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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
学院、初年度の騒乱
28/85

まどろみ

「久しぶりだね,ルシア君」

 確かに久しぶりに見る白一色とこの男だ。こいつの出て来るタイミングが全然わからない。もちろん,出てきて欲しくはないし,出て来るタイミングなどこの先無ければと切に願うのだけれど。

「なんだい,不機嫌そうだね」

 私が黙っているのを見て,彼はからかうように言った。機嫌が悪いのはその通りである。会いたくも無い相手に会ってご機嫌になれる訳がない。特にこの得体の知れない男が相手では。しかし,そればかりのためだけでもなかった。

「ヴェスター兄弟のことかい」

 ……図星である。この男は私の夢に引きこもっているくせに,どこまで知っているのだろう。

「なぜ,あなたがそのことを知っているのです」

「おやおや,正解だったようだね」

 夢の中の男は勿体ぶった口調で言った。いちいち癇に障るやつである。

 男は私の返事を待たずに話を続けた。

「僕と君とは一心同体。君の意識を通じて,この白い部屋以外のことだって,ある程度知れるというものだよ」

「それは気味が悪いですね」

「率直だなあ。僕は君のお陰で退屈しないよ」

「なぜあなたの退屈しのぎのために,私の生活を覗かれなければならないのです」

「言い方に気をつけてよ。それじゃあ,まるで僕が覗きみたいじゃないか。それに,見えるのは君が誰かと会話している時だけだよ。君の意識が他人に向いているとき,僕もその意識に乗って外界を垣間見るという寸法さ」

 覗きであることには変わらないだろうに。だが,それを指摘してもこの男は懲りないだろう。私は止む無く話を進めることにした。

「……では,ある程度,私の知り合いも知っているということですね」

「うん,君の兄弟姉妹はもちろん,ミリエル君のことも知っている。彼女のことを君が大切にしていることもね。僕も彼女のことは君を通して知っているから,他人の気がしないなあ。いい子だしね,僕は好きだよ,ああいう子」

「変な気を起こしたら承知しませんよ」

「やだなあ,ここからじゃあ何も出来ないさ。それに,彼女への感情は君の抱いてるものと同種のものだよ。だからこそ,今回の彼らの行いには,僕も腹に据えかねているんだ」

 いつもいい加減な調子の彼であったが,その一言には何時になく真剣味があった。

「彼らは私が必ず思い知らせます。気持ちは分かりますが,あなたにはどうしようもないでしょう」

「そうだね。歯がゆいことに,僕にはどうすることも出来ない。とてもとても残念だ。だから,僕は君にアドバイスをあげることにしよう。君が事件を解決するための力になるようにね」

「アドバイス?」

「召喚術を学んでいるようだね。かつては盛んに使われたものだけど,今はすっかり廃れてしまった。……君たちは伝承を探しているようだね。詠唱も確かにとても大事なんだけど,鍵となるのは名前なんだ」

「何を言って――」

 彼の言い方に違和感を覚えて問いただそうとしたとき,突然,意識が遠のきそうになった。どうやら目覚めが近いようだ。白の部屋が歪んでいく。白い部屋の輝度が目を開けていられないほど大きくなる。

「おや,そろそろお目覚めかな。じゃあ手短に行こう。ハリーダンプキンというのは偽りの名さ。隠された名はクムテ。そう,サナルカンたちが逃げ込んだ,あの森の名前さ。そうそう,巨人の名前はカルダトスだよ。覚えておくといい」

「どういうことです,なぜあなたがそんなことを知っているのです」

「今にわかるよ」

 意味深な言葉を残して,男は白の部屋とともに光に呑まれていった。私は自分の意識が,多くの疑問を抱えて,覚醒していくのを感じた。


 意識がはっきりしていくにつれて,自分が長机に突っ伏して眠っていたことに気づいた。机の木材の手触りと資料室の空気とが段々と感じられ始めた。それとともに,微かに甘い果実のような匂いがした。嗅ぎ慣れないがどこか安心するような匂いである。それが,どこからともなく漂っていた。

 目を開くと散乱した本たちが目に入った。散らかした本人は不在のようだ。どこに行ったのだろうと身を起こすと,肩から何やら布らしきものがズレ落ちた。床に落ちる前に手に取った。見覚えのある女性物の上着である。小振りなそれはおそらくアニヤのものだろう。彼女が居眠りをする私に掛けてくれたようだ。匂いの正体はこの上着のようである。甘い匂いは彼女のもののようだ。それで少し気恥ずかしくなった。

 私は上着を腕に抱えて席を立った。本を片付けていないということは,彼女もまだ寮に帰っていないということだろう。追加の資料でも探しているのだろうか。私は彼女を探しに行こうと後ろを向いたところで,両手にマグカップを携えたアニヤとばったり目が合った。マグカップからゆらゆらと湯気が立っている。彼女は何やら慌てたような顔をしていた。

「あ,あの,その,それ!」

 アニヤはフルフル震えながら目線を私の手元へと向けた。

「ああ,上着,ありがとうございます。気を使わせてしまいましたね」

 私は何でもないような顔をして上着を彼女に示した。内心は何となく気恥ずかしさを感じて,慌てる彼女と目を合わせるのが少々気まずかった。

「いいいえ,とんでもないです! むしろ私のような者の上着で良いのだろうかと思いましたけれどこの部屋は案外冷えるのでお体に障るとよくないですし他に布もありませんでしたので僭越ながら私めのを使わせて頂いた次第で……」

 彼女は相変わらず自分を卑下するような事を言う。私は首を振って彼女の言葉を否定した。

「いや,全く気にしませんし,素直に嬉しいですよ。そんなに恐縮しないでください」

「え,ええと,はいぃ……」

 アニヤは少し頬を赤くしながらはにかんだ。どうやら照れ隠しで卑屈なことを言っていたらしい。

「さ,そんなところに立っていないで,こちらにいらしてください。その二つのカップはご自分で全部飲まれる訳ではないでしょう?」

 私がからかうように言うと,彼女は首を横にブンブンと振った。そんなに体を揺らしてはカップの中身がこぼれてしまうだろうに。私は彼女に席に座るよう促した。

 資料室にティーテーブルなど気の利いたものはないので,この長机で代用する他ない。机を挟んで座ってはお茶をするには遠すぎるので,机のそばで椅子を向かい合わせにすることで間に合わせた。

 私はアニヤと膝を付き合わすようにして,彼女の持ってきてくれたお茶を飲んだ。温かい紅茶が体に染み入るようで一口飲むと私は深く息を吐いた。そんな私をアニヤはオドオドした様子で伺ってくる。何か気になることでもあるのだろうか。

「なんでしょうか」

「なななんでもないですすいませんごめんさない」

 何か聞きたそうな顔をしていたのでこちらから促してみたが,この反応である。いい加減慣れてほしいものだ。私の方は,わたわたと落ち着きのない彼女の姿は見慣れたものである。小さな体全体を使って豊かな感情表現をしてくれる彼女を見ているうちに,何だか肩の力が抜けたような気がした。

 私は「気にしませんから」と再度促した。彼女は若干落ち着きを取り戻すと,遠慮がちに聞いてきた。

「あの,お忙しい,のですか」

 一瞬,課題を手伝っていないことへの非難かと思ったが,私はすぐにその考えを追い払った。彼女の声には気遣いの色があった。

「ええ,まあ,色々駈けずり回っています」

 ここ最近の失策を思い出して,曖昧な物言いになってしまった。私はごまかすようにカップに口をつけた。

「色々,お調べになっているようですね」

 一方的に会話を切るような返事をしてしまったが,アニヤは構わず話題を繋げた。彼女にしては強引な感じだ。

「何か知りたいことでも?」

「い,いえ! そういう訳では,なくてですね。その,ルシア様,ご無理をなされているんじゃないかと,思って……。今日も,随分お疲れのご様子でしたし」

「ああ,そんなことですか。ご心配なさらず」

 何かと思えば私のことだった。だから私は何の気もなく返事をした。

「そんなことなんかじゃないです!」

 アニヤにしては大きな声であった。力強い否定の声が資料室に響いた。

「アニヤ君……?」

「ご,ごめんなさい。でも,ルシア様は,いつも余裕そうで,私のことをからかって来る人で……。今日みたいに,私なんかの前であんな無防備な姿をなさるなんて,なかったことですから」

 ……そうか,彼女は私のことを心配してくれているのだ。

「なるほど,貴女に寝顔を見られてしまったという訳ですか」

「あああいえ,そんなにじっくりとは見てないです!」

「見たことには見たのですね」

「ゔぁ……すいません,あんまりにも,オウツクシかったので……」

 その理由はよくわからないが。ともかく,心配を掛けてしまったことには変わりない。

「アニヤ君,心配を掛けてしまって,すいません。しばらく,こんな状況が続くかもしれません。ですが,それもしばらくです。必ずケリをつけますから」

「あ,謝らないで下さい。私は,その,ルシア様のお手伝いができればよかったのですが,何のお役にもなれそうにないです。でも,ここでこうして,ご休憩の場所くらいはご提供できると思っていますから! お疲れのときはご無理をなさらないでください」

「ありがとう,アニヤ君。役に立たないなんて言わないで下さい。貴女のおかげで,ずいぶん励まされているのです。それと,課題を任せきりで申し訳ありません。……よく考えてみれば貴女には助けて貰ってばかりですよ」

「そ,そんなことは」

「そんなことあるのです。さて,そろそろ,行かなければなりません。お茶,ありがとうございました。とても,美味しかったですよ」

「あ,とんでもないです。……ルシア様」

「なんですか?」

 席を立った私をアニヤが呼び止めたので返事した。彼女は少し口ごもるようだった。何を言おうか迷っている様子だった。しかし,少しの遠慮の後に発せられたのは単純な言葉だった。

「その,頑張って下さい!」

「……ええ。貴女こそ課題に没頭しすぎないで下さいね」

 私は資料室を後にした。ここ最近落ち込んでいた気分が晴れたような気がした。

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