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侯爵家次男は転生の夢をみる  作者: 半蔀
学院、初年度の騒乱
19/85

初夏

「ルシア君。それから答えは見つかりそうかい」

 何もない真っ白な空間に,私ともう一人とが対面している。といっても,相手が人間かどうかは怪しいところだ。人の形を取っているが,全身真っ黒で顔も見ることが出来ない。ただ声から男だということは分かるのみだ。

 また,この夢か。

 私は何度目か分からないため息をついた。

 大叔母様が亡くなってから奇妙な夢を見るようになった。場所はいつも同じく白の空間。出て来る登場人物も私と彼とで二人きり。私の思考も随分はっきりしているのも毎回である。そして目覚めてもこの夢の出来事を忘れることはない。まるで現実の出来事のようにあらゆることが明晰である。ただ,眼の前の男の異様な姿から夢であると分かるのみだ。

「無視しないでほしいなあ。こう見えても,君との会話を毎回楽しみにしているんだよ?」

「私は楽しくないのですが」

「ははは,冷たいねえ。……それで,質問に戻るけど,答えは見つかりそうかい」

「いいえ。大体,貴方が何者かなんて分かる訳ないじゃないですか。これは夢でしかないんですから」

 男は残念そうにため息をついた。いちいち所作が鼻につく奴である。

「まったく,君も往生際が悪い。こんなにはっきりとした意志を持って君と話ができる夢があるものかい。これが単なる夢だって言うなら,君は二重人格でもなければオカシイというものだよ。これは,夢の場を借りた君と僕との対話なんだ。何度も言うようにね」

「何度言われた所で信じられないものは信じられないのです」

「強情だねえ。君の前に出るようになって,もう四年も経つというのに。そういえば,今日はいよいよ学院へ入学する日でしょう? 早いものだね。すっかり君も大人びてしまって,ますます美人に磨きが掛かったねえ。女優にでもなるのかい」

 男はからかうように言った。この男に四年間の私の成長を見守られていたかと思うと背筋が寒くなる。何が女優だ。なる訳ないだろうに。


 流石に四年も夢で顔を合わせていれば,この男が単なる夢の一部でないことぐらい,私も気づくというのものだ。おそらく,大叔母様の話に出てきた獣憑きの見る特殊な夢なのだろう。しかし,聞いていた特徴とは明らかに違う。大叔母様の話では,他人の意識を夢に見る,ということだったが,これはどういうことだろう。この男は人格を持って私を認識し,あまつさえ,自分が何者なのか突き止めてくれと依頼してきた。無茶な依頼だ。どこをどう間違って私の夢の中に紛れ込んできたか知らないが,こんな得体の知れない男の力になるなど御免である。だが,追い出すことも叶わない。私の夢の中に図々しく居座られてしまった。早くどうにかしたいものである。切実に。

「おや。残念ながら目覚めの時間のようだよ。今日から学校だよ。遅刻したらいけない」

「黙っていなさい」

 私だって目覚めが恋しくてならないのに,この場に拘束され続けているのだ。言われなくとも起きる。

「さあ,お行き。新しい生活の始まりだよ」

「だから――」

 カーテンが引かれて朝日が私の瞼に差し掛かる。眩しさに思わず腕で日を遮った。

 従僕が「おはようございます今日は天気の好い朝ですよ」と言って私に声を掛ける。私は飲み込んだ言葉のために憂鬱な目覚めとなった。おはよう,と生返事すると彼は怪訝そうな顔をした。何やら心配を掛けたようだが,出来ることなら放っておいて欲しかった。

 天気は確かにすこぶる快晴である。

 学院の入学は初夏にある。こんな爽やかな良き日に夢と希望に胸を膨らます新入生たちが学院の一員となる訳である。夢の一件がなければ,私だって清々しい気持ちで学院の門を潜れたというものを。まったく,忌々しきはあの夢の男である。


 一通り支度を終えて後は王都に向けて出発するのみとなった。今は朝の忙しい時間を過ぎたくらいである。王都の学院に入学生が集合するのは昼過ぎくらいだ。この屋敷から馬車で王都まで二時間程度であるから,こんなにゆっくりしていても十分に間に合う。人によっては,遠方でもないと言うのに,わざわざ王都に前日入りしてまで入学式に臨む者も居るという。神経質なことだ。ちょっとくらい遅れたところで,どうということはあるまいに。

「にいさま」

「ルシア兄様」

 馬車に積み込む荷物の確認をしていると,我が愛すべき妹と弟とが駆け寄ってきた。二人共もう十一となり,体つきも大分成長したものとなっている……ジーンについては。

「にいさま?」

 怪訝な目つきで私を見上げてくる無表情な我が妹は,この四年間に摂取した養分はどこへ行ってしまったのか,相変わらずのミニマムサイズである。七つの頃から変わっていないのではないか。まあ,おそらく,きっと,私の身長が伸びたためだろう。相対的に彼女が小さく見えるのだ。そう信じたい。

 一方で,ジーンは随分と大きくなってしまった。可愛げのあった少年は,今や私の身長を一回りも二回りも凌ぐほど大きくなっていた。何やら剣で鍛えているらしく,体つきも随分としっかりとしたものである。まさしくスポーツ少年という感じで,元から顔が良いだけに,大変な好青年である。中身はいい年した私には,彼の姿は眩しいものがある。

「ジーンもアンも,見送りに来てくれたのですか」

「ああ,アンがどうしてもって言うから。まったく,こいつはいつまでたっても兄様にべったりだ」

 ちなみに,悲しいことに,ジーンは体格が大きく変わってしまったばかりでなく,喋り方までいっちょ前に変えている。お年頃というやつだろう。人の子の成長は何と早いものか。

「ジーンだって,お別れしたのに,窓の外,チラチラ見てた,でしょ」

「ち,ちがう! あれは,その……外の天気が良いなって思って見てただけだ!」

 どういう言い訳の仕方だ,まったく。私は朝の憂鬱な気分が晴れた気がした。

 私は二人まとめて抱きしめた。

「わ」

「お,おい!」

 といっても,二人に対してはどのみち身長が足りないので,アンは私の胸に抱かれ,私はジーンの胸に額を押し付けるという,傍から見ると何とも間抜けな絵面となってしまった。だが,それでも,構わなかった。

「ジーン,アン。しばらく二人の顔を見れないことが,何よりも寂しいことです。時々,帰って来たくはありますが,知ってのとおり学院の規則があります。三年次までは好き勝手が出来ません。だから,貴方たちが入学してくるまでお別れです。それまで元気に居るのですよ」

 二人から体を離して,私は彼らの顔を見つめた。

「うん,アンは元気にしてる。にいさまに会うの楽しみにしてる」

「ぼ,僕だって,平気だから!」

 と言ってボロボロと涙を流しているジーンであった。泣き虫なところは相変わらずなのだ。仕方なく朝せっかく用意したハンカチを渡してやった。

「ほら,ジーン,これで涙を拭きなさい」

「な,泣いてないし!」

 どこからどう見ても泣いているじゃないか。

 べそべそ泣き止まないジーンを(なだ)めていると,屋敷から母上殿が出てきた。双子を心配して出てきたらしい。

「ジーン。また貴方はお兄さんを困らせているのね。貴方がそんなでは,何時まで経ってもルシアさんが出立できないでしょう」

「母上! そんなんじゃないし。に,兄様も,早く行かないと遅刻するぞ!」

「母上,弟もこう申しているので,そろそろ出ようと思います」

 母上殿はジーンの強がりにクスクスと笑った。

「ええ。行ってらっしゃい,ルシアさん。貴方にとって,学院での生活が実り多いものでありますように」

 そう言って,母上殿は祈りを捧げてくれた。私は彼女に頭を下げた。

「行ってきます。お体には気をつけて」

「ええ」

「ばいばい,にいさま」

「はい。アン」

「……じゃあね」

「また会いましょうジーン」

 荷物を満載にした馬車に乗り込んだ。御者に合図をして,車を出してもらった。母上たちに手を振った。そして,いつの間にか見送りに出てきた屋敷の使用人たちにも手を振った。徐々に彼らの姿は小さくなっていった。

 車の窓から,十三年間過ごした我が生家を眺めた。壮麗なブラドスキーの屋敷。また,この屋敷の門を潜るのは三年後となる。私は,胸元に手をやり,首から下げて服の下に忍ばせているプレートの存在を感じた。

 私は,きっとこの屋敷に戻ってくるだろう。獣憑きの運命など知ったことではない。私は彼女たちを置き去りにして,この地を見放したりはしない。きっと戻ってきて,また,ブラドスキーの夏を楽しもう。爽やかな初夏に,また,戻ってこよう。

 私はそう心に誓った。

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