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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
学院、初年度の騒乱
35/85

魔石

 兄弟への交渉材料は揃った。

 私は早速彼らを交渉のテーブルに招待した。今回の件はさっさと片をつけたかったので,直接出向いて密会の日を決めた。

 廊下を歩いていた兄弟たちを呼び止めた。エル・エラスも一緒だった。私と彼らという珍しい組み合わせに,周囲の生徒の注目を集めてしまったようだ。なるべく小声で兄弟とは話した。

 兄弟は再び現れた私に多少驚いて警戒するような顔をした。流石にこちらが無策でないことに気付いたようである。ちなみに,エル・エラスは明らかに動揺した顔をして顔色を青くしていた。そんなに怖がらなくてもよいだろうに。幸い,兄弟たちの一歩後ろに居たため,彼らにエル・エラスの挙動不審が知られることはなかった。

 密会は明日の放課後となった。兄弟はこちらを訝しがるように互いにごそごそと小声で相談しながら去っていった。エル・エラスは一言もしゃべる様子もなく兄弟たちの後を追っていった。

 さて兄弟の件については準備は整った。私は次の用事を済ますことにした。


 私は姉上に訊きたいことがあった。おそらくミリエル嬢の研究室に居るだろう。

 部屋のドアをノックすると,ミリエル嬢の返事が聞こえた。

「ルシア様,いらっしゃい」

「先生,姉上は居ますか」

 笑顔で出迎えてくれたミリエル嬢に姉上の所在を尋ねた。部屋の中に姉上の姿が見当たらなかった。

「お嬢様なら図書室に行かれましたよ。もう少しで戻って来られると思います」

「それじゃあ,ちょっと待たせてもらってもよろしいですか」

「もちろんです」

 研究の邪魔をしては悪い気もしたが,ここは待たせてもらうことにした。なんだかんだでミリエル嬢とも会って話をする機会がなかったので,息抜きに彼女とお茶をしたかったのもある。

「だいぶ部屋も整理されましたね」

 私は良い香りを放つカップを置いて,部屋の中を見回した。以前は床に積み上げられていた書類などが片付けられている。姉上は整理整頓など二の次の性格なので,ミリエル嬢の努力の賜物だろう。

「ええ,ルシア様が言ってくれたおかげで,お嬢様もしぶしぶ片付けてくださるようになったんです。私もちょっと厳しく言うようになったんですよ」

 ミリエル嬢は誇らしげに言う。最初から厳しくしていれば,あの部屋の惨状は生まれなかったのではとも思うのだが,そこは黙っておいた。彼女も我が姉に対して甘いところがある。

「姉上は生活力が皆無ですからね。放っておくと際限なくダラしなくなりそうですから,そこは先生にびしびし鍛えて頂きたいところです」

「あ,でも,お嬢様も色々お手伝いしてくださるのですよ。お茶を淹れてくださったり,私の作ったお菓子を美味しいって言って下さいましたし,あとこの前は資料棚の整理をして下さいましたよ!」

 私が非難じみたことを言ったせいか,ミリエル嬢は慌てて姉上をフォローするようなことを言った。

「まあ,楽しくやっているのなら構わないのです」

 あんまり小うるさいことを言っても仕方がない。小姑じみたことを言っていては彼女たちに嫌われてしまう。

「そうだ,学院の方はどうですか。学院生活には慣れましたか」

 ミリエル嬢が急に話題を変えた。彼女は度々こうして私の学院での暮らしを訊ねてくる。

「ええ。親しい人も増えましたよ」

「まあ! それは良かったです。どんな子達なんですか」

 ミリエル嬢は嬉しそうな顔をして訊いてきた。まるで自分ごとのように喜ぶので私は少々気恥ずかしかった。

「まず,入学のときに知り合ったリネルさんですね。隣国サルガーナの貴族だそうですよ。人当たりのよい方で,学院でも妙に顔が広いですね。よく噂話などを持ってきてくれます」

「留学生の方ですか。女の子ですか?」

「男です」

「そうですかー。他の方は?」

 何故か残念そうな顔をするミリエル嬢。

「あとは,召喚術の授業で知り合ったアニヤくんとたまたま友達になったテトの二人ですね」

「女の子ですか?」

「……二人とも,そうですが」

「あら。さすがルシア様」

 ミリエル嬢はなにか言いたそうな表情をして楽しそうである。

「なんですか,先程から」

「ふふ,別に何でも無いですよ。ルシア様もお年頃ですから,色々あるのかなーと思っているだけです」

「からかっているだけじゃないですか。二人はただの友人ですよ」

 まったくこの人は。色恋話が好きそうだとは思っていたが,私を題材にしてくるとは。

「そういう話なら兄上の方が豊富ですよ」

「マリウス様はすごい人気ですねえ。私もお嬢さんたちが噂をしているのを聞いちゃいましたよ。年頃の女の子たちが小さく集まって,きゃあきゃあ言い合っているのは,すごく微笑ましかったです」

 兄上は顔よし頭よし血筋よしの完璧超人なので,そりゃあ人気も出るだろう。

「あ,ルシア様の噂をしている子達もいましたよ。ちょっと近づきがたいけど,すごいキレイな子が一年に居るって」

「なんですか,先生は女子たちの噂話を盗み聞いてまわっているのですか」

「ち,違いますよ。たまたまです。たまたま」

 そう言うミリエル嬢の視線は泳いでいた。

 そんな他愛もない話をしていると,ドアの開く音がした。姉上が戻ってきたようだ。

「ルシア,来てたの」

 重たそうな本を抱えた姉上が,とくに驚いた様子もなく言った。

「どうもお邪魔してます」

「あ,お嬢様。今ですね,ルシア様に親しい女の子がいるって話をしていたのです」

 嬉々としてミリエル嬢が言う。よりにもよってその部分を抜き出してくるとは。しかも,誤解されそうな表現で。

「ただの友達ですってば。変な言い方しないで下さい」

「ルシアには」

 姉上が急に声のトーンを落とした。

「姉上?」

「ルシアには,まだ恋人は早すぎる」

 何やら真剣な顔をした姉上が居た。私はため息をついた。

「姉上は他人の心配より自分の心配をしましょう。そろそろ婚約者を見つけなければいけない年頃……」

「この話はやめにしましょう。私たちの手に余るわ」

 言い終わる前に彼女は私の言葉を遮った。平然とした様子を振る舞っているが,数多の見合いをどう断ればよいか彼女が日々腐心していることを私は知っている。飛び級で学院を卒業して特別研究員の座をもぎ取ったのだって,半分は見合いを体よく断るための理由づくりに違いないと私は見ている。

「まあ,いいです。行き遅れる前に腹をくくってくださいよ」

「……」

 姉上は苦虫を潰したような顔をした。まあ,我が姉ロゼッタは,甘んじて誰かの所有物になるような人間ではないから無理もない。まだ十六なのだから,考える時間はまだいくらかある。彼女が納得できる形で生き方を選べればよいのだが,悲しいかな無駄に貴い血のせいでままならない。良縁に恵まれることを祈るばかりである。

「そんなことより,今日はどうしたの」

 姉上は強引に話題を変えてきた。私も用があって来た身であるから,彼女の話題逸らしを歓迎した。

「姉上のお知恵をお借りしたいと思いまして。以前お尋ねした精神魔法のことについてです」

「ああ,人を興奮状態にする魔法があるかって話?」

「ええ。ああいった魔法が掛けられているかどうかを判別する方法はないかと」

 真面目な話になったので,流石に彼女も居住まいを正した。

「まだその線を追っていたのね。そうね,もし本当にそういう魔法が掛けられているのだとしたら方法がないこともないわ」

「本当ですか」

 ダメ元で尋ねてみたが,意外にも前向きな答えをくれた。

「ルシアは魔法はその作用時間で分類できることは知っているかしら」

「いえ,初めて聞きます」

「魔術系の講義はとっていなかったのね。じゃあ簡単に説明するね」

「はい,お願いします」

「魔法は魔力が作用力に変換されるまでの時間によって,短時間作用性と長時間作用性の魔法とに分けられるの。攻撃魔法のように魔力が物理的な力に変換されるまでの時間が短時間なものは短時間作用性の魔法と呼ばれるし,封印術のように作用が一定時間継続するものは長時間作用性の魔法と呼ばれるわ。そうね,具体例で言うと炎熱の魔法は魔力が熱に一瞬で変換されて対象を焼くでしょ。この魔法では,あくまで熱を発生させるまでが魔力による作用で,燃え続けるかは単なる物理的な現象ということになるわ。一方で,私の封印術のように常に魔力による作用が働く魔法もある。ここまではいいかしら」

「はい,大丈夫です」

「この分類のうち,長時間作用性の魔法は明らかな特徴があるの。たとえば,私の封印術の刻印。この刻印には常に魔力が渦を巻くようにして流れている。目には見えないけれどね。他の長時間作用性の魔法でも同様の魔力の渦が必ず見られることが知られているわ。環状魔力流と呼ばれる特徴的な魔力の流れよ。そして,ここが一番大事なことなのだけれど,このような魔力の流れは特殊な力を発生させていることが分かっているのね。発見者に基づいてボナード力と呼ばれているわ」

「なるほど」

 姉上はスラスラと説明をしてくれる。流石は姉上である。

「ボナード力の検知にはある特殊な魔石を使うことができるわ。魔石に同様な環状魔力流が発生して,磁石のように魔石が引っ張られるの」

「じゃあ,その魔石を近づければ,何かしらの魔法が掛かっていることがわかる訳ですね」

「ええ。ただ,難しいわよ。自分で魔法を掛けている人間も居るわけだから。私のようにね。なるべく,そうした魔法に縁のない人間を選ぶべきね」

 被験者の選定が大切ということか。もちろん手間ではあるだろうが,相手は武門の,とくに剣や槍を専門とする人間たちであるから,そこまで魔法に縁のある者たちではない。適任を探すのはそこまで難しいことではないだろう。

「ありがとうございます,とても参考になりました。その魔石というのはどこで手に入りますかね」

「希少なものでもないから普通に手に入るわ。確か,私も持っていたと思う」

「分けて頂いても?」

「構わないけど,あんまり深追いしないように」

「分かっています」

「本当にお願いしますよ,ルシア様」

 ミリエル嬢にも言われてしまった。危ない橋を渡るつもりはないと以前にも言ったのだが信用ないらしい。

 その後,魔石をどこにしまったのか忘れた姉上と石を探し回って夜中になってしまった。ようやく見つけて寮に戻った頃には月は高く昇っていた。姉上にはぜひ整理整頓を覚えてもらいたい。私は強くそう願いながら,疲れ切った体でベットに倒れ込むのだった。

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