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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
学院、初年度の騒乱
32/85

尋問

「エラス商会?」

「ええ。ヴェスター家と関わりの深い商会のようです。跡取り息子のエル・エラスは例の兄弟とも親密な仲のようで。ルシア様とも同学年ですね」

 リネルはにこやかな表情で言った。私と同学年だというが,エラス商会のエルという名前に心当たりはなかった。最近顔が広くなってきた私でも,知らない人物のようだ。

 私はヴェスター兄弟と関係のある人物を洗っていた。禁制薬物”レブラント”に関する洋湖亭の調査から知れたことがあった。当初,私はヴェスター家はレブラントのブローカーと繋がっていると思っていた。しかし,実体はむしろその逆,ヴェスター家は自身の農園で秘密裏にレブラントを栽培する国内最大の製造元だった。しかも流通も牛耳っていると言う。王国最大級のスキャンダルと言っても過言ではない。だが,どうも一部の者たちには知られた事実らしい。貴族社会の触れてはいけない暗部ということだ。

 兄弟が自身の家の商品を掠めていることはおそらく間違いないだろう。しかし,家の大事な商品だ。息子といえども容易に手を付けられまい。にもかかわらず,彼らが好き勝手に薬物を自由に出来ているのには,何かしらのカラクリがあるはずだった。そこで,ヴェスター兄弟の周辺人物を調査してみれば,出てきたのがこのエル・エラスという人物だった。

 リネルは報告を続けた。

「エラスは薬の卸をやっている商会です。エラスが禁制品の流通に関わっているのなら,ヴェスター家の薬の入手経路も見えてきますね」

 流石にリネルには禁制薬物の流通の元締めが,かの家であることは伏せた。彼にはあくまでヴェスター家は流通の一端を担う者たちだろうと伝えておいた。リネルは非常に頼りになる人物だが,他国の人間に王国の秘密を暴露する訳にはいくまい。

「それで,兄弟はエラスの倅を使って薬をちょろまかしていると」

「ええ,可能性はありますね」

 リネルは頷いた。

「ありそうな話です。ですが,まだ可能性の話でしかありませんね」

 証拠がなければ交渉の材料には出来ない。だが,私にはそれを探る手段がある。

 私はリネルに礼を言った。

「とにかく,ありがとうございます。後はこちらで調べてみます」

 リネルは少し不思議そうな顔をした。普段であればそのまま彼に調査を任せたところだ。しかし,今は時間が惜しい。追加の料金が掛かるかもしれないが,ここは彼らに頼るとしよう。洋湖亭ならば,当然エラス商会のことも掴んでいるはずだ。


 いつもの資料室にテトを呼んだ。今日はアニヤは居ない。彼女が授業に出ている時間を見計らってテトを呼び出した。それほど時間を取らないつもりなので,資料室の奥で立ち話である。万一アニヤが来てもこれなら気づけるだろう。ただ,見つかった場合,彼女に誤解されそうだ。若い男女が地下室の奥まった所で何をやっているのだという話だ。手早く話を済ませてしまおう。

「はい,エラスのことは把握しております」

 私の問いに,頼もしい我が連絡員テトはそう答えた。

「やはりですか。商会の情報が必要です。追加の料金が必要なら払いますから,教えて頂けますか」

「あ,いえ,お金を頂く必要はありません。ご依頼の範疇ですから,情報をお渡ししても問題ないそうです」

「それは有り難い,私の資金も無尽蔵ではありませんからね。……では,エラス商会とヴェスター家の関係を教えてください」

「ご推察のとおり,エラスはヴェスターの薬の流通を担っている商会の一つです。王国東部のレブラント流通を担っているのはこの商会ですね」

「一つ,ということは他にもあるのですか」

「ええ。ヴェスターはかなり手広くやっているようで。一つの商会では賄い切れないほどに」

「なるほど。かなり厄介な相手ということですね。……商会の跡継ぎのエル・エラスについては何か分かっていることはありますか。ヴェスター兄弟とは学内でも親しくしているようです」

「ルシア様が考えられているとおり,例の兄弟に薬を横流ししているのはこの人物だと思われます。確たる証拠はまだ揃っていないですが」

 テトはさも当然のような顔で答えた。こちらの考えなどお見通しのようだ。

「証拠,ですか。何かありそうですか」

「ええ。たとえ数は微々たるものであっても,本来なければならないものが無くなっている以上,どこかでごまかしが生じます。ごまかしは必ず痕跡を残しますから,それさえ抑えられればと」

「まさに私の欲しているものはそれです。ですが,なかなか簡単に探せるものではないでしょう?」

「おっしゃるとおりです。ですので,現在鋭意捜索中です。お時間はかかってしまいますが……」

 テトは申し訳なさそうな顔をした。

「ああ,いえ。急かしている訳ではないのです。難しいことは承知していますから」

 私はそこで少し思案した。このまま洋湖亭に任せても問題はないとは思うが,十分な証拠を集められないリスクは依然としてある。もしもの時のためにも,こちらで出来ることがあればやっておくべきではないか?

 私は考えた。一つ考えがあった。しかし,それは正攻法とは言えない。やや非道な方法だ。だが,それでも。

「どうかいたしましたか」

 テトが怪訝そうな顔をした。私は首を振って答えた。そうして,私は右手でズボンのポケットを探った。固く冷たい感触が手に返ってきた。

「テト,エル・エラスの顔は分かりますか」

「ええ,把握しておりますが……」

「そうですか,それは良かった」

 私はそう返事するなり,左手でテトの右手を掴んで引き寄せた。身長差もあるので,彼女は思わずバランスを崩した。テトの瞳が驚きに染まった。その表情がよく見える。私と彼女の距離はお互いの息遣いがはっきりと感じられるほどに近くなった。

「ル,ルシア様,なにを」

 彼女は驚いた表情のまま顔を赤くした。彼女らしい初な反応だ。こういう所は相変わらず工作員らしくない。

 私はポケットの中から取り出したものを彼女の右手に握らせた。カチャリと五枚の金属が音を立てた。金属の冷たい感触を彼女がその右手で感じたとき,彼女の顔面からはもはや先程のような表情は消え失せていた。

「テト,仕事の依頼です」

 私は端的に言った。彼女は,手中の五枚の金貨をやや強く握って,冷徹な工作員の表情で,かしこまりました,と返事した。



 自室から窓の外を見ればすっかり夜更けである。窓越しの校舎は手元のランプの灯りのせいでよくは見えない。灯りが反射して自分の顔が写っていた。少し疲れたような顔をしていた。こんな遅くまで召喚術の資料を読みふけっていたせいだろう。もうすっかり寮も寝静まっている。私もいい加減眠らないと明日が持たない。

 だが,まだ今日の仕事は終わっていない。

 背後から人の気配が生まれた。ようやく目を覚ましてくれたらしい。

「ここは,どこだ……。なんだこれは!?」

 呆けた声を出して私の室内を見回したエル・エラスは,自分が椅子に縛り付けられていることに気づいた。

「ずいぶん遅い起床ですね」

 ガタガタと騒がしく拘束を解こうとしていた彼の動きが止まった。彼の背中姿は硬直したまま身じろぎもしない。

 私は机の椅子を持って,彼の視界へ出ていった。思いの外椅子が重たく,床に置くときに少々派手な音を出してしまった。それでエル・エラスはビクリと肩を震わせた。彼はずいぶんと不安そうな表情で私の様子を伺っている。そんな彼に構わず私は自分で持ってきた椅子に座った。

 エル・エラスは私と同い年のはずだが,体つきが大きいので年上に見える。家が裕福なためか単に食い意地が張っているだけか,丸い体に丸い顔をした大柄な男だった。

 私はひとまず挨拶をすることにした。

「はじめましてですね。ルシア・ブラドスキーといいます。貴方がエル・エラスさんですね。以降,お見知りおきを」

「ブ,ブラドスキー!? な,なんのつもりですか,ここは一体!」

「ああ,焦らないで。ここは,貴族寮の私の部屋ですよ。今の時間は深夜。貴方が起きるのが遅くてこんな時間になってしまいました」

「ブラドスキーの部屋だって!? それにこんな縄なんかで……い,いくら貴族とはいえ,こんなことをしてただでは済みませんよ……誰か! 誰か,助けて!」

 エル・エラスは大声で助けを求めた。大した声量で思わず私は耳を塞ぎたくなった。彼がひとしきり叫んだあと,部屋の外を伺うために静かになってくれた。しかし,寮は相変わらずの静けさに包まれている。

「叫んでも無駄ですよ」

 彼は困惑した表情で私を見た。この状況がまだ飲み込めていない様子だった。

「私もこういうことは初めてでしてね。相場が分からず金貨五枚を渡したら多すぎたようです。三枚で十分だったのですよ。しかし,依頼した相手は親切な人でしてね,残り二枚の分だと言ってあれをくれました」

 そう言って私は振り返えるようにしてドアの方に視線を向けた。ドアには一枚の札が貼り付けてある。私はエル・エラスからもその札が見えるように体を傾けながら言葉を続けた。

「あの札は一種の結界を張ってくれるものらしくてですね,結界内の物音は一切外部に漏れることはありません」

 いつまでも後ろを向いているのも疲れるので,私は体を正面に戻した。追い詰められたようなエル・エラスの顔が見えた。

「便利なものでしょう?」

「あ,あんた,何がしたいんだ!? 金か? 金なら――」

 狼狽する彼は丁寧な言葉遣いも忘れてまくし立てた。私は彼の言葉を遮って言った。

「あいにく金銭には困っておりません。こう見えても侯爵家の人間ですから」

「だったら……だったら,何が望みだ!」

「聞きたいことがあるのですよ。ヴェスター兄弟と親しくしているようですね」

「そ,それがどうした」

「レブラント」

 エル・エラスの顔面が凍りついた。

「在庫を掠めているのは貴方でしょう」

「あ,あ,あんた,まさか……やめてくれ殺さないでくれ! 俺じゃない,ご兄弟に言われて仕方なく俺は!」

 彼はあらん限りの力を振り絞って縄を解こうとした。顔を真赤にして必死に暴れている。どうやら私をヴェスター家の刺客だと思ったようだ。

 床を傷つけれられても困るので暴れる彼を片手で制した。

「勘違いしてもらっては困りますよ。別にヴェスター家の手先ではありません。諸事情あって,兄弟との交渉材料を探しているんです」

「はあ……はあ,お,俺を殺しに来たんじゃないんだな? 本当だな?」

 冷や汗を大量に流しながら,切羽詰まった様子で彼は急き立てた。私は安心させるようになるべく柔和な表情を作った。

「ええ。情報さえ渡してくれれば私は満足です」

「はあ,はあ,情報……一体,何が欲しいんだ」

 肩で息をしながらも,少しは落ち着きを取り戻してくれたらしい。ようやく本題に入れる。

「ずばり横領の証拠です」

「は?」

「貴方も商人の倅なら取引を記録していたりしますかね。まあ,なんでも良いです,証拠となるものであれば」

 だんだん冷静になってきたらしい彼は,余裕が出たのか嘲りの表情を浮かべた。

「あんた,たとえそんな物を俺が持っていたとして,簡単に渡すと思うか。それとも,俺を脅すか? あんたみたいな,お貴族の坊っちゃんじゃ無理だろうな。まったくビビって損した」

「いやはや,命の危険がなくなった途端に結構な態度ですね」

「問答無用だ。さっさと縄を解け,俺は何もしゃべらんぞ。拷問でもするか? あんたの細腕じゃあ,虫に刺されたくらいにしか感じないがな!」

「おやおや」

「おい,さっさと解けってんだよ」

「態度が悪いばかりか頭も悪いとは」

「なんだと」

「これではエラス商会は今代でお終いですね。よくお考えなさい,ここまでしているのです」

 私は身を乗り出して彼の両目をじっと見つめた。

「……手が無いわけないでしょう」

「お,おい! 何するつもりだ! おい!」

 私は立ち上がって窓へと向かった。そして二つある窓の扉を閉めた。光が漏れて誰かに気づかれては困る。

 騒ぐエル・エラスを無視して机に向かった。机には一枚の紙が置いてある。幾何模様と古代ルシーカの言葉が描きこまれた図形。この夜に書き上げた渾身の召喚陣だ。私はそれに手をかざしながら,エル・エラスの方に体を向けた。

「貴方が秘密を語るのではありません。秘密が貴方の口を借りて語るのですよ」

「お,お前,何を言って……」

 彼が言い終わる前に私は召喚陣に魔力を流した。途端,深い緑の光が一枚の紙上から部屋中に溢れた。エル・エラスは体の動きを止めた。これから起こることを警戒するかのように。

 緑の光に照らされた彼の背を眺めながら,厳かな気持ちで,召喚陣に刻み込まれた聖なる言葉を,私は口の中で反復した。そして,私は決心を固めた。

「尋問を始めましょう」

 私は召喚の術を開始した。


  巨人倒れ(むくろ)(さら)して千年


 エル・エラスの前に煙のような暗闇が生まれた。

 何かが正体を現そうとしている。気の遠くなるような年月打ち捨てられた存在が我々の前に現れようとしている。エル・エラスは暴れて,恐怖に染まった声をあげた。

「や,やめてくれ! 俺が悪かった! 許してくれ!」

 彼の懇願を無視して私は言葉を続けた。


  四肢と肋とは灰塵に帰し ただ余す大いなる髑髏(されこうべ)

  其の眼窩(がんか)は虚ろにして闇夜より暗し

  囚われたる魂魄 行くべき処を知らず


 暗闇から朧気(おぼろげ)に現れたのは人の体ほどありそうな巨大な髑髏だった。両眼があったであろう箇所は落ち窪んで底が見通せない。その深淵がエル・エラスをじっと見つめている。彼は声も出ないようだった。


  ()(まこと)を識別し

  口腔(こうくう)声なく告げるなり


 もはや髑髏ははっきりと姿を現した。あとは名前を呼ぶだけだ。偉大な怪物の名前を。神々の思惑によって非業の死を遂げた,あらゆる真実を見通すその巨人の名前を。


  汝の名はカルダトス 偽りを見抜く者なり


 巨人の口が,骨のきしむような音を立てながら,ゆっくりと開いた。

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