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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
学院、初年度の騒乱
20/85

学院広場

 オルランド王国立学院は王都のランドマークである。建物は王都の西側にある。王城は東にあるから,ちょうど相対する配置だ。

 学院も城も,普通の土地よりかは高い場所に立っており建物も大きいため,王都のどの場所に居ても,この二つの建物を見ない者は居ないだろう。さらに,学院のシンボルである尖塔は,王都中のどこからでも見えない場所はないくらい,高くそびえ建っている。その塔は,選ばれた学生のみが立ち入ることの出来るという,学院の名物であった。

 概ね定刻を過ぎたあたりに着く。建物の正門には送迎の車が並んでいた。

 建物への入り口である正門はアーチ型の通路となっている。その先は広場となっており,新入生と思われる者たちがごった返していた。さらに,正門通路の正面,広場の突き当りには十数段の階段があり,登りきった先に,横に十人くらい並べそうな巨大な木製扉の学舎玄関門がある。今は閉ざされており,我々は扉の見事な装飾を見るのみで,建物の中の様子は伺い知れない。

 実はこの門,普段は開け放たれているのだが,例年,入学生のあるこの日にだけ閉めてしまうのだ。あの巨大な扉を開けて学院長が現れ,広場に並み居る新入生たちに訓示を述べるというのが毎年の恒例だという。要は演出のために閉めているだけだ。

 私は広場に足を踏み入れた。すると,いくつもの視線が突き刺さった。大体は畏怖の感情といった所だろうか。あるいは品定め,敵対,媚びの視線だ。単純な敬意や好意も少しは含まれているようだ。

 怖がって遠巻きにしているのは,この場の大半を占める庶民の子供たちだ。国内外にその名の知られた大貴族ブラドスキーの一族の者に目をつけられたら堪らない,と言ったところだろうか。私も彼らの立場であったら,触らぬ神に祟りなしで,同じように関わらないようにしただろう。気持ちは分かるが,彼らとて国内最難関の試験を突破してこの場に居るエリートなのだから,もっと胸を張って堂々として居れば良いものを。貴族枠で試験免除な私とは心構えが違うのだから。

 一方,面倒な視線を向けてくるのは,百人以上の人間が集まる中で二十数人しか居ない貴族の子弟たちだ。あわよくば我が家に取り入りたい下心満載な者たちやら,父上の政敵の家の息子であったりと我が家と因縁のある敵対的な者たちなど,少人数ながら多様性は豊富である。

 貴族たちの反応は様々だが,それぞれがそれぞれのグループでまとまっており,すでに派閥が出来上がっている。数は力。少年少女と言って差し支えない彼らであっても,流石に社交界の常識は知っている。

 私は彼らの派閥争いに特に興味も惹かれないので,それら巧妙に隠された,しかし,無遠慮な目線たちを無視することにした。彼らが私に話しかけてくることはない。ここに居るのは,我が家より家格の下の者たちがほとんどである。そうした者たちは,上位者が声を掛けるまで自己紹介も出来ないというのが社交界のエチケットなのだ。私のような物ぐさは,勝手に話しかけてくればよいものを,とか思ったりすることもあるが,この場においては自身の家の爵位に救われた。

 さて,そのような,あまり素性のよろしくない好奇の視線を送ってくる者たちとは打って変わって,何やら興味深そうな視線を送ってくる奇特な者が居た。彼は身なりの良い人の良さそうな顔をした少年であった。貴族かあるいは,それに準ずる土地持ちか。はたまた裕福な平民の子供か。育ちの良さそうな外見であり,人当たりも良いのか近くに居る者たちと和やかに談笑していた。しかし,何処か周囲と一線を引いているような感じがした。他者と交わりを結んでいながら,交わり切れない何かが彼にはあった。

 視線が合ったため,私は何となく会釈した。ちなみに,これも声を掛けたのと同じ行為に相当する。彼はにこやかな表情を携えて,私に歩み寄ってきた。

「お初にお目にかかります,閣下。セドリック男爵の子リネルと申します」

「ルシアです。よろしくリネルさん」

 そう言って,当たり障りなく握手を交わした。

 暗めの銀髪に温和な顔つき。背は私より少し高めで,体格は華奢である。言葉遣いは丁寧で口調は穏やか。人好きしそうな感じの少年である。しかし,どこか,普通の少年とは違う,異質な感じのする。セドリック男爵という名も聞いたことがない。もちろん,国内の貴族を知り尽くしている訳ではないが,貴族名鑑は大叔母様に覚えさせれたので,聞き覚えがないということは無いだろう。

 そんな私の内心の疑問を見て取ったのか,彼は少し苦笑しながら言った。

「失礼しました,ルシア様。僕はサルガーナより留学生としてやって来たものです」

 なるほど,外国の人間だったか。サルガーナは隣国である。

「こちらこそ失礼を。あまりにも流暢に話されるので,同国人かと思いました」

「そう言って頂けると,勉強した甲斐があったというものです」

「ずいぶん熱心ですね。何か我が国にご縁でも?」

「ええ。母方がオルランドの者でして,言葉には馴染みがあるのです。僕としては,出来れば両国に関係する仕事に就きたい,と思っておりますものですから」

 リネルはニコニコした顔でそう答えた。立派なものだ,すでに将来の事まで考えているなど。

「よい志をお持ちで。それで学院に来られた,というわけですか」

「ははは,そんなところです」

 彼は朗らかに笑った。その表情に不自然なところはない。しかし,何だか,はぐらかされたような感じがしないでもなかった。単なる人の良い異国人という訳ではなさそうだ。

 その時,広場の雑然としていた喧騒がどよめきへと変わった。学舎の大門が開いたようだ。

「静粛に!」

 ぞろぞろと大門から教授陣が現れた。先頭に立つのは,ゆったりとした服装の学者風の老人であった。他の教師たちの態度から察するに,おそらく彼が学院長だろう。

 頭頂は額から禿げ上がって,両脇に少し白髪を残す程度。豊かな髭は少し癖があり縮れがある。表情は特段の感情を示すことはなく,無表情であるが,我々を見渡す瞳は理知的な光に輝いている。

 彼は階段前から広場の我々をぐるりと眺めると,口を開いた。

「若い人たちよ,よく来られました。本当によく来られました。今,こうして,未来へのあらゆる可能性を秘めた数々の瞳に見つめられて,この老体も,希望に胸を膨らませずにはいられません。才溢れる若い人たちよ,高貴な義務を背負う若者よ。私の希望とはね,若い人たちよ,この門を潜った者が,神から贈られた己の秘められた素晴らしい資質を,正しい認識と正しい意志とで,見出し,開花させることです。しかし,若い人よ,君たちに秘められた豊かな才能は,容易には,姿を見せてはくれないでしょう。才能を見つける旅路は,とても,とても,過酷な旅です。きっと,君たちは,何を選び取り何を選び取らないのか,苦悩し,傷つき,孤独を味わうでしょう。そして,旅そのものを止めてしまいたくなるでしょう。これも神の試練なのです」

 老人は言葉を区切った。広場の者たちは案外真面目に静かに話を聞いている。流石は優等生たちだ。

 彼は言葉を続けた。

「先人たちの声に耳を傾けなさい。もの言わぬ彼らでも,一旦彼らの著作を紐解けば,饒舌に我々に語りかけてくれます。我々は彼らとの対話を通して,自己の認識を培うのです。親しい友を作りなさい。この学び舎で得られる何よりも大切なものは,友です。大切な友人たちとの日々が,君たちの意志を思いもよらぬほど豊かなものにしてくれるでしょう。さあ,老人の話はここまでにしましょう。門の先には試練が待っています。覚悟を持って前へお進みなさい」

 老人と教授陣は特に入学生たちに声を掛けることなく,門に引っ込んでしまった。皆が顔を見合わせる中,先頭を切って階段に進んだのは,我が家とは対立関係にあるブロンスト侯爵家の倅だった。たしか名前はラグダニエルだったか。なるほど,貴族が先に進むのか。それはそうか。

 大門から最も遠い正門通路付近で,呑気にリネルと話をしていた私は,完全に出遅れてしまっていた。

「ルシア様,早く行かれた方が……」

「いやいや,出遅れてしまいましたね」

 リネルが心配そうな顔をして小声で話しかけてきた。序列に従うのならば,ラグダニエルの次に進むべきだった。しかし,端っこに居たせいで私の存在に気づかなかった伯爵の倅が階段を登って行ってしまった。それで今さら出て行きづらくなった。まあ,リネルと一緒にこっそり後から行けばいいだろう。大体今私が行っても,話がややこしくなるだけだ。というより,あの場に行きたくない。

 階段前は絶賛,譲り合いの場となっていた。何々伯爵のご子息がお先に,いや,誰々伯爵の何々様がお先に,いやいや……。といった具合である。さっきから一向に進む気配がない。位が下の子爵や男爵は口を出すことができないし,庶民に至っては遠巻きに見守る他ない。内心では早く登れよと思っているに違いない。確かに,下らない序列争いである。

 その時,再度どよめきが起こった。

「おい,貴様,何をしている!」

 階段前でワイワイやっていた貴族の一人が,声を荒げて,一人の少女の腕を掴んでいた。一方の少女は,自身の腕を掴んだ少年を睨みつけている。

 少女は白い髪と褐色の肌が特徴的な異国風の人間だった。肩口で切りそろえた白髪と健康的なその褐色肌から,随分活動的な少女であることが伺い知れる。そもそも服装から見るに貴族ではなさそうである。つまるところ,階段前のゴタゴタに業を煮やした,かの短気そうな少女が,貴族どもを差し置いて先に階段を登ろうとしたのだろう。

「何をしている,と聞いているのだ! 答えろ!」

「てめえらがいつまで経っても階段前をどかねえからだろ。俺はさっさと中に入りてえんだ」

 ……かなり喧嘩っ早そうな性格をしているらしい。

 しかし,これは不味いかも知れない。相手の貴族は武門の人間で,日頃から鍛えているのかガッシリとした体格をしている。それに対して華奢な体格の少女では太刀打ち出来まい。いくら負けん気が強くとも,暴力沙汰となったら痛い目を見るのは彼女だろう。しかし,止めに入る間もなかった。

「なんだと貴様,無礼だぞ。平民の分際で!」

「は! 何が無礼だ,坊っちゃん風情が偉そうに」

「なっ! この,貴様ああ」

 貴族の男が少女を引き倒そうとした。体格差は覆せない。少女の軽い体が地面に倒れるのを誰もが想像した。しかし,我々が目にしたのは,投げ飛ばされて空中を舞う貴族の男であった。

 男が地面に激突する音がした。辺りはしんと静まり返った。

 少女は,痛みにうめき声を上げる男を一瞥すると,呆然とする貴族の子弟たちを残してそのまま階段を登って行ってしまった。

「ほお,龍人族ですか,珍しい」

 傍らに居たリネルが感心したような声を上げた。

「知っているのですか?」

「ええ。彼女は龍人と呼ばれる一族の者です。彼ら龍人族は,人族よりも長寿で優れた身体能力を持っています。龍人の子供でも,人族の大人を軽々組み伏せてしまえるくらいですよ」

 面白い種族も居たものである。しかし,どうして龍なのだろうか。

「何故彼らは龍人と呼ばれるのですか」

「さあ,そこまでは僕も知りません。ただ,かつては龍と呼ばれる生き物が存在していたことは確かです。関係あるかは分かりませんが」

 リネルはニコニコしながら答えてくれた。しかし,この少年,結構色々知っているようだ。後で色々教えてもらうことにしよう。サルガーナのこともよく知らないから,面白い歴史などあれば聞いてみたいところだ。


 階段前は騒然としている。数人のガタイの良い武門志望と思しき少年たちが階段を駆け上がって行った。先程の龍人の少女を追いかけるのだろう。やめておけば良いものを,どうせ返り討ちに合う。

 今なら私のことを気にかける人間も居ないだろう。この隙に学舎へ入ってしまおう。

「さあ,今なら誰も注意を払っていません。行きましょうか,リネルさん」

「……貴方もお人が悪い。ええ,参りましょう」

 私たちは混乱の場を横目に通り過ぎ,学舎の中へと入っていった。

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