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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
学院、初年度の騒乱
27/85

アニヤの時間

別作業のため,朝に投稿できませんでした。朝までには終わると思っていたのです。。。


そして,ストックがついに底をつきました。

続ける気は満々ですが,おそらく不定期更新になると思います。

 学院の生徒は,とくに三年次までは強制的に寮に入らされる。自助自立を学ばせるためらしい。ただ,流石に学院も,一つの寮に平民と貴族とを一緒くたに出来なかったのか,身分によって建物は別れる。学生の間では貴族寮,庶民寮と呼ばれている。いくらか設備の充実さが異なるらしい。自助自立という名目を掲げているのに,身分で建物を分けて貴族には手厚い保護を与えてしまっては本末転倒のような気もするが,学院も特権階級の意見は無視できないのだろう。それで,せめてもの処置ということなのだろうか,貴族寮でも大抵の人間は相部屋に押し込まれる。おおよそ身分の同じもの同士で相部屋となるよう部屋割りがされるらしい。もちろん,その年に入ってくる貴族の子弟が階級ごとにちょうど割り切れるように調整されているわけでもない。どうしても位の差で相部屋にできない者がある。そうした者たちには個室があてがわれる。身分差を無視して相部屋にしてしまわないのは,上下関係のために不都合が生じかねないからだ。同室の上位者が下位者に命令して何でもやらせてしまうこともあり得なくない。そういうわけで,そもそも数の少ない高位貴族は個室をあてがわれることが多い。王室の近親者などはそもそも釣り合う者がいないし,私のような古い侯爵家の者は,家同士で何かと互いに因縁があるので,おちおち同室になどさせられない。私とてブロンストの倅と同じ部屋にさせられた日には,心休まる暇もないだろう。

 そうした事情もあって,家柄だけは良い私は個室に収まっているのであった。

 貴族寮は流石に居室もそれなりに広い。人を招いて小規模な茶会などをする者もある。壁の作りも重厚なので,窓を締め切ってしまいさえすれば,室内での会話が漏れることもない。仲の良い者同士で密談するにはもってこいというわけだ。そのため彼らを私の部屋に招いたのは自然の流れだった。といっても,仲良くしたい相手ではないが。


 他人のことを悪く言いたくは無いが,軽薄という言葉は,まさしく対面に座る二人の人間を的確に表現するものであった。

 ヴェスター兄弟は印象の薄い双子である。二人共に中肉中背の平凡な顔つきをしている。雑踏に放り込めば容易に人混みに紛れてしまうだろう存在感の希薄さである。しかし,侮ってはならない相手である。こちらを値踏みするようなあまり品の良くない目つきを寄越しながら,ニタニタと人を小馬鹿にした笑みを浮かべている。こちらが弱腰を見せれば,足元を見て高飛車な要求をふっかけて来るに違いない。気の抜けない相手である。

「それで,僕達に協力して欲しいということですね,閣下?」

「そのとおりです。我々としてはこの事態は見過ごせない。一刻も早く解決するには,ガルマトゥリエの布告を出す必要があります。ご協力をお願いします」

 表面上協力を願うと言っているが,私の言葉は侯爵家の次期当主の意向を汲んだものである。すなわち,ブラドスキー侯爵家の力が協力という二文字の背後に控えている。伯爵の家の彼らから見たら命令に近いだろう。これは,私の不注意で,ユリア嬢を怒らせてしまった言葉使いである。今回は,あえて意識的に用いることで,相手を牽制することとした。まずは,様子見である。

「ええ,ええ。もちろん,協力させて頂きますとも。我々も,罪なき一人の少女が皆にイジメられていることに,心を痛めておりました。ねえ,兄者」

 答えたのは双子の弟のフリールであった。彼は芝居がかった態度で兄であるフルールに同意を求めた。フルールはしきりに頷きながら「いかにも,いかにも」と弟に答えた。

「それでは,投票いただけるということですね」

「ええ,もちろん。我々兄弟,喜んで投票しようと言うものです。ねえ,兄者」

「我々は協力を惜しみませんよ,閣下」

 二人は抑揚に答える。しかし,言葉の節々に感じられるのは私への嘲笑であった。彼らのニタニタと品の無い笑みから,こちらに協力をする気が全くないことは明白だった。その態度から自分たちが有利な立場に居ることを理解している様子である。そしてそれは事実であった。五人のリストは誰一人欠くことは出来ない。私が彼らを無下に出来ないことを,二人は知っているようだった。軽薄でいるようで抜け目ない。まったく忌々しい兄弟である。

「……ご協力を頂けるということで感謝致します」

「ええ,我ら兄弟,閣下のお力になれることは何でも致しますよ。ねえ,兄者」

「そうともフリール。閣下,何事もこのヴェスターをお使いください。きっとお力になりますとも」

 見るに堪えない三文芝居である。ニヤニヤと笑いながら彼らの口から吐かれる台詞はどれも嘲りでしかない。こちらの立場の弱いことを知って,侮っているのだろう。

 私は今回の交渉が失敗に終わったことを悟った。ヴェスター兄弟は軽薄であるが愚鈍ではない。自分たちを取り巻く政治の流れを読む力を持っている。

 私は,適当な言葉を二人に与えて,さっさとこの場を去ってしまいたかった。もう一度作戦を練る必要があった。

「しかしですね,閣下」

 その時,弟のフリールがとぼけた口調で私を引き止めた。

「我々も協力差し上げたいのは山々なのですが,ちと,問題がありましてな。ねえ,兄者」

「ああ。これが,なかなかに深刻でして」

「一体何だと言うのです」

 もったいぶった物言いに私は不快感を堪えながら話の続きを促した。

「我々,どうにも近頃物忘れが激しくてですね。閣下のお頼みとあればご協力を惜しまぬのですが,投票のこと失念してしまうのではと心配で心配で」

「我ら兄弟二人とも物忘れですからな。片方が忘れていても片方が覚えて居れば支障ないのですが,両方が忘れているとなると気づかせてくれる者もなし。いやはや,どうしたものか,弟よ」

「困ったな兄者。……そうだ,兄者,忘れぬように何かを身につけようぞ。普段から肌に触れておれば忘れもしない」

「おお名案であるぞ弟よ。しかし,これも困った。あいにく手持ちで都合の良いものがないぞ」

「なんと,それは間の悪い。仕方の無い。不躾ではありますが,一つ,肌に触れるものをお借りできませんか」

 来たな。わざわざ芝居を打って協力の対価を要求してきた。彼らは最初からこれが狙いなのだろう。今,私に用意できるものは少ない。法外なものを要求されても困るし,そもそも彼らの要求を飲むのは避けたい。今後の力関係に影響する。約束を今のような調子で直前になって反故にされる可能性もあるのだ。私が彼らを制御出来る立場でなければ,あまりにリスクが高い。

「……何がお望みですか」

 念のため要望だけは聞いて置くことにした。もちろん,叶える気はない。

「いやはや,申し訳ない。何,お借りするだけですから。ちゃんと傷つけぬよう使()()()はお返し致しますとも」

 兄のフルールが言った。彼の物言いが引っかかった。フルールは言葉を続けた。

「文門の,なんと言いましたかな,あの教師。……ああ,ミリエル嬢でしたな。閣下もご存知のはずでしたね」

「彼女は私の友人です。それがどうしました」

「ははは,友人などと! 閣下も秘密がお好きのようで」

 弟のフリールが笑った。下卑た笑みだった。

「閣下の愛妾をお借り受けしたいのですよ。あの教師,体つきだけは上物ですからな。あれを普段から抱いておけば,我々もお約束を忘れませぬて」

 二人の兄弟はニヤニヤと笑いながら私を見た。


 それからは話にならなかった。

 我慢の限界に来た私は,二人に怒声を浴びせて自室から追い出した。二人は無遠慮な嘲笑を残しながら部屋を出ていった。一人となった私は,怒りで立ちすくみながら,必死で冷静さを取り戻そうとしていた。

 よりによって,ミリエル嬢を持ち出してくるとは。彼女に対する連中の扱いは一体何だ。まるで妾であるというような物言い。私はそれが我慢ならなかった。

 彼らの要求はミリエル嬢への侮辱に他ならない。私の大切な友人であり,我々ブラドスキーにとっても恩がある彼女に対してあのような物言いである。それは,彼女だけでなく私やブラドスキーへの侮辱となる。ミリエル嬢の身柄はブラドスキーの庇護下にあり,すでに彼女は我々の身内といっても過言ではない。ブラドスキーがそのような待遇を与えるほどのことを,彼女は我が家にもたらしてくれたのだ。そのような人物へのあのような要求である。私個人としても許しておけないし,我が一族としても捨て置けない。

 しかし,表立ってヴェスター兄弟を糾弾することは出来ない。密室での会話であり,私がいくら彼らが言ったと証言しても,相手は知らぬ存ぜぬを通してくるだろう。これでは水掛け論となってしまう。したがって,内々で処理する必要があるのだ。

 私は兄上に報告をするとともに,これは兄上だけに留めておける問題ではないと感じた。私は父上の協力を得る必要を感じた。もはや学生同士の諍いではない。彼らの行為は我家への挑発行為だ。対処の如何は当然家長の採決によらなければならない。

 兄上にも話を通しておき,私は父上へ事の詳細を手紙で送った。

 父上からの返信はすぐに来た。徹底的にやれとのことだった。手紙とともに軍資金も送ってくれた。これで根回しをしろということなのだろう。加えて,ある伝手への紹介状もくれた。一種の探偵業のようなところらしい。父上も何かにつけてよく使っているとのことで信用できそうだ。ただ,気がかりなのは,この伝手は兄上には教えないで欲しいと書いてあることだ。もしかしたら,汚れ仕事もこなす裏稼業なのかもしれない。だとしたら,たしかに兄上には伝えない方がよいだろう。彼は清濁飲み合わせる人間かもしれないが,自ら濁に手を浸すべき人ではない。そうした仕事は私のような人間に任せるべきだ。だからこそ,父上も兄上には教えるなというのだろう。

 私は父上の支援に感謝した。今の私に必要なのは,ある意味こうした非正規な手段なのだろう。毒をもって毒を制すというやつだ。私にとってこうした汚れ仕事は問題にはならない。どうにも性分らしく,交渉事においても,あまり正攻法というのが得意ではないようだ。交渉するならば,やる前に全てが決まっていてほしい。問答は無用である。望ましい結末のために,出来うる準備をするまでだ。彼らには,我々を侮ったことに対する,丁寧な礼を返してやらねばなるまい。

 私は,ふと,大叔母様の言葉を思い出した。

『戦うのです。侯爵家の名の下に。敵は完膚無きまでに潰しなさい』

 懐かしいしゃがれ声が聞こえた気がした。



 私はいつもの資料室へと足を運んでいた。といっても,ここに来るのは久しぶりである。最近は人と会う用事が多く,結局来れずじまいだった。老師の課題も進んでいない。いや,正確には進んでいるのだろう。私と長机を挟んで対面に座りながら,私など存在してないと言わんばかりに脇目も振らず作業を進めるアニヤ女史のおかげで,調べはだいぶ進んでいるはずだ。単に私の貢献が限りなく少ないだけである。任せっきりにしてしまって心苦しい限りだ。

 資料調査と整理はアニヤがほとんどやってくれてしまっている。もはや,私の出る幕はなさそうである。私に出来ることと言えば,一心不乱に書物を読み散らかす彼女の周囲を片付けてやるくらいか。読み終わったと思しき本が,彼女を中心に放射状の線を描かんばかりである。

 資料室は地下にあるためか,少しひんやりとしている。初夏とはいえ,やや過ごしづらい外気温になって来た今日この頃では,この部屋に居ればちょうど良く涼める。私は一通り片付けが終わってしまって,彼女の対面に戻った。座って,なんとなく彼女をじっと見つめてみたが,アニヤは気がつく様子もない。すごい集中力である。

 静かな資料室には,本をめくって紙がこすれる音と黒板に石灰を打ちつける音がするばかりである。栗色の髪が,じっとしていられない性質(たち)の彼女の動きに合わせて揺れている。同じく風にそよぐような前髪の奥には,真剣な瞳がある。私はここで初めて,彼女の瞳が髪の色と同じくブラウンであることを知った。如何に日頃から彼女が私に目を合わせてくれないかが分かるというものだ。

 ……なんだか,少し眠くなってしまった。この頃,気を張ることが多かったためだろうか。自分でも知らずに,疲れをためてしまっていたのかもしれない。

 再び,アニヤの様子を伺った。私の心労など知りもしないだろうアニヤ女史は,その小さな体で膨大な知識の海を自由自在に泳いでいる。普段の臆病な彼女からは想像も出来ないほどに,知識の世界での彼女の歩みは大胆である。きっと彼女はどこまでも,()むことなく,新しい知を求めて進んでいけるだろう。未知は彼女の敵でなく遠方の親しい友人のようなものだ。久しぶりに会えれば再会の喜びに時の経つのを忘れてしまえる。

 この子のためでもあるのかしもれないと思った。学院の治安を取り戻すこと。一体,私がやるべきことだろうかとも思った。私は単なる一学生に過ぎない。たしかに,家の爵位は高く,それに付随する様々な責務はつきまとう。もちろん,それを無駄なことだとは思わない。責務は責務である。大叔母様の教育を思い出すまでもなく,ノブレス・オブリージュは果たされなければならない。それでも,今回のような騒動に対して,義務感だけで手出ししていることに違和感を覚えない訳でもなかった。結局,どこかで,仕方ないという気持ちで,手を出しているに過ぎなかった。マリアナに言われたとおりなのかもしれない。

 それでも,今は。うたた寝しそうな,彼女と私の居るこの時間のためであれば,もう少し頑張れるかもしれない。

 まどろむ意識の中で,向かいに座る彼女の栗色をぼんやりと眺めながら,そう思った。

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