再会
波乱の入学式から一週間も経つと,だいぶ学内のことが分かってきた。履修の仕組みは単純で,期末に行われる試験に合格すれば良い。極論すれば試験に合格しさえすれば,講義に一回も出ていなくとも良いということだ。
基本的に講義は選択制で,いくつかは必須で受けなくてはならないが,概ね自由に受講を選べる。何だったら武門の生徒が選ぶような剣術やら戦闘術などを私が受講しても良いのだ。絶対に受けないが。
入学初日に,在学生の証として銀の懐中時計を与えられた。無くしたら結構な罰金を取られるというので,肌身離さず身につけて居なければなるまい。ちなみに,この銀時計,ちょっと特殊な魔法の仕掛けがなされている。銀時計の裏には,一本の樹の装飾が施されてある。今は枝が一本もなく,枯れた樹のようで大変寂しい装飾なのだが,試験に合格しその講義を修めたと認められると,この樹に一つ枝が追加される。ちゃんと試験に合格して,しっかり履修していけば,卒業の頃合いには立派な大樹が時計に掘られているということである。もちろん,怠け者は侘しい樹のままである。つまりは,この銀時計が身分証と同時に履修証明証ともなっているのである。
せっかくなら立派な樹を育てたい。私は少し多めに講義を取ることにした。とはいえ,興味の出ないものに出席しても仕方がない。私は色々な教室を回りながら心惹かれる講義を探し歩いた。
そんな調子で受講する講義を吟味しながら一週間を過ごしていた。
「来られるなら,事前に連絡ぐらい下さいよ」
「先生を驚かせようと思いまして」
「もう,相変わらずですね,ルシア様」
私は学院の研究員室にお邪魔していた。部屋の主はミリエル嬢である。突然の来訪に大変驚いたようである。それもそうだろう,大体一年振りくらいの再会だ。
ミリエル嬢は侯爵家での勤めを果たすと,父上の推薦もあって学院の講師になった。と同時に,大学に進み研究員としても学院に在籍している。つまり講師業と学生業とを同時にこなしているのだ。
「それにしても……散らかっていますね」
「そ,それは……急に来られるのが悪いんです!」
部屋の床には書物やら資料やらが積み重なって山となっている。しかも,いくつかは山崩れを起こしてしまって,盛大に床に散らばってしまっている。それを元に戻そうという意志のある人間がここには居ないようで,部屋の中は随分雑然としている。奥には本棚が並んでいて,ちょっとした資料スペースとなっているのだから,そこにしっかり戻せばよいだけの話だというのに。
「それに,私ばかりが悪い訳じゃないんですからね」
ミリエル嬢が拗ねたように言う。その時,奥の資料スペースから,盛大に本が落ちた音が聞こえた。誰かが書棚から書籍を落としたらしい。
奥を覗いてみると,本棚の間で,書物の雪崩に飲み込まれた我が姉ロゼッタが居た。
「いたい……」
「それはそうでしょう」
「あら,ルシア?」
今まさに気づいたと言わんばかりである。本を読むのに没頭して,私の入室にも気づかなかったらしい。
大体三年振りの再会である。私が十三であるから,姉上は今は十六である。三年前から比べると,顔つきから幼さが抜けて,怜悧な美貌が一層際立って目立つようになった。まあ,その見た目に反して何処か抜けた所のあるのは相変わらずのようだが。しかし,こうした姉上の本性を知るのは一握りだろう。
五年間の学院の課程を僅か二年で卒業した異才。特に,魔法実技については,講師も含めて右に出る者の無いほどだったという。そのまま高等学院に進学しても,魔法系の講義では常にトップの座を譲らず,講師にも引けを取らないというので,特別研究員として研究室を充てがわれたほどである。付いたあだ名が”氷の魔女”。姉上は無表情だと少し冷たい印象のある目つきをしているので,中身を知らない人間がこう呼ぶらしい。
そんな氷の魔女さんは,現在私の眼の前で,書物の角で打った頭を痛そうに撫でている。
「お久しぶりです,姉上」
「……見ない間に,ずいぶん大人っぽくなったわ」
私は手を差し伸べて,書籍の山に埋もれた彼女を引っ張り出してやった。
「姉上も綺麗になられましたね」
「それを言うなら貴方だわ」
私は本心からそう言ったのに,姉上は呆れたように言い返してきた。心外である。
私は研究室の,もはや本置きになっていたソファを片付けて,人が座れるようにした。私と姉上,二人座ってようやく落ち着くことができた。ちなみに,紅茶の一つも出せないほどに,この部屋は備蓄が貧弱である。後で何か買ってきてあげよう。
「お嬢様と私は研究分野が少し被る部分があるんです。ですから,以前から資料の共有をしていたのですが,いつの間にかお嬢様が私の部屋に居着いてしまわれるようになって……」
「なるほど,この資料の山は二人分ということですか」
「はい……」
ミリエル嬢が力なく答えた。姉上は自分の部屋を持っているというのに,そこを使わずミリエル嬢の部屋に全資料を持ち込んでいるらしい。
「姉上,ご自分の部屋を持たれているのですから,ご自分の物はご自分の部屋に置かれたらよろしいでしょう」
「だって,せっかく近い分野を研究しているのだから,資料は一箇所にまとまっていた方が良いでしょう? わざわざ場所を二つに分けるのは,探す手間が増えるだけで合理的ではないわ」
「だからといって,整理整頓を放棄してよい理由にはならないでしょう。本が泣きますよ」
「むう」
姉上はむくれた顔をした。三年会わない間に,逆に性格が幼くなった気がする。
「片付けた方が資料も探しやすいでしょう。後でちゃんと本棚に仕舞いましょう。……それはそれとして」
私はため息をつきながら付け加えた。二人はキョトンとした表情を浮かべている。話題が本筋から外れているということに気づいていないのだろうか,まったく。
私は姿勢を正した。
「お久しぶりです,姉上,ミリエル先生。お会いしたかったです」
二人はすぐに表情ほころばせて,改めて再会を喜んでくれた。
「どう,ルシアは友達出来た?」
再会を祝うのも一段落したところで,姉上が突然そう訊いてきた。何やら急に保護者面である。私はそんな姉上に苦笑しながら,また,別の件を思い出して再び苦笑した。
「幸か不幸か,ですね……」
学院に来て初めに知り合ったのはリネルであったが,その後,学内のいざこざによって知り合いの増えることになった。あの入学式のとき,貴族の門弟と騒動を起こした龍人の少女マリアナのためである。
マリアナはあれからすっかり貴族の者たちに目を付けられてしまった。本人は全く意に介さないようだが,自尊心を傷つけられた貴族たちは,この少女を排斥しようと躍起になっているらしい。集団で取り囲んでリンチしようとして返り討ちに合う。集団で掛かってダメなら,個人個人で狡い嫌がらせをして何倍にもして返される。最近の学院はこの少女を起点とした暴力で彩られている。
不幸なのは巻き込まれる無関係な生徒たちだ。もちろん,同じ学院の生徒であるから完全に無関係というよりは,単に関わり合いを持ちたくない者たちだが,大抵は力の無い平民であったり大人しい気質の貴族の子弟である。彼らに貴族の関わる暴力沙汰をどうにかしろと言うのは気の毒だろう。
したがって,私のような比較的高位爵位の者が間に入って仲裁を務める必要が生じる。しかし,そんなことをやるモノの好きなど私くらいしかいないのだ。もちろん,私とてやりたくは無い。他の高位爵位の連中が傍観を決め込んでいるので,必要に迫られて私がやっているだけだ。ちなみに,学院は介入して来ない。自助自立がモットーらしい。ただの放任主義である,いい加減にしてほしい。
とにかく,仲裁人として騒動の関係者をなだめること度々であったので,巻き込まれた不幸な人にはよく感謝された。そういう訳で顔見知りは大分増えたのである。ただ,気心の知れた友人というのは,悲しいことにほとんど居ない。多少気兼ねなく話せるのはリネルぐらいか。
そんなことを彼女たちに話すと,姉上は厳しい顔をした。
「そのマリアナって子,そんなにルシアに迷惑をかけてるのに,お礼の一言もないの」
何かと思ったらそんなことか。
「まあ,仕方ないじゃないですか。なんというか,文化の違いと言いますか」
「でも礼儀ってあると思うわ。自分勝手な子」
姉上は不機嫌そうな顔をしている。会ったこともない龍人娘への印象は悪いようである。
「マリアナという子はちょっと心配ですね。ですが,そこまで大事になっているのだとすると,ルシア様だけでは手が回らないのでは」
「今の所は何とか。これがさらに続くとちょっと分からないですが」
「もし手に余るようでしたら仰って下さい。微力ながらご助力させて頂きます」
ミリエル嬢が頼もしいことを言う。彼女の立場では事態に介入したところでどうこうするのは難しいだろうが,不思議と心強いものがある。彼女は何だかんだで物事を動かしてしまう人だ。
「わたしも手伝うわ。いざという時には,ちょっとキツめのお仕置きも必要よ」
そう言って姉上はニッコリと笑った。我が姉の”キツめ”はシャレにならない気がする。姉上が出張るのは最終手段としたい。
私は強力な助っ人を得て,ミリエル嬢たちの研究室を後にした。
ちなみに部屋の片付けはキツく言いつけて置いた。ウンザリした顔をする二人であったが,ミリエル嬢も居ることだしサボることはないだろう。後で,差し入れに紅茶やら茶菓子やらを持っていってやろう。
私は次はいつ頃遊びに来ようかと考えながら研究室塔の廊下を歩くのだった。




