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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
学院、初年度の騒乱
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召喚術

 龍人の娘の騒動は収まる気配を見せなかった。しかし,そればかりにかかずらってはいられない。私だって,自分の学生生活を満喫したい。前世の社会人として生きた記憶があるからか,やはり学生というのは良い。身も心も学生だった頃は,何のモチベーションもなく講義を聞き流したりしていたが,一度社会に出て勤め人となると,やれビジネス知識だやれ業務知識だと,実務的なことばかりで味気なくなってくる。勉強の仕方も要点を抑えてサッサと済ませるような具合で,理論体系をじっくり学ぶということもなくなってしまう。何に役に立つのか分からないが,体系的に整理された学問を学ぶ時間は楽しいものだ。

 学院にはいくつもの講義が存在する。中でも召喚術の授業は私を大変魅了した。分類としては魔法科系の授業だが,受講者数の大変少ない非常にマイナーな講義である。受講している人間も物好きか暇つぶしかの二者で,熱心なのは私を含めごく少数である。

 老齢の召喚術師ルドゥロフは,ゆったりとしたローブの似合う細身の老人である。講義の語り口は滔々として穏やかであり,内容は彼の博識を遺憾なく発揮したもので,単なる教科書の朗読に終わることは決してない。そもそも召喚術という魔法分野自体が,考古学や歴史学,詩学などと密接に関係するため,実は学際的な分野だったりするのだ。


「さて,召喚術というものは,一言で言ってしまえば,過去の力を借りる魔法だと言えるかもしれません。古代ルシーカについては,皆さんご存知かとも思います。召喚術というのはルシーカの時代に最も隆盛した魔法術です。かつて帝都に存在した魔法の研究所である”七賢の塔”の一棟は召喚術の研究所だったと言われています。ご存知の通り,古の帝都は現在のフェリシカにあったため,フェリシカでは古い召喚陣が多く発見されています」

 フェシリカは東の隣国テリカを挟んで一つ隣にある王国である。かつて絢爛たる文化の栄えた古代帝国ルシーカの遺風を受け継ぐ国だ。この古代帝国はこの地域の国々にとって重要な意味を持つ。なぜなら,ルシーカの遺した文化はこの地域の文明の源流となっているからである。そのため,古代帝国の風を遺すフェシリカの文化も他国に重要視され手本とされることが多い。とくにその国語などは,各国の上流階級の人間にとっては身に着けていなければ,対話するに値しない人間と見なされるほど,重要な教養の一つとなっている。

「そのルシーカ時代の召喚陣を調べて見ると,忘れ去られた神々の名前や英雄の名が刻まれていることがあります。古い召喚陣は考古学の貴重な資料ともなるのです。中には驚くほど保存状態の良いものもあり,適切な魔力と詠唱さえあれば,古の召喚術士と同じように古き神々や英雄の力を借りられるようにも思えるほどです。しかし,そうは上手く行きません。現代の一流の召喚術士たちを以てさえ,陣の発動は叶いませんでした。何故だと思いますか?」

 老師ルドゥロフはいたずらげに微笑んで,講義室の最前列で熱心にメモを取る小柄な少女に目を向けた。少女は老師の話が止まったのに気づいて怪訝そうに顔を上げたところで,ようやく,ルドゥロフの茶目っ気たっぷりの視線が自分に向いていることに気づいた。目に見えて焦り出し,えうあう言いながら忙しない様子である。

 彼女は平民出のアニヤという名前の少女だ。たいへん臆病な性格で,色白で小柄な見た目とだいぶ幼い顔つきも相まって,見ているこっちが心配になる少女である。実際,私が数少ない熱心な受講生仲間を発見したことに興奮して,無遠慮に話しかけてしまったときには,あからさまに怯えてマトモな会話が成立しなかった。なんとか名前くらいは聞き出そうとしたら,青い顔をして「あにゃです,すいませんごめんなさい許しくてくださぃ……」と震えながら答えてくれた。あまりに気の毒なのでそれ以来話しかけていない。

 その時から,彼女の名前はアニャだと思っていたのだが,彼女が他の人間に自身をアニヤと紹介している場面を偶然目撃した。それで,彼女が自身の名前を噛んだだけだったのだと知った。

「さあ,分かりますかな?」

 存外,畳み掛けるな老師。どう見たって分からないだろうに。先ほどからアニヤが妙な鳴き声を上げて縮こまっている。

 仕方なく,私が助け舟を出した。

「記憶,でしょうか,ルドゥロフ先生」

「君は……ああ,ブラドスキー侯の。おっしゃる通りです」

 老師は目を凝らしながら私の方を見ると合点がいったような表情をした。単に老眼なだけであったか。

「彼が言った通り,記憶が問題なのです。召喚術というのは,過去の力を借りる魔法だと言いました。では,過去の力とは? そもそも過去とは? 我々術士は過去を志向して術を行使します。その際の過去とは,術士にとって大変主観的なモノです。なぜなら,我々は過去というものを記憶としてでしか把握することが出来ないからです。では,記憶とは? 個々人の記憶が力を持つというのはどういうことでしょうか? しかも,それは,ある種の他者との共有が可能なものらしい。でなければ,召喚陣を他人との間で使いまわせることなど出来ようもありませんからね。……古代ルシーカの人々は記憶を”神秘の宮殿”と表現しました。そこには,個人の認識を超えた,むしろ,我々の記憶に刻みつけられた神々や英雄たちの存在の根源が潜んでいると考えられたのです」

 老師ルドゥロフは我々の表情を見渡した。老眼らしい彼には我々の顔など見えもしないだろうが,私は何だか惹き込まれそうな気がした。私以外にも,先程まであわあわしていたアニヤ女史も気を持ち直して,彼の話に熱心に聞き入っている。

「神秘の宮殿は大衆の認識があってこそ,我々に接近し得る。では,忘れ去られた英雄たちや神々は,どこへ行ってしまうのか。彼らは記憶の彼方へ葬り去られ,亡き者にされてしまうのでしょうか? 宮殿の門は閉ざされて夢幻の砂漠に埋没してしまい,さながら,かつて栄えた神殿が朽ちて砂の下に埋もれてしまったかのように,忘れ去られてしまうのでしょうか。……少なくとも,我々にはもはや,かつての神々や英雄たちの根源に触れることは出来ません。ゆえに召喚陣は起動しないのです」

「えっと,あの……」

 ちょうど老師の話が一段落したところで,アニヤが恐る恐る手を挙げた。気が小さいにも関わらず,こうして授業中に積極的に質問をするのは彼女だった。だが,毎回プルプル震えながらなのは,一体度胸があるのか無いのか。面白い子である。

「忘れ去られてしまったものは,もう,二度と起動出来ないのでしょうか……」

 彼女の問に老師ルドゥロフは抑揚に頷いた。

「そのように言われています。しかし,私はそうは思いません。かつて権勢を誇った存在たち,特に神格さえ与えられていた強大な存在は,至る所に自身の痕跡を残しているものです。それは山や川の名であったり,自然現象の名であったり,あるいは家名なども考えられます。名家は英雄に起源を持つことが多いですから。それ以外にも,伝承が歪められて別の名を持った存在として残っている場合もあります。かつては豊穣の神として祀られた存在が,淫逸の悪魔に貶められ現在にまで残っている例もある訳です。それらを手がかりとして再び神秘の宮殿に迫れるのでは,と私は考えています。覆い隠されているだけで,失われた訳ではないのです。きっと,世界中に散逸した手がかりを繋ぎ合わせることで,夢幻の奥深くに埋もれた宮殿は,再び浮上するに違いありません」

 老師が穏やかな口調で述べた内容には,しかし,確かな熱量が込められていた。おそらく彼が研究者としてずっと取り組んできた事の礎となる信念なのだろう。そこには,老師の普段の飄々とした態度からは伺い知れない力強さがあった。

 これに(いた)く感動していたのはアニヤである。目をキラキラさせて老師の話にしきりに頷いていた。先程まではビクビクしていたのに,感情表現が忙しい子である。

「さて,今日はここまでとしましょう。次回は実際に召喚を執り行ってみましょう。何を召喚したいかは宿題として差し上げますから,各自召喚陣をお調べになって下さい」

 何やら後ろから不満そうな声が挙がった。あまり熱心ではない生徒たちである。課題がほとんど出ないと評判の授業なので,楽に履修出来ると受けてはみたが,当ての外れたという所か。次回はもっと人数が減りそうである。


 私は老師ルドゥロフに聞きたいことがあったため,彼の研究室に向かっていた。ミリエル嬢の文門の研究棟とは異なる魔法科の研究棟であるため,少し迷ったがたどり着くことが出来た。文門の研究棟は,官僚となる人も多いためか,整然とした雰囲気のあった建物だが,魔法科の研究棟は雑然としている。廊下にはよく分からない機具が出しっぱなしになっていて通りづらいし,壁にはよく分からない魔法陣や呪文らしきものが貼られていて棘々(おどろおどろ)しい。窓側にも物を置いたり貼ったりしているために廊下が薄暗くてかなわない。そのためか,あるいは,他の理由か,建物を歩いていると,何か妙な魔法に掛かっているのではと思うくらいに方向感覚がおかしくなる。そのために,ルドゥロフ師の所まで行くのに迷ってしまった。

 ようやく辿り着いたと思って,ホッとしていると,何やらすすり泣く声が聞こえてきた。ちょっとゾッとしたが,よく聞くと覚えのある声であった。

 廊下の物と物の間の薄暗いスペースに挟まって,膝を抱えてえぐえぐ泣いているアニヤ女史を発見した。

「もうやです来るんじゃなかったです帰りたいです……」

「アニヤ君」

「ひいいい……ゔぁ」

 声を掛けると小さな悲鳴の後,私の姿を視認すると奇妙な鳴き声を上げた。どこから出るのだろうかその声は。

「あー分かりますか,ルシアです。ルシア・ブラドスキー。召喚術の授業で一緒のはずですね」

 アニヤは口をパクパクさせながら,必死そうに頭を何度も上下に振った。膝を抱えてスペースに挟まったままの姿である。流石にそのままにはしておけないので,彼女をそこから引っ張り出した。

「ああああの,そのご迷惑をおけして大変申し訳なく思うのですが,どうぞ私めのことなどお気になさらず路端の石程度にお考えくださって通りすがられて頂きたく……」

「あ,いや,そんなに卑屈にならなくともよいじゃないですか,同じ学院の生徒なんですし。それよりも,貴方もルドゥロフ先生のところに用があったのではないですか」

「な,なぜそれを」

「そうでもなければ,わざわざこんな所には来ないでしょう。それにしても,そんな薄暗い所で何をしていたんですか」

「えっと,あの,先生の所に行きたかったのですけど,迷ってしまいまして……。帰り道も分からず,もう一生ここに居るしかないかと……」

「先生の部屋なら,そこですよ」

 私はルドゥロフ老師の研究室を指差した。

 アニヤは呆然とした顔をして私の指差した方向を見つめた。

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