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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
学院、初年度の騒乱
31/85

調査途中

 広い教室に講師の声がよく通った。生徒の咳払いや筆記の音がちらほら聞こえるが,それらも耳障りなものではなく,むしろ教室に一定の緊張を作っている。そんな室内を後方から眺めながら私は何となく寛いだ気分になった。入学して一ヶ月がようやく過ぎたほどだ。初夏の気持ちの良い空気も相まって,新学期というのはこうしたよそよそしい雰囲気こそだなと,感慨にふけってしまったのだ。

 静かな教室だ。流石に国中の優等生を集めた学院だけある。皆行儀よく講義を受けている。授業中に私語を発する生徒はほとんど居ない。私の学生時代とは大違いだ。まともに授業を受けているものなど一握りで,居眠りかいわゆる”内職”をしている者がほとんどだった。まあ,まだ入学して日が浅いためもあるだろうか。最初のうちは緊張感持って皆学校に来る。ある程度慣れてくると気のゆるみも生じてくるのだろう。

 そんな優等生たちの中にあって,私は集中を切らしていた。授業の内容が頭に入ってこない。今の時間は王国史をやっている。歴史は嫌いではないがどうにも身が入らなかった。初夏の空気に当てられたのか。そればかりでもない。

 洋湖亭への依頼が済み,さらに,彼らの連絡員であるテトとの顔つなぎが済んで,私の今やるべきことはとりあえず一段落した。もちろん,学院には物騒なボディガードどもがうろついているし,マリアナと貴族たちの小競り合いは依然として続いている。それでも,小康状態を保っている。坊っちゃん連中も打つ手が無くなってきたらしい。最近は小競り合いもマンネリ化して来ているので,マリアナも慣れた様子であしらっているようだ。貴族の連中はリーダーも居ない単なる烏合の衆であるから,当初の勢いを維持できなくなってきたのだろう。このまま,自然消滅してくれれば私も苦労しなくて済むのだが,貴族の意地というのはとにかくやっかいだ。今の連中でも思いつきで厄介事を引き起こすことは考えられる。出来れば面倒なことを起こさないでほしい。

「あの,ルシア様……」

 控えめに声を掛けてきたのはテトだった。彼女も一応学院の生徒なので,授業を受けている。教室の後ろの方でぽつんと一人座っていたので,私は彼女の横に陣取ったのだ。何となく迷惑そうな顔をしていたが,交流を深めることは悪いことではあるまい。

 彼女が声をかけてくれたので思考が現実へと引き戻された。ちょうど,私の列の人間が授業で扱っている題材に順番に意見を言わされているところだった。講師からの質問を聞いて居なかった私は,前方の生徒たちが四苦八苦して答えている内容から大体当たりをつけて,適当な答えを用意するのだった。


「助かりました」

 授業が終わるとテトにお礼を言った。いくらなんでも気を抜きすぎていた。彼女が声をかけてくれなければ,みっともない姿を晒すところだった。

「考え事ですか」

 彼女は気遣わしげな表情で言った。私は笑って首を振った。

「いえ,大したことではありません。ただ,ぼうっとしていただけですよ」

「そうですか」

 そこで会話が終わった。なかなか間が持てない。彼女もなんだか居心地が悪そうだ。

「例の件は進展ありましたか」

 仕方がないので仕事の話を振った。テトは表情を改めた。仕事の話の方が生き生きするようだ。思ったよりも,仕事人間なのかもしれない。

「領内の怪しい所は絞り込めたとのことです。内部に立ち入って検査をするのはこれからです」

「さすが,仕事が早い」

 依頼してからまだ二日も経っていない。約束の期限までまだ三日以上もある。洋湖亭の調査力は大したものだ。

「きっとご希望に添える品物をお届け致します,とのことです」

「品物,ね。それは期待していましょう」

 品物というのは素敵な響きだ。兄弟からの借りを手土産できっちり返してやるのは悪くないだろう。


 テトと別れた私はいつもの資料室へと向かった。こちらもこちらでアニヤが順調に調査を進めてくれている。テトの方とは違ってこちらは大変健全な調査だ。

 時々,時間を見ては彼女から進捗を聞いたり調査の相談に乗ったりしている。そうでもしないと,ただでさえ低い私の貢献はゼロとなってしまう。優秀な友人がいると私のような人間はおまけにしかならない。といって不貞腐れていても仕方がないので,私の出来る範囲のことはしなければならないだろう。ちなみに調査結果を話してくれるアニヤ女史は楽しそうである。私とて話相手くらいにはなれるのだ。

「ハリーダンプキンの伝承を追ってみると,面白いことがわかりましたよ!」

 アニヤは嬉しそうな表情で言った。

「それはぜひお伺いしたいです」

「はい,もちろんです!」

 明るく返事すると彼女は調査結果を話してくれた。

「ハリーダンプキンがクムテの森に現れるという伝承は,サナルカンの生きた戦国時代以前からあるようです。どうも,古代ルシーカが滅亡した直後に誕生したようです。ただ,奇妙なことに,ルシーカの文献を調べても,ルシーカ以前の文献を調べても,ハリーダンプキンという聖獣の名前は見当たらないのです」

「では,ハリーダンプキンの伝承は唐突に誕生したということでしょうか」

 アニヤは難しい顔をした。

「そのように思えるのですけど,こうした聖獣の伝承が降って湧いたように登場することは考えにくいです。ルシーカ滅亡後に特別な事件があって,それでハリーダンプキンの伝承が生まれたというなら分かるんですが,当時のクムテの森周辺で大きな事件があったという記録は見当たりませんでした。こういう伝説は,普通は過去の伝説なり噂話なりを継承しているはずなんです」

「確かに,それは奇妙ですね」

「はい,とても奇妙なんです。興味深くはあるのですが,正直調査は行き詰まってしまっています」

「なるほどお」

 私はそこで一旦考える素振りを彼女に見せた。

 夢の男はハリーダンプキンという名前は偽りの名だと言った。本当の名前はクムテだという。おそらく古代ルシーカの時代では,彼の聖獣はクムテと呼ばれていたのだろう。そしてルシーカ滅亡後に聖獣の名前がすり替わったのではないか。そうだとすれば,ハリーダンプキンの伝承の不連続に説明がつく。しかし,彼女に本当の名前はクムテだと伝える訳にはいかない。私が知り得ないこと知っていたら彼女に不信感を与えてしまう。どうしたものだろうか。

「むむう,ルシア様,何か良い案ありますか」

 アニヤが無邪気に聞いてくる。私はその場の思いつきのような素振りで話すことにした。

「名前が問題なのかもしれません」

「名前ですか」

 意外だったようで,彼女はきょとんとした表情をした。

「ええ。聖獣の名前は一つではないのかもしれません。ハリーダンプキンという名は後世に付けられた名で,それ以前には本来異なる名で呼ばれていたとしたら,辻褄が合うとは思いませんか」

「……なるほど,その可能性は考えていませんでした」

 アニヤは真剣な表情で考え込んでしまった。彼女の頭の中では,今まで調査した資料がものすごい速さで整理され始めているのだろう。

 しばらく考え込んだあと,彼女はぱっと顔をあげて明るい笑顔を私に向けた。

「さすがルシア様です! その線でもう少し追ってみます!」

 私は少し後ろめたく思った。先程のアドバイスは事前に情報を知っていたからこそ出来たものだ。何となくズルをしている気分だ。彼女に褒められるようなことは何もしていない。

「早速調べてみます!」

 彼女は,はやる気持ちを抑えきれないように,資料室の奥に消えていった。一人取り残された私は複雑な気分だった。まあ,彼女が楽しそうならそれで良いのかもしれない。

 ふと,机の上に目をやると,乱雑に散らばった資料の中に目を惹くものがあった。一冊の古い本であり,ルシーカ以前の伝承を記したものらしい。こんな古い資料が残っているとは驚きだ。さすがは王国の資料室ということか。陰気な地下室だが,貴重な書籍が結構隠れているらしい。それにしても,アニヤはよくこんなものを見つけたものだ。ルシーカ以前を記した書物など,この資料室をひっくり返しても数えるほどしか出てこないだろうに。

 私は何となくその本を覗いてみた。流石に古い本ゆえ,パラパラとぞんざいにはめくれないので,一ページずつゆっくりとめくった。内容はどうやら伝説上の生き物を紹介するものらしく,見たこともない生き物の挿絵が書かれていた。流石に文章は難しいが,大叔母様にルシーカの古典を叩き込まれたおかげで読めなくもない。

 本をめくっていくうちに,ひとつのページが私の目を惹いた。山よりも大きな巨人の挿絵が書かれたページだった。

『巨人の名前はカルダトスだよ。覚えておくといい』

 夢の男が言っていた言葉を思い出した。私は自然とページの内容に目を移した。

 本には巨人に関する伝承が書かれていた。大いなる山の如き人形(ひとがた)。あらゆる真実を見抜くために,神々の秘密を知ってしまい,それがゆえに天使に滅せられたという哀れな怪物。天使に倒された巨人の死骸は朽ちてやがて霊山となったという。その山の名前は伝わっていない。

 読み進めていくと,面白い記述があった。ある時旅人が霊山に行き着き,そこで巨大な髑髏(しゃれこうべ)が現れて,旅人の数々の隠し事を事細かに彼に告げたという。あらゆる秘密を暴露された旅人は慌てて下山し,周辺の村々にあの山には恐ろしい髑髏の霊が出ると触れ回ったとある。真実を暴露する巨人の霊。もし,この霊を召喚できたら非常に強力ではないだろうか。通常,名前の伝わっていない対象を召喚することは難しい。しかし,今の私は巨人の名前を知っている。

 私はアニヤが戻ってくるまで,この巨人の伝承を夢中になって調べていた。

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