連絡員
あけましておめでとうございます。
ようやく,やっと,更新できました。
本年もよろしくお願いします。
学舎の大広間は学年の階級を問わず生徒たちが行き交う,いわば交通の要衝だ。というのも,大抵の講義室への道はこの大広間から伸びているため,文門武門を問わず各々受講した講義が開催される所へは,この大広間を通らざるをえない。
大広間は一階から最上階の三階まで吹き抜けとなっている,ちょうど円筒形の空間である。大広間を臨む上階の廊下には年季の入った木製の欄干がぐるりと廻らしてある。私はその二階廊下に立って,目立たぬように柱の横に身を隠しながら,一階の大理石の床上を行き交う人々を眺めていた。なにも生徒たちを見下ろして悦に入っている訳ではない。人を待っているのだ。
洋湖亭のルワンの話していた連絡員はすでに学院に入り込んでいたらしい。今朝,私の部屋のドアにメモ書きが差し込まれていた。接触を図りたいので大広間にて待っていてくれないか,ということらしい。向こうはこちらの顔を知っているようで,突っ立っていれば見つけてくれるとのことだ。とはいえ,多少は顔の知れた私が往来を見つめていると何事かと怪しまれるので,こうして身を隠して居るわけである。
「ルシア様」
柱の後ろから声がした。来たなと思って,私は欄干から身を離して柱の後ろを覗き込もうとした。
「そのままで」
私は動かしかけた体を静止せざるをえなかった。
柱の影から現れた人物は,私の隣に来ると挨拶をした。私の横には柱があるし,反対側はその人物が居るので,私の姿を隠せるという配慮だろう。
「洋湖亭のテトと言います」
挨拶の言葉は感情の薄い口調であった。テトと名乗った人物は,背丈は高くもなく低くもないが少なくとも私よりも背の高い,見た目は私と同じくらいの年の,やや線の細い少女だった。中性的な顔つきなので男女の区別がつきにくいが,よく見れば女の子である。赤褐色の髪を肩口で切りそろえ,服装は動きやすいものを着ており,男の子のような格好をしているので余計に見分けがつかない。あるいは,わざとそのような見かけにしているのかもしれない。
「改めましてルシア・ブラドスキーです。これからよろしくお願いしますね」
「はい,よろしくお願いします」
テトは抑揚なく答えた。あまり感情を表に出さない性格らしい。もちろん,裏稼業の人間であるから本心を隠すのは心得かもしれないが,ルワンは少なくとも表面上は感情を込めて話をしていた。単に無感動な性格なのだろうか。表情もどこか硬い。緊張している,というわけでもあるまいが。この表情の乏しさは我が愛すべき妹と通じるものがある。
「今日は顔合わせだけですか」
「ええと,そうですね,お時間あれば,今後の連絡のとり方についても説明させて頂こうと思うのですが……」
テトはどこか気後れするような口調で言った。何か他にあるのだろうか。
「他に懸念でも?」
「あ,いいえ,大したことではないのですが……その,今後の僕たちの関係については”学院で出来た友達”とさせて頂ければと思います。それにあたって,お互いのことをある程度知っておく必要があると思いまして……その,簡単に情報交換の時間を頂ければと」
困った顔をして彼女はそう言った。情報交換と言ったが,要は自己紹介の時間を持ちたいということだろう。何やら言いにくそうにしているのは,こうしたことにあまり慣れていないためだろうか。いやまあ,流石に洋湖亭といえど,学生に扮して潜入したことのある工作員はいないか。ましてや,まだ幼い年齢の彼女なら戸惑うのも無理ないだろう。
先程から表情が硬かったのは緊張のためだったのか。私は肩の力がぬける思いがした。今の彼女は気恥ずかしそうな表情をして私の返答を待っている。私は表情を和らげて頷いた。
「時間は多少あります。それに,これから長い付き合いとなるかもしれませんから,私の方も貴女のことはちゃんと知っておきたいと思っていました」
「あ,ありがとうございます」
テトはホッとしたような表情をした。裏稼業の人間にしては純真な反応だ。偏見だろうか。
洋湖亭が彼女を送ってきた理由をなんとなく察した。今回,私のような子供にあの組織が協力してくれるのは,もちろんブラドスキーとの繋がりのためもあるだろうが,テトという若い工作員の教育も兼ねているのだろう。だから,今回の依頼料はそうしたことも込みだと思わなければならない。普段はもう少しお高いのだろう。
私はテトとともに,いつもの資料室に向かった。私とアニヤ以外,普段は誰も使わない部屋だ。人目を忍んで会話するにはうってつけだろう。ちなみに,アニヤは今は講義を受けている時間だ。彼女とて召喚術ばかりに時間を費やせるわけではない。
「まあ,座って」
私はどこか落ち着かない様子のテトに着席を勧めた。その物慣れない様子に本当に工作員なのかという思いを抱かなくもなかった。
「失礼します」
テトは素直に座るとさり気なくあたりを見回した。興味深げというよりは何か観察する様子で目を配っている。その挙動ばかりは堂に入ったもので,なるほど確かにその筋の者だと思わせるものだった。
「何か淹れてきます」
私は茶でも淹れてこようと声をかけると,テトは慌てて引き止めてきた。
「いえ,そんな。僕がやります」
「そうは言いますが,貴女,給湯室の場所分からないでしょう」
「学院の地図は頭に入っています。ルシア様はこちらで待っていてください」
そう言って彼女は私から給仕の仕事を奪っていった。しばらく待つと,ちゃんとお茶を持ってきてくれたあたり,本当に地図を暗記しているらしい。
お互い一口二口飲んで気持ちを落ち着かせると,本題に入ることにした。
「それじゃあ,自己紹介と行きますか」
「えっと,では,僕の方からさせて頂きます。改めまして洋湖亭のテトと申します。年はルシア様と同じ十三で学年は一年です。講義は今のところ武門文門の区別なく取っています。生まれは西のテムールです」
「テムールというのは……あの砂漠の街の?」
「はい。砂漠むこうの国との交易が盛んな街です。珍しい品物がたくさん露天に並んでいました」
「なるほど,さぞかし異国情緒あふれるところなのでしょう……洋湖亭へはいつ入られたのですか」
私はやや強引に話題を変えた。テムールは商業で栄えた西の辺境だが,とくに貧富の差が激しい場所でもある。街は孤児や浮浪者に溢れて治安も悪く,あげく,奴隷商や武器商,禁制品を扱う闇商人などの拠点としても知られる。そのような街の出身である上,王都にまで流れてきて洋湖亭のような組織に拾われる人物である。身の上話をさせるのは気が引けた。
「えっと,一年前くらいになります。それまでは冒険者をしていました」
「ほお,冒険者ですか。どんなことをするのですか,興味があります」
これは素直に興味があった。今まで冒険者という職業の人間に関わったことがなかったので話を聞きたかった。
「人によってやることが違うので一概には言えないのですが……僕の場合は,道や場所を見つけて覚えるのが得意だったので,魔窟や迷い森の案内人をすることが多かったですね」
「魔窟に迷い森ですか。私は見たこともないです」
「ふふ,それはそうでしょう。危険な場所ですし魔物もうろついています。ルシア様のような方が足を踏み入れる場所ではありませんよ」
私のような人間はまず見ることもないだろうが,何かしらの原因で魔力を持った獣が変異した存在である魔物という生物がいる。詳しいことは分かっていないが,動物が長時間魔力に晒されて変異した姿が魔物であると言われる。実際,天然の魔力に溢れる地域では多くの魔物が生息する。また,魔力を帯びた地帯は特殊な地形を生み出すことがある。天然の洞窟が異常な深度まで複雑に発達し奥底から魔物が湧き出してくる魔窟や,木々が異様に発達して日中でも薄暗い森林であり魔物による奇妙な生態系が蠢く迷い森などが代表的である。
「しかし,そのような場所,案内など必要なのですか。冒険者ぐらいしか入らないでしょう」
「魔窟や迷い森は,何度もかよっている冒険者でも,迷ったりすることのある場所なんです。一帯に広がる魔力のせいで方向感覚が狂うと言われています。僕はたまたま耐性があったらしく,道を覚えていられるんです」
「なるほど,それなら,需要がありそうですね。ちなみに,他の冒険者たちはどうやって生計を立てているのですか。魔窟や迷い森で魔物を狩ったりするのですか」
「そうですね,毛皮のある魔物の中には高く売れるものもあるので,そうした魔物を狩って毛皮を売って生活している冒険者もいます。あとは,内蔵に薬効があるので売れる魔物などもいますからそうしたのを狩ったりします。ただ,こうした狩りを専門とする冒険者は,危険なので熟練の人たちに限られます。大半の冒険者は魔境にしか存在しない特殊な薬草や素材を採取して,それを売って生計を立てています。僕も道案内がてら採取してました」
「魔境にしかない素材というのがあるのですか」
「ええ。魔力を帯びた木材や石は魔境の特産品です。魔道具の材料になるそうで,高値で買い取ってくれるんです」
魔道具か。あまり見たことはないが,しいて言えば,姉上の封印の指輪も魔道具なのだろう。こうした魔法関係の道具は全く知らない。今度,姉上にでも聞いてみよう。
「なるほど。しかし,採取が目的とはいえ魔物に遭遇したりする危険はあるのでしょう?」
「もちろんです。ただ,倒す必要はなくて,追い払ったり逃げ切ったりする程度の力があれば十分です。たまに,手に負えない強さの魔物が出現することもありますが,そうした魔物の情報は冒険者の間ですぐに共有されます。僕も,何度か魔物調査のために斥候をやったことがあります」
「場所を覚えられるなら斥候には打ってつけですね。なるほど,洋湖亭に引き抜かれたのも冒険者としての経験を買われて,というわけですか」
「おそらく,そうだと思います。とはいえ,まだまだで,兄さんたちの背中を追いかけてばかりです」
そう言って彼女は照れたように笑った。
潜入工作員としての作戦遂行能力は十分持っているのだろう。私は先ほど本当に工作員なのかと疑ったことを心の中で謝罪した。彼女に欠けているのは対人関係の経験と自分への自信だろう。ずっと他人を頼らず自分の力で生きて来たのだろう。そうせざるを得ない環境だったのだろう。それゆえ,比較する相手がいなかったために,自分の能力の高さが分かっていないようだ。それが,どうも卑屈さとなって現れてしまっているような気がする。まあ,だからと言って,私が何かするという訳でもないのだが。彼女も学生生活という同年代の子どもたちに囲まれた生活の中で,色々なことを学んでいくだろう。そうした狙いもあって,洋湖亭は彼女を寄越したのだろうし。
「いや,だいぶ根堀葉掘り聞いてしまいました。今度は私の番ですね」
大体のことが聞けたので一旦話を区切ることにした。あまり長々とやっていては,私も次の授業に間に合わない。
しかし,あまり話題もないので,私はブラドスキーでの屋敷の話に終始せざるをえなかった。ルネス邸の四季折々の情景や屋敷での生活の話。時折開かれる晩餐会をこっそり覗いてみた話。兄妹や母上殿の話。彼らとお茶会をした話。そんな他愛もない話をした。
退屈そうにしているかと思ったが,案外彼女は楽しそうに聞いていた。彼女は頬を緩めながら,そうした生活をよく空想していたんです,と照れたように笑った。その言葉に心が痛んだ。家の話は軽率だったかもしれない。
私の方は話題を間違えた気がするが,お互いの自己紹介は一通り済んだ。さて,解散するか,というところで,資料室の扉が開く音がした。アニヤであった。
「あれ,ルシア様だ。こんにちは!」
「ええ,こんにちは,アニヤ君」
最近は彼女とも打ち解けてきて,だいぶ気安く話かけてくれるようになった。最初はあんなに怯えていたのに,今ではこうして笑顔を向けてくれるようになって,私も感無量である。
「あ,お友達ですか」
アニヤがテトを見つけてそう言った。テトは,突然のアニヤの登場にちょっと動揺したらしく,何と声を掛けたら良いか躊躇する素振りを見せたあと,結局軽い会釈で済ませた。
「友達のテトです。テト,こちらは私の召喚術仲間のアニヤ君です」
ここはしょうがないので私が仲介することにした。
「テトさん,アニヤです,よろしくお願いします!」
「あ,はい,こちらこそ,よろしく,お願いします」
アニヤは,初対面のときの印象からは全く想像できなかったが,もともと明るい性格で初めて会った相手でもすぐに仲良くなれる性格らしい。この間,学院の廊下で見かけたときには,数人の女学生と楽しそうに話をしていたのを見て,アニヤにも友達が居たのかと驚いたものだ。単に貴族が怖いだけらしい。
アニヤはニコニコとしながらテトのことを見ている。一方のテトはどうしたらよいのか分からないという感じで腰が引けていた。
「やーそれにしてもルシア様のお友達はオウツクシイ方ばかりですね。こんな美形の男の方に囲まれると顔がニヤけてしまいます」
アニヤは意外とオヤジくさいことを言う。美形が好みらしい。テトも綺麗な顔だちをしているからアニヤの琴線に触れたのだろう。だが……。
「アニヤ君,テトは女の子ですよ」
「ゔぁ」
「えっ」
アニヤが驚いた顔で固まったのは理解できるが,なぜテトまで驚いているのだろう。
「どうしたのです,テト」
「き,気づいて,おられたのですか……」
「いやまあ,見分けづらいなと思いましたが,よく見れば分かります」
「よく見ても分かりませんでした……」
アニヤが一人唸っていた。とりあえず,彼女は放置である。
「そ,そうですか。大抵の人は僕のことは男だと思うものですから。僕もその方が都合がいいので,振りをしていたのですが……」
「ああ,男装していたのですか。どうりで男の子っぽい格好と喋り方だなと思いましたよ」
「それなら,はじめから言ってください……」
そうは言っても,格好も喋り方も人それぞれだから,いちいち指摘なんぞしないだろう。
「まあ,他人の趣味についてはとやかく言いません」
「しゅ,趣味……」
そう言われたことがなかったのかテトは絶句していた。
「……テトさん」
「はい?」
いつの間にか立ち直ったアニヤがテトに声をかけた。
「男の方の格好をしたテトさんも素敵だと思います!」
あまりフォローになっていない気がするがアニヤがテトを気遣った。
テトは曖昧な笑みを浮かべて感謝の言葉を返した。意外とテトとアニヤは相性が良いのかもしれない。
私とテトとの関係はビジネス上の付き合いを多分に含むものである。それでも,同い年の彼女の身の上が心配にならないわけではない。我が家の話を楽しそうに聞いていた彼女。少しずつでも,彼女の友達が増えればよいと思った。




