手探りの日々
小奇麗なお仕着せを身にまとって従者然としているが,佩剣して隙のないその出で立ちから,彼らが普通の使用人でないことは明白であった。
マリアナへの対抗手段として貴族たちの取った方法は単純であった。自分たちだけでは敵わないのなら,力を持った者を呼べば良い。彼らは貴族である。戦力を得たければ,学内の治安近頃甚だ悪し,自衛のため護衛の兵数人送られたし,と実家に伝達すればよい。家も委細承知しているから,すぐさま人と装備を送る。学院も自衛のため,と言われれば下手に文句は言えない。それゆえ,ここ最近の学内は,帯剣した人間が装備をガシャガシャと鳴らして歩くような,ずいぶんと物騒な所となってしまった。
私はここ最近の動向を兄上に相談することにした。彼は学内でも顔が利くし,何より侯爵家次期当主としての権力がある。暴走する貴族どもを抑えつけるためには,兄上の協力が不可欠であった。
兄上は学院では”ガルマトゥリエ”といういわば生徒会のような組織に所属していて,他の生徒たちのリーダー的存在となっているという。ガルマトゥリエとは塔の守り手という意味だそうだ。学院のシンボルでもある塔に活動拠点があり,選ばれた生徒しか入ることを許されない。特に成績の優秀な者,あるいは,家柄の秀でた者だけが,この会への参加を許される。とはいえ,現状は全会員を貴族が占める。しかも,比較的高位の貴族の子弟が集まっている。平民の学生も学院から奨励金を与えられるほど優秀であれば入会の資格はあるが,高位貴族のサロンと化した塔の談話室に,足を踏み入れたいと思う者は居ないようである。
塔に兄上が居ると聞いて,ガルマトゥリエのサロンまで来た。会員以外の入室は原則禁止だが,会員の血縁者だけは手続きを踏めば入室が可能である。
扉を開けて部屋に入ると,見慣れぬ人間の入室に,中に居た者たちから不審な目で見られた。しかし,私の素性をすぐさま悟ると,一転,歓迎するように目礼をくれた。ガルマトゥリエは非常に排他的な組織だそうだが,身内には案外寛容である。
部屋の内装はまさしく貴族の邸宅にある談話室である。なるほど,平民が寄り付かない訳だ。特権階級の趣味を凝らして,完全に貴族の縄張りにしてしまっている。
兄上は部屋の窓際で数人と立ち話をしていた。部屋の者たちの視線の動きに気付いて,彼もこちらに視線をよこした。突然の弟の来訪にやや驚いたような顔をしたが,すぐに表情をやわらげ,嬉しそうな笑みを浮かべた。
二年振りの我が兄は歳も十五となり,背も伸びて随分大人びた様子である。文門での成績は優秀で,家柄の良さと面倒見の良さから生徒の取りまとめ役を引き受けているという。眉目秀麗,文門切っての優等生,その上,血筋はかのブラドスキーの跡継ぎとあって,上は貴族のご令嬢から下は庶民のお嬢さんまで,女生徒たちが噂にしない日はないと聞く。
私は久しぶりの再会を喜んだが,せっかちな兄上は早速本題を切り出してきた。
私は最近の学内のいざこざを経緯も含めて報告した。当然,手紙などで前もって知らせてはいたので,彼もこの騒動については知らない訳ではないが,細かい事情まで知っている訳ではなかった。
「あまり好ましい傾向とは言えんな」
我が兄マリウスは新入生たちの動向についてそう評した。私も同意見だった。
「ええ,たった一人の少女のために,護衛とはいえ私兵を動員するのは流石に度が過ぎています。兵を学内から退去させるようにできないものでしょうか」
「そうだな……。お前からとはいえ,ブラドスキーの名前を使った勧告も効果がなかったのだ。学院はあてにならん。こうなっては,ガルマトゥリエから布告を出させるしかあるまい」
ガルマトゥリエの布告は強力だ。これを無視するような貴族の子弟は,学院にいる間ばかりか卒業した後の社交界でも肩身の狭い思いをすることとなる。そうなっては,当人ばかりでなく,その家の評判にも関わってくる。それゆえ,布告を無視することは貴族にとってタブーであった。
布告が出れば事態も収拾がつく。しかし,兄上の表情は冴えなかった。
「難しい,のでしょうか」
「ああ」
兄上はそう頷くと,顔を寄せて小声で話を続けた。
「ガルマトゥリエとて一枚岩ではない。実を言えば,今回の騒動では兵の動員もやむ無しという者たちもかなりの数いる。布告を出すには過半数の得票が必要だ。私のような保守派だけでは数が足りん。我関せずを決め込んでいる連中を取り込む必要がある」
我が兄は苦々しい顔つきをしながら言った。中立派を気取る日和見の連中が憎たらしいようである。私も同意見だった。
「数は」
「五人だ。それだけいれば過半数を取れる」
「目星はありますか」
「これからだ。中立派の連中とは関わりが薄い上に,ブロンスト家に縁のある者が何人か居る。下手に刺激して反対に回られたら厄介だ」
ブロンストは我が家とは政治的な対立関係にある家である。なるほど,これでは兄上も迂闊に手を出せないという訳か。
「ご苦労をおかけしますが,なんとかお願いします。候補者を絞ったら連絡ください。その間,私は新入生たちをなだめて時間を稼ぎます」
「ああ,頼む。すまんな,お前には損な役回りを押し付ける形となってしまった」
「いいえ,気にしていません。それよりも,問題の解決が優先です」
あまりコソコソ話をしていては怪しまれる。私は兄上から顔を離すと,表情を取り繕って挨拶した。
「今日はお時間ありがとうございます。また,ご挨拶に伺います」
「ああ。いつでも来るといい」
私は何でもない顔をして談話室を後にした。
騒動の中心はマリアナである。必然的に,私は彼女に接触する必要があった。もちろん,彼女は被害者である。彼女は貴族たちの一方的な暴走に迷惑をこうむっていることは確かだ。ただ,そうした貴族たちの攻撃への彼女の対応はあまり褒められたものではない。目には目を。歯には歯を。そう言わんばかりに,マリアナは必ず仕返しを忘れない。
先日,貴族の私兵が彼女に剣を抜いて襲い掛かった事があった。これは他の生徒たちには伏せられている事件だが,私は妙に顔の広いリネルから報告を受けた。その哀れな兵は全治数ヶ月の重症を負ったそうだ。剣は砕かれ,両の腕と肋を粉砕され,顔面はまるで鈍器で殴られたかのようであったという。
自衛のためとはいえ,生死も問わないと言わんばかりの所業だ。もちろん,戦闘のプロである兵士が一人の少女に対して剣を抜いている時点でナンセンスであるし,剣を抜いたのだから命のやり取りの覚悟が彼にもあっただろう。やり返されて死んだところで文句は言えない。だが,それにしても,彼女は苛烈である。いっそ潔いほどの苛烈さは,彼女の龍人としての性質なのだろうか。リネルから聞いた話だが,龍人族は老若男女,皆が誇り高い戦士なのだという。彼らにとっては誇りを傷つけられることは,我々貴族と同様,死を持って償わせなければならないほどのことだという。そんな彼女の性質は,仕方のないこととはいえ,事態を悪い方へと傾ける要因だった。
「それで,オレに何の用だ」
短く切りそろえた新雪のような白髪とまばゆいほどの褐色の肌とが対照的な龍人の娘マリアナは,鋭い目つきで私とリネルとを睨みつけた。なかなか迫力のある凄み方である。リネルに付いて来てもらって良かった。正直,私一人だけであったら怯んでしまいそうだ。
講義終わりの教室に見計らって二人で来た。渦中のマリアナとて講義には出なければならない。
私らが来た時点で,他の生徒たちは気を利かして部屋から出て行ってくれた。なので,この教室には私とリネルとマリアナの三人しか居ない。
「もちろん,今の惨状についてです」
私は内心を押し隠しながら表面上は余裕そうな表情を作った。
説明役はリネルが買って出てくれた。
「君にやられた者は数え切れないほどだけれど,いずれも打撲程度で済む軽傷者。今回はじめて重傷者を出したようだね。事は公になっていないが,一部の者たちの間では非常に問題となっているんだ」
リネルが脅かすように言う。これでは,私たちが悪役のようだ。
マリアナはリネルの言葉を鼻で笑った。
「はん。剣まで抜いたんだ,戦士なら文句はねえはず。しかもこっちは素手だった。そもそも卑怯なのはてめらだってのに,おエライ貴族様方は,自分らに正義があると思い込んでやがる。何が”問題となっている”だ。恥を知れ!」
リネルが表情を強張らせて何か言い返そうとした。私はそれを止めた。彼女の言い分はもっともではある。だからこれに反論しても仕方がない。
「貴方の言い分も理解します。我が国の貴族たちの行動は目に余る。一介の生徒を理由に,私兵を招集して学び舎を闊歩させることなど,言語道断です。これには然るべき対処を今まさに準備しています」
マリアナは意外そうな顔をした。私を過激派の貴族の一員とみなしていたのだろう。だからこそ,私は彼らとは違う立場の人間であることを示す必要があった。しかし,他方で,彼女には言わなければならないこともある。私は言葉を続けた。
「しかしですね,マリアナさん。一方で,貴方の頑なさが事態をより悪化させたことも否定できないでしょう」
「は,オレのせいだって? バカ言うじゃねえ。手を出してきたのはあいつらだ,オレは身を守ったに過ぎねえ」
私の言葉に案の定マリアナは反発した。
「そうでしょう,貴方は自衛のために暴力を振るった。一方で,貴方は話し合いをする余地を残さなかった」
「話し合いだって! 何をのんきなことを言ってやがる。こっちはやるかやられるかだ。おしゃべりしてる時間なんかねえ!」
彼女は声を荒げて私の言葉を遮った。私は静かに首を横に振った。
「その考え方が間違いです。何も拳や剣だけが武器ではありません。言葉も十分な武器となりうる。貴方がなすべきだった”交渉”とは,相手に貴方の脅威を改めて認識させ,これ以上の闘争は彼らにとって不利益でしかないことを理解させ,そして,事実上の降伏を引き出すことです。それは,彼らの矮小で傷つきやすい面目を保つための台詞を彼らに吐かせながら,です」
「おまえ……」
マリアナが驚いた顔をして私を見つめた。粗野だが実直な気性をたたえた彼女の赤い瞳が輝いた。
「今の状況,貴方も望ましくはないでしょう。事態の早期解決には工夫が必要です。我々に協力願えませんか」
「……おまえの言いたいことは分かった。だが,信用ならねえ。早期解決とか言ってるが,こうして今さらになってオレに話を持ちかけて来やがった。おまえ,本当はこの状況をどうにかしたいなんて思ってないんじゃないか? 何か裏があるんじゃねえか」
「初動が遅れたのは,私の事態の見通しの甘さゆえです。正直,これほどまで騒動が拡大するとは,思っていなかったのです」
「は! 偉そうなこと言っておいて,おまえも大したことないな。口だけのやつの力なんか必要ねえ。向かってくるやつはオレ一人で殲滅してやる。助けなんざいらねえな」
「マリアナさん,それでは何の解決にもなりません。それに,巻き込まる一般の人はどうする気ですか」
「……黙れ,自分の身も守れねえやつのことまで考えられるか」
マリアナは身を翻してその場を立ち去ろうとした。私はとっさに彼女の腕を掴んで引き止めた。
「マリアナさん!」
「うるせえ!」
しかし,私の手は強い力で振りほどかれた。彼女はそうして再び私達に背を向けた。
「君は,それでは,孤独になるばかりだよ」
立ち去ろうとするマリアナの背にリネルが冷ややかに言った。彼女の歩みが止まった。
「上等だ!」
マリアナは振り向きもせず言い放った。そして,有無を言わさず,教室を出て行ってしまった。
私はリネルの顔を見た。彼はどこか不愉快そうな顔をしていた。普段は温和な彼とは思えないほどに,瞳に暗い感情を込めて彼女を睨みつけるようである。私はハっとした。まるで,目の前の人間がリネルとは別人なような気がしたからだ。底の見えない暗闇が彼の瞳の奥に宿っている気がして,何だか恐ろしいように感じた。
「リネル……?」
「行ってしまいましたね,力及ばず残念です」
思わず掛けた私の言葉に,振り返ったリネルの表情はいつも通りであった。そこに先ほど見えた暗い感情は無い。私の見間違いだったのだろうか。
「いえ,あなたのせいではありません。彼女の協力は得られそうにもありませんね。次の手を考えましょう」
私は当たり障りなく返事した。リネルは特に疑問を感じた様子もなくうなずき返した。
私たちは教室を後にした。リネルは平然としている。そんな彼の様子が私は却って気になって仕方がなかった。




