾弾したところで窮地に追い込まれるのは問い詰めた側だ。彼らはそのことを指摘しているのだろう。

「もちろん,分かっていますよ。まあ,私は貴方のご実家が何をしているのかには,それほど興味はありません。突いた所で身を滅ぼすのはこちらですから」

「では,何のおつもりで」

「いえいえ,単なる心配ですよ。ご実家の事業が滞ればあなた方の副業もダメになるのではと思いまして」

「な,なにを」

 兄弟は目に見えて狼狽えた。

「私が興味があるのはね,ご兄弟。君たちの小遣い稼ぎの方です」

 彼らの額にじんわりと脂汗が滲んだ。

 今まで実家にもバレてこなかったことだ。侯爵家とはいえ,たかが次男が嗅ぎつけてくるとは思わないだろう。二人はあからさまに緊張をその体に(みなぎ)らせていた。だが,まだ確信には至っていないようだ。フルールだかフリールだかのどちらかが,顔に引きつった笑みを貼り付けながら言い繕った。

「か,閣下,私どもには何のことだか分かりかねますな」

「ははは,トボけますか。良いでしょう。これを御覧なさい」

 手元に置いておいた書類を彼らに渡した。ぎこちない動作で受け取った彼らは,落ち着かない瞳をその書面の上に走らせた。正確にはその紙に書かれた数字に。

「こ,これは……」

 数字を追いかけるにつれて,彼らの体が震えだした。まるで死の宣告書でも目にしたかのようだ。実際,これを実家に渡せば,兄弟は事実死の宣告を受けるだろう。

 読み終わった二人は蒼白な顔面を二つ並べていた。

「一体,どうやって,これを」

 最後の抵抗とばかりに力ない言葉を吐き出す。おそらく次がトドメだろう。

「エル・エラスがすべて吐きました。彼も用心深い人ですね,ちゃんと証拠を残していたのですよ。ああ,勘違いしないでやってください。彼も不可抗力で喋ってしまったのです。君たちを売った訳ではないですよ」

「なんと……なんということだ……。初めから裏切っていたということか」

 兄弟は掠れた声でそう唸った。やはり最初に私が勧めた紅茶を飲んでおくべきだっただろう。

「これが当主に知られたらどうなるか分かりますね」

「……」

「何をすべきか分かりますね」

 二人は押し黙ったままだった。重苦しい沈黙が二人を支配していた。しかし,彼らの内側は静寂とは言い難いだろう。こわばった両肩をブルブルと震わせて,激情に耐えるかのようだった。

 私はしばらく,自分の淹れた下手な紅茶をすすりながら返事を待った。

「……閣下の御意のままに」

 彼らが押し殺すような声でそう返事したのは,ようやく一杯を飲み切った頃であった。



 兄弟の二票は抑えた。残りの三票は兄上がすでに抑えていた。流石は兄上である。どうやったかは分からないが,少なくとも私みたいなヤクザなやり方ではないだろう。上手く投票の見返りを提示したのだろう。こういうことはなかなか難しい。単に金銭で釣ろうとすると,相手は貴族であるから,ちょっと手が出ない額になる。金銭ではない何かを提示しなければならないのだ。相手にとって大金に値するものは何か。これを見極めるのが難しい。こうした事は兄上の方が得意だろう。

 ガマルトゥリエの採決は恙無(つつがな)く終わった。賛成多数で武装解除の布告が出されることになった。布告はすぐに出た。

 ひとまずは学院に剣なんぞ持ち込んできた輩は追い出せた。しかしこれで終わりではない。騒動を起こした張本人たちはまだ健在である。

 流石に塔の生徒たちの決定であるから,目立って抗議するような人間は居ない。だが,今回のガルマトゥリエの決定によって彼らの不満が一層高まっていることは間違いない。実際,彼らに近しい者たち(この者たちは今回の騒動からは距離を置いている)の話を聞くと,随分と過激な意見が増えてきたらしい。仲間内で相当不満を溜めているのだろう。いつ爆発するか知れない。武闘派の貴族であるから,剣ばかりでなく魔法を使う者もいる。もし,本気で攻撃魔法などを撃たれたら怪我では済まないだろう。

 こうした恐れもあり,私は騒動を引き起こした武闘派の連中に監視をつけていた。監視といっても,一般の生徒たちの協力によるものだ。先に述べた内情を知らせてくれた者も協力者の一人である。

 そうした監視の結果は,彼らの我慢が限界に達していることを示していた。それにもかかわらず,暴力騒ぎはむしろその数を減らしていた。あれほど頻繁にあった小競り合いも,貴族どもがマリアナを面罵する場面も今は見られない。一時的な平和が学院に訪れたが,それは奇妙な平和であった。私には彼らが何か良からぬことを企んでいるようにしか思えなかった。

 そうした心配はあったものの,数日の間,私は瑣事に煩わされることなく学院生活を満喫できた。珍しく老師の課題をアニヤと一緒にこなすことができた。アニヤは「久しぶりにご一緒できて嬉しいです!」などと素直に言うから,私は思わず口角が緩んでしまった。

 召喚術研究会についても立ち上げの申請をしておいた。数日で承認が下りるだろう。そのことをテトに話すと,彼女は何か言いたげな顔をしていた。私に捕まった時点で諦めてほしい。

 しかし,平和な時間は長続きしない。

 マリアナの退学要求が一部の生徒から持ち上がった。彼女と対立していた武闘派の貴族たちだけではない。間接的に被害をこうむっていた下級貴族,庶民の生徒などからも声が上がっている。その数はこの学年の三分の一に届こうかというほどである。

 マリアナばかりではない。

 マリアナと貴族の争いを度々仲裁していた私さえも彼らの標的だった。曰く「ルシア・ブラドスキーの”妨害”によって事態が長引いた」と。

 私の退学要求もさることながら,マリアナを排斥しようとする勢力をこれほどすばやくまとめ上げた腕は尋常ではない。烏合の衆である武闘派の連中には無理だろう。誰かが裏から糸を引いている。今の所それが誰なのかは情報がない。

 だが,私はその黒幕が何者か直感した。

 武闘派貴族を黙らせ迅速に反マリアナの派閥をまとめ上げられるだけの力を持った男。そして,マリアナ退学を標榜しつつも,真の目的が私の排斥であることを隠そうともしない,その私への憎悪。

 ラグダニエル・ブロンスト。長年ブラドスキーと対立関係にあるブロンスト侯爵家の長男。黒幕はこの男以外にあり得なかった。

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